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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
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大山と精霊5 帝室の在り方

 青竜生態の変化を測る本格的な調査が行われる事となった。その立案者はエステル帝国の皇太子ユークリウス殿下だ。


 ユークリウス殿下はシスティナ国の王太子ウィリアム殿下と学友という繋がりから、システィナ国で起こった事件について聞き及んでいたからだ。それはエステル帝国とシスティナ国の国境線上にあるユルグ大山からシスティナ国側に暴走した青竜が舞い降り、人的被害を齎したという事件だった。

 大山より群れをなして舞い降りた青竜は、システィナの大渓谷に住まう赤竜と縄張り争いを起こした。それはシスティナに住まう人々に激震を齎した。

 この事件の情報を受けたユークリウス殿下は、環境省に調査を命令。そして環境省からの命を受けた騎士が大山にある青竜の住処へと足を踏み入れた日、騎士はそこでとんでもない光景を目撃する。


 青竜による『同族喰い』。


 青竜は基本、雑食だ。草を食む事もあれば動物の肉を食らう時もある。彼らは番を持ち群れを為して生活している。その身は精霊の化身とも呼ばれ、大気に含まれる魔力をその身に吸収して力に変えている。そんな青竜が同族である竜族を喰らうなど、有史以来の有り得ぬ事態であった。

 その事態を重く受け止めたユークリウス殿下は調査隊を結成し、本格的な調査へと乗り出したのだ。


 本来なら、立案者であるユークリウス殿下が調査隊を率いて大山へと赴くのが筋だ。しかし、エステル帝国は大陸随一の領土を誇る大帝国。その次期皇帝であろうユークリウス殿下が危険な孕む調査へ行く事、それ自体を危ぶまれた。

 その時、手を挙げたのが第二皇子エヴィウス殿下だった。

 エヴィウス殿下は兄ユークリウス殿下の代わりに調査隊を指揮することを議会に提案したのだ。


 調査隊の編成は指揮官エヴィウス殿下、環境庁官僚、『空挺部隊』の騎士、そしてアリア姫であった。

 皇太子殿下の婚約者であるアリア姫はシスティナ国の出自。姫は魔導士である祖父に師事し、自身も魔法と魔術の心得がある。そして更にはシスティナ国で起きた青竜の暴走に於いて、その討伐にも赴いた程の実力者だった。

 その事を情報として持っていたエヴィウス殿下は、アリア姫を自分の同行者に選んだのだ。



 アーリアの知る『表の情報』は以上だ。ツッコミたい点は大いにあるが、ユークリウス殿下の婚約者きょうりょくしゃであり、部外者システィナでもあるアーリアにはこれ以上の情報は齎されていなかった。文句も多々あれど、アーリアはシスティナ国の姫としてユークリウス殿下の囮として、エヴィウス殿下に同行するしかなかったのだ。


 飛竜に乗せられ、日中を空で過ごしたアーリアはその夜、地上にて羽を休めていた。暫くの休憩を得たアーリアは護衛騎士リュゼとの相談の後、晩餐会場へと案内された。そこでアーリアはエヴィウス殿下と食事を共にすることになった。

 エヴィウス殿下は皇族。彼と食事を共にできる者は、王族(偽)であるアリア姫をおいて他ならなかったのだ。


 有り体に言えば、食事は大変美味だった。

 エステル特産の地鶏と野菜を使ったコースで、特にスープは絶品だった。最後に出てきたデザートは贅沢にも生クリームが使ったもので、アーリアは思わず頬を緩ませてしまった程だった。

 だが、その食事も皇族と同じテーブルを囲む事がなければ、もっと輝いて見えただろう。何故ならエヴィウス殿下と向かい合わせに頂く食事は、アーリアにとって大変息の詰まるものだったのだ。


「雪……」


 アーリアは慣れない飛竜での疲れからか、小さな溜息が注いで出た。テラスから見上げた空からは、小さな雪のカケラが降ってくるが見えた。


「それ以上外へ出るのはあまりお勧めしないな」


 食事を終えた後、談笑も早々に切り上げたアーリアは、小さなテラスへと足を運んでいた。エヴィウス殿下は食後の紅茶を飲みながら、アーリアの様子を眺めていた。そしてアーリアがテラスのガラス戸を開けたところで、それまで黙って見ていたエヴィウス殿下が徐に声をかけてきた。


「結界から出てしまうよ。もうその辺りでも冷気が少し入るのではないか?」


 テラスに佇んで夜空を見上げるアーリアの肩に、エヴィウス殿下が自分の上着をかけた。


「ありがとう存じます、エヴィウス殿下」


 礼儀正しく頭を下げ礼を述べるアーリアに対して、エヴィウス殿下は眉根を潜めて抗議の声を上げた。


「堅苦しいねぇ。エバンスと呼ん欲しいと頼んだでしょう?ねぇ、アリア」


 無茶な願いを口にするエヴィウス殿下にアーリアは少し口を尖らせた。これまでのやり取りを思い出したアーリアの口調は、自然ときつくなっていた。


「仕方が御座いませんでしょう?殿下の正体を知ってしまった今、知らない時のように気軽にはお話できませんもの」

「ツレないね。舞踏会ではあんなに親しく話せていたと言うのに……」

「あの時は……!」


 ルスティル公爵邸で行われた舞踏会。そこでアーリアは偽名エバンスと名乗るいう青年紳士に出会った。エバンスは婚約者不在の舞踏会に参加を余儀なくされていたアリア姫(=アーリア)に話しかけ、強引に同伴者ペアの座に収まった『変わり者』だった。その舞踏会に於いてエバンスは、アリア姫と共にルスティル公爵親子の策謀に付き合った挙句、アリア姫がルスティル公爵から振る舞われた毒入りワインを強奪し、自ら口に含んだ。

 そのエバンス(偽名)こそが、エステル帝国第二皇子エヴィウス殿下だったのだ。


「……。あの時はありがとうございました。でもまさか、第二皇子であるエヴィウス殿下が私の代わりに毒入りワインを飲まれたなんて……」


 彼の働きのおかげでルスティル公爵は捕らえられたと言って良い。皇族相手に毒殺未遂など言い逃れできない罪だ。アリア姫相手ではあれほどスムーズに逮捕されてくれなかったかもしれない。

 アリア姫は偽の姫であってもその後見はシスティナ王家。王家を蔑ろにする事はできない。しかし、ここは敵国エステルなのだ。エステル帝国の貴族や官僚の中には、システィナ国を悪し様に言う者、軽視し見下す者も多い。


「気にしないでいいよ。私は慣れているからね。君が毒入りワインを飲まなくて本当に良かった。あれはかなり強力な毒だったからね」


 エヴィウス殿下は事もなげに話す。皇族に対する毒殺未遂事件の事など、気に留めるほどの出来事ではなかったかのような口調だ。エヴィウス殿下のその態度は、とても自分の命が危険に晒された出来事があったようには聞こえなかった。


「それなら尚の事です。エヴィウス殿下はエステル帝国の第二皇子であらせられるのですから」


 アーリアは『システィナ国の姫アリア』という偽装をしている。本来はただの民間人。ただの魔導士だ。システィナ国においては『東の塔』とその国境を守る魔導士だが、それでも大国の皇子とは存在自体が大きく劣る。アーリアの代わりはいくらでも効くが、エステル帝国の第二皇子の代わりは効かない。

 だが、アーリアの予想に反してエヴィウス殿下は軽くかぶりを振ってきた。


「私は皇族であっても大した影響力はない余り物、兄上のスペアだ。私に何かあっても帝宮のキズにはならないよ。それにね、私の身体は毒には慣らされているからあの程度の毒では死ぬ事はない」


 余りの内容を耳にしたアーリアは表情を険しくさせた。しかし当のエヴィウス殿下の表情はどこか達観していて、そう変化はない。『当たり前の話』『帝宮の常識』とでも言いそうな口ぶりだ。

 アーリアはそれに対して更に驚き、思わず反論してしまっていた。


「慣らされていても毒など飲んではダメです!それにスペアなんて言い方……」

「本当の話だよ。私は皇太子の代替品スペア。これは帝宮では周知の事実なのだから」

「っ……」


 エヴィウス殿下から齎された帝宮に於けるエヴィウス殿下の『立ち位置』、そして『存在意義』はアーリアに衝撃を与えた。

 唇を噛み、拳を握りながら憤るアーリアにエヴィウス殿下は笑いかけた。その乾いた笑顔にアーリアはハッと顔を上げた。


真実ほんとうだよ。ユリウス兄上は本当に優秀な方だ。次の治世は兄上が統治されるだろう。でもね、兄上は味方の数に反して敵も多い。いつ何が起こるか分からないからね」


 事実、アーリアの知るユークリウス殿下は『暗殺』に慣れていた。その対処法にも。それは、ユークリウス殿下がこれまでに命に関わる脅威に数多く晒されて来たという事なのだろう。

 国の存続の為に、帝宮は次世代を担う若者たちを育む必要がある。その為、帝室では皇族の数を一定数に保つ事が義務付けられている。皇帝に複数の妃がいるのはその為だ。エステル帝国の政治は男性優位とされ、女帝は好まれない。その為、多くの男性皇族が必要であった。

 ユークリウス殿下に四人の弟殿下が居るのは、帝国の未来の為だ。そこに個人の自由はない。


 それがエステル帝国の正しい『帝室の在り方』であった。


 それを産まれながらに皇族であるエヴィウス殿下は受け入れている。ただそれだけだった。

 皇太子の婚約者としてエステル帝国の歴史と文化、帝室の在り方を学んできたアーリアは勿論、その事実を知っていた。それでも、エヴィウス殿下から齎された言葉とその儚い表情に、アーリアは憤らずにはおれなかったのだ。


 アーリアは俯いて小さく呟いた。それは偽であろうと王族としては言ってはならない言葉だった。


「それが真実ほんとうだとしてもそんな言い方……。私は、好きじゃないです……」


 アーリアは魔導士バルドによって、彼の愛するステラを甦らせる為に生み出された人造人間ホムンクルスだ。バルドの想い人であったステラの為に、健康な臓器と魔力とを提供する為だけに造られた道具。13体造られたうちの1体。替えの効く代替品スペアだ。

 生まれた頃はそれに疑問を持つ事はなかった。しかし今は『個人の意思』を持っている。


『帝室の在り方』に好き・嫌いなどという個人的意見など言ってはならない。その在り方に疑問を呈してはならない。そんな事は分かっていた。しかし、アーリアは何故か、エヴィウス殿下の言葉を否定したくなったのだ。


 ーあの頃の私と同じような目をしてるー


 エヴィウス殿下はアーリアの言葉にふっと笑い、その美しい顔に淡雪のような儚い笑みを浮かべた。


「君は優しいね……。私の事を心配してくれているのかい?」


 エヴィウス殿下はアーリアの手をそっと取る。そのまま身体を引き寄せてアーリアの雪のような白い頬に手を添えた。


「私の事をちょっとは気にかけてくれるのかな?姫」

「ええ。心配です」


 アーリアは見下ろしてくるエヴィウス殿下の菖蒲色の瞳に、スッと目を合わせた。


「ふふふ。君がそんな事言ってくれるなんて、嬉しいね……」


 嬉しそうに微笑むエヴィウス殿下。しかしアーリアには、それが本心から笑っているようには見えなかった。


「貴方よりもエステル帝国の方が心配です。貴方のような無鉄砲な方が皇族なんて信じられません。貴方よりも帝国の未来の方がよほど心配です!」


 アーリアはそう言い放つと、護身術の要領でエヴィウス殿下の手を振りほどいてその胸からスルリと抜け出した。

 それに対して、エヴィウス殿下は目を見開いて驚きを見せた。そして徐に声を上げて笑い出した。


「アハハハハ!言うねぇ?益々気に入った!」


 エヴィウス殿下は距離をとったアーリアの手を素早く掴むと再び引いて、自分の胸の中に閉じ込めた。今度は先ほどよりずっと強く抱き締められてしまい、アーリアは簡単に抜け出すことができなかった。


「で、で、殿下!いちいち引っ付かないでください!」

「良いじゃないか?」

「全く良くないです!」

「貞淑さを疑われるから、かな?」

「そうです!エヴィウス殿下もよく分かっておいでじゃないですか?」

「当たり前だろう?私はこう見えても皇族の一員だよ。皇族教育はしっかり受けているよ」

「説得力が全くありませんよ!ひゃっ⁉︎ どこ触って……」


 アーリアをその胸の中に仕舞って決して離そうとしないエヴィウス殿下。それどころかエヴィウス殿下はその腕に益々力を込めて抱き込むと、アーリアの頭に唇を落としてきたのだ。

 柔らかな感触と温もりに、アーリアの身体は緊張から火照っていく。


「エヴィウス殿下……。離してください!……えーい離して!エバンスっ」


 焦ったアーリアは痺れを切らし、エヴィウス殿下に向かってなんと魔術行使をしてしまった。エヴィウス殿下を思いっきり突き放すと、隙を見て魔術の鎖で縛り上げたのだ。


 しかしそれは非常に不味かった。室内の物音に対して、外の見張りを担当していた護衛の騎士たちが駆けつけてしまったのだ。

 一応、皇族方の部屋という事で、扉の向こう側から申し訳程度にノックがなされた。


『エヴィウス殿下、アリア姫!』

『物音が聞こえましたが、何か御座いましたか?』

「いいや、大丈夫だよ。君たちは下がっていてくれ」

『はっ』


 魔術の鎖で簀巻きにされたエヴィウス殿下は、駆けつけた護衛の騎士たちを下がらせた。

 エヴィウス殿下の向かい側には顔を真っ赤にして佇むアーリアの姿があった。


 この状況で部屋に騎士が入られたら不利なのはアーリアの方だ。例えアーリアに対してエヴィウス殿下が無体を働こうとも、罰せられるはアリア姫であるアーリアの方なのだ。真実がどのようなものでも、都合の良い真実へと書き換えられるだけの権力を第二皇子エヴィウスは持っている。

 しかしエヴィウス殿下はアーリアを庇うように、護衛の騎士を部屋には入らせなかった。


「フッ……アハハハハ!これが皇后様の仰っていた魔術かな?なーるほど。これならばあのユリウス兄上も簡単に捕まってしまうだろうね?」

「……え、何?どういうこと?」


 捕らえられた筈のエヴィウス殿下はアーリアに対して罪を問う訳でも怒るのでもなく、実にイイ笑顔でまくし立てた。

 しかもエヴィウス殿下から思わぬお方の名が上がり、アーリアは呆気に取られて思わず問いただしていた。


「アリア、君はユリウス兄上をこうやって縛り上げのかい?ーーそれはさぞかし鮮烈な想いを胸に刻んだだろうね。あの兄上が君の虜になるハズだよ!」


 ーあの兄上って、どの兄上⁉︎ ー


 アーリアは開いた口が塞がらなかった。

 その間もエヴィウス殿下の話は続く。


「何ってさ。皇后様に貴女とユリウス兄上の『馴れ初め』を教えて頂いたのさ」

「え……」

「それはそれは興奮して、話してくださったよ。オリヴィエ側妃様も嬉々としておられた」

「〜〜〜〜!」


 皇后陛下に有る事無い事を吹き込んだのはユークリウス殿下の片腕ヒースだ。

 今こそ彼を恨みたい。ヒースが盛ったアリア姫とユークリウス殿下の『馴れ初め』に更に尾鰭がついて、エヴィウス殿下に伝わっているではないか!と。


「ウンウン!兄上の気持ち、私にもよーく分かるよ〜〜。私も君の虜になりそうだ」


 簀巻き状態なのに瞳を潤ませウットリと語るエヴィウス殿下に、アーリアは「ひぃ」と悲鳴をあげてドン引きした。キラキラした瞳のエヴィウス殿下に詰め寄られたアーリアは更に顔を引きつらせた。


 当初の目的は『何故エヴィウス殿下がアリア姫をユークリウス殿下から引き離したか』をエヴィウス殿下に尋ね、少しでも情報を聞き出す予定だったのだが、エヴィウス殿下の余りの豹変ぶりにアーリアはその目的をスッパリ忘れ、最後まで聞き出す事は出来なかった。


お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価等、ありがとうございます!励みになります!!


大山と精霊5をお送りしました!

『帝室の在り方』と途中まで真面目なお話だったのに、途中から可笑しい方向になってしまいました。エスエル帝国の人たちって……。


次話も是非ご覧ください!


※更新が遅くなり、申し訳ございません。

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