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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
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師匠と殿下と贈り物

 天上の女神、それとも大海の人魚姫か。


 その歌声は大ホール全体に響き渡り、人々の心に少なからず感動を与えていた。

 それは演劇の一幕。

 エステル帝国の租、帝王ギルバートと精霊女王の恋物語。帝国では使い古された物語(ストーリー)だと言えよう。


 エステル帝国の皇太子ともなれば、外遊と称する仕事は山のように存在する。

 夜会、舞踏会、観劇鑑賞会、演劇鑑賞会、音楽鑑賞会……。数え出したらキリがない。しかも断る事のできる類の物とのそうでな物とがある。

 夜会など国内外で年がら年中催されている。その規模も様々で、皇太子が出張る必要があるものは、政治的要素を持ったものが大半だ。夜会の立ち話で商談が成立する事すらもあるのだ。一口に夜会と言っても馬鹿にはできない。

 また将来帝位を抱く者として、ユークリウス殿下には足場固めをする必要がある。今がその正念場であるとユークリウス殿下は自覚していた。


 ユークリウス殿下は、今まさに、システィナを巻き込んだ大博打の最中にあったのだ。


 エステル帝国の未来を勝ち取る事が出来るか否か。それはユークリウス殿下の選択次第。何が国にとって有益で何が無益か見極め、取捨選択する。有だと分かれば悪でも拾い、無だと分かれば善でも捨てる。

 善悪など最初(はな)からない。

 動物も植物も魔物も精霊も、そして人間も……。善悪の判断を自己で下しているのだから。人間の有が動物の有ではないように、人間同士の中にも齟齬は発生する。

 如何にも善人道的であるモノであっても無益ならば選ぶ価値などないのだ。

 しかし、どのように選択しても少なからず犠牲者は出るだろう。


 ーこの娘のように……ー


 ユークリウス殿下は自身の左側に座る娘を横目で見た。金の髪に彩られた輪郭の中には天井画のように透明度のある肌と、光を受ける角度で色の見え方が違う不思議な瞳を併せ持っている。長い睫毛の先にはその瞳が煌めきを放っている。その神秘的な相貌は人を惹きつけて止まない。


 ー俺でさえ、な……ー


 ユークリウス殿下はひっそりとため息を吐いた。


 システィナ国よりエステル帝国へ。国同士の思惑により皇太子ユークリウス殿下に輿入れする予定のシスティナ国の姫アリア。それが彼女の『役割』だった。

 だが本来なら、彼女はここに居るべきではない人物だ。アリア姫は本物の姫ではなく、それどころか王族でも貴族でもない。ただの魔導士なのだ。


 システィナの魔女アーリア。


 それが娘の正体。システィナの東方を守護する『東の塔の魔女』なのだ。間違ってもエステル帝国の帝宮に居て良い人物ではない。アーリアはシスティナの要の1つなのだから。

 しかし、アーリアはその身にエステルとシスティナの両国の皺寄せを一手に引き受け、帝国(ここ)にいる。アーリアこそが最大の犠牲者だと言えよう。

 皇族教育が功を奏したようで、現在アーリアは見事に『システィナの姫』を演じきっている。もう今更誰も、彼女の事を姫ではないと伺ってくる者はない。その神秘的な表情で見つめられれば、立ち所に退散していくのが専らだ。

 しかし、そんな彼女も興味ある物に集中している時は、その表情に幼さが見え隠れするようだった。年齢よりもあどけない表情を浮かべている姿を目にすると、ほっと胸を撫で下ろす瞬間がユークリウス殿下にはあった。


 ーにべもないー


 ユークリウス殿下が演劇そっちのけで、今後の課題と策略を思案していると、トンと左腕に重みがかかった。そこからジワジワと暖かさが伝わってくる。


「アリア……?」


 小声で呼びかけても反応はない。チラリと左側面を見れば、アーリアはユークリウス殿下の肩にもたれ掛かって瞼を閉じていた。


「眠って、いるのか……」


 アーリアの胸が小さく上下するのを見て、ユークリウス殿下は苦笑した。


 ここ、賓客用個室にいるのはユークリウス殿下とアリア姫、そして護衛の騎士のみ。薄い結界が張られ、外から他の客に個室の様子を盗み見られる事はない。

 右手の背後へ視線を向ければ、ヒースが苦笑を浮かべていた。その様子から、ユークリウス殿下が気づくより前からアーリアは眠ってしまっていた事が分かった。随分と長い時間、物思いに耽っていたようだ。


 ーこれは俺に気を許している、という事か……?ー


 アーリアにとってはエステル帝国は敵陣営。ユークリウス殿下は自身(アーリア)を脅して利用している極悪人だ。アーリアはそこまで思っていなくとも、状況はそうだ。


「あれだけ見たがっていたのにな……」


 ユークリウス殿下の演劇鑑賞の付き合いを言い渡されたアーリアは、珍しく目を輝かせていた。丁度、侍女のフィーネから演劇の話を聞いていたようで、少なからず興味を抱いていたようなのだ。

 あの仕事が恋人と言って憚らないフィーネの唯1つの趣味が演劇鑑賞であった。なんと推しの俳優まで居るというのだから、人は見かけには寄らないという事だろう。フィーネは演劇ならば、喜劇、歌劇、問わず何にでも詳しかった。


「すみません、殿下」


 アーリアの護衛騎士リュゼがユークリウス殿下に謝罪した。


「構わない。……あまり眠れていないのだろう?」

「……」


 アリア姫を狙う者は相変わらず途切れていない。大なり小なり、襲撃は続いていた。

 公爵令嬢(リアナ)がらみの攻撃は鳴りを潜めた。その代わり、ルスティル公爵を捕縛した余波で他の貴族が捕らえられた事により情勢が変化し、ユークリウス殿下とアリア姫を敵視する者が最期の悪足掻きのように暗殺者を放ってきているのだ。夜間はその襲撃も多い。

 攻撃は単純に命を狙うだけが目的ではない。どちらかと言えば相手の精神を蝕む事も目的としている物の方が多い。


「悪夢、か……」


 小さな呟きがホールに響き渡るソプラノの声音に掻き消されていく。

 ユークリウス殿下はアーリアの寝顔を見ながらある出来事を思い出していた。それはまるで狐につままれたような出来事であった。



 ※※※



 ある晩、ユークリウス殿下が夜会から皇太子宮へ戻ると宮の中が何やら騒がしかった。アーリアの寝室の周辺に賊が侵入したというのだ。アーリアの護衛騎士リュゼは勿論、近衛騎士カイトを中心にした班がその対応をしていた。

 賊は間もなく捕らえられた。カイトたちは皇太子宮の警備を強化し、即座に賊の侵入ルートの洗い出しと犯人の捜査に取り掛かった。

 ユークリウス殿下はアーリアの無事を確認する為に彼女の寝室を訪れた。

 いつもなら襲撃の夜は起きて犯人が捕まるまで待っているアーリアなのだが、この夜は寝室の扉を何度ノックをしても中からの返事はなく、仕方なくユークリウス殿下は無断で寝室に入る事となったのだ。そして、そこである人物に対面を果たした。


 艶やかな漆黒の髪、中性的な顔立ちに翠の瞳を併せ持つ青年。


 その青年はアーリアの眠る寝台の側で佇んでいた。アーリアを見つめる目は慈愛に満ち、頭を撫で慈しむ仕草には女神にも似た母性が溢れていた。

 アーリアしかいない筈の寝室に何処からともなく入り込んだ青年。ユークリウス殿下は咄嗟に腰の剣に手を伸ばした。


「ーー何者だ⁉︎」


 青年はアーリアからユークリウス殿下へと目線を移すと、優雅な仕草で腰を折ってみせた。


「お初にお目にかかります。エステル帝国皇太子ユークリウス殿下でいらせられますね?」

「ユークリウスに相違ない。貴殿は?」

「私はシスティナの魔導士。そしてこの娘の師。以前は声のみでの挨拶、大変失礼致しました」

「ーー! 漆黒の魔導士殿か⁉︎」

「そう呼ぶ者もおります」


 ユークリウス殿下はアーリアの師匠と名乗る青年をトックリと眺めた。

 目鼻立ちの整った青年だ。年齢は二十代半ほどに見えるが、その立ち居振る舞いには余裕があり、とても若者とは思えぬ老練な雰囲気が醸し出されていた。魔力の高い者は老け難いとは聞くが、この青年ももしかすれば親世代程の年齢なのではないだろうか。そう、ユークリウス殿下は青年を見て判じていた。


「では魔導士殿。貴殿は何用でこんな夜更けに参られた?」


 ユークリウス殿下は警戒心を解かぬまま、アーリアの師匠と対峙した。


「その警戒心は評価に値しますよ」

「何を……」

「油断すれば人間(ヒト)などすぐに死にますからね。貴方が警戒心の強いお人のようで安心しました」


 当たり前だ。ユークリウスは皇太子なのだ。政治を受け持つ者は、国民一人ひとり、一個人のことなど考えてなどいられない。国として最善を尽くす場合、多かれ少なかれ犠牲者は出るのだ。その為、ユークリウス殿下は誰に恨まれても仕方ない立場と言えた。

 だが、死んでくれと言われて簡単に死ねる筈はない。自分には自分の命以上の責任を持って生きているのだから。


「……それで?」

「ああ、私ですか?私はこの()定期点検(メンテナンス)に訪れたのですよ?」

「定期点検……?」

「そう。この娘の持つ瞳は大変特殊でしてね」


 『精霊の瞳』。ユークリウス殿下の口から溢れた言葉に、アーリアの師匠はにんまりと笑った。


「そうとも呼ばれていますね」


 漆黒の魔導士の言葉には含みがある。


「それに……。殿下、アーリアに治療を施された貴方ならば、もう既にお気づきでしょう?」


 ユークリウス殿下を包む空気が重くなっていく。漆黒の魔導士がユークリウス殿下に対し、魔力による威圧を行なっていたのだと後に知れた。しかし、この時の殿下にはそれに気づく余裕など有りはしなかった。


「さてな」


 ユークリウス殿下はアーリアの師匠の問いに対してトボけたフリをした。


「……そう、ですか……」


 アーリアの師匠は1つ瞬きをすると、何かを納得したかのように頷いた。


「ですが殿下。この娘では貴方の妃にはなれません。早々に手放す事をお勧め致します」

「それは貴殿の決める事ではない」

「ならばご覚悟を。殿下がこの娘を受け入れるのならば、知らねばならぬ真実がございますーー……」



 ※※※



 アーリアの師匠から齎された言葉を反芻していたユークリウス殿下は、背後から近寄り耳打ちするヒースの言葉によって、現実に引き戻された。


「殿下。少し場を外します」

「許す」


 主人に許可を得るとヒースは小さく頭を下げ、リュゼと共に扉の向こうへ消えて行った。


「予定通り。だが……」


 それが返って気にくわない。

 賊が来たのだ。

 『精霊の瞳』を持つシスティナの姫を狙って。

 ユークリウス殿下はその情報は得ていた。ルスティル公爵に媚を売っていた小悪党の一人だ。そしてこの演劇の鑑賞券を送ってきた人物でもある。


「んっ……」


 ユークリウス殿下がツイとアーリアの寝顔を見遣ると、アーリアは寝苦しそうに眉根を寄せ、苦痛な表情を浮かべている。余程嫌な夢を見ているのだろう。ーーいや、悪夢を見させられているのだろう。

 ユークリウス殿下はアーリアの手の上に己の手をそっと重ねた。思った以上にひんやりと冷たいその指手に、自分の指手を絡ませた。


「ー星々の光は瞬きを数えー

 ー月の女神はその瞳に慈悲を湛えんー」


 ぼうっとアーリアの身体を優しい光が包み込む。蝋燭のような淡い光は収束し、アーリアの胸の中に溶けこむように消えたていく。するとあれだけ強張っていた表情からスッと力が抜けていった。

 次にユークリウスは上着のポケットから1つの小箱を取り出し蓋を開ける。中には金の腕輪が一つ。腕輪の中心には透明度の高い紫の宝石が嵌められており、周囲には見事な彫りが施されていた。

 ユークリウス殿下は箱から腕輪を取り出すと、それをアーリアの左腕にスルリと嵌めた。そして親指に歯を立てると、滲み出る血を腕輪の宝石に一滴だけ垂らした。


「ー我が血 その盟約により命ずー

 ーこの者に大いなる祝福をー

 ーこの者に大いなる希望をー

 ーこの者に大いなる未来をー」


 ユークリウス殿下の言霊によって光が生まれ、アーリアの左腕に嵌る腕輪に収束する。キィンと乾いた音を立てて、腕輪は輝きをその身のうちに収めた。


「うむ。まずまずだな」


 アーリアの手を取って魔法のかかった腕輪を眺め、ユークリウス殿下は一人納得の表情を浮かべた。


 その後すぐだった。


 ユークリウス殿下とアーリアの座る椅子、その背後からゴボゴボと水が溢れ出すような音が聞こえてきたのはーー


「来たか」


 ユークリウス殿下は立ち上がるとザッと背後を振り向いた。鋭い視線が地を這う。異変はすぐに知れた。扉の影からドロドロとした物が盛り上がり、それは一人の男を形作ったのだ。

 のっぺりとした表情のない顔。そして身体。粘土を捏ねてつくった彫刻の出来損ないのようなソレは、ない口から声を発し始めた。


「アリアヒメニアクムヲ……」

「ほう、影人形か。随分と古典的な魔法を引っ張り出してきたものだ」

「アリアヒメニサメヌユメヲ……」

「神聖精霊党か?貴様らのやりそうな手口だ。なんと醜悪な!悪夢を使って捕らえようなどとは……!」


 『神聖精霊党』とは精霊を信仰する宗教の中でも一際過激な宗教団体だ。アリア姫が『精霊の瞳』を有すると嗅ぎつけ、手中に納めんと捕らえに来たのだろう。

 ユークリウス殿下の言葉にカタコトで話す表情のない影人形の顔が、ニヤリと笑う気配がした。


「アリアヒメヲワガテニ……」

「お前のような狂人に、アリアをくれてはやらぬ!この者は私の妃になる娘なのでなッ」


 ユークリウス殿下は眠るアーリアの正面に立つと、アーリアを正面から抱き寄せた。


「モウオソイ。ヒメノココロハヤミノナカダ……ヒャハ、ヒャハハハ……」

「不愉快な笑い声だな。術者の顔が見えるようだ。なぁ、伯爵」

「ーーーー」


 奇怪な笑い声を上げていた影人形は、その笑いをピタリと止めた。


「アスター伯爵。貴殿自ら出向いて来るとはな……」

「ナゼ……?」

「そりゃ、俺が天才だからだ!」


 ーダンー


 ユークリウス殿下は足を一つ踏み鳴らした。すると殿下の足下からブワリと光が溢れ出した。


「クッ……」

「ー光よ来たれー」

「コ、レハ……」


 影人形は扉の隙間からズルズルと逃げ出そうとするがーー……


「逃すか!ー影の荊ー」


 ーダンー


 もう一度ユークリウス殿下が足を踏みならすと、ユークリウス殿下の足下から影が飛び出し、逃げ出そうとした影人形を足から胴体へと絡みついて拘束していく。そしてそのまま力づくで引っ張り戻した。


「伯爵、俺がお前をこのまま握り潰したらどーなると思う?」

「ヒィッーーーー!」


 ユークリウス殿下の言葉、その凶悪な表情に、顔のない影人形から悲鳴が漏れる。


「精神が壊れるだろうなぁ」

「ヤメ……ヤメロ……」


 ーダンー


 ユークリウス殿下は容赦なく影人形を締め付けた。

 ギリギリと締め上げる影の荊。その度に影人形から苦痛の悲鳴が上がる。


「ギャァ……ヤメ……」

「お前が先に仕掛けたんだろうが?報いを受けろ」


 次の瞬間、パキンと乾いた音と共に影人形が煙のように消えていく。


 ーァァアアアア……ー


 虚空から悲鳴。悲鳴は徐々に遠ざかっていき、次第に聞こえなくなっていった。


「ーー殿下、ご無事ですか?」


 ガチャリと扉が開いて、廊下に待機していた騎士ヒースが顔を出す。その背後から何やら言いたげなリュゼがいつもの笑みを貼り付けて顔を覗かせた。

 結界が張られた室内から騒音が外に漏れ出る事はなかったが、ヒースは室内で何が起こっているかを全て把握していたのだ。


「申し訳ございません。殿下自ら……」

「構わん。こうでもせんと、奴らは仕掛けて来なかっただろうしな」


 アスター伯爵は神聖精霊党の信者であり妄執に取り憑かれた狂人である事は以前から分かっていた。しかしアレでも頭は回るようで、姑息にもその尻尾をなかなか掴ませなかったのだ。だから今回はユークリウス殿下自らが囮役を買って出た。ユークリウス殿下に手を出せば、一発で不敬罪を問える。


「う……ん……」


 その時アーリアが身動ぎをした。眠たげな瞳を開くと、何度か瞬きを繰り返した。


「……?え、あれ……?」

「おはよう、アーリア」


 屈んだユークリウスはアーリアの顔を覗き込み、その乱れた前髪を梳いた。アーリアは一瞬キョトンとして、次の瞬間その瞳を大きく開いた。


「っーー!あ、あのっ!わ、私、寝て……」


 状況を思い出したようで、慌てて辺りを見回している。


「よほど歌声が耳に心地良かったなだろうな?ほら、劇ももう終盤だ」


 アーリアは肩を小さく窄めて「すみません」と呟くと、白い顔を真っ赤にして恥じ入った。

 仕事の途中、しかも囮役を買って出ているにも関わらず、何の役にも立てていないではないか。しかもユークリウス殿下の前で呑気にも寝こけていたなど、羞恥でたまらない。きっと間抜け面を晒していたに違いない。


「ほら、最後だけでも見ておかんか?フィーネに劇の感想を話すと言っていただろうが」

「あ……はい」


 ユークリウス殿下に促されたアーリアは席に座りなおした。ユークリウス殿下は一連の遣り取りに苦笑を漏らすヒースに目線で指示すると、自らもアーリアの横に座りなおした。


「アーリア、あれが精霊女王が残した『精霊の聖石』だ」


 ユークリウス殿下は舞台上の一点を指差した。

 劇のクライマックス。精霊女王が帝国を去る場面だ。精霊女王が虹色に輝く一対の宝石を、帝王ギルバートの子孫に手渡している。


「一説には『精霊の聖石』は『精霊女王の瞳』ではないか、と言われている」

「へぇ……?」

「この国では愛する者に己の瞳と同じ色の宝石を贈る習慣がある。それはこの話から来ているらしい」

「なんだかロマンチックですね?」

「お前もそう思うのか?」

「ええ。素敵だと思いますよ」

「それなら良かった」

「え……?」


 ーチャリー


 そこでアーリアは自分の左腕に嵌る腕輪にやっと気がついた。


「あの……これは?」

「俺からの贈り物だ」

「ありがとうございます。でもナゼ……?」

「前に言っていただろう?魔宝具の返しにいずれ俺からも贈らせて貰うと」


 「そんな事もあったかな?」とアーリアは首をひねる。そして贈られた腕輪をしげしげと観察した。


「えっとコレって?」

「お前、さっきロマンチックだと言っただろ?」

「……」


 腕輪に嵌る紫色の宝石。ユークリウス殿下の瞳の色にそっくりなソレ。ユークリウス殿下の実に爽やかな笑顔に対して、アーリアも笑顔を浮かべた。


「精霊よけの効果もつけてある。それに、ソレは風呂に入る時も外さなくても良いぞ。……まぁ、もう外そうと思っても外せんがな」

「「「ーーーー!?」」」


 『もう外せない』と聞いたアーリアとリュゼ、そして何故かヒースもが驚愕を現した。

 アーリアは試しに腕輪を手から外そうとしたが、力一杯引っ張っても一向に抜けなかった。


「こんなに余裕があるのに何で……」

「良いじゃないか。邪魔になるモンでもないし」

「そ、そーなのかなぁ……」

「良くないデショ?外せないんだよ、コレ?」

「……だよね。あの、殿下。これ……」

「俺は外す気はない」


 ユークリウス殿下はアーリアの声とリュゼの抗議を丸っと無視し、断言した。


「嗚呼、殿下……それはもしや……」


 ヒースが恐る恐る声をかけようとしたのをユークリウス殿下はガンを飛ばして黙らせた。ヒースは大人気なくガンを飛ばしてきたユークリウス殿下に生暖かい視線を向けた。


『自分の瞳の色と同じ宝石を愛する者に贈る』


 これはエステル帝国にある文化の一つだ。婚姻の決まった男女が婚約時、男性側から女性側へと贈るのが慣わしとなっている。一般的に指輪や腕輪などの装飾品が多い。そして婚約者から贈られた装飾品を付けるというその行為は、相手を受け入れ一生を尽くす意味ーーつまり婚姻する事を意味する。

 その習慣と意味をアーリアとリュゼの二人は知らないのだろう。システィナにはない習慣なのだと考えられた。アーリアたちは困惑してはいるが、そこまで焦っている様子は見受けられないのだ。そして今、口を開けかけたヒースにユークリウス殿下はその事実を漏らすなと口止めした。


「素材も一級品だ。一生物だぞ?」


 それはそうだろう。一国の皇太子殿下からの婚約の贈り物だ。安物の筈がない。その腕輪だけで古城くらいなら使用人付きで軽く買えるだろうと思われた。


「殿下……!貴方という人は大人気なさすぎですッ」


 流石のヒースも頭痛を覚えた。

 だが、様々な非難の声を浴びる中、ユークリウス殿下だけは得意顔であった。


「気にするな。アーリアは俺の嫁なんだから」

「「まだ嫁じゃないよ!」」


 アーリアとリュゼが力一杯叫んだ。ユークリウス殿下は二人の抗議にニヤリとニヒルな笑みを浮かべてやり過ごした。

 『受け取る人の喜び、それを贈る側が知る』とは言うが、これでは贈る側の一方的な喜びだろう。


 結局、この後も演劇のクライマックスを見ずに帰途につくのだった。



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、大変嬉しいです!ありがとうございます‼︎


師匠と殿下と贈り物 をお送りしました。

ユークリウス殿下が大人気なく牽制にかかりました。ヒースの頭痛が止まりません。真の意味を知ったリュゼはどのような反応を示すのか……。(怖い怖い)

この腕輪には恋敵への牽制以外に意味があります。その話はまたの機会に。


次話も是非ご覧ください!



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