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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
151/491

大山と精霊1 報告と提案

 雪の降り積もる山中、脛まで雪に埋もれながら、その騎士は先を行く狩人の足跡について歩み行く。しかしその足取りは重い。雪に脚が取られる為、一歩進むのにも通常の登山よりも労力がかかるのだ。いくら騎士と言えど体力は無尽蔵ではない。また雪山を歩くには剣や弓を奮うのとはまた違った筋力が必要であった。


 先を行く狩人はさすが山の民とも言える足取りだ。雪に苦戦はしているものの、その一歩一歩には不安が見えない。


「おい!まだかかるのか?」

「いいえ、もうすぐです。この先が青竜の巣にございます」


 騎士の問いに狩人は出来るだけ丁寧な口調で答えた。狩人からすれば騎士ーーそれも都から来られた近衛騎士は雲上の人。近衛騎士は貴族からなるエリート騎士だ。青騎士(=一般騎士)ともその存在は大きく違う。狩人が騎士に対して少しでと粗相があれば、この場で首が落ちる。


 一歩また一歩と足を踏みしめ木々の間を抜けると、ポッカリと大穴が現れた。いや、渓谷だ。標高三千を超える大山、それを囲むように標高の高い複数の山々が連なる大山脈地帯の中にそれは突然現れた。ユルグ大山には前人未到の領域が存在する。何故ならそこは『青き竜』の住まう地であるからだ。


「ここが『竜の巣』か……。しかし、これは……ッ!」

「あぁ……そんな……⁉︎ 」


 迸る血の雨。耳を劈く咆哮。

 肌に泡立つ汗が熱に炙られる。


 騎士と狩人は共に、目の前で繰り広げられる光景に身体を硬直させた。



 ※※※※※※※※※※



「ーーそれでは、ルスティル公爵の罪状は以下の通りでございます」


 司法長官の報告という名の決定事項に対して貴族官僚たちが有無を言うことなどない。ただ静かに座して耳を傾けているに過ぎなかった。


「意義はございませんか?……では、このように奏上致します」


 司法長官はトンと書類を整理して、座を立った。


 審議の場に皇帝陛下の姿はない。

 皇帝は貴族官僚たちの決めた決定事項を受け取るのみだ。そしてその後の判決は皇帝に一任されている。それに否を唱える者はエステル帝国には存在しない。何故ならばエステル帝国皇帝とは『神の使徒』であるからだ。


 初代皇帝ギルバートから連なるエステル帝国の皇族たちには、帝王ギルバートとその伴侶であったとされる精霊女王の血が流れているという。その真偽は定かではない。しかしそれはエステル帝国では『真実』とされ、千年経った今尚、皇族は精霊()の使徒として崇められているのだ。それがエステル帝国の紛う事なき『真実』であった。


「ブライス宰相閣下、ルスティル公爵の罪状を受けて、何か思う所はないのですか?」


 『中立派』の貴族の一人が去って行く司法長官の背から、宰相であるブライス公爵へと視線を移した。


「『愚か者』としか思わんな」


 ブライス宰相閣下は事もなげに一言で言い捨てた。

 その態度と返答を意に返さなかったのだろう。

 問い掛けた『中立派』の貴族官僚がブライス宰相閣下へと、眉根を寄せて毒々しげに歯向かってきた。


「彼は貴殿の派閥だったのでは?」


 しかし意に返さなかったのはブライス宰相閣下とて同じこと。


「あのような愚か者が一時的にしろ私の派閥にあった事は許し難い事実。だが、それが何だと言うのだ?帝宮に弓引く者など罰されて当然ではないか」

「……宰相殿の派閥にはもう、あの者と同じ考えを持つ者がいないと言い切れるのか?」

「言い換えれば、それはお主たちとて同じ事ではなかろうか?『中立派』など銘打つ貴殿たちは何と中途半端な御都合主義者の集まりであろうか」

「「っな……!」」


 ブライス宰相閣下は普段の冷静な態度からは想像できぬほど苛烈な言葉を『中立派』官僚に浴びせた。思わず顔色を赤く変える『中立派』官僚たち。目を白黒させた後、猛然と突っかかってきた。


「無礼な!いくら宰相殿とはいえそのような言い様、我らを愚弄しているとしか取れませんぞ!」

「先に愚弄して来たのは汝等ではないか……。時の情勢を見て右へ左へとフラフラと。御都合主義と言わずして何と言うのか?」

「く……!」

「それとも『神党』の回し者とでも言おうか?貴殿らは政治を宗教で食いつぶす気ですかな?」

「何を根拠に……!」

「ははは!証拠を見せれば納得なさるのなら、いくらでも見せましょう」


 ブライス宰相閣下の方が一枚も二枚も上手であった。

 『神党』とは『神聖精霊党』の略称であり、過激な宗教組織である。エステル帝国は『精霊信仰』を基盤とする宗教国家だが、その中にも多様な宗派が存在する。中には国を宗教組織の為の道具とさえ思っている者とているのだ。ブライス宰相閣下は正にそのような宗教家たちを毛嫌いしていた。


 ーぱんぱん!ー


 柏手を打つ音。その嫌味の応酬に待ったをかけたのは、今会議の司会を務めるキースクリフ宰相補佐殿であった。


「両者とも、皇太子殿下の御前でみっともない。控えてください」

「宰相補佐殿……!で、ですが……!」

「ブライス宰相閣下、貴殿も言い過ぎでは?」

「……」


 軽く注意を受けたブライス宰相閣下であったが、ツンと目線を晒したのみ。謝る気は全くないと見えた。そのオトナゲナイ態度にキースクリフ宰相補佐殿は一つ溜息を吐くのみ。


「……で、では、ユークリウス殿下はどうお考えか!?」


 痺れを切らした『中立派』の貴族官僚が、口論を傍観していた皇太子ユークリウス殿下に意見を求めた。『穏健派』よりルスティル公爵始め、多数の逮捕者を出したのだ。『改革派』のリーダーたるユークリウス殿下にとって、『穏健派』を追い詰めるまたとないチャンスではないか。そう『中立派』の貴族たちは思ったのだろう。今ならば『中立派』官僚たちの意見に同意ーーつまり味方してもらえるのではないか。そう浅はかにも考えたのだ。


「……どう、とは?」


 問われたユークリウス殿下は、閉じていた目をゆっくり開け首を巡らせた。


「彼ら『穏健派』に思う所はないのですか?」

「……確かにルスティル公爵は『穏健派』に属していた。しかし、ルスティル公爵を捕らえる為に私に力を貸してくれたのも『穏健派』ーーブライス宰相だ」

「なん、と……!? 」


 皇太子殿下ならばブライス宰相閣下に対抗できる。そう、浅はかにも企てていた『中立派』貴族からすれば、思ってもない展開であった。彼らの思惑は、全く見当違いなほど外れてしまったのだ。


 帝宮に賊の侵入を許したあの夜。賊を手引きしたのは宰相府の若き官吏であった。彼は身分と金銭とを引き換えにルスティル公爵の手に落ちていたのだ。以前からその者の動向に不審を抱いていたブライス宰相閣下はあの夜、宰相府の機密文書を盗もうとしたその者を追い詰め、その身柄をユークリウス殿下に差し出したのだ。そこからルスティル公爵の暗躍が白日に晒される事となった。


「宰相府にそのような俗物がいた事、その者が帝宮に弓引く行いをした事、それは事実である。だからこそ、その汚辱は我々の手で(すす)がねばならない。そうであろう?」

「ッ……!」


 ブライス宰相閣下の正論と共に放たれる鋭い視線を受けて、『中立派』貴族たちは皆、一様に押し黙る。

 それを薄ら目で見ていたユークリウス殿下は一つ息を吐き、ブライス宰相閣下の方へと身体の向きを変えると、命令を下した。


「ならばブライス宰相。今一度、宰相府の綱紀を改められよ。より一層の忠義をそなたらに求める」

「御意」


 ブライス宰相閣下の強い眼差し、それを受けたユークリウス殿下は固く頷く。ブライス公爵は帝宮の主人の代行者たる皇太子殿下に、その(こうべ)を垂れた。皇太子ユークリウス殿下は皇帝陛下の代理。帝室の声の代理人であった。

 ユークリウス殿下は政治家であると同時に皇太子である。次期皇帝という立場で持って、貴族たちの綱紀を改める権限を有している。彼は帝宮に弓引く者を許す事は決してない。


 ユークリウス殿下とブライス公爵のやり取りに、それまで騒ぎ立てていた『中立派』貴族官僚たちはもう水を濁す行為を起こせなかった。


 一つ目配らせしたキースクリフ宰相補佐は手元の資料を捲ると、議論を再開させた。今会議で話し合わねばならぬ事項はまだ山のようにあるのだ。時間は有限にはなく、一つ處に留まる事などできはしなかった。


「……それでは次の審議を開始します。環境省長官」

「はっ。私からご報告させて頂く要件は三つ。一つ、農作物について。一つ、飛竜について。一つ、大山の竜についてにございます」


 立ち上がった環境省長官ーー環境尚書は指を折りながら報告を開始した。


「では一つ目から」

「農作物についてですが、本年は長雨と洪水の為、農作物の不作が余儀なくされております。洪水による河川、田畑の復旧作業は近衛主導により目処は立ってございますが、本年度分の麦と米の被害は甚大。やはり貯蔵庫の開放を検討するほかございません」

「うむ。それは宰相府にて検討しよう」


 ブライス公爵が挙手し、それは無言によって履行された。


「場合によっては他国より輸入する手も考えねばならないだろう」


 ユークリウス殿下の口より発せられた『輸入』の一言に、会議室に暫くの沈黙が落ちる。


「では二つ目を」

「二つ目と三つ目は連動しております。どちらも我が国の竜の気質について調査を行ったものです。飛竜については『空挺部隊』の管轄でありますから、近衛騎士団に調査の協力を願い出ました」

「近衛騎士団長殿」

「は、環境尚書殿からの要請を受け、『空挺部隊』の飛竜一頭一頭を観察致しました。結論から言いますと、『今のところ変化はなし』と言う報告しかできません。しかし……」

「しかし?」

「報告書を見返したところ、この五年程の間に何度か、飛竜が暴れた日があるとの事です」

「暴れた、とは?」

「突然、咆哮を上げて当番の騎士に襲いかかったそうです」

「そんな事は報告は今まで上がっていなかったが……!?」

「それは……」


 近衛騎士団長が歯切れ悪く押し黙った。顔は苦渋に満ちている。団長のそのような表情は大変珍しく、ブライス宰相閣下は怪訝な顔を見せ、また他の貴族官僚からは小さな騒めきが起こった。

 近衛騎士団長のその表情より彼が言わんとする内容を推測したユークリウス殿下は、スイッとその目を細めた。


「前軍務尚書だな?」


 詰めていた息を吐くように、近衛騎士団長は重い口を開けて答えた。


「……はい、その通りです。近衛騎士団からは報告を上げています。ですが、皆さまのお耳には届いていなかったようですね」


 更迭された軍務尚書による不適切な対応。それがこの場で再度、浮き彫りとなった。災害に於ける騎士や軍人の投入の件といい、彼は己に課せられた仕事を放棄していたとしか思えない。更迭されて然るべき人物であった。

 ユークリウス殿下は若干青い顔をしている近衛騎士団長に、いくつかの質問を投げかけた。


「……それで?飛竜はその後どうなったのか?」

「飛竜は通常、強固な鎖で繋がれております。その為、暴れ出した時の被害も軽微でありました。しかもそれは常ではなく一時の事。その後は何事もなく飛竜も騎士に忠実であった為、これまで然程問題視されてきませんでした」

「そうか。その暴れた日に共通点はあるか?」

「そこまでは分かっておりません」

「その調査は我々、環境省が引き継いで行います」


 近衛騎士団長の言葉に環境尚書が引き継いで答えた。


「では、三つ目」

「は。三つ目は大山に住まう青竜についてです。我々環境省は地元に協力を仰ぎ、調査の為、騎士を大山へと送り込みました。そこで騎士はあり得ぬモノを目撃したのです」


 環境尚書の意味深な言葉に静まり返る会議室。代表してユークリウス殿下が質問をした。


「有り得ぬモノとは何か?」

「青竜による『同族喰い』です」

「「「ーーーー⁉︎ 」」」


 会議室に激震が走った。貴族官僚からは「馬鹿な!」「何故そのような事態に?」などと次々に声が上がる。

 竜は精霊の化身である妖精、その一族であると言われている。竜族の中でも青竜、赤龍、黄竜、黒竜の四種族は特に知性が高いとされる。彼らは伴侶を持ち、子を産み、家族を作るのだ。竜族は群れを成して生活し、縄張りを作る。特徴としては、他の竜族の侵略を嫌うい、仲間内は大切にする事が挙げられる。

 その竜族の内、ユルグ大山に住まうは青竜である。青竜はエステル帝国にあって、精霊の次に敬意を払われる存在。そんな青竜が『同族喰い』など、精霊を崇めるエステルの民として、この場にいる貴族たちは到底信じられる情報ではなかった。


「……それで?」


 冷静な声はユークリウス殿下のもの。

 その声音は騒めきをピタリと止めた。


「はい。青竜たちはまるで獣のように多種族の竜を、更には同族を食らっておりました。正確には竜の額にある『竜玉』を……」

「『竜玉』とは確か竜の命の源では?」

「そうです。第二の心臓ともよべる『竜玉』には生命がーー魔力が宿っております」

「それを喰ってーー体内に取り込んでいるのか……」

「分かりません。今のところ理由は『不明』としか言えません」

「……。引き継き調査を継続せよ」


 ユークリウス殿下は環境尚書に命を下すと、顎に手を置いて考えを巡らせ始めた。そして以前、自身の婚約者アリア姫ーーアーリアから聞いた話を思い出し、ボソボソと口籠った。


「ユークリウス殿下……?」

「ーーああ、悪い。環境省に一任したいところだが、次に調査に向かう時に私も同行できないだろうか?」


 ユークリウス殿下の提案にはどの貴族も派閥関係なく「危険です!」と反対の意見が飛び交った。しかもーー……


「ユークリウス殿下は次期皇帝であらせられる。御身に何かあれば只事では済まされませんぞ。自重してくださいませ」


 ……と、ブライス宰相閣下にまで注意される始末。


「悪い。だが……」


 ユークリウス殿下が歯切れ悪く呟いた処に、別方向から思わぬ声が上がってきた。


「……ではその調査、私が参りましょうか?」


 突然の提案。それは思ってもいない人物から齎された言葉であった。


「エヴィウス殿下……」


 政治介入を極力控えている第二皇子エヴィウス殿下は、この度の会議に珍しく参加されていた。ルスティル公爵の件はエヴィウス殿下に無関係ではなかったからだ。

 しかし、ルスティル公爵の審議の後、空気と化していたエヴィウス殿下がこのように会議に参入してくるとは、誰も想像していなかった。

 思わず漏れ出た声は誰のものか。

 誰かの心の声であろう。もしくはその場に居合わせた貴族官僚全ての呟きであったのかも知れない。


「エヴィウス。お前が自ら政治に関わるとは意外だな?」

「心外ですね。私はいつも真面目にお仕事をしているではないですか」


 誰もが思っている言葉をユークリウス殿下はストレートで投げつけた。エヴィウス殿下はちっとも心外だと思っていない態度で大仰に答えた。


「そうか。……そうだな。では、『調査に参る』とは何の思惑あっての事だ?」

「兄上が直接赴いて調べたい程の何かが大山にあるのでしょう?でしたら私が代わりに行きますよ。私は第二皇子。貴方のスペアだ。兄上よりよっぽど身軽ですからね」


 エヴィウス殿下の『皇太子のスペア』発言に、会議室にいた貴族官僚たちが騒めき出した。


「そのような事はございません!貴方様はエステル帝国、帝室の一員ではありませんか!」

「ありがとう。でも、自分を卑下して言ったワケじゃないよ。私が兄上の代わりに行きますよってコトが言いたかっただけだ。ーーでもね、それには一つ条件があるんだよね?」


 エヴィウス殿下の浮かべる笑み、その表情から本心を読み取る事は誰にもできなかった。口元こそ笑ってはいるが、その菖蒲色の瞳には怪しい光が宿って見えた。


「条件?」


 ユークリウス殿下は嫌な予感を覚えながらも、問わずにはおれなかった。


「『精霊の瞳』を持つ姫を私の同行者につけて頂きたい」

「!?」


 人差し指を菖蒲色の瞳に当てながら微笑む弟殿下の言葉に、兄ユークリウス殿下は息を詰まらせた。エヴィウス殿下の提案はユークリウス殿下の予想の範疇を超えていたのだ。


「彼女は『精霊の瞳』をその身に宿している。精霊の化身である青竜の調査には御誂え向きでしょう?ねぇ、兄上」




お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、大変嬉しいです‼︎ ありがとうございます!


大山と精霊1をお送りしました。

そろそろエステルでの物語も終盤に向けて動き出します。

よろしければ第2部のラストまでお付き合いください。


次話も是非ご覧ください!


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