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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
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図書棟の天使たち2

 

「姫、やっぱり禁書庫は皇族しか入れないみたいですよ。その本も貸し出し禁止のようで……ってあれ?姫?」


 リュゼは図書棟の最奥に程近い場所於いて本の虫となり、一心に読み耽っている筈の人物に向けて声をかけた。しかし居るべき場所にその人物はなく、辺りをくまなく見渡せど人影も見えない。

 この図書棟の最奥までの出入り口は一箇所しかなく、リュゼがやって来た通路を通らないと、皇太子宮へ帰ることもできない。だがリュゼはここへ来る途中で誰ともすれ違う事はなかった。だから行き違いなどはない筈なのだ。


「おーい。姫〜〜?アリア姫〜〜?」


 少し大きな声で呼びかけようが一向に返事はない。


「あれぇ?おっかしーなぁ⁇」


 リュゼは頭をガシガシ掻きながら首を傾げた。

 リュゼは禁書庫の本を読む事ができるかどうかを図書館司書へ聞いて来たのだが、聞いて来て欲しいと頼んだその本人がいない。


「まさかの迷子?ウソ〜〜⁇有り得ないデショ?幾ら何でもそれは……。あーでも子猫ちゃんなら有り得ないコトもないの、かなぁ……?」


 リュゼはアーリアの鈍臭さを重々承知している。何もない所で蹴つまずくなんてしょっちゅうだ。そして押しに弱くて流され易い事も。

 しかし、それらアーリアの弱点とも呼べる箇所はエステル帝国に来てからというもの、随分と改善してきていたのだ。アーリアとリュゼ、そして母国の命運が掛かった状況で過ごしてきた日々が、アーリアの精神を鋭敏にさせたのだろう。リュゼはそう理解していた。

 またこれは可笑しな点なのだが、運動神経皆無のアーリアであっても、不思議と道には迷わないのだ。それをリュゼは知っていた。そして……


「子猫ちゃんは僕に迷惑かかる事なんてしない」


 突発的な事態でも起きない限りは……。


 アーリアがこの場を離れたーー離れざるを得なかったのは、不可抗力の何かが起こったからではないだろうか。

 嫌な予感がリュゼの脳内を駆ける。

 リュゼはすかさずスキル《探査》を発動させた。リュゼの眼前に自身にしか見えない地図(マップ)が展開される。


 リュゼは人探しに於いてはそれなりの自信を持っていた。自身の持つスキルは主に隠密系で固められているからだ。

 リュゼは幼い頃よりあらゆる犯罪に手を染めてきた。つい最近まで、闇に紛れて犯罪行為を行う獣人集団の中で過ごしてきたのだ。隠密行動ならば、数いる獣人たちの中でもトップクラスの実力を有していた。だから自然とその手の仕事はリュゼに任されるようになっていたのだ。

 だが、リュゼはこれまで手を染めた犯罪について気に病んだ事は一度もない。全ては『生きるため』だからだ。


 気まぐれからアーリアを助けた後、運良くバルドから掛けられた禁呪も解かれたリュゼは、成り行きからアーリアの護衛となった。そして現在では、アーリアと共に隣国エスエルで護衛騎士と言われる存在となった。

 マトモな仕事に就いた事が一度もない自分には、冗談としか思えない展開だ。『犯罪者が一転、国を守る騎士様になるなんて何の冗談か?』と。

 最近では『騎士をするのも満更ではない』と、考えを改めるようになっていたが、少し前までは『騎士をするよりも暗殺者をする方がずっと楽だ』と本気で思っていた程だった。


 《探査》地図(マップ)にはアーリアを示す印が現れた。地図からアーリアが図書棟の最奥ーー限られた者しか入れないエリアを移動しているのが読み取れた。


「ソンナトコロ、どうやって入ったのかなぁ?やっぱりその鍵はこの二つの印かな……?」


 地図上、アーリアを表す点印の両脇には、二つの点印が寄り添うように付き従っている。ーーいや、逆にアーリアがこの二人に従わされているかもしれない。どちらかと言うと、そう考える方がリュゼにはしっくり来る感じがした。


「君たちは誰かな……?まぁ誰でもいいか……。君たちには僕の姫を攫った事、きっちり後悔させてあげるからね?」


 アーリアは脅されて連れて行かれているのだろか、それとも……。とリュゼは眉間を指でトントンと押さえながら考えを整理した。

 それにしても、護衛騎士の目を盗んで主を攫うとは、実にいい度胸をしているではないか。それも……


 ー隠密を得意とする僕から、僕の大切な姫を人知れず連れ去るなんて……ー


 琥珀色の瞳が猫のように細まる。リュゼは渇いた唇をペロリとひと舐めした。リュゼの顔には笑みが張り付いているが、その笑顔は見る人の背を無条件に凍らせるほど冷え冷えとしていた。鳴りを潜めていた『追跡者』としての顔が、リュゼの奥底からむくりと立ち上がっていく。


「それよりも先に、子猫ちゃんにはお説教かな?」



『怪しい者にはついて行ってはならない』


 そんなコト、三才の子どもでも知っている。成人を迎えたアーリアに、今さらこのような常識(こと)を教えなければならないのだ。例えその相手が怪しい人相の者でなくても、例え女子どもであっても油断は大敵なのだ、と。

 アーリアにはその認識が弱いのかもしれない。幼子であっても、手を黒く染めながら生きている者は世の中に大勢いるのだ。

 そう……


「僕みたいにね……」


 リュゼはクスリと苦笑して、顔に『いつもの笑み』を浮かべた。

 生粋の貴族であるジーくフリードに『感情が読み取れない』と言われた『笑み』だ。 


「さぁて……鬼ごっこといきますか」


 リュゼは地図を展開したまま、図書棟の最奥へと移動を開始した。足取り軽く。唇には小さな笑みを湛えて。



 ※※※※※※※※※※



 二人の少年はアリア姫を両側から挟み込むような配置をとり、その手をリードするように引きながら、細い通路を脇目も降らずに歩いていた。アリア姫の手は子どもである自分たちの手より小さく、とても頼りなく思えた。


 そのアリア姫から困惑したような声をあげた。


「あの……ちょっと……」


 アーリアは少年たちに引き摺られるような歩みの途中で、焦ったように声をあげた。だが、前を行く二人の少年はアーリアのその声に反応しなかった。アーリアよりほんの少し背が低いその少年たちーー彼らの旋毛がアーリアの声に対して少し揺れた程度だ。

 アーリアは自分の声が無視された事に焦り、今度は声のボリュームを大にして声をかけた。


「ちょっと待って、キールくん、ラースくん!」


 アーリアは声をかけると両手を強く引いた。だが少年と言えど性別は男だ。成人女性とは言え引きこもり魔女の腕力など皆無。少年たちの方が明らかに力がある。したがって、アーリアが彼らの手を強く引いたところで彼らの足を止められるとは思えないのたが、少年二人はアーリアの意図を察し、右手を引くキール、左手を引くラースが同時にアーリアへと振り返った。


「何だよ?シエル」

「どうしたんですか?シエル」


 偽名シエルと呼ばれたアーリアは、眉根を潜め怪訝な顔で自身を見つめる少年たちの雰囲気に一瞬、気圧されてしまっまが、意を決して一応の抗議を試みた。


「私ね。一人で勝手にこんなところまで来るのはちょっとマズくて……」

「一人ではない」

「僕たちと一緒でしょ?」


 そうだけれども、それが更にマズイのだ、とアーリアの当たらないカンは告げていた。皇族・貴族しか入れぬ図書棟の更に奥まで踏み込める少年たちがただ者だとは、どうしても思えなかったのだ。

 だが、そんなアーリアの気持ちを双子の兄弟たちは知ってか知らずか無視してくる。早々に言い負かされそうな気配が漂っていた。


「その……私ね、護衛の騎士を置いてきてしまったから……」 

「大丈夫だろ?俺たちが共にいるんだ」


 キールは事も無げに言い放つ。それどころかアーリアの護衛騎士の代わりに自分たちが護衛すると主張するキール。


「私が急にいなくなってしまって、きっと心配してると思うの」

「心配なさってるでしょうねぇ。かくいう僕たちも、護衛を巻いてきましたからね」


 ラースはアーリアの気持ちに一応の同意を示した。だがとんでもない事に、ラースは自分たちの行いを否定するどころか肯定してきた。


「えっ……!? それってマズイんじゃ?」

「いつものコトだ。構わん」

「構うでしょ!? その騎士(ひと)クビになっちゃう!」

「クビにはなりませんよ。ソンナコトでイチイチクビにしていたら、護衛の騎士は毎日一人ずつクビにしなきゃなりませんから」


 ラースの言葉の内容にアーリアは「何てコトを!?」と絶句した。キールとラースの二人は、毎日のように護衛を巻いて遊んでいるというのだ。そしてやはり彼らは護衛騎士が付くような身分だという事も今の会話から知ることができ、益々、この単独行動の不味さが露見してきてしまった。アーリアは二人の押しに負けてこんな所までノコノコついてきてしまった自分が悔やまれた。


「そうだ。それにこれから行く場所は本来、近衛騎士だろうとも入ることはならないんだ」

「そ、そんな場所に、私のような者が行っても良いんですかッ!?」


『近衛騎士も入れぬ特別な場所』に連れて行かれると分かり、アーリアは悲鳴のような声をあげた。近衛騎士とは皇族(王族)をーー国を守る役割を課されている。彼らの職場は帝宮だ。その彼ら近衛騎士も入れぬ場所、キールとラースはそのような場所にアーリアを伴って立ち入ろうとしているのだ。しかも彼らには『悪気』や『躊躇』などと言った感情はない。現に……


「シエルは特別だ」

「シエルは特別ですよ」

「「シエルは『精霊の瞳』を持っているんだから」」


 ……と実にイイ笑顔で言いきったのだ。


「それに、俺たちが『良い』と言っているんだ」

「そうですよ。それにシエルも見たいでしょ?『生命の木』」


 その『僕たち』の笑顔にアーリアは不安が募るのだった。

 アーリアは彼らの言動からおおよそよ身分を推し量る事はできたが、未だ彼らの事は偽名しか知らないのだから。


 ー『生命の木』を見せてやるよー


 キールとラースの双子の美少年たちは、天使のような笑みを浮かべてアーリアを誘った。

 図書棟の最奥ーー禁書庫。アーリアはその更に奥へ、隠された通路を双子の兄弟に手を引かれながら立ち入った。

 そこは薄暗く少し埃っぽい通路だった。

 エスエル帝国1000年の歴史ーー文化を(したた)めた多量の本。陽の光を遮った部屋には、羊皮紙や紙に記された様々な本が守られているように陳列していた。これら一つひとつがエスエル帝国の貴重な文化財だ。

 成人男性の背の二人分程ある高さの本棚が、部屋の両端に通路を作るように整然と並べられていた。見渡す限り本、本、本だ。本棚の所々に木の梯子が掛かっていた。禁書庫専門の管理人が居るそうなのだが、近くにその姿は見えなかった。

 迷路のように入り組んだ本の通路を右へ左へと曲がり、現在は通路のサイドに竹巻の書が積まれた本棚の通りーー随分と歴史を感じるーーを歩いていた。


「何だよ?シエル。お前、怖いのか?」

「えっ⁉︎ 怖かったの?シエル」

「……え?」

「女は薄暗い場所を怖がるのだったな?」

「確かに幽鬼の類を怖がる女性は多いですね……」


 幽鬼とは魔物の一種だ。不幸な死に方をした人間の死体に肉の身体を持たぬ幽鬼が乗り移り墓を徘徊する。また肉の身体を持たぬ幽鬼がそのまま鬼火として夜な夜な街中を徘徊する。そのような事をアーリアも聞いたことはあったが、実際に目にしたことはなかった。また、アーリアはその類のモノに恐怖を覚えた事は今までない。今、一番怖がっているのは『リュゼからのお説教』だ。そして立ち入り禁止区域に立ち入った事へのペナルティ。ヒースや、勿論ユークリウス殿下にも叱られるだろう。叱られるだけで済めば良いが、己の立場を悪くする事は避けたかった。


「怖がる必要はない、シエル」

「そうですよ、シエル。僕たちが貴女を守ります」


 キールとラースの二人の少年は柔らかく微笑むと、天使のように美しい容姿とキラキラと眩しい瞳をアーリアに向けてきた。一片の曇りもない笑顔には、アーリアの不安を慮った形跡はなかった。しかも、その笑みはアーリアへの好意からではなく、ただ単にアーリアへの興味のみで、『アーリアを守る』と言っているだけではないだろうか。


 だが、容姿とは酷なものだ。


 彼らの言動や思惑にどのようなモノが含まれていようとも、ただ『整った容姿』というだけで、言葉に真実味が出てきてしまうのだから。一見してマトモな言葉に思えないものでも、天使のような笑みを向けらると何となく納得させられてしまうのだ。

 アーリアも例外ではなかった。「で、でも……」と抗おうとしたアーリアをキールが手を強引に引いて先を急かした。思わず前のめったアーリアの身体をキールとラースの腕が受け止める。背丈があまり変わらぬ二人の少年の顔が間近に迫った。


「さぁ参ろう!」 

「さぁ参りましょう!」

「「『生命の木』の下まで」」


 結局、アーリアは二人の悪魔のような尻尾の生えた天使の手に絡み取られ、抗議の声虚しく、禁苑へと誘われてしまうのだった。



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、大変嬉しく、毎日の励みになっています!

ありがとうございます!


図書棟の天使たち2をお送りしました。

2人の天使たちに悪魔の尻尾が見えます。

アーリアは本当に押しに弱いですね。

リュゼがお怒りですよ?


次話も是非ご覧ください!

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