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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
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舞踏会2

 

「〜〜魔女姫めッ!」


 リアナは手に持っていた羽扇を床へと叩きつけた。パキッと乾いた音が鳴り、羽扇の付け根が折れて弾ける。

 リアナは舞踏会会場の隣に設けられた休憩室にて、父ルスティル公爵と彼女の忠実な侍女に囲まれて、怒りを露わにしていた。


 リアナはアリア姫をこの舞踏会にて笑い者にしたかったのだ。その為に通常一ヶ月前までに送らなければならない招待状を、舞踏会まで二週間という時期に送りつけた。

 通常ならばしてはならぬ常識外れの行動だが、咎められる事はないだろうとリアナは踏んでいた。これまでどんな事をしても、どこからもリアナを咎める声が上がらなかったからだ。それは自分の公爵令嬢という身分故でもあるだろう。加えて自分の犯した暗躍の証拠がまだ、掴まれていないのだろうと踏んでいた。


 リアナにとってはアリア姫が舞踏会へ来るも来ないもどちらでも良かった。

 もし恥晒しにもアリア姫が自分の前に来たならば『衣装も碌に用意でき田舎者が皇太子妃になろうなど愚かなこと』と大衆の面前で咎め、また臆病にも来なかったのならば『エステルの精霊信仰(文化)も分からぬ蛮族の姫』と罵り参加者に噂を広げてやれば良いだけであった。

 どちらにしても自分には都合良く転ぶ展開を用意していたのだ。それくらいは当のアリア姫とてこのような展開など、予想して然るべきだろうとも思われた。


 アリア姫より舞踏会に参加する旨を伝えられた時、リアナは大いに喜んだ。自分をこれほどまでに陥れたアリア姫が、あのような小さな罠に嵌って来ぬなどとは思っていなかったのだ。

 リアナは好敵手(ライバル)を待つような気持ちで、胸の高鳴りを覚えた。そして嬉々としてアリア姫を陥れてる算段を考えていった。

 舞踏会の会場となるのはルスティル公爵邸。我が屋敷だ。主導権はこちら側にあると言っても良かった。

 アリア姫を陥れる計画には父ルスティル公爵も加担していた。何を隠そうアリア姫の元へ招待状が遅れて届くように手配したのは、ルスティル公爵本人であったのだ。ルスティル公爵は帝宮の『ある職員』に金と権力をチラつかせて買収し、アリア姫へ届ける招待状の配達をワザと遅れさせたのだ。


 しかし、数々の嫌味を用意して待ち構えていたリアナの前にーー舞踏会会場へやって来たアリア姫を一目見たとき、リアナは自分の計画の一端が既に瓦解していた事に気づかされた。リアナの元へユークリウス殿下に伴われてやって来たアリア姫は、エステルの仮面舞踏会に相応しい『衣装』を身につけていたからだ。


 淡い黄緑の布地に白いパール、金糸と銀糸で刺繍を施されたそのドレスを纏うアリア姫は、まるで『光の精霊』のように美しく、白磁のように白い肌は妖艶さを醸し出していた。普段令嬢が見せぬその足首は鳥のように細く、(かんばせ)の大半を隠している仮面は、虹色の瞳をより一層引き立てていた。


 リアナは思わず見惚れてしまった自分自身に内心叱責するほどの装い。リアナがやっとの思いで「お美しいドレスですね?どこで仕立てられましたの?」と問えば「皇帝陛下より賜りました。エステルの舞踏会を楽しんでくるようにとのお言葉をも頂きました」と答えられる始末。そのアリア姫の言葉にリアナは勿論、父ルスティル公爵も周囲にいた貴族たちも、あんぐりと口を開けたまま放心したのは言うまでもない。

 アリア姫の纏うドレスは、皇帝陛下より下賜されたものだったのだ。

 アリア姫の登場を前に、嫌味の応酬で羞恥心や屈辱感を味あわせようと、心待ちに身構えていたリアナとその取り巻き令嬢たちも、アリア姫を前にして「とてもお似合いですわ」、「まるで本物の精霊のようですわ」、「さすが皇帝陛下のお見立てですわ」などと口々に世辞を口にし始める始末。かく言うリアナも口惜しくも他の者どもと同じく、言いたくもない世辞を言わざるを得なかった。


 ー誰が皇帝陛下に楯突く事などできようものかっ!ー


 アリア姫だけならいざ知らず、自国の皇帝陛下に反感を買いたい者などいよう筈もない。それこそ末路が見えているというもの。


 せっかくの機会(チャンス)だったにも関わらず、アリア姫にまず一勝を収められたリアナは燃えた。


『何が何でもアリア姫を陥れてやる!』


 ーーと。


 リアナはアリア姫が舞踏会会場にいる間に、一矢報いねば気が済まなかったのだ。その気持ちはリアナの父ルスティル公爵にも伝わったようだった。


 ルスティル公爵は用意していた二つ目の計画を発動させた。それはアリア姫からユークリウス殿下を引き離す計画であった。

 ルスティル公爵は裏の世界で暗躍する者を数名雇い、金を掴ませて帝宮へ不法侵入させたのだ。また帝宮の宰相府の官吏を寝返らせ、ユークリウス殿下を帝宮に誘導させた。誘き寄せたのだ。

 当初、ユークリウス殿下はアリア姫も共に帝宮にお戻りになる予定だったが、それを言葉巧みに引き止めたのはルスティル公爵だった。『賊のいる帝宮より我が屋敷の方が安全である』と言われれば、ユークリウス殿下も否とは言えなかったようだ。

 この事により、アリア姫は舞踏会にありながら婚約者に置いていかれてしまうという状況になったのだ。


 舞踏会ーー所謂、夜会に於いて紳士(ナイト)のいない淑女(レディ)などお話しにならない。夜会に一人だけでの参加など恥にしかならぬのだ。もしそのような者が居たならば必ず好奇の目で見られるだろう。

 アリア姫にはエステル帝国に知り合いなどいない。また皇太子殿下という婚約者のいるアリア姫には、誰も手を差し伸べる事はないだろうと思われた。アリア姫は舞踏会の終わりまで一人寂しくで壁の花と化す。そこをリアナは取り巻き令嬢と共にヒソヒソと罵れば良いだけであった。


 ーーだが、実際にはそうはならなかった。


 アリア姫はリアナの思惑通り、会場のバルコニー付近にて一人寂しく佇んでいた。アリア姫は如何にも憂鬱そうにバルコニーから外を眺めたり、ユークリウス殿下の去っていった扉の方を見つめていた。

 それを見たリアナは笑みを浮かべた。

 実に計画通りだと。このまま舞踏会が終わるその時まで孤独感を味合わせ、心ない噂で精神を追い込もうではないか、とほくそ笑んだ。

 しかしそのリアナの計画は又も水泡に帰したのだ。


 自分の味方である筈の貴族令嬢・令息たちが、ただ佇むだけのアリア姫に魅入られてしまったのだ。

 羽扇で口元を隠して愁うアリア姫に、誰もが見惚れてしまっていたのだ。貴族令息たちなどはペアの令嬢などそっちのけで『誰が初めに声をかけるか』などと浮かれていたのだ。


『なんでこうなるのよッ⁉︎』


 リアナは声を出して喚きたい衝動を必死に抑えた。


 アリア姫はこの舞踏会会場の的になっていたのだ。それも良い意味で。それはリアナも、そして当のアリア姫自身も予想していない事態であった。


「なんであの田舎者が、あれほどチヤホヤされるのかしら!許せないわっ」

「まぁまぁ落ち着きなさい、リアナ。お前は公爵令嬢なのだから。ーーアリア姫の人気は一刻のことだよ。貴族は流行りモノには敏感だからね」

「それでも許せないのですわ、お父様!この屋敷で(わたくし)以上に注目される姫など!」

「大丈夫だよ、リアナ。自信を持ちなさい。お前はどの令嬢より美しいのだから」


 リアナは父ルスティル公爵の言葉に少しだけ気を取り直した。


『そうよ!(わたくし)はこの帝国(エステル)で一番美しい令嬢なのよ!』


 貴族の頂点たる公爵家に生を受け、皇太子殿下の妃と成るべく最高の教育を受けて来たリアナに敵などいない。蝶よ花よと社交界デビュー以前より注目を集めてきた令嬢だった。社交界へデビューしてからは、年頃の貴族の誰もがリアナに群がった。まるで美味な蜜を求めてくる蝶のように。その蜜を湛えている大輪の花は自分なのだ。リアナはそう理解していた。


 誰もがリアナの言動に賛同した。

 誰もがリアナを褒め称えた。

 誰もがリアナこそ皇太子妃に相応しいと言った。


 それをリアナは疑った事などこれまで一度もなかった。今までもこれからもそれは疑いようのない『事実』なのだから。


「お前は他の誰よりも皇太子殿下の正妃に相応しい令嬢だ。お前以上の令嬢など、この国には存在しないのだから」

「そうですわね、お父様。お父様の言う通りですわ!私ったら、どうしてこのように思い悩んでいたのかしら」


 恥ずかしいわ、と侍女から手渡された新しい羽扇で口元を隠した。そして目元に柔らかな笑みを浮かべた。


「さぁ、行きなさい。まだ舞踏会は始まったばかりなのだから。花がない会場など寂しいものだよ?」

「ええそうね、お父様」


 父ルスティル公爵に促されたリアナは、ルスティル公爵のエスコートを受けて、舞踏会会場へと戻って行った。


 しかしそこでリアナがある光景を目の当たりにして絶句したのは、この後の話ーー……



 ※※※※※※※※※※



「アリア姫。私と一曲、踊って頂けますか?」


 アーリアの前に跪いて手を取り、妖艶に微笑むその紳士の瞳は、仮面の下で瑪瑙のように琥珀色に輝いていた。その瞳にどこか怪しい光を浮かべて。

 悪戯の成功した少年のような紳士の笑みに、アーリアは少し呆気に取られた。


「リュゼ……」


 ーーそう。アーリアの前に跪き、ダンスに誘う紳士はリュゼ当人だったのだ。

 アーリアがリュゼの名を呟くと、リュゼは笑みを一層深めて一つウィンクしてきた。それが大変チャーミングで、アーリアの心臓をドキリと跳ねさせた。


「貴殿は……」

「あぁ、まだいたの君?彼女の先約は私だよ。サッサと帰りな、ぼくちゃん」


 リュゼは立ち上がると、先ほどアリア姫にダンスを申し込んできた貴族令息を軽くあしらった。貴族令息はそれだけで顔をカッ赤くさせたが、リュゼ相手に分が悪いと踏んだのか、一目散に逃げ出した。

 リュゼは立ち去る貴族令息など目の端にも入れずに、アーリアへと向き直るとスッと手を差し伸べてきた。その優雅な仕草はまるで本物の貴族紳士のようで、アーリアはまた心臓をドキリとさせた。

『こんな仕草、どこで覚えたの?』と言いたげなアーリアを前に、リュゼはニヤリと目を細めた。


「お姫様、さぁお手を……」

「……」


 周囲の見物客(ギャラリー)の目線が一斉に集まり、アリア姫と青年紳士との行く末を生唾を飲んで見守っている。


 アーリアは息を整えるとリュゼの手を取った。するとリュゼはアーリアに微笑みを返した。


 その瞬間、ドッと会場内が沸いた。アリア姫の一番目のダンスのお相手が決まったのだ。貴族たちは突然現れた紳士の素性が分からず、その正体を知る誰かを探して騒めき出した。


 リュゼはアーリアの手を取って大広間の中央へと誘った。大広間へ歩み行くアリア姫を迎え入れるように、人波が左右に分かれていった。

 ダンスホール中央へと到着したリュゼとアーリアが互いにお辞儀をしし、手を取って身体を密着させた時、それまで流れていた音楽が止んだ。奏者たち譜面を捲ると、新たな音楽を紡ぎ始めた。それはアーリアのよく知る音楽であった。ヒースとのダンスレッスンで頻繁に使われている管弦楽曲(きょく)だったのだ。


 滑らかに踊り出したアリア姫とリュゼの姿に、二人の動向に注目していた観衆は思わず溜息をついた。二人があまりに息の合ったダンスを見せたからだ。


 暫く無言で踊っていたアーリアは、間近に感じるリュゼの体温に戸惑いながらも問わざるを得なかった。


「リュゼ……どこで覚えたの?」

「姫の為ならば、これくらい朝飯前ですよ?」

「……」

「ウソウソ冗談。姫が練習してたのを一番見てたのは、僕だよ?あれだけ見てたら覚えられるよ」


 アーリアはうっと押し黙った。リュゼはダンスの練習などしていない。それを知っていたからだ。

 なんとリュゼは、アーリアとヒースが踊る様を『見て』覚えたらしい。器用にも程がある。鈍臭い自分にはできぬ芸当だと、アーリアは苦笑いを浮かべた。


「じゃあ、その燕尾服(ふく)は……?」

「ヒースさんから貰った。結構似合ってるでしょー?」

「……とてもお似合いです」


 冗談抜きにリュゼの燕尾服姿は似合っていた。色眼鏡で見ている訳ではないが、この会場でもリュゼほど着こなしている紳士は少ない。先ほどの貴族令息の方がよほど三流貴族に見えたほどだ。


「じゃあ、この曲は……?」

「室内楽のヒトたちにコッソリお願いしておいたの。僕がアリア姫を連れて来れたら、この曲を流してって。バッチリだったでしょ?」

「……。どうもありがとうございます」


 バッチリどころか最高だ。アーリアが一番慣れ親しんだ曲が、今流れているワルツなのだ。もしも知らない曲だったならば、これほどリラックスして踊れなかっただろう。リュゼには頭の下がる思いだった。

 これでアリア姫の面目も立ち、ユークリウス殿下の顔に泥を塗る事は避けられただろう。

 最初のダンスのお相手がリュゼだった点も大きい。婚約者のいるアリア姫がおいそれと他の紳士との間に噂を作るのは、避けなければならない事項だ。リュゼならば、アリア姫の唯一の護衛騎士としてダンスの相手をしたとバラしても、咎められる事はない。ユークリウス殿下とて、リュゼとアリア姫との仲を探るような真似はしない。噂となれば、ユークリウス殿下はそれを一蹴するだろう。


「リュゼ、ありがとう」

「どういたしまして。僕は姫の唯一の騎士(ナイト)だからね」


 ウィンクと共に優しい笑みを浮かべたリュゼ。笑みの向こうーー仮面の奥で悪戯に輝く琥珀の瞳に、アーリアは満面の笑顔を持って感謝を伝えた。





お読み頂き、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、大変嬉しいです!飛び跳ねて喜んでおります。


舞踏会2をお送りしました。

リアナとアリア姫との攻防です。

なかなかリアナの思う通りには事が運びませんね!

アーリアは無事にダンスを披露できて、ほっと一息のご様子。ヒースさんの苦労が報われました!


次話も是非ご覧ください!


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