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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
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僕の大切な君

 アーリアは椅子の上にちょこんと座らられていた。その前には仁王立ちしたリュゼが、睨みを利かせながらアーリアを見下ろしている。リュゼは表情こそ笑顔だが、額には青筋が浮かんでいた。アーリアは肩を竦めて、リュゼから発せられる怒気とこれからの説教を思い、緊張から瞬きを繰り返した。

 場所は皇太子宮、アリア姫に与えられた部屋の一室だ。部屋の外には『説教中により立ち入り禁止』の紙が貼られているので、それを見た者は苦笑しつつも横槍を入れては来ない。下手に藪を突いてくる愚者はこの宮にはいない。

 リュゼはアーリアが護衛騎士リュゼに断りも入れず、偽名キールとラースに連れられて行った事に対して、大層お怒りだった。


「子猫ちゃんさ、知らない人にフラフラとついて行っちゃダメってコト、子どもでも知ってるよね?」

「……ハイ」

「じゃあ、な〜ん〜でッついて行ったのかな?」

「えっと……。その、何となく?」


 ースパンー


 リュゼは手の中にある紙を丸めた棒状の物で、アーリアの後頭部を叩いた。紙なので痛みは全くない。だがアーリアをビビらすには十分な威力を持っていた。


「ーー⁉︎ 」

「このおバカ!何となくって何なの?何となくって!ついてっちゃダメでしょ?相手が子どもでも油断しちゃダメだよ。子猫ちゃんさぁ、君は今『システィナ国の姫』なんだよ?『ユークリウス殿下の婚約者』なんだよ?婚約を控えた姫が子どもとはいえ男の子について行っちゃダメでしょ?貞淑さを疑われたらどーするの?」

「えーあー……」


『貞淑さを疑われる』という文言に、アーリアは苦い顔をした。確かにキールとラースが子どもだと油断していた。そういう疑いがかけられるとは思ってもいなかった。


「彼ら、可愛い顔してたけど『男の子』なんだよ?後で誰かに難癖つけられて困るのは子猫ちゃんじゃないんだよ?ユークリウス殿下なんだよ⁉︎ 」

「〜〜すみません」


 漸くユークリウス殿下の迷惑になる事だと気づいたアーリアは、即座に自分の行動のマズさを自覚した。自分の迂闊な行動でユークリウス殿下を煩わしては元も子もないのだ。何の為に『システィナ国の姫』をしているのか。ユークリウス殿下の政策を助ける為ではないか。


「……それにさ、普通に心配になるでしょ?急にいなくなるなんて……」

「リュゼ……」


 リュゼは怒気を治めてアーリアから目をそらし、憂いを帯びた表情で呟いた。


「僕は子猫ちゃんの護衛なんだよ?子猫ちゃんの味方なんだよ?もう少し僕のコト、信用してくれないかなぁ……?」

「違っ!ごめん、リュゼ。リュゼのコト、信用してるよ?」


 アーリアはリュゼを失望させてしまったのだと知り慌てた。そして必死になって弁明を試みた。

 アーリアはリュゼに対して信頼を寄せている。これは嘘ではない。それどころか、これ程までに信用した人物は身内以外には初めてだった。一時期共に旅をしていたジークフリードに対してと同様、いやそれ以上に心を開いていた。

 現にエステルでの唯一の味方はリュゼだけで、アーリアはリュゼの守護を毎日受けている。その中で培われた信頼は大きい。

 そんなリュゼに呆れられ見捨てられるのではないかと思うと、アーリアの胸は締め付けられる程に苦しくなるのだった。


 しかしそんなアーリアの焦りも弁明も虚しく、リュゼは再度眉間にシワを寄せてアーリアに詰め寄ってきた。


「はーい失格!ほーらまた騙された!チョロすぎるよ、子猫ちゃん。この程度の演技に騙されるなんて」

「え、演技ぃ〜〜⁉︎ ヒドイ!」

「酷くないから!子猫ちゃんがチョロ過ぎるの!ったくさ〜〜、どんだけ騙されれば気がすむのさ!」

「うっ……」

「お師匠シショーサンに騙されるのはまぁ仕方ないちゃ仕方ないよ?でもさぁ、ユークリウス殿下に騙され、ヒースサンに騙され、僕に騙され、知らないオニーサンに騙され、あーんな小さなお子様たちにも騙されるなんて、どーかしてるよ?子猫ちゃんの頭の中はどーなってんの⁉︎ 」


 ポカポカポカとリュゼは手の中の紙の棒でアーリアの脳天を叩いた。


 アーリアは大変騙されやすい。ちょっと弱った態度を見せればすぐコレだ。先ほどの演技はリュゼがアーリアの味方だからという点も大きいだろう。だが、それを差し置いてもアーリアは人間ヒトを疑うという事をあまりしない。

 アーリアがこれまでの人生に於いて人間関係を重要視せず、人と人とのコミュニケーション能力を培ってこなかった事が、彼女の対人能力の低さに繋がっているのだろうと思われた。要するに経験不足なのだ。また師匠を始めとする兄弟子たち身内が、これまでアーリアを囲ってきた事が大きな原因だろう。

 リュゼそう結論を出すと盛大な溜息を吐いた。アーリアの師匠も兄弟子たちもアーリアには甘すぎる。確実に彼らの教育方法のミスが今現在に響いている。しかしそこに関しては強くツッコメないリュゼは、溜息を吐くしかなかった。


「えっ⁉︎ ヒースさんって私を騙したコトある?とても良い人だよ?」


 アーリアはいつも爽やか笑顔のヒースに裏がある事にも気づいていない様子。ヒースが徹底してアーリアに己の裏の姿を見せていないのが原因だが、ソレを知っているリュゼとしては大変頭が痛い。


「……。そーだね。イイヒトなのには違いないよね?だーかーらーそうやって見かけに騙されると痛い目見るからね!ってゆーか、今、痛い目に遭ってるでしょ⁉︎ このアンポンタン!」

「アンポンタンって……。初めて言われた」


 ースパンー


 リュゼは紙の棒で一発。痛くないはずなのに、アーリアは叩かれた頭を押さえている。


「変なところで感動しない!今、僕は怒ってるんだからね?はぁぁ。どーして、君は自分を大切にしないかなぁ……?」

「自分を大切に……」

「そ。子猫ちゃん、君はさ、自分の事を大切にしようと思ったコトある?」


 アーリアの口から小さく呟かれた「ごめん」に、リュゼは眉根を寄せた。


 そもそもアーリアには『自分の命』というモノの価値がよく分からないでいたのだ。

 バルドによって人工的に生み出されたアーリアは厳密には人間ヒトではない。この時点でアーリアが人間ヒトと同じ感覚を持っている訳がなかった。

 アーリアにとっての命の価値観は、人間ヒトの価値観とは異なっている。人間の常識を理解する事は、人間ヒトとして生まれなかったアーリアにとって、至難の業であった。


 アーリアの中の命の価値観の低さはその生まれ方に帰依する。バルドの手によりアーリアは道具として生み出され、道具として使われる運命にあった。しかし役に立たない道具は捨てられた。アーリアは捨てられた時、アーリアの命は終わりを迎えようとしていた。しかしそこでアーリアの人生いのちは終わりを迎えなかった。


 師匠がアーリアを拾い育てたのだ。

 師匠はアーリアの命を救い、衣食住を与え、瞳を与え、名を与え、教育を与え、慈しんだ。何の見返りを求める事なくアーリアを愛し育てた。『今』の『アーリア』があるのは全てが師匠のおかげだった。

 余談だが、アーリアの迂闊で鈍臭く空回りな性格形成に大きな影響を及ぼしたのは、間違いなく師匠と兄弟子たちだ。


 アーリアは師匠に依存している。

 その自覚はアーリアにもあった。しかし、それは仕方ない事だと割り切っていた。何故なら、卵から孵った雛が初めて見た者を親だと思い込むように、アーリアには師匠が『全て』なのだから。


 そんなアーリアにも最近、師匠の他にも大切な人間ヒトができた。ジークフリード、テルシア、ダン、アルヴァンド公爵ルイス、リディエンヌ、そしてリュゼ……。彼らがシスティナで健やかなに過ごせる為に、アーリアはエステル帝国で姫の真似事をして奮闘している。それが今のアーリアの生きる目的であった。その為ならば、自分の命をどのように使っても良いように思っていた。

 しかしどうやらその自分の考えが人間リュゼにとっては受け入れ難いものーー『自分の命を大切にしていない』と捉えられているものと知ったアーリアは落ち込んだ。


 しょんぼりと俯いたアーリアを見ながら、リュゼは糸目を開きポツリポツリと語り出した。


「……。人間ヒトってさ、一人では生きられないんだよ」


 どんな小さな役割でも、それは回り回って世界を動かす力となっている。農民の育てた野菜を運ぶ商人。商人から野菜を買った貴族。貴族官僚の整えた河川。それを利用する農民。食堂の皿洗いから皇族・貴族の夜会参列まで、どれもが世界を動かす力なのだ。


「こんなコト僕が言っても説得力皆無なんだケドさ……。誰かに頼られないと、自分の価値を感じられないんだよね〜〜人間ヒトって。だからかな?僕がバルドのトコロにいたのも」

「バルド……」

「ごめんね。君にとっては思い出したくない人間ヒト代表かな?でもさ、あんな変態でも僕は感謝してるコトが一つだけあるんだよ」

「何を……?」


 バルドはアーリアの創造主だ。しかしアーリアはバルドに対し、良い感情を抱いた事はない。アーリアもリュゼもバルドには散々な目に遭わされたではないか。それなのにリュゼはバルドに感謝している事があると言う。

 アーリアは顔を曇らせ、信じられない気持ちでリュゼを見た。


「君を生み出してくれたコトだよ?」


 アーリアはリュゼの言葉にハッと息を飲み込んだ。


「彼は君をーーアーリアを生み出してくれた。それだけは感謝してる。だって、バルドのおかげで僕は君に出会う事ができたからね。それに、君は僕に再び『生きる意味』をくれたヒトだからね……」


 リュゼは物心つく頃からずっと闇の中に留まっていた。

 バルドに獣人とされ、禁呪《隷属》から絶対の服従を余儀なくされ、使役され、犯罪行為に加担させられた。そんな生活が長く続いていた。

 その中で得た心理は『人間ヒトは殺せば死ぬ』という事だ。

 人生に生きる意味も見出せずただ人間ヒトを殺し、奪い、絶望を与える。そんな日々にリュゼの心は少しずつ壊れてきていった。そんな時、アーリアと出会ったのだ。

 リュゼはアーリアを気まぐれに助けた。初めてアーリアを見た時、手折ればすぐに死んでしまう命だと思った。それをリュゼは何となく救いたいと思ってしまった。

 その後、アーリアと関わる毎にリュゼの中に『ある想い』が芽生えていった。


 ーそれは『生きる意味』だー


「リュゼ……。私はそんな大層な事、してないよ。寧ろ私の方が……」

「ーーいいや。君は僕に『明日』をくれたよ?あんなに灰色だった僕の世界は、君のおかげで虹色になったんだ」

「迷惑も、いっぱいかけてる……」

「君に関して迷惑なんてこれっぽっちも思ったコトないよ。ホント。ウソじゃないよ?バルドの所にいた時、既に僕の人生は『終わり』を迎えようとしてた。でもあの日君に出会って、僕の人生に『続き』が生まれたんだ」


 こんな僕にも助けられる命があるんだって知ったんだよ、とリュゼはアーリアの頬を両手で挟んで優しく微笑んだ。

 しかしアーリアにはリュゼの言葉を受け入れる事が出来なかった。アーリアはリュゼの手を頬から外し、強く睨んだ。


「私は何にもしてない……!」

「……うん、そーだね。僕が勝手にそう思ってそう言ってるダケ。でも僕にはそれで十分なんだよ?……僕にだって、なんでこんなにも君を好きになったか分からないんだから。でもね……」


 フワリとアーリアの顔を包む大きな手。リュゼは再度アーリアの顔を優しく包み込むと、顔を近づけて額と額とをくっつけた。


「僕は君が大切なんだ。だから君は僕の為にも自分を大切にして欲しいな?」

「っ……」

「僕には子猫ちゃんが必要だし、頼りにして貰いたい。子猫ちゃんにもそう言い気持ち、あるよね?」

「うん……。私も頼りにされたい。リュゼに必要とされたい……」

「だったら自分を大切にしなきゃ!」

「……。うん」

「少しは分かってくれたかな?僕のキモチ」


 アーリアはリュゼの鼻と鼻とが触れそうな程近くに呼吸を感じ、ゆっくりと目を閉じた。乱れていた呼吸が、心臓の鼓動が徐々に元の状態に整っていく。

 アーリアはリュゼの大きな手から伝わる体温に、気持ちを落ち着けていった。


「落ち着いた?」

「うん……」


 チュッという音と柔らかな感触が瞳の上から感じられ、アーリアは閉じていた瞳を開けた。至近距離にイタズラな笑みを浮かべたリュゼの顔。アーリアはその距離の近さにドキリとした。


「油断大敵だよ、子猫ちゃん!オトコノコの前で目なんて閉じちゃダメだよっ」

「えっと……?」


 アーリアはリュゼに何をされたのか分からずに戸惑った。だが、リュゼの琥珀色の美しい瞳が至近距離からアーリアを覗き込んでくる状況には、徐々に恥ずかしさが込み上げた。

 頬を赤く染めたアーリアに、リュゼは御満悦な表情を浮かべると……。


「あれ?分からなかったのかな?もう一度、君に触れても良いのなら触れちゃうよ?」


 そう言ってリュゼはアーリアの頬に唇を押し当てた。その余りに柔らかな感触に、アーリアは一瞬で顔を真っ赤にさせた。


「〜〜〜〜‼︎ 」

「アハハハハ!隙あり〜〜」

「リュゼ〜〜!」

「イイじゃない!親愛の証だよ」

「そ……!」

「だからね、言ったでしょ?チョロすぎだって!」


 リュゼはアーリアの叫び出しそうな唇に人差し指を乗せて黙らせた。するとアーリアは驚きの余り混乱して怒り出したのだ。振り回すアーリアの手をヒョイっと避けたリュゼは、いつものニヤついた笑顔を浮かべた。


 リュゼの琥珀色の瞳には、アーリアへの確かな想いが溢れていた。




お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、大変嬉しいです!ありがとうございます!


僕の大切な君をお送りしました。

アーリアにとっての師匠、リュゼのとってのアーリア。

さらりとリュゼの気持ちが伝えられていますが、アーリアには半分も理解されていないようです。リュゼもアーリアにキチンと『想い』を伝えようとはしていません。

今はまだそれで良いと思っています。


次話も是非ご覧ください!

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