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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
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※裏舞台12※ 二人の宰相2

 前宰相サリアン公爵は王座の簒奪を目論んでいたと思われる。しかし、それは彼が王座を狙える位置にあったから行われた蛮行とも云えた。彼の中にはシスティナ王家の血が流れているのだ。サリアン公爵は先先代国王の子息、かつては『殿下』と呼ばれる身分にあった。だが、彼は成人するや王席から降り、公爵家を起こした。それは故に、王家の血を守る為であった。


 システィナは北をエステル帝国に、東をライザタニアに、南をドーアと三方に囲まれている。西は大海に面し、他国との貿易を行い、富を得ている。エステル帝国とは不可侵条約を結んだとはいえ休戦中。ライザタニアとはおよそ二年前より戦争中だが、それほど騒がれていないのは、そのどちらもがシスティナの《結界》に阻まれて攻めてこれないというだけであった。

 システィナ国は食も豊かで港を有する貿易国家。手に入れたいと思う国は多い。その為、攻められ易いのだ。


 国家とは民無くしては成り立たぬ。だが国王無くしても成り立たぬものだ。


 システィナでは王族の血を絶やさぬ為の措置が取られている。それは、どこの国でも同じであろう。王族の血を絶やさぬ為、王位継承権を持つ者に爵位を与えて臣下とし、その存在を守る。それがシスティナのやり方であった。

 サリアン公爵が王座の簒奪を目論んだその時、その行いを賛同する貴族たちが少なからずいたのは、彼が王位継承権を持つ『元王族』だった事も大きな要因である。


「貴方が王座の簒奪を目論んだには、それなりの訳がございましょう?」

「さてなぁ……」

「今のシスティナは傾いたまま進む船のようだと思われませんか?しかも、くにが傾いている事を知る者は少ない……」

「ほぅ……」

「責任転嫁を繰り返し350年。何とか国家の体を成してはいるが、ともすれば、瓦解も目前に迫っている」

「貴殿にしては辛辣な言葉だ」

「その一つが『塔』による防衛システム。あれはいただけない。個人に国を守らせるなど何とも恐ろしいシステムでありましょうか」

「で、あるな……」


 サリアン公爵は後輩ーーアルヴァンド公爵の憤りを受けて、静かに目を閉じた。サリアン公爵が半生を国に尽くし、その中で感じてきた想いを今になって共感できる者を得たのだ。サリアン公爵にとってそれはそれは感慨深いものであった。


 ーだが、もう遅いー


 同じ想いを持つ者が居たところでサリアン公爵は許されぬ罪を犯した罪人。大罪人だ。今更表舞台に立つ事など、最早出来はしないのだ。

 すると、サリアン公爵はアルヴァンド公爵に一つのヒントを齎した。


「儂が飼っていたのが『闇の魔導士』だけだと思うのか?」

「……」

「嗚呼、既に辿り着いておるのか」


 無言で微笑むアルヴァンド公爵にサリアン公爵はまた鼻を鳴らした。食えぬ男だと言い捨てて。

 アルヴァンド公爵は外面の甘いマスクに騙されがちだが、内面は熱い正義感を持つ現実主義者だ。熱血漢であると見せかけて、まつりごとには表と裏がある事を知っている。王国と王族の為ならば、己が泥を被る事を厭わないだろう。そういう男であった。


「初めから貴殿と組めば良かったのぉ……」

「ハハハ、ご冗談を。私は暗躍には向いていないのでね。貴方の足を引っ張る事になったでしょう」

「いやいや、なかなか面白い劇となったやも知れぬぞ?」


 それは有り得ぬ過去。このように語り合う事が出来るのも今だからこそだ。

 苦笑を浮かべるアルヴァンド公爵が居住まいを正して、ある言葉を口にのせた。


「宮廷治療士」

「彼らがどうした?」


 宮廷治療師とは宮廷魔導士に属する者たちで、主に人間ヒトの身体に起こる様々な病気や怪我に対応する仕事を受け持っている。治療に特化した魔導士である。

 魔法や魔術によって怪我の治療は可能だが、病気には効力がない。その為、病気の原因の究明には薬剤師や鍼師が担っている。

 宮廷治療士とは魔導士でありながら、薬剤師や鍼師の知識を持ち合わせた医療のエキスパートであった。


「彼らの中には、呪術を用いて治療を行う者もおります。サリアン公爵はその者たちをご存知ですね?」

「無論だ」

「『心の病』というモノがありましょう?何らかの事件や事故が原因で、心に大きな傷を負った者。そのような者に呪術を用いて心の負担を軽減する、そんな治療があるのだそうです」

「ふむ。儂には荒治療に聞こえるがな」


 全く同意です、とアルヴァンド公爵がサリアン公爵の言葉に頷いた。


「宮廷治療士は王宮の専門医。しかし、防衛を担う各『塔』にも配備されている」


 システィナの東西南北、その国境を守護する四つの『塔』。塔の責任者の体調管理するのは国の責務だ。その為、通常王族の為に配備されてている宮廷治療士を各『塔』の魔導士の為に派遣しているのだ。


「『北の塔』に派遣された宮廷治療士。彼がシルヴィア嬢を落とした。ーーというのが我々の見解です」


 宮廷治療士はシルヴィアに『東の塔の魔女』の情報を流し、ナイトハルト殿下の寵愛が彼女から東の魔女に移ったかのように猜疑心を煽り、危機感を与えた。更には、シルヴィアへ『東の塔の魔女』に対する殺意を植え付けた。

 シルヴィアは元よりナイトハルト殿下の熱心なストーカー。治療士の言葉を鵜呑みにして、まんまと『東の塔の魔女』をおびき寄せた。


「その者を捉えたのであろう?」

「はい」

「貴殿のことだ。その者の背後関係にも既に辿り着いておるに違いない」

「……」

「それで、貴殿はどうする?」

「……静観を」

「座して待つというのか⁉︎ 貴殿らしくもないっ。ーーいや、そうでもないか」


 静観とは傍観ではない。『時を待つ』という事なのだ。

 アルヴァンド公爵は何かを掴んでいる。だが『今』は動く時ではないと考えているのだ。そして、時が来れば、磨かれた刃を繰り出すだろう。


「おぉ、怖い怖い」

「貴方がそれを言いますか?私からすれば貴方の方が幾分も怖い存在ですよ」


 長年牙を隠してきた能吏。システィナの闇を知る大貴族。元王族の元宰相閣下。政治家の頂点に長年君臨してきた公爵殿下。

 アルヴァンド公爵がサリアン公爵の罪を許す事は決してない。しかし、サリアン公爵の政治家としての手腕を誰よりも認めていた。

 何故ならば今、アルヴァンド公爵はサリアン公爵の足跡の上に立っているのだから。


「貴方は今も、子飼いに単独行動させておいでですね?」

「さてなぁ?儂はこの離宮に幽閉されている身。世間からは隔絶されておる。世情にはトンと疎いのでなぁ……」

「……ああ、子飼いが単独行動しているのですね?」

「……。さぁ、知らぬな」


 怪しい笑みを浮かべたサリアン公爵の表情からは、一切、情報が読み取れなかった。アルヴァンド公爵以上のタヌキはここにいた。

 アルヴァンド公爵とて半生を政界に身を置いた政治家だ。しかし新米宰相アルヴァンドからすれば、玄人宰相サリアンにはまだまだ遠く及ばぬのが現実。


「まるでタヌキとタヌキの化かし合いだのぉ……」

「はぁ?貴方は兎も角、私がタヌキなどとーー」

「何を言っておる。貴殿も立派な中年貴族であろうが!」

「……」


 四十代半ばのアルヴァンド公爵だがその外見は若々しく、三十代にも見られる美丈夫だ。アルヴァンド公爵は中年男と呼ばれーーいや、壮年男と呼ばれる年代だが、己の事をいつまでも若く見られたいと思うのは世の貴族男性のサガだろう。勿論、その欲望は女性の方が高いだろうが。

 未だ、成人に満たぬ娘を持つ父親アルヴァンド公爵ルイスとしては、まだまだ若く見られたい年頃であった。

 そんな気持ちがダダ漏れだったのだろう。サリアン公爵はアルヴァンド公爵の苦笑からそれを読み取ると盛大に溜息をつき、ドッと背もたれに背中を預けた。


「バカが‼︎ あぁ、もうどうでも良くなってきたわ!」

「私は貴方との会話が楽しくなってまいりましたよ」

「〜〜何しに来た⁉︎ 貴殿は宰相であろう?このような犯罪者と語らいに来る暇などあるのか?サッサと王宮へ戻らぬか!」

「アハハハハ!貴方がそれを言いますか?」


 以前、二人は似たような会話をした事があった。その時は、二人の立場は全く真逆であった。

 青筋を浮かべて憤るサリアン公爵に、全く悪びれないアルヴァンド公爵。


「儂が処刑される時に幾らでも罪を被ってやる故、精々、システィナの闇に紛れる者たちを捕まえる事だ」

「……感謝を、閣下」


 サリアン公爵は己の役目を一から百まで理解している。国の闇も、王宮(=政治機関)の闇も、そして人間ヒトの闇も。その怖さも。

 罪人となって尚、国の為に役目を果たそうとするその姿は、正に、システィナの大貴族としての矜持であろう。その姿に、アルヴァンド公爵は自然とこうべを垂れるのであった。


「宰相ともあろう者が罪人にこうべなど垂れるな!誰かに見られでもしたらどうする⁉︎」

「ハハハ。私を咎められる者などおりませんよ」


 呆れ顔のサリアン公爵にアルヴァンド公爵は笑みを向けた。

 泥を被らねば成らぬのは、本来ならば、今を生きる者たちなのだ。それを去りゆく者に被せようとしている自分たちの愚かさを、アルヴァンド公爵は小さな胸の痛みと共に仕舞い込んだ。


「『北の塔』の責任は、殿下方に取らせます」

「そのような事を儂に伝えても良かったのか?」

「ええ。それに『若い内の苦労は買ってでもせよ』と言うではありませぬか?」

「次代を担う若者たちに経験を積ませる、か。貴殿らしい優しさだのぉ」


 アルヴァンド公爵とて殿下方から見れば親世代。王太子ウィリアム殿下が王座につかれる時には、次代に引き継がねばならないのだ。彼が立王するまでまだ十年はあるだろう。だがもう十年しかないのだ。それまでに今代の膿を出し尽くし、次代へと繋げるのは、今の官僚たちの仕事であった。


「精々気張る事だ、アルヴァンド宰相閣下」

「はい、前宰相殿」


 宮廷治療士など小物に過ぎない。その奥に隠れた真犯人を炙り出すこと。それがアルヴァンド公爵に課せられた仕事であった。


「彼の国は荒れるであろうなぁ……」

「ええ。我が国同様……いや、それ以上に荒れるでしょう。その余波を受けぬようにせねばなりません」

「それだけではダメだ」

「はい。我が国もこの機に大きく舵を切らねばなりません」


 エステル帝国は『精霊信仰大国』。精霊を神と崇め盲目的に崇める信徒のいる国だ。彼の国は1000年分の闇を抱えている。その国のあり方に大きくメスを入れようとしている皇子がいる。

 彼の皇子の名を皇太子ユークリウス。

 仮の妃としてシスティナより派遣された『姫』は、アルヴァンド公爵のよく知る人物であった。


「……あの者もよくよく事件に巻き込まれる体質にある」

「全くです。心配でなりませんよ」

「ハハ!ここに来て貴殿の本音がやっと聞けたわ!」


 サリアン公爵は囚われの身でありながら、事件の全貌を掴んでいる。『あの者』が誰を指しているのか、アルヴァンド公爵も理解していた。

 アルヴァンド公爵は息子ジークフリードから『あの者』が彼の国で奮闘している事を直接聞いた。また、『あの者』につけた護衛についても。


「だが、貴殿は『静観』するのだな?」


 アルヴァンド公爵はシスティナ国の宰相。己が感情で国の未来を左右する事などあってはならない。

 アルヴァンド公爵はサリアン公爵の言葉に苦笑混じりの笑みで返すと、テーブルに手をついてスッと椅子から立ち上がった。


「今日は有意義な時間を過ごすことができました。サリアン公爵、貴殿に感謝を」

「なぁに。儂の方こそ楽しいひと時であった」


 アルヴァンド公爵の謝辞にサリアン公爵は椅子から立ち上がる事なく答える。そしてアルヴァンド公爵は一つ会釈をすると、颯爽と部屋から去っていった。



 離宮の部屋の一室にはまた静寂が訪れた。窓の外は嵐。轟々と吹き荒れる風の音が、室内にまで聞こえてくる。


「ルイス。果たしてそなたは答えを見つける事ができるだろうか……。儂が見つけられなんだ答えを……」


 暗雲立ち込める空を眺めながら、サリアン公爵は去りゆく友の未来を想い、誰とも聞かぬ呟きをぽつんと零した。






お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、本当に嬉しいです!!

ありがとうございます!


裏舞台12 二人の宰相2をお送りしました!


謀反を起こしたサリアン公爵。彼には彼なりの正義がありました。アルヴァンド公爵にも己の信ずる正義があります。どちらの正義も『国』を想ってのものです。

しかし二人が共闘する未来はもうありません。


次話も是非ご覧ください!

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