四人の皇子2
「ーーで、どうだったの?エヴィ兄さま」
「……ん?何がかな?ラティール」
「惚けないでよっエヴィ兄上。会ったんでしょ、彼女に」
「彼女とはアリア姫のことかい?」
双子の片割れラティール殿下に愛称で呼ばれたエヴィウス殿下は、弟の珍しくソワソワした態度を面白そうに見遣った。ラティールの問いに次いで答えを急かすキリュースの問いには、エステル帝国第二皇子エヴィウスは悪戯に眼を細めた。
一方ユークリウス殿下は『アリア姫』の名に眉を少し潜め、ティーカップを持っていた手を止めた。
「そーだよ!アリア姫のコト。ユリウス兄上の婚約者の」
双子の弟殿下にせがまれたエヴィウス殿下は、隣でソワソワし出すユークリウス殿下を横目に捉えつつ、手に持っていたティーカップをソーサーへと下ろした。そしてゆっくりとした動作で手を自身の頬に寄せると、魔性の笑みを浮かべた。
「とーってもキュートだったよ」
そう言ったエヴィウス殿下の表情を二人の弟殿下たちは目を輝かせるように見入った。
「それでそれで?」
「とっても初心だった」
「あ〜〜やっぱりエヴィ兄上もそう思った?」
「今時、あんな初心なオンナノコって珍しいよね?」
キリュース殿下とラティール殿下は何か思い当たる節があるのか、エヴィウス殿下の言葉に仕切りに頷き合っている。
エヴィウス殿下はアリア姫との出会いを思い出していた。仮面舞踏会会場ーールスティル公爵家の大広間、その片隅に佇んでいた可憐な花を。テラスで語らったあのひと時を。
「それにね、何と言ってもあの瞳。間近で見ると美しさが一層分かるね。お伽話の中でしか聞いた事がないからね。本物かどうか判断つかないかと思っていたけれど、アレは本物だ。視た途端に身体に痺れが疾ったよ」
エヴィウス殿下は恋する乙女の様にその花菖蒲色の瞳を潤ませて、身体を身悶えながら力説した。
「「うんうん」」
そこまでで限界だった。ユークリウス殿下は何時もの余裕ある態度を置き去り、三人の弟殿下たちの会話に待ったをかけたのだ。
「ちょっと待て。キリュース、ラティール、お前たち二人もアリア姫に会ったのか?」
ユークリウス殿下はエヴィウス殿下があの仮面舞踏会に於いてアリア姫(=アーリア)と接触していた事は知っていた。だが、双子の弟たちがアリア姫と接触を図っていた事は知らなかったのだ。
双子の天使たちは小悪魔のような表情で笑い合うと、ユークリウス殿下に視線を投げかけた。
「バレちゃったよ、ラティール」
「バレちゃったね、キリュース」
「お前たち……!」
「会ったよ、アリア姫に」
「お会いしましたよ、アリア姫に」
「やはり……!」
「姫は少ーし、間抜けだよね?」
「姫は少ーし、騙され易いよね?」
「ッ……」
「押しに弱いよ、あの姫」
「初心なんだよ、あの姫」
「……」
「「でもとってもキュートだったよ」」
キリュース殿下とラティール殿下の二人の小悪魔は、悪びれるどころか兄の婚約者に対して言いたい放題。ユークリウス殿下はガックリと項垂れた。
双子の小悪魔たちにはアリア姫のーーアーリアの弱点を見事に見抜かれていたのだ。彼らから齎された彼女の特徴は正に、アーリアのものだった。彼らはユークリウス殿下も知らぬ間に、『アリア姫』との接触を果たしていた証拠であった。
「……お前たちにも私の姫が世話になったようだな?」
「聞いた?ラティール。『私の姫』だって!」
「聞いたよ!キリュース。ユリウス兄さまからそのような言葉が出るなんて!」
「「驚きだね!!」」
凄みを効かせて吐いたセリフが弟殿下たちには全く効果がなかった。それどころか、小さな弟殿下たちのたわ言にユークリウス殿下も大人気なくイラッとしてしまったのだ。顔に出さずとも、それは身に纏う雰囲気から醸し出されていた。
それに対して「ユリウス兄上もそんな顔するんだね〜〜」と、エヴィウス殿下は火に油を注ぐ。燃え盛る炎への燃料投下は意図的であった。真面目な兄殿下を三人の弟殿下たちは揶揄って楽しんでいるのだ。
「お前たち……!」
「アハハハハ!仕方ないよ。ユリウス兄上は仕事一直線の仕事人間。これまでオンナノコにここまで入れ揚げたコトなんて、ないでしょ?」
「そーだよ、ユリウス兄上。兄上はこれまで、婚約者候補たちを滅多斬りしてきたじゃないですか?」
「そうですよ、ユリウス兄上。貴方は国への忠誠心が兄弟のうちで一番強いのですから」
フォローなのか、そうでないのか分からない言葉をかけられたユークリウス殿下は、ようやっと怒りを身のうちに収めた。3対1では分が悪すぎる。
エステル帝国の四人の皇子たちな兄弟仲は悪くない方だ。それどころか、弟殿下たちは長兄を立ててくれている。しかしこのように時々、仕事一筋の生真面目な長兄ユークリウスを次男以下三名の弟たちが揶揄ってくるのだ。本気で貶めようとしている訳ではない。楽しんでいるだけなのだ。それが分かっているからこそ、ユークリウス殿下は弟殿下たちを本気で叱る事はできず嫌う事もなかった。
「お前たちとて同じだろう?婚約者を未だ作っておらんではないか!」
「ユリウス兄上を差し置いて、そんな分相応なコトできないよ」
「「その通りです」」
「お前たちの俺への評価はよーーく分かった!」
「あー!こんなコトでお小遣い減らさないでよね?」
「ユリウス兄さまはそんなコトなさいませんよ。懐が大きいですからね!」
「……!」
ユークリウス殿下が彼ら弟殿下たちのお小遣い額を決めている訳でも渡している訳でもない。平民風の言い回してを楽しんでいるだけだ。
「まぁまぁ、ユリウス兄上。そうカッカとしないで」
「エヴィウス!お前まで……!」
「……それでキリュース、ラティール。お前たちはどこでアリア姫に会ったんだい?」
「「図書棟でだよ」」
「ああ、成る程……」
ユークリウス殿下は納得の表情で、浮かしていた腰を下ろした。
大図書館ーーその一角、官僚や貴族が利用する宮『図書棟』にアーリアは入り浸っている事を、ユークリウス殿下は思い出したのだ。アーリアは妃教育がない時間を見計らって、図書棟へと足繁く通っている。元々、暗殺者を始め、アリア姫を狙ってくる者たちを炙り出す為に皇太子宮と図書棟とを往復していたアーリアであったが、元来の魔導士気質もあって、最近では自発的に図書棟へと赴いている事をヒースから報告を受けていた。
皇太子宮から出ることのないアリア姫と出会う場所は、帝宮でも限られているが、図書棟ならば納得だ。図書棟はエステル皇族・貴族ならば誰でも利用可能なのだから。しかも、皇族の住まう玉宮からは隠し通路が繋がっている。
「……お前たち、まだ近衛を巻いて行ったな?」
キリュースとラティールはよく隠し通路を利用して帝宮内部を移動している。その事をユークリウス殿下は指しているのだ。兄殿下の視線を受けて天使のような笑顔を浮かべた弟殿下たち。それに対してユークリウス殿下は「やっぱり」と呟いた。
「前も同じ事を言ったと思うが、護衛の近衛を巻いてくれるな。お前たちに何かあっては困る」
ユークリウス殿下は弟たちに厳しい顔を向けた。
「巻かれる近衛もどーなのさ!」
「キリュース。ユリウス兄さまに向かって失礼だよ!」
「……」
キリュース殿下は怒られた事にツンツンした表情を向けながら長兄に言い返した。ラティール殿下はキリュース殿下を窘めようとはしたが、気持ちはキリュース殿下と同じようであった。ユークリウス殿下は黙ってキリュースとラティールの顔を交互に見据えている。
「キリュース、ラティール。ユリウス兄上は二人が心配なんだよ。君たちはこの国の天使なのだから」
エヴィウス殿下は珍しく兄の顔をして、双子の弟たちに柔らかな微笑みを向けた。
「そうだ。お前たちは私の大事な弟だ。無茶な行動はしてくれるな。精霊の加護があるとはいえ、帝宮内も安全とは言い切れないのだから」
ユークリウス殿下は二人の天使たちの頭を撫でた。一回り以上年齢の離れた弟たちを、ユークリウス殿下は愛している。男兄弟である事から、ユークリウス殿下は弟殿下たちに面と向かって言う事はあまりないが、気にかけているのは本当だった。
「「ごめんなさい、ユリウス兄上」」
「うむ」
素直に謝る弟殿下たちに、ユークリウス殿下は頷いた。ヤンチャの過ぎる弟たちも、こうしていれば可愛い天使だ。だが油断は禁物だ。彼らは謝りはしたが「今後、近衛を巻かない」とは言っていないのだ。どこまで彼らが反省したかは分からないが、暫くは大人しくなるだろう。
「ーーで、アリア姫とはどんな話をしたのか?」
笑顔もそのままで、ユークリウス殿下はキリュース殿下とラティール殿下の頭に置いた手に力を込めた。
「ちょっ、ユリウス兄上⁉︎」
「えっ、ユリウス兄さま⁉︎」
「「僕たち謝ったよね⁉︎」」
兄殿下の変貌ぶりに、弟殿下たちは狼狽えた。自分たちも猫被りを常用しているくせに酷い動揺ぶりだ。
「ソレとコレとは別だ。さっさと白状しろ!」
ユークリウス殿下はキリュース殿下とラティール殿下の頭をボールのように掴んで揺すぶった。
「えぇーー!横暴だ!」
「酷いです、ユリウス兄さま!」
「えーい、五月蝿い!アリア姫とは何を話したんだと聞いている」
「大した話はしてないよっ。精霊について教えてやったダケ!」
「そうです。精霊と帝王について教えてあげただけですよ!」
「精霊と帝王?帝王ギルバートか?」
「そーだよ!」
「そーですよ!」
そこでユークリウス殿下はやっと弟殿下たちの頭から手を離した。双子殿下たちはというと、「首がもげるよ」、「力が強すぎるよ」と言いながら不満を漏らしている。
「精霊について調べているのか?」
ユークリウス殿下は椅子に座り直すと顎に手を当てて考え出した。
「基礎知識だったよな?アレは」
「姫が読んでいた本は、誰でも知ってるコトばかりが書かれていたよね?」
双子の弟殿下たちは顔を見合わせて、コソコソ話している。
「それでお前たちは何を教えてやったんだ?」
「何て事はないよ。エステルが精霊信仰に至った経緯や帝王ギルバートについて」
「帝王ギルバートと精霊女王について」
「それだけか?」
「「『精霊の聖石』と『生命の木』について」」
そこでカチャリと食器が音を立てた。
兄弟たちのやり取りを静観していた第二皇子エヴィウス殿下が、手にしたティーカップをソーサーの縁にぶつけたのだ。
「すまないね。話の腰を折って」
「いや、構わないが……」
普段なら気にも留めないやり取りであった。しかし普段なら起こらない出来事であった。エヴィウス殿下が粗相をする所をこれまで、ユークリウス殿下は見た事がなかった。小さな違和感が胸中に生まれた。
「君たちはアリア姫に『精霊の宝玉』と『生命の木』について、どのように教えてあげたんだい?」
エヴィウス殿下の問いにキリュース殿下とラティール殿下はにっこり笑って誤魔化した。
「精霊女王は本当に帝国に居たんだって教えた」
「だって、それらは帝宮に存在するんだから疑いようがないでしょ?」
皇族の厳重な管理の下、それら二つは国宝として管理されている。貴族たちでさえその存在を知ることはあっても、一生目にする事はない代物なのだ。エステル帝国帝宮に於いてまさに秘宝であった。
「そうか……」
そうは答えたが、ユークリウス殿下は腑には落ちなかった。
キリュース殿下とラティール殿下、二人の弟殿下の言を信じるならば、アーリアに彼らの持つ精霊の知識を授けたのだろう。だが、その中には貴族さえ知らぬ事項が紛れている筈だ。彼らは皇族。貴族よりも深く精霊の教えを受けているのだから。
アーリアはエステル帝国に連れてこられた当初からエステル帝国内部の精霊に疑問を唱えていた。精霊の濃度に、精霊と人間との関わり方に。それは『精霊の瞳』を有する者だからこその疑問なのか、それ以外からくる疑問なのかは分からない。
だが、アーリアの鋭い観察眼は、ユークリウス殿下が隠している『エステル帝国の闇』にまで届きそうになっていた。
ーさて、どこまで踏み込むつもりなのか……?ー
決して踏み込んではならないエステル帝国の深淵。ユークリウス殿下は仮の妃アリア姫に、その深淵を覗かせるつもりは毛頭なかった。だが……
ー彼女を利用しない手はないのかもな……ー
静かに考えを巡らせ始めたユークリウス殿下の表情を、何食わぬ顔をしたエヴィウス殿下がその瞳に留めていた。
爽やかな表情には似つかぬ野生的な瞳と強い意志を持ち合わせた皇子、柔和な笑みを浮かべ決して本心を読ませぬ深窓の皇子、そして天使の笑みの下に悪魔の尻尾を覗かせた双子の皇子。
四人の皇子たちによるお茶会は、和やかな雰囲気の中にも様々な思惑を覗かせながらその幕を閉じていった。
お読み頂きまして、ありがとうございます!
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四人の皇子2をお送りしました。
四人の皇子にはそれぞれに思惑があるようです。四人は互いに『味方にはならないが敵にもならない』ように立ち回っています。潰し合いにならないように政治情勢を見極めているのが現状です。世知辛いですね。
次話も是非ご覧ください!