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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
148/491

※裏舞台13※ 悪友

 side:エステル



「全く。食えない男だ」


 ユークリウス殿下はその手紙に一通り目を通し終えると、そう一言、そう感想を述べた。


「あちらも同じ事を考えていらっしゃるかと」


 ユークリウス殿下の言葉に対し殿下の片腕ヒースは、なんとも形容し難い感情を持った。

 ユークリウス殿下はフンと鼻息荒く手元にある用紙を卓の上に放る。

 脳裏に浮かぶのは金髪碧眼の美青年。絵本から飛び出した『理想の王子様』像を地で行く爽やか青年だが、その中身が王子様の真逆をいく熱血漢だと知る者は少ない。そして、そのハッキリした言動から脳筋だと思われがちだが、意外や意外、その実、文官気質で計算高い面も併せ持つ現実主義者なのだ。


「アレは相当、猫被ってやがるな……」


 ヒースは「それを殿下が言いますか?」と言う言葉を飲み込んだ。ヒースからすれば二人の殿下は似たり寄ったり、五十歩百歩に見えてならない。


「……。相手が勝手に勘違いする分には、好都合なのでしょう?」

「そりゃ分かる」


 大切な手紙だが、証拠は隠滅せねばならない。ユークリウス殿下は手の中に小さな炎を生み出しすと、それでもって手紙に火をつけた。皿の上に乗せられた手紙はチリチリと焼け焦げ、見る見る間に小さく縮み、灰となっていく。


「……あちらは何と?」

「釣りの最中だと。しかし勘のいい者は気づき始めているそうだ」

「でしょうね。どこの国にも狸はおりますから」


 エステル帝国のブライス宰相しかり、システィナ国のアルヴァンド宰相しかり。どの国の上層部にも妖怪の域に達したやり手政治家はゴロゴロいる。


「だが、今更手を引く事などできはせん。ここまで来たんだ。何としてでも、やり切らねばならん」

「大丈夫ですよ。きっと上手くいきます」


 この計画は苦節十年、二人の男たちの執念の結晶だ。練りに練った計画は十年目の今、その機会を得て動き出した。やっと巡り来た機会チャンス。ここで頓挫させる訳にはいかない。エステル帝国にーーいや、ユークリウス殿下に次の機会などないのだ。ユークリウス殿下はこの一発勝負に賭けていた。


「そうだ。俺は賭けに負けた事はないでな。今回も勝たせてもらうさ」

「大変、頼もしいお言葉です」


 その時、部屋の外から来客を告げる知らせが齎された。その客とはユークリウス殿下が待ち望んでいた者であった。



 ※※※※※※※※※※

 side:システィナ



「ーー殿下。ウィリアム殿下」


 会議の後、部屋を出た先で呼び止められたウィリアム殿下は、長い廊下の中央で立ち止まった。振り返るとそこにはこの国の宰相を務めているアルヴァンド公爵ルイスの姿があった。


「何か?アルヴァンド宰相殿」

「少々、お時間宜しいでしょうか?」

「ああ、四半時ならば構わない」


 そう返事を返すと、アルヴァンド公爵は元来た道を戻り、ウィリアム殿下を会議室へと呼び戻した。


 眉間にシワを寄せたウィリアム殿下が会議室へ入ると、そこには国王陛下の姿があった。


「宰相殿に父上まで……。私に何用かございましたか?」


 ツカツカと入室を果たしたウィリアム殿下に、国王陛下が椅子を勧めた。一瞬の躊躇の後、ウィリアム殿下は表情を変えぬまま国王陛下の斜め向かいの席に座した。


「お前に聞いておきたい事があったのでな」


 どうやらウィリアム殿下に用があったのはアルヴァンド宰相閣下ではなく、国王陛下の方のようだ。


「それは何にございますか?」


 時間を惜しむかのように、ウィリアム殿下は単刀直入に問いかけた。


「うむ。『北の塔』の事だが……」


『北の塔』と聞いてピクリとウィリアム殿下の眉根が反応する。先日、『北の塔』の魔女だったシルヴィアが病死したと正式に発表されたところであった。


「『北の塔』でまた何かございましたか?」

「ああ。今、『北の塔』には結界が()()()()()()()そうだな?」

「……。はい、陛下」

「やはりか……」


 ウィリアム殿下の返答に、国王陛下は息を深く吐いた。


「ナイトハルト殿下の後を引き継ぎ、『塔』の管理をしていたのはウィリアム、お前だ。そのお前が『北の塔』の結界について知らぬ訳はないと思ってはいたが……」


 国王陛下の顔には苦悩が見えた。反対にウィリアム殿下は平然としている。


「主導なさったのも殿下、貴方ですか?」

「そうだが」


 アルヴァンド宰相閣下の言葉に対しても何ら変わらない態度でウィリアム殿下は答えた。


「それは何故、と聞いても……?」

「必要ないからですよ、陛下」


 ウィリアム殿下はへり下る事もなく皇帝陛下の顔を正面から見据えた。


 システィナ国には東西南北を守る四つの『塔』がある。その其々に魔導士が配置され、『塔』を中心に結界を張っているのだ。それは国境を他国より守る為の防衛の要であった。

 勿論、結界だけに頼っている訳ではなく、国境付近には軍事施設や砦などが配備されている。しかし、塔の魔導士の張る結界には物理的攻撃から、そして精神的からも守る作用があり、大型の魔法・魔術にも対抗しえるものである為、システィナではかなり重要視されていた。


『北の塔』はエステル帝国との国境を守護するために建てられた。エステル帝国とは1000年の歴史を持ち、大陸随一の領土を誇る大帝国。エステルとシスティナとはユルグ大山を挟み南北に位置しており、これまで幾度となく戦争を行なってきた。十年前に条約を結んだとはいえ、事実上は戦争状態が続いている。水面下での小競り合いは、度々起こっていた。

 つい四カ月前には『北の塔』の魔女シルヴィアの謀略により『東の塔』の魔女アーリアがエステルの手に渡ってしまった。

 エステル帝国皇太子ユークリウス殿下の機転により事無きを得たが、この事件により、エステルはシスティナに戦争の意思がある事が明白になったのだ。


 シルヴィアが『病死』し、『北の塔』には新しい魔導士が配置される予定であった。その指揮を第二王子ナイトハルト殿下から引き継いだのが皇太子ウィリアム殿下であった。

 しかし、ウィリアム殿下はその北の重要拠点『北の塔』の結界を張っていないというのだ。いや、張らせていないと。


 この数ヶ月、『北の塔』の結界について宰相は愚か国王陛下にも知らせず隠蔽してきたのが、ウィリアム殿下であったのだ。


「必要ない、とは?」

「エステルは攻めては来ないからです」

「何故そう言い切れる?ユークリウス殿下とお前が友人同士だから、などと甘い事を言うお前ではあるまい?」


 ウィリアム殿下とエステル帝国の皇太子とは学友だ。その友情は十年経った今も継続している事は、国王陛下も知っていた。先頃のユークリウス殿下からの申し出も、ウィリアム殿下が持ち込んだものだった。


「ハハハ。確かにユリウスとは友人ですが、友情などと言う不確かな感情で申しているのではありません」

「ではどんな考えがあって、結界を張っておらぬのか?」

「エステル帝国では今、自然災害により国が疲弊しています。穀物不足は深刻で、他国との貿易も視野に入れているのが現状です。そのような時に戦など起こせる筈がございません」


 エステル帝国の内部情勢は火の車だ。金があっても穀物がなく、金があっても人員が裂ける状態にない。


「その情報は私たちも得ている。しかし、帝国には東の魔女殿が人質となっているであろう。彼女を盾にされてしまえば我が国も頭があがらぬぞ?」


 国王陛下が仰りたい事は、東の魔女の身柄を盾に、システィナより麦や米を強奪するのではないかという危惧だ。


「そうはなりますまい」


 その危惧もウィリアム殿下はあっさり棄却した。


「なぜ、そのような自信がおありなのですか?殿下」


 アルヴァンド宰相閣下は、自身の考えに絶大なる自信を持って見えるウィリアム殿下を不審に思いながらも、その意図を測りきれずにいた。


「アーリア殿は実によく踊ってくれている。『システィナの姫アリア』は我が国の正に救世主と言えましょう」

「何を知っているのだ、ウィリアム。確かに彼女は『システィナ国の姫』を隠れ蓑とし、ユークリウス殿下の元に預けてある。皇太子殿下の婚約者という立場は彼女を守る盾であろう。だが、お前の口振りからすれば、現状はそれだけではないのだろうか?」


 東の魔女アーリアはエステルに囚われた後、彼女は『システィナ国の姫アリア』という偽装工作の末に皇太子ユークリウス殿下に匿われている。これがシスティナ国上層部の持つ情報だった。

 実際には匿われるだけではなく、ユークリウス殿下が政敵を打つ為にアーリアを囮に使っているのだが、その情報が漏れぬようにウィリアム殿下が極力押さえていたのだ。エステル帝国で行われた夜会以降の情報は一切、システィナ国上層部には上がっていない筈であった。

 しかし、独自の情報網は誰でも持っているものだ。いくらウィリアム殿下が一人が情報を押さえに掛かっても、漏れる時は漏れるものだ。


「アーリア殿はエステルの帝宮に『魔導士の恐怖』を植えつけているのです」

「それはアーリア殿が帝宮内で魔術を行使したという事か?」


 ウィリアム殿下は一つ頷いた。

 アーリアは自分と護衛の命を守る為に、『魔導士に手を出せばどうなるか』をエステル帝国の帝宮内に分からせている。偶然にもその行為は自分たちの身だけでなく、システィナを守る事に繋がっていたのだ。


「アーリア殿はユークリウス殿下に守られているだけではないのですね?」


 アルヴァンド宰相閣下は悲痛な面持ちでそう呟いた。アーリアと少なからず親交のあるアルヴァンド宰相閣下にとってアーリアの置かれた状況は、彼にとても看過しきれぬ感情を齎せていた。


「エステル帝国は国内にかかり切りです。システィナ国に融資を願い出る事はあっても、戦争を仕掛けてくる事はありますまい。ーーならば、結界を張る必要もないでしょう?」


 ウィリアム殿下は合理性を好む。常に無駄な経費や人件費はカットすべきだと考えている。戦時中でもなく『塔』に結界を張る事はナンセンスだと考えていた。一人の魔導士を『塔』に縛り付けるなど、どう考えても非効率過ぎると。


「それよりもこの事を好機と捉え、システィナより打って出るべきだと言い出す馬鹿どもを押さえる事が先決かと具申致します」


 最もだと国王陛下もウィリアム殿下の考えに頷いた。

 どこの国にも馬鹿はいるもので、情勢も読めずに己の利益のみを先行するごうつく貴族が夏場のボウフラのように湧き出るのだ。それが最も頭を悩ます事態であった。


「それはアルヴァンド宰相殿の方がお詳しいのでは?」


 ウィリアム殿下の視線を受けたアルヴァンド宰相閣下は、手元のファイルを開いた。


「リアルハイネ侯爵家当主ビクトール。彼は軍事思考が強く、東にパイプを持つ商人の顔も有しております」


 アルヴァンド宰相閣下は、リアルハイネ侯爵は東国ライザタニアとの戦争を目論んでいるという情報を掴んでいた。

 彼には商才があり、エステル帝国との貿易に於いて海産物を取り扱う商人を隠れ蓑にし、その裏でエステルから孤児を買い、その孤児たちをライザタニアへ売っている。

 システィナ国ではほぼ見かけない奴隷だが、ライザタニアでは奴隷は財産であり、数多く持つのが一種のステータスのされている。裕福な家庭には一人二人の奴隷が下働きしているのが普通なのだと聞く。

 ライザタニアは遊牧の民が集まり国家を形成している。

 いつからか王族よりも軍部の方が幅をきかせ始めたそうで、今は内乱真っ只中。

 システィナにとっては大変有り難い。自国ライザタニアにかまけている分には他国システィナには攻めては来れない。


「では、リアルハイネ侯爵とライザタニアの動向とはアルヴァンド宰相に引き継き担当してもらおう。エステル帝国の動向はウィリアム、そなたに任せておいて良いのだな?」

「はい。お任せください。私は元よりそのつもりでおりました」


 ウィリアム殿下はそう言うと、話は終わりだとも言いたげに立ち上がった。この時、四半時はとうに過ぎていた。


「では陛下、失礼してもよろしいでしょうか?」

「うむ……。ウィリアム」

「はい?」

「そなたはどこまで見据えておる?」

「千年先を。ーーおっと、これは言い過ぎでしょうかね?」


 ウィリアム殿下はハハハと笑い、その顔に野生的な笑みを浮かべた。


「ですが彼方エステルでは私の『可愛い妹』が頑張っているのです。私は此方システィナで妹に恥じぬ働きをしますよ」


 そう言うとウィリアム殿下は颯爽と部屋を後にした。


「……。ウィリアムからあのような言葉が出るとは……」

「『妹』ですか。確かに『兄』としては恥はかけない見せ場でしょうな?」

「確かに」


 そう言って黙ってしまった国王陛下は完全に『成長した息子の姿に感動する父親』だ。

 アルヴァンド宰相閣下はその国王陛下と去って行った王太子とを見比べ、何とも言えない顔で呟いた。


 シルヴィア嬢は前宰相サリアンの掌で踊らされていた。だがそのサリアン前宰相も誰かの掌で踊らされていたのではないか。ではそのサリアン前宰相を掌で踊らせていたのは……。


「案外、見た目通りの王太子ではないのかもしれませんよ?陛下」


 親バカもいい加減になさい。とツッコミを入れたアルヴァンド宰相閣下は、窓の外ーー北はエステル帝国にいる魔女に想いを馳せた。





お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価等、大変嬉しいです!ありがとうございます‼︎


裏舞台13 悪友 をお送りしました。

ユークリウス殿下とウィリアム殿下の2人は『友』と呼ぶには些か可愛らし過ぎる関係を築いています。お互いを利用できる駒の一つだと捉えています。また利益込みの付き合いを許しあっています。

その2人が只今絶賛、悪巧み(意訳)中です。


次話も是非ご覧ください!

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