四人の皇子1
ルスティル公爵家主催の舞踏会、そこで起きた事件の後、ユークリウス殿下は精力的に貴族の振い落としを行なっていた。
ルスティル公爵家はシスティナ国との繋がりを持つ有力貴族だ。エステル帝国内での発言権も大きい。ルスティル公爵自身もエステル帝国では外交面で実績のある官僚であった。
ルスティル公爵家からシスティナ国のハーバート公爵家に輿入れした令嬢は、後にシスティナ王妃となる令嬢の生母にあたる。そして現システィナ王太子の祖母にあたる人物でもある。補足だが、ハーバート公爵家はシスティナ国の『北の塔』を守護するシルヴィア嬢の生家でもあった。その繋がりを持って、エステル帝国とシスティナ国との橋渡しを受け持っていたのがルスティル公爵の現当主であった。
ルスティル公爵家の令嬢リアナは皇太子ユークリウス殿下の正妃となるべく、ルスティル公爵夫妻育てられた令嬢であった。
しかし早々にユークリウス殿下の妃候補から外れされると、システィナ国より皇太子妃となるべく来訪したアリア姫を必用に追い落としにかかった。アリア姫のあらぬ噂ーー流言を流し自国へ帰らせ、その末に正妃候補に返り咲こうとしていたのだ。
リアナは周りの見えない猪突猛進型タイプであった。また妄言辟もあり、世界の中心は自分であると疑わぬ令嬢であった。彼女はアリア姫さえ居なければ自分が皇太子殿下の正妃になれる筈だ、と思い込んでいたのだ。
しかしルスティル公爵親子の策略は軌道に乗ることはなかった。呪いの手紙、流言、暗殺など、アリア姫はそのどれもを退けてしまったのだ。
己の思い通りにならぬと悟ったリアナ、そして父親であるルスティル公爵は焦りを見せた。その結果、ルスティル公爵は舞踏会に於いて、公爵はアリア姫に毒入りのワインを振る舞うという暴挙に出たのだ。
ルスティル公爵親子はアリア姫に呪い入りの手紙を贈り、あらぬ流言をばら撒き、暗殺未遂を起こし、最終的には毒殺事件を起こした。
近衛第8騎士団 団長ヒースーーユークリウス殿下の側近の調査により、ルスティル公爵には更なる余罪がある事が発覚している。彼には罪を問うだけの言い逃れができぬ罪があるのだ。
身分制度とは厄介なもので、身分によっては犯した罪を握り潰せるだけの権力を持つ。公爵ともなればその権力は絶大であった。
その彼を帝宮から追い落そうとするならば、其れ相応の罪が明確になっていなければならない。そうでなければいくらユークリウス殿下が皇族であろうと、彼らを裁く事ができないのだ。
「まずまず絞れてきたな」
「はい。それも全てアーリア様の尽力のおかげですね」
「うむ。……だが、酷いものだ。下級の貴族令嬢・令息は軒並みアウト。高位貴族の者の風紀の乱れもひどい」
「我が国には悪しき風習が根深く残っておりますからね……」
エステル帝国は精霊を第一とする『精霊信仰国家』。『精霊をどれだけ魅了できるか』が身分と権力に付随する。
公爵家ともなればその力は絶大だ。
リアナはルスティル公爵家の令嬢。彼女の言動は常軌を逸していたが、彼女の持つ精霊を惹きつける力に嘘はなかった。だからリアナには一定数、彼女を支持する者たち、信奉者がいたのだ。
『精霊』を魅了できる者がエステル帝国内で最も力を得る。
それがこの国家の1000年の歴史。『エステル帝国の正しいあり方』である為、誰もそれに異を唱える事はない。力の在る者が一番なのだ。力ある者の発言力は大きく、ある程度の我儘はこの国では難なく罷り通ってしまうのが現実であった。それこそがエステル帝国に巣食う『闇』であった。
「呪い、流言、暗殺。次は何が来ると思う?」
「強姦、でしょうか?」
「何か情報を得ているのか?」
「婚姻を潰すのなら純潔を奪えば良い。そう考える者もおりましょう」
「クズが!」
「全くです。そのような者、飢えた竜の餌にでもしてしまいたいものです」
「許す。くれてやれ!」
ユークリウス殿下の本気とも取れる言葉に、側近のヒースは苦々しく笑うに留めた。
アリア姫への数々の暴力。それはとても許せる範囲のものではなかった。たとえ彼女が『偽の姫』だとしても。
ユークリウス殿下はアーリアに対し、仲間として思う気持ち以上の想いを持ち始めていた。彼女が罠に嵌められてエステル帝国へーーユークリウス殿下の元へ来た当初、駒や囮としての役割を担う者としての認識の方が強かった。しかし共に過ごし、アーリアが姫として役目を果たしていくごとに、仲間意識以上の気持ちが芽生えてきたのだ。そして今もアーリアへの気持ちはジワジワとユークリウス殿下の心の中に広がりを見せている。それは隠し様のない程に。
だからこそアリア姫(=アーリア)を傷つけようとする輩がいる事や実際に傷つけられている状況にも、殿下にとっては許しがたいものだった。それ故にユークリウス殿下の機嫌が自然と下降の一途なのは、誰にも止めようがなかった。
「だが、リアナ嬢ーールスティル公爵家に関わっていた全ての者を処分する事などできまい?」
「ええ、勿論です。そのような事をすれば国が傾きます。だからこその振い落としだったのでしょう?」
アリア姫を狙った犯罪において、初めから加担しなかった者、加担したが途中から離脱した者、途中からこちら側に寝返った者、最後までルスティル公爵家に味方した者。そういった貴族の中で、国の為になる者とそうでない者、裁くべき者を見極める為に、アーリアは『アリア姫』として立ち振る舞ったのだ。
「ルスティル公爵にはもう、犯した罪を握り潰す事などできまい。何せあの者に毒を盛ったのだからな……」
言葉とは裏腹に、ユークリウス殿下は苦虫を噛み潰したような表情であった。
その表情を横目に伺いながら、ヒースは密かに溜息をついた。主を悩ませる相手に対して、忠臣たるヒースには思う所が多い。
「……ところで、この様な物が届きましたが。如何なさいますか?殿下」
苦い顔をしたまま何かを思案しているユークリウス殿下に向かって、ヒースは一通の手紙を差し出した。
その手紙の封蝋には見覚えのある印章が押し当ててある。ユークリウス殿下はヒースからその手紙を受け取ると、厳しい顔を更に険しくさせた。自然と眉根が中央へ寄り、美しい紫の目が鋭く細められていく。
「エヴィウスからか……?」
苦々しげに「このタイミングで何を……」と呟いたユークリウス殿下は、ヒースより差し出されたペーパーナイフで封蝋を切り、中を開いた。それはエステル帝国第二皇子より、茶会への招待状であった。
※※※※※※※※※※
「やぁ!兄上。久しぶりだね?」
「エヴィウス、息災そうで何よりだ」
表情の硬いユークリウス殿下に対して軽いテンションで出迎えたのは、この国の第二皇子エヴィウス殿下であった。薄銀色の柔らかそうな長髪を緩く編んで肩へと垂らしており、瞳は花菖蒲のような色彩を帯びている。端正な顔立ちの青年はその顔に笑みこそ浮かべているが、その実、内面を悟らせる事がない事をユークリウス殿下は知っていた。
物腰の柔らかい雰囲気ーー大国の皇子にしては軽い雰囲気を醸し出す弟殿下に対して、長兄のユークリウス殿下にとってはどうにも馴染む事はない。
エヴィウス殿下に促されてユークリウス殿下が室へ赴くと、そこには既に先客の姿があった。
「「ユークリウス兄上!」」
ユークリウス殿下を兄上と呼ぶ二人の少年ーーユークリウス殿下と十才以上、年の離れた弟殿下たちだ。紺藍色の髪に色素の薄い紫色の瞳を持つ少年たち。その瓜二つの端正な顔立ちは、神に仕える天使を思い起こさせる。
同じ造形を持つ彼らだが、そこに浮かぶ表情は全く違っていた。一人は悪戯心を隠せぬヤンチャな表情、もう一人はおっとりと微笑む柔らかな表情だ。
「キリュース、ラティール元気にしていたか?」
「はい、兄上」
「兄さまもご健勝のようで何よりです」
ユークリウス殿下はキリュース殿下とラティール殿下の頭をひと撫でずつすると、彼らの隣の席に腰を下ろした。
「同じ帝宮にいるが、こうして顔を合わせるのは久しぶりだな?」
「この帝宮は広いですからね」
「それに、ユリウス兄さまはお忙しくなさっておいでです」
ユークリウス殿下の言葉にキリュース殿下とラティール殿下は次々に答えた。ラティール殿下はいつも通りの物腰だが、キリュース殿下は兄上たちの手前素を抑えているようで、言葉遣いも丁寧なものだった。
ユークリウス殿下が席に着くと、エヴィウス殿下が給仕を呼び、茶を淹れさせた。
ティーカップに注がれた濃い琥珀色の液体からは、鼻をくすぐる芳しく香りが立ち上る。茶を一口、口に含めば、口内から鼻へと香りが抜けていった。
「すまないな。玉宮の警備をエヴィウス一人に任せきりにして」
「気にしないでいいよ。僕は兄上ほど忙しくはない。それに帝宮での仕事もそれほど多くを担っていないしね」
エヴィウス殿下は兄上からの謝罪に軽く手を振って応えた。
『帝宮』には各役所の建物を含めた王城の総称とは別に二つの意味を持つ。一つは政治機関という意味合い、もう一つは皇族という意味合いだ。
エヴィウス殿下は22歳。ユークリウス殿下は十代も初めの頃より帝宮(=政治機関)入りを果たしたが、エヴィウス殿下の帝宮入りはそれよりものんびりとしたものだった。
エヴィウス殿下は政治にそれほど興味も関心をも抱いていないのだ。
エヴィウス殿下は皇帝陛下の第三妃を母に持つ。皇位継承権第2位だが帝位にそれほど感心がなく、その本質は雲のように掴む事はできないと揶揄されているほど。だが精霊魔法を扱う力ーー精霊を魅了する力は皇子の中でも群を抜いていた。その為、彼を次代皇帝へという声も帝宮内で聞こえている。
しかし、当のエヴィウス殿下本人は帝宮に於いて派閥を作る事もなく、ユークリウス殿下の補佐を細々と努めている『変わり者』であった。
「お前がその気なら、もう少し仕事を回すのだが……」
「あーダメダメ!僕に『やる気』を期待しないでね?仕事より精霊と戯れてる時間の方が大切だから」
「……そうか」
ユークリウス殿下の提案にズバッと却下した弟殿下の『心底仕事など御免被る』という言動に若干引きつつも、ユークリウス殿下はそれ以上の勧誘はしなかった。
「エヴィウス、先日は助かった。礼を言う」
「何のことかな?」
「舞踏会に於いて、私の姫のパートナーを務めてくれたと聞いた」
「「え⁉︎ 『私の姫』ってアリア姫のこと?」」
キリュース殿下とラティール殿下の声が綺麗にハモる。二人の弟殿下は身を乗り出して、兄殿下たちの会話に食いついた。
「……さぁ?そんなコトあったかな?」
「エヴィウス、お前はまた偽名で舞踏会に紛れ込んでいたそうだな?」
先日行われたルスティル公爵家主催の仮面舞踏会。その会場でエヴィウス殿下の姿があるのを、ユークリウス殿下の騎士たちは捉えていたのだ。
ユークリウス殿下の話をはぐらかすかのように、エヴィウス殿下は二人の弟殿下に話を振った。
「偽名はオトナの必須アイテムだよ。ねぇ?キリュース、ラティール」
「ええ。その通りです!」
「エヴィ兄さまの仰る通りです!」
二人の天使たちは兄殿下エヴィウスの言う言葉ーー常軌を逸しているようにユークリウス殿下には思えるーーに激しく同意していた。
キリュース殿下とラティール殿下の母は皇帝陛下の第二妃。母違いの兄弟であるが、時にユークリウス殿下の三人の弟たちはグルになる事があり、それはある意味では微笑ましいほど仲が良かった。こんな時、ユークリウス殿下は少しだけ弟たちと距離を感じ、寂しく思うのだ。
ユークリウス殿下はそんな三人の弟殿下たちを様々な意味微笑ましく見た後、強引に話を戻した。
「エヴィウスのおかげでルスティル公爵を捕らえる事もできた。感謝する」
「あ〜〜やっぱりルスティル公爵、捕まっちゃったんだ?」
「あの者は皇族を陥れる大罪を犯した」
「時間の問題だったよね、彼は」
「全くだよ。舐め切っていたんだ、彼は」
ユークリウス殿下は白々しいエヴィウス殿下の言葉を気にかけつつ、補足説明をした。それに対してまだ幼い二人の弟殿下たちは、厳しい目線をルスティル公爵に向けた。
幼いと言えど大帝国エステルの皇子。政治情勢や貴族派閥などをしっかりと把握している。あどけない表情に騙されている貴族たちは、後で痛い目を見る事になるだろう。キリュース殿下とラティール殿下は政治介入が許されるまでの時間を、情報収集がてら各貴族の弱みを握るという時間に当て、有意義に過ごしているのであった。
「彼はこれまでも我ら帝宮を貶める発言が目立っていた。いくら公爵家であろうと、帝室が黙っている事など有りはせぬ」
公爵家とは貴族の頂点に立つ身分を有する。その位階を持った者は、その身分に相応しい才覚を示さねばならない。
決して身分に溺れて権力を振り回す事があってはならない。
エステルの貴族は建国より精霊の力の有無で身分制度が作られきた。であるならば、精霊に恥じぬ働きを見せねばならぬのであった。
貴族とは別格にある帝宮ーー皇族たちにはそれ以上の責任が伴うのが常だ。
「身分に見合った権力を。権力に見合った能力を。能力に見合った才覚を」
「兄上はいつもお堅い考えをお持ちだ。要するにさ、皇族や貴族は容姿と権力と能力とが最初からそこそこ備わっているんだから、後は才覚を示すしかないよねー」
「ああ。ルスティル公爵は才覚を持っていた。だが最期まで悪役になりきれぬ小物だった」
「驕り過ぎたんだよ」
「馬鹿なんだよ」
「「公爵家が帝室に優っている訳なんてないのにさ」」
四人の皇子たちの言い様は実に辛辣であった。誰もがその瞳に薄暗いモノを滲ませて、舌にはたっぷりの毒を含ませていた。
そんな彼ら四人の皇子たちの背後で守護する騎士たちは、主たちの会話に戦慄すると共に、強い羨望と敬愛の眼差しを向けるのであった。
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四人の皇子1をお送りしました。
偽名を名乗る事を嗜みとする三人の弟殿下たち。野性味溢れるユークリウス殿下ですが、そんな弟たちと比べれば真面目なお兄ちゃんです。
次話も是非、ご覧ください。