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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
153/491

大山と精霊3 空中遊泳

 

「ほら、アリア。怖くないから手を伸ばして!」


 光る眼。テカる鱗。蝙蝠のような羽。その様子からどうしても爬虫類を連想させる。飛竜は主人に調教されていて無闇に吠える事はない。だが咆哮こそあげぬが、そこに佇む姿は圧巻の存在感であった。

 アーリアはふるふると首を振って拒否を伝えた。鞍の上から苦笑したエヴィウス殿下が踏み台の上で固まるアーリアを見下ろしてくる。


「そろそろ諦めましょーよ、姫。」


 珍しく駄々をこねるアーリアに苦言を呈したのは護衛騎士リュゼであった。彼はアーリアのこの度の遠征には大反対である。出来る事なら断りたい。しかし政治が絡んでいるとはれば、護衛騎士の一存で容易に断れる筈がない。アーリアが他国システィナの王族(偽)であったとしても、それは同じであった。システィナ国所属とはいえ身柄はエステル帝国にあるのだから。

 しかもアリア姫はユークリウス殿下の婚約者きょうりょくしゃだ。ユークリウス殿下の不利になるような事は出来ない。アリア姫はユークリウス殿下が有利に立ち回る為の囮なのだから。


 理性では分かっている事でも、本能ではそうはいかないのが現実だ。

 苦手なモノがあって何が悪いのか。

 そうアーリアは殆どヤケクソ気味に内心、毒づいていた。


 目の座りだしたアーリアをリュゼがやれやれといった具合に首を振る。リュゼもアーリアがこのような姿になるとは予想外であった。

 アーリアはエステル帝国に来てからと言うもの、意に添わぬ事、理不尽なアレやコレやに対しても何の文句も言わずに取り組んできたからだ。それがまさか爬虫類嫌いの所為で飛竜の搭乗を拒むとは思ってもいなかったのだ。


「何時迄もそうしてたって仕方ないでしょー?」

「リュゼ……でも、飛竜コレ……」

「ハイハイハイハイ。そんな顔したってダメー」

「どんな顔……⁉︎ 」


 これはリュゼの惚れた欲目だろうが、涙目のアーリアはいつになく可愛かった。

 リュゼの背後では近衛騎士カイトが自身の飛竜の上で半笑いしている。ヒースはリュゼとアーリアのやり取りに「こんな誤算がありましたか」と言ってはいるがその表情は明るい。

 飛竜に搭乗し、飛翔の合図を待つ総勢13名の『空挺部隊』の隊員たちも、駄々をこねるアーリアに不快感を表すどころか実にイイ笑顔である。初めて乗る飛竜を怖がる婦女子レディを微笑ましく思っている感が拭えない。

 リュゼは「はぁ〜〜」と深い溜息を吐くと、アーリアの腰に手を回した。


「きゃっ!なになに⁉︎ リュゼ、何するのーー!」

「はーい。失礼しますね〜〜」

「……ッ!リュゼの裏切り者〜〜」

「はいはいはい。なんっとでも言ってください」


 リュゼは悲鳴と泣き言を無視してアーリアを背後から抱き上げると、鞍の上のエヴィウス殿下に向けて身体を押し上げた。

 エヴィウス殿下はアーリアの腕と腰に手を掛けると、ヒョイっと自分の前に座らせた。


「ひゃあっ!」

「ハイ、確保。危ないから暴れないで。アリア、私の腕にしっかり捕まって」


 エヴィウス殿下は手綱を片手で取りながらも、アーリアの身体をもう片方の腕で動かないように固定した。

 エヴィウス殿下と同じ鞍に乗せられてしまったアーリアは、硬い表情のまま仕方なく頷いた。


 ユルグ大山の調査を行う為、アーリアはドレスではなく身軽な服装だ。シャツにズボン、チュニックに白いマント。流石に生地は上質な物だがシルクのドレスではないこの衣装は、アーリアにとっては大変有り難いものだった。コルセットがないだけで息がしやすい。しかもヒールの高い靴ではなく柔らかな中敷が足に優しいブーツは段差も関係なく大変歩きやすかった。


「エヴィウス殿下、出発致します」

「ああ」


 隊長からの言葉を受けたエヴィウス殿下は一つ頷くと手綱を取った。


「調査隊、出発する!」


 隊長の号令に、12名の隊員の返礼が重なった。

 真っ先に空へと飛び立ったのは隊長であった。飛竜の腹をひと蹴りし、手綱を駆使して空高く舞い上がったのだ。それに続けとばかりに隊員たちが順番に飛び立っていく。

 隊長と12名の隊員の後、リュゼを背に乗せた近衛騎士カイトが飛び立った。アーリアがそれを目線で追っていると、頭上からエヴィウス殿下の声が落ちてきた。


「アリア、私たちも行くよ。しっかり捕まっておいでね」


 アーリアは緊張した面持ちで、自分の身体を押さえているエヴィウス殿下の腕を遠慮なく掴んだ。エヴィウス殿下はそれを確認すると手綱を繰り出した。


 ーバサッバサッ……ー


 飛竜がその大きな羽をバサリと仰ぎ風を操る。風が上下に吹き荒れアーリアの顔を激しく撫でた。そして次の瞬間、身体の下から浮遊感に包まれ、一気に空へと舞い上がった。緊張と驚きに心臓のヒヤリとした感覚が齎された。アーリアは思わず口と目を閉じていた。


「結界を抜けるよ。そのまま捕まっていて!」


 アーリアは背後から回されたエヴィウス殿下の腕をギュッと掴んだ。

 暖かい空気から冷たい空気へ。まるで空気の幕を抜けるかのような感触が肌を襲う。するとヒヤリと冷たい風が身体全体を包んだ。

 二人を乗せた飛竜は上空へ上空へと上昇する。その途中、キンと耳鳴りがしてアーリアは唾を飲んだ。気圧の変化にチリっと顳顬が痛む。しかしそれも束の間、暫くすると風鳴りが収まり体外気温も一定になっていた。エヴィウス殿下が風魔法で結界を張ったのだ。


「アリア、アリア!ほら見てごらん」


 エヴィウス殿下の声にアーリアは閉じていた瞳を恐る恐る開いた。

 そこには青一色の世界が広がっていた。遠くには薄い雲が棚引いている。そしてその奥には雲を突き抜ける程の山々が連なっているのが見えた。山頂の辺りは真っ白な帽子を被っている。


「綺麗……」


 透き通る空気。煌めく山々。

 眼下に広がる赤い瓦屋根が太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。


「見てごらん。白亜の城ーー帝宮だよ」


 白一色の城壁に四大精霊を表す幾何学の模様。それは眩しいくらいの美しさをアーリアの瞳に写した。


「本当に綺麗ね……」

「そうだね。エステル帝宮は世界に誇れる城だ。中に住んでる者は問題だらけだが、帝宮の美しさだけは私も否定はできない」


『精霊の都』とはよく言ったものだ。千年の都ーーエステル帝国帝都ウルト。そして白亜の城、エステル帝宮。エステルの皇帝とその臣下たちが長き時間をかけて守ってきた未来への遺産だ。受け継がれるべき遺産だ。

 隣国システィナの出身のアーリアでも、帝宮の美しさには大きな感銘を受ける。システィナ王宮とは全く趣の異なる城。その曲線美は艶かしく女性的だ。比べてシスティナ王宮は様式美を基盤にしているように思えた。


「……落ち着いてきたみたいだね、アリア」


 エヴィウス殿下はガチガチに緊張していたアーリアの身体から、少しずつ力が抜けていくのを感じ、ほっと息をついた。


 エヴィウス殿下は手綱を取って『空挺部隊』から選ばれた13名の隊員たちの後に続いた。

 今回のユルグ大山遠征の目的は、大山に住まう竜族の生態調査である。それはシスティナ国から齎された情報ーー青竜がエステルより舞い降り、他の種族を脅かしているーーを確かめる為であった。その為、環境庁から職員が同行している。その為、飛竜を駆る『空挺部隊』の隊員たちが非戦闘員を乗せていた。

 またシスティナの姫にして魔導士のアリア姫の同行が叶った為、彼女の護衛として近衛騎士から1名、彼女の専属護衛が1名追随している。総勢20名だ。


 彼らは一路、ユルグ大山に向いて出発した。地上を行くと馬車で半月は掛かる工程を飛竜では2日、3日程で到着する事ができるという。空には飛竜の敵はなく道に弊害もない。ただただ一直線の道のりだ。

 しかしそれは飛竜に慣れている者にとっては、だが……。


「アリア、疲れたらいつでも言ってね?」

「うん……あ、はい」


 まだどこか緊張した雰囲気のアーリア。

 仮にも殿下の言葉に片言で返すアーリアに、エヴィウス殿下はクスリと笑って肩をすくめた。

 自分の護衛騎士に飛竜へ無理矢理乗せられた時、アーリアはこれほどかと言うほど緊張していた。小さな背は小刻みに震えていたほどだ。

 今はそれも治まりを見せたが、身体から力が抜け切る事はなかった。年頃の青年とこんなにも身体が密着した姿勢なのにも関わらず文句も言わずーーいや、言えずにアーリアはエヴィウス殿下の胸に背を預けて、その腕をしっかり掴んでいる。


 現在、エヴィウス殿下たちは相当高い所を飛んでいる。

 アーリアには高さによる恐怖はそれほど問題ではない。何より怖いのは今正に自分が跨っている妖精ひりゅうである。


「まさか君がそんなに怖がるとは思わなかったよ……?竜が苦手?」

「ごめんなさい。その……竜は、苦手じゃないです」

「えっ⁉︎ そうなの?じゃあ何が……」


 エヴィウス殿下の問いにアーリアは俯いて一言、「爬虫類」と答えた。


「あぁ、そうか。似てるかもね?このテカリのある鱗とか……。でも、触るとそうでもないんだよ?触ってみる?」

「ぃ……⁉︎ 結構です!」

「そう?……何だか嫌がられると強要したくなるね〜〜」

「ーー⁉︎ 」


 エヴィウス殿下の悪戯心の含まれた声音に、アーリアは強くかぶりを振った。


「アハハハハ!苛めがいがあるねー!」

「ヒドイです。エヴィウス殿下」

「エヴィウス殿下じゃなくてエバンスでしょう?」


 エヴィウス殿下はアーリアの背後から首を巡らすと白く小さな耳元で囁いた。


「ひゃぁ!エバンス、顔が近いですよ」

「可愛いー。ああ、暴れないで。落ちちゃうよ?」

「こんなの卑怯……」

「男は卑怯なんだよ?特に皇族の男はね。知らなかった?」

「……」


 知っていたかもしれない、とアーリアは頭を項垂れた。

 アーリアは『皇族の男』と聞いてユークリウス殿下の顔が真っ先に思い浮かんだ。ユークリウス殿下は確かに卑怯な男だ。初対面のアーリアをリュゼの命を引き換えに脅して仲間に引き込んだのだ。今現在も仲間と言いながら、アーリアを囮として酷使している。皇子プリンスよりも悪党ヒール演技らせた方がしっくり来るかも知れない。

 主導権を強引に自分の手元に引き寄せるのが大の得意なのだ。さすが『大国の指導者になるべく男』だ。ユークリウス殿下が順当に皇帝となるのなら、エステル帝国の次代も安泰であろう。


 アーリアは可能な限り仰向いて、エヴィウス殿下の顔を見上げた。エヴィウス殿下はアーリアと目が合うと、その菖蒲色の瞳を細めて笑った。

 アーリアはフイッと顔を前方に戻す。景色が背後に流れていく。それを見ながらアーリアは疑問を口にした。


「エバンス……貴方は私の何を知ってるの?」

「それは秘密」

「何を考えているの?」

「それも秘密」

「私をーーシスティナの姫をユークリウス殿下から引き離して、何を企んでいるの?」

「残念。それも秘密だよ」


 アーリアの質問に対してエヴィウス殿下は全て軽い口調で返した。


「秘密の多い男って魅力的だと思わない?」

「思いません」

「残念」


 ちっとも残念そうでないエヴィウス殿下の声音に、アーリアは一筋縄ではいかないと感じた。


「私の大山行きには、何の思惑があるんですか?」

「うわ!ストレートに聞いてくるね〜。ちょっとは駆け引きとかしようよ?」

「エバンスには駆け引きで勝てる気がしません」


 少ししょげたような仕草のアーリアの背中にエヴィウス殿下は笑みを深めた。エヴィウス殿下はアーリアの言動には、彼の中の根っからの天邪鬼な性格といじめっ子気質とが刺激させられた。

 手綱を持っている手の方でアーリアの頭をそっと撫でると慰めるように呟いた。


「素直なは嫌いじゃないよ。大山へは君とこうして空のデートがしたかっただけだよ。こうでもしないと君とニ人きりになれないからね?」


 エヴィウス殿下がほんの少しの本音を混ぜて言えば、アーリアはそれを全否定してきた。


「そんなの嘘ですよ」

「えー嘘じゃないよ。君はユリウス兄上の婚約者なんだから。いくら私がユリウス兄上の弟でもーーいや弟だからこそかな。君には合わせてはもらえないよ」

「何で……?ニ人きりで会うのは難しいかも知れないけど、会えない事はないんじゃないですか?」

「君はシスティナ国から『親善目的』でエステル帝国に嫁ぐんだよね?平和の架け橋とは名目は素晴らしいけど、本質的には人質だよ」

「それは、知ってます」

「そう?まだ十二分に分かってないと思うけどなぁ〜〜」


 エヴィウス殿下は口を尖らせた。

 アーリアは聡い。だが、ユークリウス殿下とエステル帝国の思惑全てを把握している訳ではない。全てを語らないユークリウス殿下からの言葉、齎される不確かな情報から、想像の範囲内で状況を脳内補完しているに過ぎないのだ。


「私は何が、分かってないの……?」


 困惑気味のアーリアに、エヴィウス殿下は親切にも真実を教えて聞かせた。


「目的がエステルとシスティナの親善なら、別に君を皇太子が娶る必要はないよね?」

「……?」

「君はシスティナの姫だけど嫡子じゃない。それならエステルも皇族なら誰でも良いんじゃないの?そう、例えば私でも……」

「ーーーー!」


 アーリアは弾かれたように顔を上げる。だが、背後にあるエヴィウス殿下の表情を見る事は叶わなかった。

 クスクスと小さな笑い声が頭上に落ちてくる。それはアーリアの同様を更に誘うものだった。


「私が君を気に入れば……どうなるか分かる?君の身柄はユリウス兄上の元にあるけど、その権限はユリウス兄上にはないんだよ?」

「誰、に……」

「そんなの決まってるでしょう?」


 ー皇帝陛下ー


 アーリアは喉に空気を詰まらせた。胸がギュウッと締め付けられる。エヴィウス殿下から醸し出された可能性、その未来をアーリアは考えた事がなかった。


 ユークリウス殿下の囮としての役割、それは危険を孕む仕事だ。しかしその仕事はユークリウス殿下の保護下で行われる為、最低限の安全が保障されていた。

 アーリアとリュゼ、そしてシスティナ国が未だ健在なのは、自分たちの身柄をユークリウス殿下が押さえているからに他ならない。ユークリウス殿下の尽力あってこその今なのだ。

 だが、もし身柄がエヴィウス殿下にーー皇帝陛下に渡ってしまえばどうなるのか……。


 アーリアの背中に冷たいモノが伝い落ちた。


「さっきは内緒って言ったのに、教えちゃった。でも、聞いたのは君だよ。知っちゃったらからにはもう後戻りはできないね?ーーさぁ、今は空の旅は始まったばかりだ。楽しもうか?アリア」


 陽気な声音とは裏腹に脅迫するエヴィウス殿下。彼の真意をアーリアは推し量る事ができず、齎された情報にただただ呆然とエヴィウス殿下の背に身体を預けた。


 エヴィウス殿下はアーリアの身体を背後からそっと抱き直すと、前を行く飛竜と距離を詰める為に手綱を繰り出した。




お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、大変嬉しいです!ありがとうございます‼︎


大山と精霊3をお送りしました!

エヴィウス殿下がいじめっ子に見えますね。リュゼも気が気じゃありません。


※少し遡って……※


「ちょっ!マジでカイトの後ろに乗んなきゃなんないの⁉︎ 」

「仕方ねーだろ?お前、飛竜駆れねーんだろ?」

「……」

「じゃ、後ろ乗れよ」

「え〜〜」

「え?何?お前、前に乗りたいワケ?」

「……」


次話も是非、ご覧ください!



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