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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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逃亡計画書 〜師匠を目指せ!〜

 肩を譲られ、ぼんやりと瞳を開く。

 ここは何処だったか……。薄暗い室内。目の前のモフモフ。

 そのモフモフした塊に手を伸ばすと、その手を暖かな大きな手が握り返した。


「……アーリア。そろそろ起きてくれないか?」


 少し苦笑したかのような声。

 その柔らかな声音には聞き覚えがあった。

 師匠でも兄弟子でもない。はて、誰だったか?

 ……そこでアーリアは一気に覚醒した。


『す、すみません!』


 置かれた状況が状況なだけに緊張が強いられると思いきや、アーリアはすっかり爆睡してしまっていた。

 アーリアは飛び起きると、反射的にジークフリードに向き直った。なんて呑気な頭をしているんだと頭を抱えたくなった。以前よりずっと慎重になれた気がしていたが、少し気を抜くとすぐにこうだ。


「……起こしてすまない」

『大丈夫ですっ!』

「そろそろ正午になる。あちらも動き出すかもしれない。急がなくてもいいから、そちらの部屋で身支度を整えてきてくれるか?」

『わかりました!』


 言われるがままにベッドから飛び降りて鞄を抱えると、アーリアは隣の部屋へと飛び込び、扉を閉めてるとその場にしゃが込んだ。


(やってしまった!マヌケ、考えが浅い、迂闊すぎとか言われるのに……!しかも、私、ベッドで寝てた⁉︎)


 いつの間にか眠ったのか覚えていない。ソファに座った所まで覚えている。それがさっき起きた時にはベッドの上だった。夢遊病でもない限り、眠りながら勝手に身体が移動する訳がない。誰がアーリアをソファに移動させたのか。それを考えるとアーリアの頭の中は、恥ずかしさと遣る瀬無さで一杯だった。

 契約をした間柄といっても、昨日会ったとろこの青年と2人きりという状況で、危機感が無さすぎる。兄弟子なら怒っていたところだろう。もし姉弟子に知られたらどうなることか……。


 そんな事をモヤモヤ考えながらアーリアは汚れた服を脱ぎ、金属のタライに水を生み出す魔宝具で水を張って、その水にタオルを浸した。

 浴室といっても浴槽の類はなく。置かれていたのは大きなタライのみ。洗面台には排水溝つきの手洗いがあり、壁には小さな鏡が設えてある。壁を隔て隣には便座がひとつ。一般的な平民家庭の浴室のつくりと同じであった。

 アーリアは水を浸したタオルをきつく絞ると、身体を拭いて清めた。備え付けの石鹸を使い、髪も綺麗に洗った。そして乾いたタオルで身体を拭くと、鞄から取り出した新しい服へと着替える。

 次に新しく水を張ったタライに汚れた服とタオルとを入れると、今度は《洗浄》の魔宝具を使って洗濯する。洗い終えた衣服は水を絞ってから、今度は《乾燥》の魔宝具を使い、濡れた衣服とタオルを乾かした。ついでに髪も同じ魔宝具で乾かし、櫛で梳かす。最後にそれらの魔宝具や服などを鞄の中へ仕舞い込んだ。


 身支度を終えると、アーリアはジークフリードのいる部屋へと戻った。ジークフリードは椅子に腰掛けて待っていた。


「携帯食しかないが、一緒に食べないか?」


 アーリアは頷いてひとまず持っていた荷物をソファーへ置いた。

 丸テーブルの上には干し肉や硬いパンなどが置かれている。

 アーリアは鞄の中から林檎3個と水筒を取り出し、ジークフリードの向かいの椅子に腰掛け、そして林檎3個の内2個をジークフリードに差し出した。


「いいのか?では遠慮なく」


 アーリアが頷くとジークフリードは林檎を受け取った。

 アーリアにとっては一日半ぶりの食事だ。

 緊張と疲労とで空腹を忘れていたが、食べ出すと急にお腹が空いてきて、渡された食料を全て食べ切ってしまった。

 ジークフリードは身体が大きいので、きっとこの量では物足らないだろう。

 逃亡生活を続行するとして、ひとまず、食料問題を解決する必要がある。

 人心地つくと、2人は向かい合って座ったまま話し出した。


「聞いてもいいか?」


 アーリアは「どうぞ」と言おうして話せなかったことを思い出した。仕方なくノートとペンを取ろうとした所で、ジークフリードが左手を差し伸べてきた。


「アーリア、手を」


 アーリアが少し戸惑っていると、ジークフリードの方からアーリアの手を強引に取った。


「俺は構わない、と言っただろう?」

『でも、その……気持ち悪くないですか?』

「そんなことはない。それにアーリアには俺の呪いを視てもらうのだがら。気にせずにいつでも俺に触れて言葉を伝えて欲しい」


 獅子の目が細められ穏やかに微笑まれた。


『……わかりました。私も覚悟を決めます!』

「そうそう。失敗を認めるのも大事だ。諦めも肝心と言うだろ?」

『え!え?ヒドイジークさん!さっきは慰めてくれたのに……!』


 アーリアはジークフリードと話している間に身体の力が抜けて気持ちが落ち着いてきた。


「さっきも言ったが、アーリアに聞きたいことがある」

『はい、何ですか?』

「お前はこれからの予定をどのように考えている?俺に捕まる前はどこを目指していた?」


 アーリアはこれまでの行動と、これからの予定を話し始めた。


『初めはあの場から逃げることだけを考えいたので、なるべく距離を稼ごうと思ってました。途中、教会に寄りました。解呪が出来ればと思ってのことです。そこで解呪できれば良かったんですが解呪はできなくて。さらに大きな教会があり有名な賢者、術者がいらっしゃると聞いた首都オーセンを目指してたんです』

「それで、今は?」

『そうですね……。今、冷静になって見れば、お師様ー私の師匠と合流する事が近道だと思います』

「そのようだな。それで、これからどうする?」

『まず、呪いの解析。次に解呪。それを行いながら師匠との合流。途中、首都におられる有名な術者さんたちに会えるなら会いたい。そんなところです』


 そう。師匠に《転移》された後、逃げずに逆走して師匠と合流すればよかったのだ。

 今、冷静になって考えると、自分の浅はかな行動で自分自身の首を絞めたことに気づいて目眩がする。

 きっと師匠も気づいていたはずだ。今頃、アーリアの行動を笑い転げて見ているに違いない。

 まんまと師匠の口車に乗せられた。

 きっと黒ローブの男たちも同じように、師匠の言葉に踊らされているだろう。


 だが、師匠の言葉や行動には必ず意味があるのも確かだ。師匠は無駄な事など絶対にしない。だからアーリアが逃げたことも師匠の考えの一部で、逃げることにも意味があったのではないだろうか。

 アーリアの心には理不尽な気持ちがせめてくる。師匠のことは本当に尊敬している。でも、どれだけ師匠の行動や考えが正しくて合理に適っているとしても。


「……なにやら不穏な感情が流れてくるんだが……」


 ジークフリードの言葉に我に返る。知らず知らずにジークフリードの手をギュッと強く握っていたようだ。しかも、感情がダダ漏れていた。


『気にしないでください。次、お師様に会ったら一発入れよう!って思っただけですから!』

「……」


 アーリアの素晴らしい笑顔を見てジークフリードは目を泳がせる。


「……では俺は、アーリアの考えを生かしつつ、奴らを撒けばいいんだな?」

『それが出来れば完璧です。でもこれはあくまで理想の計画なんです。現実はきっとこの通りにはいかないんですよね……』

「そうだな。計画は最悪の事態も想定して作らなければならない」

『一番大事なことは『死なないこと』ですからね。死んだら意味がないです』

「その通りだ。俺に自殺願望はない。どんなことをしてでもアーリアを護り、二人とも生き延びるつもりだ」

『ありがとうございます!私に運動的センスは全くないんです。ジークさんを頼りにしてますからね!』

「そこは任せてくれ」


 アーリアは頼もしい相棒が出来ことを嬉しく思った。アーリアはにっこり笑ってから、話をまとめ始めた。


『それでは纏めてみますね。ジークさんは質問や追加、訂正があれば、教えてください』


 《師匠と合流するための計画書》

 ①師匠の居所を探す

 ②呪いの解析

 ③呪いの解呪

 ④有名な術者に会う

 ※死なないことが前提条件

 →そのために追っ手を上手く捲く。


「アーリアの師匠の居所は、直ぐに分かるのか?」

『《鳥》を飛ばします』

「鳥?」

『魔術の一つです。私は等級10の《転移》は使えません。でも《鳥》を使って探したい相手を見つけることはできます』


 魔法と魔術を駆使する魔導士には明確な位が存在する。それは等級、と呼ばれている。

 等級は10段階あり、初級が1、最高級が10だ。使える術に応じて、魔導士は明確に位分けされているのだ。これらの等級を得るには試験への合格が必須だ。しかし試験を受けるまでに等級に応じた術を使えることが前提にある。


「魔術?魔宝具ではなく?」

『はい。《鳥》は魔術です……。あ〜〜私は今、魔術が使えないんでした!会話が出来ているから、魔術も使える気でいました……!』

「それは仕方ない。で、どうする?」

『今、使えるのは魔宝具しかないです。あと、カンくらい……』

「……アーリアのそのカン、アテになるのか?」

『〜〜〜なりません!』


 アーリアのやる事なす事すべて空回り、は基本スタンスなのだ。それをアーリア自身、不本意ながら認めている。

 アーリアは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。


 ※※※※※※※※※※


「やっぱり “言葉” がないと使えないものなのか?魔法も魔術も」

『はい。呪文の詠唱が術の発動の引き金になるので、声は必要なんです』

「魔宝具は言葉がなくても使えるだろう?そもそも、魔法と魔術とはどう違う?どちらも使えない俺にとっては、どちらも同じようにしか見えない」


 例えば、魔法でも魔術でもどちらも同じように『水を生む』という現象は起こる。結果だけ見れば同じようなものだが、そこに至る過程は異なるのだ。


『魔法と魔術というのは、似て非なるものなんです』


 アーリアはこの世界の魔法と魔術について、掻い摘んで話し始めた。


『魔法は精霊の力を借りて奇跡を起こすことです。何もないような所でも精霊は必ずいます。彼らに力を借りるんです。力を借りたお返しに魔力を渡します』

「俺には精霊を見たことはないが……」

『こればかりは生まれ持った才ですからね。見える人とそうではない人がいるんです。その精霊の力を借りて奇跡を起こすことができる者のことを “魔法士” と呼びます』


 精霊を認識でき力を借りる者。

 精霊の種類と数は様々だ。その種類と数の分だけ様々な現象を引き起こすことができるなだ。

 効果を引き起こす為には必ず精霊の力を借りる必要がある。しかも精霊の気分と力ありきだから、借りる精霊自体の力が強ければ威力も強く、力が弱ければ威力も弱くなる。また借りる精霊をその気にさせる言葉ー呪文の詠唱が不可欠だ。


「では魔術とは?」

『魔術とは魔法による “効果だけ” を生かしつつ、新たな力を創造し生み出す術です。簡単に言うとインチキなんです、魔術は』


 ジークフリードの目が遠くなる。魔法や魔術を扱ったことがない者にとっては、理解しにくいだろう。


『魔術は術者の創造力で成り立っています。自分が起こしたい現象のイメージを公式にするのです。これを魔術の構成といいます。この構成を組み立て、術の効果を具現することができる者を “魔術士” といいます。だから構成さえしっかりできていれば、呪文一つで術は発動します』


 ジークフリードは眉を潜め、右手で眉間を抑えた。


「すまない。全く解らなかった」

『専門的な言葉も多いので、説明も長くなっちゃうんです。私の説明も下手ですみません!じゃあ、簡単に書きますね』


 魔法ー精霊の力を借りた術

 魔術ー魔法と創造力のミックス

 魔法士+魔術士=魔導士


「一気に分かりやすくなったな!」

『まぁ。他にも細かい所は色々あるんですが……。あ、でも魔法士は精霊を見える人しか成れませんが、魔術士は精霊が見えない人も成れますよ』

「なぜだ?魔術は魔法+想像力ではないのか?」

『魔法による効果を知っていれば、想像力でカバーして魔術を組み立てられちゃうんですよ。だからさっきインチキだって言ったでしょ?』

「だが、問題はないのか?そんな術は」

『よく気がつきましたね。そうなんです。そのような自称魔術士が危ない術を作ったりするので、たまに事故が起こったりするんです。ほら、約100年前に東の国の一つが滅びかけちゃった事件があったでしょ?あれは魔術の暴走です』

「知っている。あれはそれが原因だったのか」

『そうみたいです。だからそれ以降、魔法士、魔術士、魔導士には定期的な点検が義務づけられたんです』


 アーリアが試験を受けたのは2年前。それ以降試験は受けていないが、定期点検は必ず行っていた。


『でもジークさんも、魔法が使えない人たちも、みんな魔術を使ってますよ。ほぼ毎日』

「?使った事がないが……」

『これです』


 テーブルの上にコロンと一つの石を置いた。水色のビー玉のようなその石は、先ほど体を清めるために用いた水を生む魔宝具だ。


「これは魔宝具か?」

『そうです。魔宝具には魔導士が素材となる物ーこれは宝石ですね、これに魔術の公式を組み込んでいるんです。だから魔力を込めるだけで簡単に発動します。皆さん、毎日何げなく使っているので、もうあまり感覚がないんですよ』

「日常生活で魔宝具を使うことがすでに当たり前になっているからか……」


 この世界には元々、魔法しか存在しなかったそうだ。その昔、 “万物の賢者” と呼ばれた術者が現れた。彼は魔法の使えない者でも魔法が使える方法はないものかと考えた。そこで生まれたのが “魔術” だ。そして、誰もがその便利な魔術を使えるようにする為に “魔宝具” を発明した。


 それが今の形態へと続いている。

 彼が居なかったら “魔法” だけしか存在しなかっただろう。ひょっとしたら、魔法が今よりももっと違う形に進化していたかもしれない。だが便利な生活を追求した現在、複雑な魔法・魔術問題が起こっているとも言えた。


 魔法や魔術を扱う魔導士にして魔宝具技師のアーリアは、まだまだ経験不足で、使ってはいても魔法や魔術について理解しにくい部分が実はあるのだった。


 魔法や魔術に関わりのなかったジークフリードと、このように魔法や魔術について話をしたこの日以降、少しずつ、魔術に『ある可能性』を感じるようになっていった。




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