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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
152/491

大山と精霊2 第二皇子

 

「アリア姫に向かって敬礼!」


『空挺部隊』隊長による号令に、整列した騎士たちが一斉にアーリア(=アリア姫)に向かって敬礼した。その揃った動き、鋭い目つき、筋肉隆々な体躯に、アーリアは「ひぇ〜」と引きつった悲鳴をあげそうになるのを必死に抑えた。何とか表情を引き締めると、ニッコリと営業微笑スマイルを浮かべて軽く手を振った。


 ー何でこうなったの⁉︎ー


 目の前の光景に、アーリアの気は遠くなる気持ちだった。


『第二皇子と共にユルグ大山へ赴き、青竜の生態を調査して来て頂きたい』


 アリア姫の滞在する皇太子宮に訪ねて来た貴族であり高官は、その来訪に驚くアーリア(=アリア姫)を他所に、皇帝陛下よりの勅命状を掲げて言い放った。

 補足説明を行ったのは、眉間に青筋をクッキリと浮かべたユークリウス殿下であった。


 ユルグ大山に住まう青竜の生態調査。

 環境省の依頼を受けた近衛騎士が調査に赴いた大山にて、大山に住まう青竜が『同族喰い』を行なっている現場を捉えた。その報告を受けた会議の場にて、ユークリウス殿下が自ら直接大山に赴き、その目で実態を確認したいとの発言をされた。しかし、次期皇帝となるであろうユークリウス殿下がそのような危険な地へと赴くのは如何なものか、という意見が多数にのぼり、許可が降りなかった。

 そこへ鶴の一声ならぬ第二皇子の一声が上がったそうだ。


『ではその調査、私が代わりに参りましょうか?』

『兄上が直接赴いて調べたい程の何かが大山にはあるのでしょう?でしたら私が兄上の代わりに参ります』


 ……と。

 普段、政治介入を殆どなさらない第二皇子からの提案に、その後の会議は揺れたそうだ。だがそこは第二皇子。口八寸はお手の物であった。

 彼は条件次第では皇族として、そして兄殿下の代わりとして現地の状況確認に赴くと仰ったそうだ。そしてその条件とは……


『『精霊の瞳』を持つ姫を私の同行者につけて頂きたい』

『姫は『精霊の瞳』をその身に宿している。精霊の化身である青竜の生態調査には御誂え向きでしょう?』


 ……と。

 弟殿下よりの言葉に流石の兄ユークリウス殿下は冷静さを欠いた。アリア姫はシスティナ国より皇太子妃として招いた姫なのだ。いくら『政略結婚』『人質』という意味の強い婚姻であろうと、アリア姫はユークリウス殿下の婚約者。しかも婚姻を結んでいない今、姫の権限はシスティナ国にある。ユークリウス殿下は婚姻に当たり、システィナ王宮よりアリア姫を預かっているに過ぎないのだと。

 しかしユークリウス殿下の言葉は、帝宮(=政治機関)の最深部には響かなかったようだ。皇太子権限を持つユークリウス殿下の言葉は通らなかったというのだ。それは一体、『誰』の思惑なのだろうか……。


『アリア姫は魔術を嗜まれると聞く。彼女に姫としてではなく魔導士として同行をお願いしてはいかがか?』

『その身に『精霊の瞳』を宿すアリア姫ならば、ユルグ大山に住まう青竜の気性の変化、その原因究明に至る事ができるのではないか?』


 そう意見が上がった時、ユークリウス殿下は激怒した。


『システィナから預かっている我が姫に、そんな危険な場所に赴けなどとは言える筈がない!』


 ……と。だが、そのように皇太子自ら強く拒否感を示したにも関わらず、何故かそんな巫山戯た案がまかり通ってしまったそうなのだ。

 更に、皇帝陛下からの勅命状を掲げられてしまっては、皇太子権限を持つユークリウス殿下とて全面拒否はできはしなかった。

 高官が去った後、ユークリウス殿下が『身分制度が憎い』と吐き捨てるかのように毒づいていたのはその為だった。


「ヒースさん、コレはどーゆーコトなのかなぁ……?」


 『空挺部隊』の騎士隊員たちに笑顔を見せながら困惑しているアーリアの背後では、二人の騎士が口論していた。

 アリア姫の唯一の護衛騎士にしてエステル帝国で唯一の味方であるリュゼは、いつもの軽薄そうな笑みを消して近衛第8騎士団団長ヒースにーーユークリウス殿下の片腕に詰め寄った。琥珀色の瞳には怒気がこもり、今にもヒースの胸ぐらを掴みそうな剣幕だ。


「何で姫が大山なんかに行かなきゃなんないの?」

「リュゼ殿……」

「第二皇子だけでもいい筈じゃない?アリア姫の同行って意味ないよね?」

「申し訳ございません。貴方の怒りも最も……」

「ヒースさんの謝罪なんて聞いてないんだよ?そんなモノ、何の意味もないでしょ?」


 アリア姫のユルグ大山行きをヒースが決めた訳でも命じた訳でもない。ヒースは近衛騎士団の一柱、団長の一人。ユークリウス殿下の側近とはいえ、一騎士でしかない。だからヒースがアリア姫の護衛騎士でしかないリュゼに謝る必要はない。

 しかし、ヒースはリュゼに謝る必要はないと言われたにも関わらず、再度リュゼに頭を下げた。


「申し訳ございません」

「……。『誰』の思惑なの?ヒースさんはもう分かっているんじゃないの?」

「申し訳、ございません……」


 目線のみで刺し殺せそうな程の怒りを瞳に滲ませたリュゼは、頭を下げたままのヒースの後頭部を見つめながら溜息をついた。そしてフイっと顔を背ける。


「もういい、分かった」

「リュゼ殿……」


 リュゼは前髪を搔きあげると、飛竜の行き交う空を見上げ、深い深い溜息をついた。

 ヒースはユークリウス殿下の側近だ。本来ならアーリアやリュゼなど部外者を気にかける必要などない。それなのにヒースは、アーリアとリュゼの面倒を細々と見てくれている。それにリュゼは常日頃より感謝していた。


 ーヒースさんに八つ当たりしたって仕方ないじゃんー


 フゥと深呼吸したリュゼはヒースに向き直ると徐に頭を下げた。


「ごめん、ヒースさん。八つ当たりした」

「……。いえ、構いませんよ。我があるじも大分憤っておられます。護衛騎士リュゼどのが憤らぬ訳がないのですから」


 頭を下げるリュゼにヒースは苦笑しながらその肩に手を置いた。お互い仕えるあるじが違えど『守りたい』と思う気持ちは同じだ。ヒースにはリュゼの憤りが十分過ぎるほど理解できるのだ。


「私は調査について行く事が叶いません。どうかお気をつけて」


「カイトを同行させます」とヒースは自分の代わりとして、頼りになる騎士おとこを貸してくれた。リュゼとアーリアにはお馴染みの彼は大変頼れる男だ。ヒースにとっても近衛第8騎士団にとっても頼れる男カイトを遣わしてくれるヒースには、リュゼは益々頭が上がらない思いだった。



 ※※※※※※※※※※



「アリア姫、こちらへ」


 『空挺部隊』隊長に呼ばれ、アーリアは護衛騎士リュゼと近衛騎士カイトを伴って一頭の飛竜の前まで行くと、そこには青銀色の長い髪を輝かせた青年が飛竜を見上げて佇んでいた。

 その青年はアーリアに気づくとパッと振り返り、その花菖蒲のような色彩の瞳を細めて爽やかな笑みを浮かべた。


「ようこそ!アリア姫」

「……⁉︎」


 アーリアはその青年に見覚えがあった。

 麗しのかんばせに仮面はなく、陽の元であっても、青年から放たれているキラキラした眩いオーラを見間違う事はなかった。

 アーリアは以前、その青年とルスティル公爵家で催された舞踏会で出会ったのだ。青年はあの晩、本名ではなく偽名を名乗り、偽名を使う事は優美なお遊びだと言って憚らなかった変わり者である。


「アリア姫はこのお方をご存知でしたか?このお方はエ……」

「私はエバンスという。姫とは夜会ぶりだね?」

「そう。エバンスさまと申され……え⁉︎」

「今日の私は『エバンス』だよ、隊長。そーゆーコトで宜しくね?」


 凄みのある笑顔で圧をかけられた『空挺部隊』隊長は、エバンス(偽名)に向けてその暑苦しい顔に困惑を浮かべた。

 アーリアは仮面舞踏会にて出会いを果たしたエバンス(偽名)がこの場にいる理由について推察した。そしてその答えは簡単に辿り着く事ができた。


「エバンス……?殿下?えっ!第二皇子エヴィウス殿下……⁉︎」

「あれぇ?もうバレちゃったの?」


 アーリアは「嗚呼」と天を仰ぐと、すぐさまエヴィウス殿下の前で膝をついた。


「エヴィウス殿下。わたくしはシスティナのアリアと申します。皇太子ユークリウス殿下の元に身を寄せております。殿下には先日の夜会に於いて大変お世話になりました。また、エヴィウス殿下とは気づかずにとんだ失礼を致しましたこと、平にご容赦ください。誠に申し訳ございませんでした」

「……許す」

「またこの度の調査、足手纏いになるやもしれませんが、精一杯努めさせて頂きます」

「了承した。……って言うか堅いっ!堅苦しいよっ。だからイヤだったんだ、本名を知られてしまうのは!」


 偽名エバンスーーエヴィウス殿下は前髪を掻きあげながら誰に向かってか文句を言うとすぐ、アーリアの手を引いて立たせた。そして少し前かがみになるとアーリアの顔をスッと覗き込んだ。


「アリア姫。私は君のことをアリアと呼ぶ。だから君はあの時みたいにエバンスって呼んで」

「で、ですが……」

「あぁ、言葉遣いももう少しラフでお願いね?」

「エヴィウス殿下……しかし、あ、でもこれは公務です、だから……」

「エヴィウスじゃなくてエバンス。アリアがそう呼んでくれないのなら、私も君も別の名で呼んでしまうよ……?」


 エヴィウス殿下はアーリアの手をグイッと引いて顔を近づけると、アーリアの耳元で小さく囁いた。


「例えば『アーリア』とかさ?」

「ーーッ⁉︎ エバンス!な、何で……」


 アーリアの驚愕の声とその表情はエヴィウス殿下の思惑通りであった。しかしアーリアは冷静さを保つ事はできなかった。

 アリア姫の本来の名である『アーリア』を知る者は、仲間であるユークリウス殿下、近衛騎士ヒース、侍女フューネ、そして近衛第8騎士団の騎士たちである。それ以外にこの名を知っているとすれば、アーリアをこの国へ誘拐してきた者とその関係者しかいないのだ。


 エヴィウス殿下は何事もなかったかのようにニッコリ微笑むと、困惑しているアーリアの手を引いて飛竜へと誘う。


「さ、コレが私の飛竜だよ?どぉ?カッコイイでしょう?」

「あ、その、え、ハイ……」


 脳を混乱させたまま、アーリアはエヴィウス殿下の指差した飛竜を見上げた。飛竜の背の高さは成人男性の2倍から3倍。ワイバーンとほぼ同じ程の大きさだ。羽を広げた大きさは更に大きく見える。体毛はなく全身が鱗で覆われている。

 エヴィウス殿下の説明ではこの飛竜はワイバーンの亜種だそうで、人間ヒトの手で卵から孵し育てられた飼い猫ならぬ飼い竜らしい。人間ヒトが育て調教を行なっているそうで、大変大人しく、飼い慣らされているのだそうだ。

 この国では皇族も飛竜を駆る能力が必要なようで、エヴィウス殿下も幼い頃より訓練を受けたという。

 飛竜の背には人間ヒトが乗るための鞍が置かれている。口には轡が嵌められている。万が一にも人間ヒトを噛まぬように牙は削られ、ある程度丸めらるているそうだ。


 首を擡げた飛竜の顔をエヴィウス殿下が撫でる。撫でられた飛竜は猫のような金の瞳を細め、小さく鳴いた。


「ね?人懐っこいでしょ?」

「そう、ですね……?」


 エヴィウス殿下の手前一応の同意を見せたアーリアたが、気持ちは完全に引いていた。笑顔を貼り付けはしているが、その瞬きの回数が緊張と不安の表れであった。


「人参でもあげてみる?」


 エヴィウス殿下のテンポに完全に乗せられてしまったアーリアは殿下から人参を受け取ると、それを飛竜に向けて掲げた。すると飛竜は人参をアーリアの手ごと口に含んだ。


 ーベロンー


「ひっ……」


 生暖かい感触が手に触れた。思わずアーリアが人参から手を離すと、飛竜の口もアーリアの手から離れた。


「わお!大胆っ。……って、どうしたのアリア。顔が真っ青……」


 アーリアは額に汗しながら完全に固まっていた。その顔をエヴィウス殿下が覗き込む。


「もしかして飛竜が苦手なのかな?」

「……」


 アーリアは動物は好きだ。犬や猫、兎などの小動物は人生で一度は飼いたいと思っている。特にネコ科の動物には心惹かれるものがある。フワフワモフモフの毛並み。ツルリとした尻尾。つぶらな瞳。存在そのものが癒しである。一日中眺めていても飽きないだろう。

 しかし、虫の類は苦手であった。その中でも蛇や蜥蜴など、ぬるりとして鱗のある生き物は触るどころか見る事すらしたくない程の苦手意識を持っている。

 かつてアーリアがジークフリードとの旅の間、野宿をしていた時は常に気配を尖らせ、決してジークフリードの側を離れはしなかった。それは、即座に追手からの対処に当たれるという理由の他に、アーリアが虫を一人で退治する事ができなかったからに他ならない。蛇などは出会ったら最後、身体が固まって動けなくなってしまうのだ。

 そして竜。青竜ほどの大きさの種族になれば、その意識は好き嫌いの範疇ではない。脅威という言葉に尽きる。だがら青竜討伐時にも何の躊躇いもなかった。

 しかしこの飛竜はいただけなかった。蜥蜴や蛇を思わせる鱗に獰猛な顔。唯一の救いがフワッとした鬣がある事だけ。


 アーリアは飛竜に舐められた手に目線を落として、涙目になっていた。

 背後でリュゼが頭を抱えている。カイトは何とも言えないぬ微妙な目線をアーリアに向けている。


「……アハハハハ!大丈夫だよ!この子は気も優しいし、君を食べたりなんてしないよ」


 「君は柔らかくて美味しそうだけどね?」とウィンクしたエヴィウス殿下は笑いながら未だ固まっているアーリアの濡れた手を取り、涎を布巾で拭いた。


「さぁ、これから私と飛竜に乗って大山までデートだよ〜〜!楽しくなりそうだね?」


 そう言ってアーリアに笑いかけたエヴィウス殿下は、悲壮な顔をしたアーリアとは対照的に実にイイ笑顔であった。




お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価等、本当にありがとうございます!大変励みになります!


大山と精霊2をお送りしました。

アーリアの爬虫類嫌い。

ジークフリードは役得でしたね。

お気づきの通り、エバンス(偽名)=エヴィウス殿下でした。果たして彼の思惑はどこに……。


次話も是非ご覧ください!

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