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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
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図書棟の天使たち1

 有機物・無機物問わず、万物に精霊が宿るとされている。精霊とは神が地上を潤す為に遣わした我が身の分身だと考えられているのだ。何故ならば精霊には神にも等しい力があるからだ。火、水、風、土の四大精霊を始め、光、闇の二属性の精霊、そしてその他植物に宿る精霊など、様々な種類の精霊が地上に存在する理由ーーそれは精霊が神の代理として地上を潤し、楽園とする使命を帯びているからだと言う説が有力である。


 後に初代皇帝となるギルバートは精霊の助力を得て、エステル帝国を建国したのは史実である。

 多民族はびこる無法の大地を、時の精霊女王を味方につけたギルバートが大陸平定へと舵を切った。

 その当時、ギルバートは王族の血を引いていたとはいえ、ただの一領主にしか過ぎなかった。その彼が何処で精霊女王と出会い、どのような経緯で味方につけたのかは、はっきりと記録には残っていない。しかし、彼には精霊に愛される資質があった事は確かだ。


 ギルバートは精霊女王を愛し、また精霊女王もギルバートを愛した。

 大陸平定後、帝王となったギルバートは現在の帝都ウルトにエステル帝国を建国する。精霊女王の加護を受けた帝王ギルバートとその彼の住まう土地には、多くの精霊が集った。千年たった今も残る肥沃な大地がその証だ。

 帝王ギルバートの死後、精霊女王の行方は定かではない。しかし、精霊女王がエステル帝国に存在した証は今も、帝宮に残されている。


 一つは『精霊の聖石』。

 一つは『生命の木』。


 この二つは帝都ウルトの帝宮にて今も尚、厳重に守られている。それらを守る役割を担う者ーーそれ即ち、エステル帝国の皇族たちなのだ。


 エステル帝国は建国より、精霊を神と崇め奉る『精霊信仰』が貴族から民へと浸透していった。それは帝王ギルバートの死後、急速に拡大した。精霊女王の加護を受けた土地に住まう者として、精霊から大いなる愛をより一層授かりたいと願ったのだ。それは『精霊魔法』の存在が発端であった。

 精霊に愛された者の中に、『魔法』という奇跡の術を扱う者が現れたのだ。魔法は正に神の御技(ミワザ)と言っても過言ではない力であった。


 精霊女王なき帝国はその力を貪欲に求め続けた。その結果、今の国家体制に多大なる影響を与えているのだ……


「お姉さん、何読んでるの?」


 アーリアはその本があまりに重く、手で支えて読む事が出来なかったので仕方なく机の上に直置きし、それを上から覗き込むように読んでいた。

 そこへ、成長途中と思われる子どもの声が近くから聞こえてきた。場所が場所だけに、幻聴かそれとも精霊の声かなどと驚いたアーリアは、ふと頭を上げた。そのとたんゴチンという音と共に、後頭部に鈍い痛みがはしった。


「〜〜ッ⁉︎」

「あたッ!」


 目の前に星が飛び散る。痛みに涙が滲む。

 アーリアは後頭部を押さえながら顔を上げると、額を押さえている涙目の少年がそこに居た。どうやら急にアーリアが頭を上げたので、その勢いで少年の額にぶつかってしまったようだ。少年はアーリアを、その頭の上から覗きこんだ格好をしていたのだろう。


「ごめんなさい!おでこ、大丈夫?」

「こちらこそ、ゴメンね?お姉さん。僕は平気だよ」


 お互い謝り合っていると、そこに第三者の声が乱暴にかけられた。


「お前らマヌケすぎなんじゃねーの?」


 アーリアが声のした方へ顔を向けるとそこにも少年が一人。しかも今しがた頭をぶつけて謝り合っていた少年と、瓜二つの顔がそこにあるではないか。

 色白の肌に整った容姿。紺藍色の髪に菖蒲色の瞳。年は十は超えているだろうか。色違いのチェック柄のチョッキを着込んだ少年は、一人はおっとりとした表情で、一人はぶすっとした表情でアーリアの事を見つめてきた。


「……マヌケ?」

「そーだろーが」


 二人の少年の顔に驚いたのか、その言葉に驚いたのか。アーリアが少年に向かって力なく呟くと、少年は眉尻を潜めて不機嫌そうに呟き返して来た。

 顔がなまじ整っているだけに、辛辣な言葉遣は余計に心に突き刺さる。見た目は良家の子息なのに、そのガラの悪さは下町の路地裏たむろっている破落戸(ごろつき)を彷彿とさせた。それが何となく懐かしいと感じてしまったアーリアは、『疲れているのかも』と自分の精神を僅かに案じた。


「お前も避けろよ、ラース!このねーちゃん鈍そうじゃねーか」

「ゴメンよ、キール」


 なんて失礼な!とは怒れないアーリアは、唖然としてキールと呼ばれた双子の片割れを見た。自他共に認める鈍臭さを誇るアーリアでも、まさか初対面の少年に面と向かって言われるとは思わなかったのだ。


「で、なんでンな事になったんだ?」

「お姉さんが何読んでるのか気になってさ。僕が上から覗いたんだよ」

「あぁそぉ……」


 それだけで事の次第を理解したキールは少年は眉をひそめると、アーリアの前、机の上に置かれた本の中を覗いた。


「精霊信仰?国史か……?オマエ、こんなコトに興味があんの?てか、バカなの?この程度の内容なら、子どもでも知ってんじゃん!」


 内容を一瞥するとキールはハッと鼻で笑った。そしてすかさずアーリアをバカ扱いし出した。アーリアは初対面の少年から『マヌケ』『鈍臭い』『バカ』と三連発で貶され、心が折れそうになった。若干泣きそうだ。


「キール!失礼だよ⁉︎ 僕たち、このお姉さんと初対面なんだよ?」


 キールのあまりの上から目線に、同じ顔をキョドキョドさせたラースが嗜めにかかる。嗜められたキールはそれに対して全く意に返さず「それもそうだ」と呟くと、二人はアーリアの前に行儀よく並んで立った。


「初めまして。俺はキールと言う」

「初めまして。僕はラースって言います」

「「以後お見知り置きを」」


 キールとラースの二人の自己紹介に、アーリアは慌てて椅子から立ち上がった。


「初めてお目にかかります。アリアと申します」


 年下相手に何を大仰なと思われるかも知れないが、ここは帝宮の中にある『図書棟』の最深だ。そんな場所で出会った身なりの良い二人の少年。只の少年な筈がない。

 大図書館とも呼ばれるここは、エステル帝国随一の広さと蔵書量を誇る『文化の宝庫』だ。一部は一般開放されているが、今アーリアのいる場所は一般開放されていない場所だ。皇族や貴族にのみ開放されたそこは、重要な歴史資料や貴重な歴史文献が多い。更に奥には『禁書庫』もあり、そこへは皇族しか入れないとされていた。

 アーリアは禁書庫に最も近い場所、精霊に関する文言が記された書物の保管された場所で本を読んでいた。

 そんな場所に頻繁に現れる貴族は滅多になく、アーリアにとっては居心地が良い場所であった。妃教育のない日はリュゼを伴って、ここで本を読んでいる事が多い。


「お前がアリア姫か!」

「貴女がアリア姫ですか!」


 アーリアはキールとラースと呼ばれる少年たちを交互に見比べる。

 造りは全く同じ顔なのに、その表情は随分と違う。

 キールは野性味溢れるキレ顔。

 ラースは小動物を思わせるユル顔。

 どちらも大変顔の造形の整った美少年だ。だが、全く違った表情を見せる二人の瞳からは、力強い光を放っているように見えた。


「キール様?とラース様?は……」

「キールでいい」

「ラースでいいですよ」


 その後に続く言葉にアーリアは絶句した。


「「偽名だけど」」

「…………」


 二人の『偽名』宣言に、アーリアはひどい既視感に襲われた。三日前の舞踏会において偽名を名乗った紳士と出会ったからだ。エバンスと名乗る彼の偽名発言には大変驚かされたが、彼はその偽名よりも言動の方がアーリアにとっては規格外であった。


「お前のコト、アリアって呼んで良いか?それとも偽名で呼ぶか?」


 キールの発言にアーリアは何とも言えない表情になった。


「今更、偽名は……」

「え、いーじゃん。なんなら俺たちがつけてやろーか?例えば……」

「アリアと呼んでください」

「何だよ?せっかくイケてる偽名つけてやろーと思ったのによっ」


 キールは口調こそ残念そうだが、その顔には素晴らしく悪戯な笑顔が浮かんでいる。それに対し「そんなこと言って、どうせドジとかマヌケとかじゃ……」とアーリアが悟りを開いたような目をして小さく呟くと、キールは馬鹿にした顔で、ラースは苦い顔をして即座にツッコミを入れてきた。


「それじゃ安直すぎんだろーが!」

「それじゃ偽名じゃなくて渾名(アダナ)だよね?」


 ラースの言葉にアーリアはそれもそうだと思い至った。それならばキールたちはどんな偽名を考えたのだろうか。そうアーリアの中に好奇心がむくむくと膨れ上がってきた。


「因みにお二人は、どんな偽名を考えてくれたの?」


 アーリアの問いに二人は目をパチクリさせた。そしてキールはニヤッと笑い、ラースはにっこり笑うと次々に答えた。


「シエルとかリューヌとか」

「シャルムとかオーンジュとか」


 古代エステル語でシエルは虹を、リューヌは月を、シャルムは魔力を、オーンジュは天使を表す。

 アーリアは古代エステル語は知らないので意味までは分からなかったが、それぞれの言葉の響きから、二人の考えてくれた偽名が割とまともなのではと感じ取った。


「ラース、お前そーきたか!」

「キールこそ、的を得てるよ!」


 キールとラースは双子である。その為、お互いの想いがなんとなく分かるのだ。しかし、今回のように意見の不一致が起こる場合も少なからずある。そんな時はお互い意見の違いに個性を見出すのだ。現に、二人は顔を見合わせながら、お互いの偽名候補の名に感心しあっている。


「「じゃあ、シエルにしようか?」」


 双子の少年たちは一息、考察を話し合った後で声を揃えて言った。


「……え?」

「「アリアの事、これからシエルって呼ぶね?」」

「あ……ハイ。」


 こんな時だけ全く同じ顔をして決定事項を通達してくる双子の天使たちに、アーリアは直ぐに陥落した。どうしたって勝てない事は初めから分かっていたのだから。

 アーリアは元より押しに弱い。

 それは意見がはっきり言えないという事ではない。自分にとって割とどうでも良い事柄ーー命に関わるモノ、譲れないモノはこの限りではないーーについて、相手の意見に否を唱えられないのだ。

 そして、彼らのように自分ルールで生きている人間(ヒト)には何を言っても通じない事を、その身を持って体験していた。

 何を隠そう、身近に『世界は自分を中心に回っている』と豪語する、アーリアの育ての親ーー師匠という存在が居たからである。

 彼が黒と言えば黒、白と言えば白。肉と言えば肉。魚と言えば魚。と言った具合に、彼は独自の道を歩んでいる。そんな師匠に育てられたアーリアは12年の月日を重ね、漸く『長い物に巻かれる』事を覚えた。

 そしてアーリアはここに至って『逆らってはならない存在は何処にでも溢れているのだな』とシミジミ思うのだった。

 しかも年上も年下も関係ない事が、ここに来て証明されてしまった。


「おい、シエル。お前は何が知りたいんだ?」

「僕たち割と何にでも詳しいですよ?」


 アーリアは『アリア』とは別に『シエル』という偽名まで手に入れてしまったようだ。アーリアを勝手にシエルと呼ぶ二人の天使に苦笑すると、先ほどまで読んでいた本を示した。


「私はこの国の精霊について知りたいんです。特に帝王ギルバートに助力したと言われている精霊女王と、彼女の残した『精霊の聖石』と『生命の木』について」


 アーリアはキールとラースの言葉に甘えて、知りたい内容を素直に話した。

 『精霊の聖石』と『生命の木』については秘匿されてはいるが、禁忌とはされていない筈だ。何故ならば、その内容が示された本が禁書庫以外の棚から出てきたからである。

 キールとラースの双子の兄弟は、アーリアが自分たちに素直に教えを請うとは思わなかったのだろう。またもやパチクリと瞬きしたあと、キールはニヤリとラースはふんわり笑ってアーリアの手を片方ずつとった。


「お前、割と可愛げのあるヤツだな?気に入ったぞ」

「お姉さんは素直な方ですね?気に入りました」


 そう言うと二人の少年はアーリアの両手の甲に揃ってチュッと唇を当てた。


「ーーっ⁉︎」


 アーリアの顔にパッと赤みが射す。

 五つ程も年下である筈の双子の少年たちの顔はこの時、とても子どもとは思えぬ色気を帯び、その仕草は大人顔負けの優雅さを醸し出していたのだ。背丈もそれほど変わらぬ二人の少年は天使のような笑みをアーリアへ向けている。右手をラースに、左手をキールに持たれたまま、アーリアは緊張と執着で固まってしまった。


「この程度で赤くなってどーすんだよ?お前、皇太子の嫁になんだろ?」

「ふふふ、初心ですねー。あの方はどうしているんでしょう?」

「アノヒト、案外奥手ったのか?」

「いやいや、そうとも限りませんよ?」

「じゃあ、面白がってるのか?」

「楽しんでるんじゃありません?」


 二人はアーリアの手を掴んだまま、またお互いに顔を見合わせて、アーリアそっちのけで意見を交換をし出した。その内容には何やら失礼な文言が織り込まれている。


「「まぁ、どうでも良いけどね!」」


 そう締めくくると、双子の美少年たちは天使のような笑顔をアーリアへと向けた。


「お前を俺たちの友だちにしてやるよ!」

「優しく教えてあげますからね?」


 どうやら天使たちに気に入られてしまったらしい。アーリアは虹色に輝く瞳をパチパチ瞬いた後、素直に頭を下げたのだった。


「よろしくお願いします」



お読み頂きまして、ありがとうございます!

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ありがとうございます!


図書棟の天使たち1をお送りしました。

麗しい双子の天使たちのご登場です。

彼らの弟子という名のオモチャにされたアーリア。

アーリアの押しの弱さに彼女の護衛騎士リュゼは……??


次話も是非ご覧ください!


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