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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
156/491

大山と精霊6 天川

 帝都ウルト帝宮を出発し2日。調査隊は一路、青竜の住まうユルグ大山へ向けて飛行していた。


「大分慣れてきたようだね?」


 頭上から齎されたテノールの響きに、アーリアは憮然とした。

 飛竜への騎乗は初めの頃に比べれば抵抗感がなくなってきてはいた。しかし依然として飛竜に対しての恐怖感は減ってはいない。あの蛇の様な獰猛な瞳で見つめられれば、卒倒しそうになるのだ。

 それに加え飛竜への騎乗。これは思った以上の体力と忍耐が必要だった。アーリアはエヴィウス殿下に支えられてただ乗っているだけなのだが、足場のない空中での飛行は大きな揺れを伴う為、身体を水平に保つにはバランス感覚が必要だったのだ。それは運動神経のないアーリアには頭の痛い問題だった。

 単身、乗馬もした事のないアーリアには、重心の位置やバランスの取り方など分からず、当初は空中で振り回される感覚に襲われたのだ。まだ自分自信の手で操縦していた方がマシだっただろう。

 運が良かったのはアーリアが乗り物酔いをしない身体だった事だ。もし三半規管が弱かったならば、竜に乗るのに酷い吐き気を催しただろう。

『そうなればアリア姫は早々に調査隊から外されていただろう』

 そう考えるとアーリアは大変複雑な気持ちになった。きっとその方が幸せだったに違いない。なまじアーリアの体力があるばかりに、有無を言わせぬ強制連行を余儀なくされているのだから。


「……。慣れては、いないです」


 アーリアの素っ気ない答えにエヴィウス殿下は軽く笑った。


「そう?今朝はすんなり乗ってくれたじゃないか?」

「……仕方がないじゃないですか」


 今朝、アーリアは本当に渋々のていでエヴィウス殿下の飛竜へと乗り込んだ。いつまでも駄々をこねているのは他の調査隊のメンバーに申し訳が立たないと思ったからだ。そう思うと嫌でも腹を括るしかなかった。


「じゃあ、君をもっと抱きしめておかないといけないね?」


 エヴィウス殿下はアーリアの言葉をどう捉えたのか嬉しそうに言い放つと、アーリアを支える腕に力を込めた。アーリアの背はエヴィウス殿下の胸にぴったりと密着した。エヴィウス殿下の暖かな温もりが背中を通じて伝わり、その吐息を耳元で感じて、アーリアは一瞬で顔を赤くさせた。


「〜〜なッ⁉︎ 何でそういう解釈になるんですか⁉︎」

「何故って?そりゃあ、君が『慣れてない』って言ったからさ。誤って飛竜から落ちない為だよ。ーーさぁ、ほら、しっかり捕まっておいで!」

「えっ⁉︎ きゃぁっ!」


 エヴィウス殿下はそう言うとアーリアの身体を背後からギュッと抱きしめた。アーリアが抗議の声を上げる間も無く飛竜は勢いよく雲に突っ込んで行く。


 エヴィウス殿下が風の結界を張っているとはいえ、視界の白さや頬を撫でる風の冷たさに変わりはない。風の結界は身体の負担となる上空の冷たい空気や飛行中の空気抵抗などを抑えているに過ぎない。

 エヴィウス殿下が繰り出したアクロバティックな飛翔行為にアーリアは結局、エヴィウス殿下の腕に必死にしがみ付いている事しかできなかった。



※※※



「それで結局、エヴィウス殿下に振り回されて、なーんにも聞き出せなかったワケね?」

「……。そうです」

「さっすが皇族。腐っても帝室の一員だね〜〜」


 リュゼの持つ第二皇子エヴィウス殿下に関わる情報に良い噂はない。

 エヴィウス殿下は政治に関心が薄く、ユークリウス殿下に比べて存在感がないと言われている。エヴィウス殿下本人の見解と同じく、帝室では兄ユークリウス殿下の代替品スペアという扱いをされているようだ。ただエヴィウス殿下はユークリウス殿下よりも『精霊魔法』の才はあるようで、『精霊信仰国家』故に精霊を第一とする貴族間では『ユークリウス殿下ではなくエヴィウス殿下を次期皇帝に』という声もあるという。しかし、エヴィウス殿下自身に次期皇帝になる気はないらしい。

 またエヴィウス殿下は『精霊信仰』の熱心な信徒だという。エステル帝国のを興した帝王ギルバート、そしてその伴侶パートナーであったとされている精霊女王から連なる帝室の血に誇りを持っており、帝国に繁栄を齎した精霊を心から愛しているという。その皇帝陛下と似通う価値観から、エヴィウス殿下は皇帝派とも見られている。現にエヴィウス殿下は皇族の住まう奥宮の管理を一手に任されている。


「その……リュゼごめんっ」

「大丈夫大丈夫!全く責めてないよ。子猫ちゃんではあーゆータイプには太刀打ちできないだろーしさ」


 「僕とタイプが似てるんだよね〜」と頭の後ろで手を組んでいたリュゼは、徐にポンとアーリアの頭に手を置いて、そのまま頭を撫でた。


「もうさ、なるよーにしかならないよ。僕では身分的にも立場的にも、相手をしてもらえないからねぇ」

「……ごめん」

「いいって。それより気をつけなよ?」

「な、何を……?」

「そりゃあエヴィウス殿下にだよ。これ以上、エヴィウス殿下に気に入られちゃったら大変でしょ?」

「……やっぱりリュゼも、私が殿下に気に入られてると思う?」

「うん。見てれば分かるでしょアレは。殿下、相当楽しんでるじゃん」


 リュゼの目線の向こうには飛竜に餌と水を与えているエヴィウス殿下の姿があった。エヴィウス殿下の表情は陽和で陽気、初日よりも身に纏う雰囲気はずっと柔和ソフトだ。側からでも明らかな程、大変機嫌が良さそうに見える。

 今は昼休憩後の準備時間だ。朝方出立した調査隊のメンバーは大山に向かう途中、補給と休憩の為に大きめの街に降りて来たのだ。


「……。それよりさ。僕は子猫ちゃんがエヴィウス殿下の気持ちに気づいているコトの方にビックリだよ。どうして気づいたの?」


 アーリアは恋愛関係に疎い。その手の感情の機微を察するのも大変鈍いのだ。それは間違いなくアーリアの師匠や兄弟子たちの所為なのだが、アーリア自身にも問題がない訳ではない。

 異性に対して顔を赤らめさせるアーリアの仕草を見れば、恋愛感情が死んでいる訳ではないとは分かるのだが、どうも自分を主役に置いて考える事がないようなのだ。その様な世界は物語の中だけのものだと思っている節すらある。

 顔だけで言えば極上であるジークフリードと共に二カ月もの間、旅をしていたにも関わらず、ジークフリードとアーリアは『そういう仲』にはなっていない。

 リュゼから言わせればジークフリードなどは『腑抜け』としか思えない。同じ男としてはジークフリードに対して大変思う所があるのだが、だからこそ今自分にも機会チャンスが巡ってきたこの状況は「グッジョブヘタレ!」としか思えない。

 しかし喜んでばかりでは居られないもので、リュゼからの気持ちもアーリアにはなかなか伝わらないこの事態には、リュゼも苦いものを味わっていた。

 アーリアとの関係を心地よく感じているリュゼとしては、焦る気持ちはない。だが、アーリアに対して自分の『好意』自体は伝わるのだが、好意の中に『どのような感情』が含まれているかを読み取ってはもらえない今の現状を、最近は、ほんの少しだけ切ない気持ちになる時がある。

 以上の事から、アーリアがエヴィウス殿下からの気持ちを『正確に』読み取れている事が、リュゼには不思議でならなかったのだ。


「えっとその……エバンスが必要以上にひっついてくるから。あとね、彼、すごく意地悪なの。ーー昔、姉さまが『意地悪をしてくる男の子は、あなたが好きだから構って欲しくて近寄ってくるのよ』って言ってたから……それで……」

「あ〜〜ソレ正解!子猫ちゃんのお姉さん、スゴイわ〜〜」


 実に的を得ている。

 リュゼは複雑な面持ちで頭をぽりぽりと搔いた

 『殿下は思春期の男子か⁉︎』と思う一方で、その感情は分からなくもないと納得した。自分にも覚えのある感情なのだ。


「やっぱり正解なの?ハズレて欲しかったなぁ……」

「ははっ。気に入られた後ならもう、どーしよーもないよね?諦めよっか」

「ええ〜〜!何それ?リュゼは何でそんなに諦めが早いの?」

「帝室には逆らえないって学んだの。身分には抗えないんだよね〜〜」


 身分によって見合った権力が付随する。それはシスティナもエステルも同じだった。身分の高い者はその責任も大きいが行使できる権力も大きい。

 このように王侯貴族の世界に入って来る以前は、王族・皇族・貴族など、高貴な身分の方々に接する事はなかった。接する事がないとその世界の内情も知らないものだ。

 以前のリュゼは王侯貴族の世界になどまるで興味がなかった。市政に於いて普通に生活する分には、殆ど関わりがないからだ。

 しかし一度その世界に身を置き、実情を知ってしまえば、以前のままの感覚には戻れはしなかった。王侯貴族の持つ力がバカにならないと骨の髄まで叩き込まれ、しかもそれを理解できてしまったからだ。

 民間人のリュゼやアーリアがどうこうした所でどうにもならない状況も、彼らならば簡単に覆す事ができる。反対に言えば、自分たちの存在など簡単に消せてしまうと事なのだ。それはどんな暴力よりもタチが悪く、リュゼの中の恐怖心を唆るのだった。


「これじゃあ、また、変な噂を流されちゃうよ……」

「それは……どーかなぁ?」


 アーリアが困ったような呟きに、リュゼは眉根を寄せながらどこか否定的な声を上げた。


「リュゼはそう思わないの?」

「うーん。大山の青竜の調査隊にアリア姫を参入させたのは帝宮ーー議会だよ?彼らはこの事態を見越しているといっていい」

「だから大丈夫だ、と?」

「言い切れはしないけどさ。帝宮も一枚岩ではないみたいだし。でも変な噂なんて流せば、ユークリウス殿下は黙っちゃいないよ。これは『仕事』なんだから」


 ユークリウス殿下はアリア姫の調査隊参加に最後まで否を示したと聞く。またブライス宰相率いる宰相府も。

 アリア姫はシスティナ国から預かった大切な姫。その後見はシスティナ国王が務めている。そんなアリア姫に何かあれば、それこそシスティナ国は黙ってはいまい。ユークリウス殿下はシスティナ国との交換条件を反故したとして、激しく責め立てられるだろう。そして、アリア姫がーーアーリアが害される事などあれば、システィナ国はエステル帝国を今度こそ敵国と見なす事は間違いがない。

 しかし、システィナ国にも国王に支持する者と国王に反発する者が存在するとは想像に難くない。システィナのある一派はアーリアを使って戦争を仕掛けようとしていたくらいなのだから。一度は失敗したその者たちも、何時迄も大人しくしているとは考えにくい。


「どっちの国もさ、実情は一筋縄に事は運ばないってコト。ーーさぁ、姫!エヴィウス殿下がお呼びですよ?」


 リュゼは立ち上がると徐にアーリアの手を引いた。目線の先には準備の整った飛竜たちが整列している。騎士たちはそれぞれの飛竜へと騎乗し始めた。エヴィウス殿下はその先頭で、アーリアに向かって手を振っていた。


「うっ。何度見てもグロテスク……」

「まあ、そう言わずに。意外と可愛いんだよ、あの飛竜たち」

「同意できない!」


 乾いた笑みを浮かべリュゼはアリア姫をエヴィウス殿下の元へと促した。

 エヴィウス殿下は飛竜の上から爽やかな笑みと共にアーリアへと手を差し伸べた。


「さぁ、アリア」


 爽やかな笑顔。眩しい笑顔は素晴らしいほど『皇子様』だ。アーリアはその皇子様に向かってそっと手を伸ばした。



 ※※※※※※※※※※※



 遠征2日目の今日は大山の手前、麓の街まで進む予定だった。その街はシスティナ国との国境にほど近い。その為、大規模な軍事施設があり、国の要人ーー皇族・貴族の駐留できる屋敷や館なども数多く点在する。

 その街では事前調査の為に大山へと入った騎士が、調査隊の到着を待っているという。


 アーリアは飛竜に揺られながら西の空を見た。地平線の向こうまで広大な大地と大小様々な山が見えた。

 そして左手、東側の水平線には月が登り始め、夕闇が迫ってきていた。正面にはユルグ大山が聳え立ち、それを囲む白い山脈が見えた。


「本当にエステルは広いですね」

「そうだね。あぁ、あそこに城が見えるだろう?」

「青い屋根の?」

「そう。あれは商業国家マルス、その古城だよ。様式が白亜の城とは違うと思わないかい?」

「そう言われたら違いますね。どちらかと言えばシスティナ国の王城に近いですね?」


 山々に囲まれた崖の上に聳える古城。塔が何本も集まったような建物だ。屋根の形状がシスティナ国の王城の物と似ていた。


「ライバス、テス、ライハン、小アルトラ、ビルス連合国……」

「……?」

「全部、エステルが滅ぼした国だよ。この辺りに見える範囲はこの百年でエステルが占領し、広げた領土だ」


 頭の上から落ちてくるエヴィウス殿下の声音はいつもよりも低音だった。それは落ち着いているというよりも、落ち込んでいるように聞こえた。アーリアを悪戯に揶揄っていた時とはまるで違うその様子に、アーリアは口を噤んでただ空を見つめた。


「他国を取り込み帝国はその領土を広げた。占領された王国ーー王族は皆処刑され、文化は勿論、その歴史が後世に残る事はない」


 アーリアにだけ届く声。淡々と語るエヴィウス殿下の声は淡雪のように宙へと霧散していく。


「肥え太った帝国エステルは、未だ、貪欲に他の大地を求めて争いを起こす。実に滑稽な話だ。ーーねぇ、君は滑稽だと思わないかい?大きくなりすぎた風船は、いつかは割れてしまうというのにね……」


 問いかけられてはいるが、エヴィウス殿下は自分の考えを誰に肯定して欲しい訳でも、否定して欲しい訳でもないように思えた。しかし彼が今、口にした言葉は、エステル帝国の第二皇子であるエヴィウス殿下が偽であろうともシスティナ国の姫であるアリアに聞かせてよい内容ではなかった。とても帝室に身を置く者の言葉ではなかった。


「聞かなかった事にしますね……」


 そう小さく呟くと、アーリアは自分の身体を支えるエヴィウス殿下の手が冷たくなっている事に気づき、自分の手をそっと重ねた。エヴィウス殿下が少し身じろいだような様子を背中から感じたが、アーリアはそれに気づかないふりをした。重ねた掌からじんわりとアーリアの熱がエヴィウス殿下へと伝わっていく。


「あっ……!」


 暫くの沈黙の後、アーリアは南の空に輝く光の川に目を留めた。思わずアッと声を上げて指をさした。


「エヴィウス殿下っ!ーーエバンス、あれは何ですか?」


 アーリアはユルグ大山の山頂付近から北に向かって流れる空の大河を指差した。それの川は星々の輝きのような美しさを放っていた。薄雲のようでいて違うそれは、まるで夏の夜空に架かる天之川のようだ。


「あれは『天川ミルキィロード』。精霊の通り道だよ、アリア」

「初めてみました。こんなにハッキリと見えるものなんですね!」

「……。そのようだね」


 キラキラと輝き流れる天の河。そのあまりの美しさにアーリアは驚きを露わにした。

 天川ミルキィロードは南は大山の山頂付近から北は帝都ウルトの方へ、空に星の虹を描くように続いている。あの川を渡って、幾千幾万もの精霊が世界中を渡っているのだろう。

 地上にも『精霊の路』はある。しかしこのように暮れ行く夕闇の中で輝く天の路は、人知を越えた幻想的な美しさであった。


 アーリアは天川ミルキィロードの美しさに気を取られて、エヴィウス殿下が天川ミルキィロードを見ながらその表情を曇らせている事に、気づく事はなかった。


お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、大変嬉しく思います!ありがとうございます!


大山と精霊6をお送りしました。

エヴィウス殿下の行動を『好きな子に意地悪したい男子』と位置づけるアーリア。何気に酷い扱いです。

曲がりなりにも第二皇子なのに……⁉︎


次話も是非ご覧ください!


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