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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
128/492

※裏舞台9※ 国を想う者

 帝宮のある一室に於いて、三人の高官たちが顔を付き合わせていた。


「ブライス宰相殿がまさか、あのようにユークリウス殿下を庇われるとは思いもよりませんでしたぞ?」


 イグニス公爵の驚きとやや嫌味の含まれた言葉の響きに当のブライス宰相閣下はなんら気にする事もなく、伏せていた眉毛をそっとあげた。イグニス公爵の言葉にはライニー侯爵も控えめながら同意した雰囲気を見せる。

 ライニー侯爵はブライス、イグニス同公爵とは年代も異なり、彼らの息子世代に当たる。また侯爵は公爵よりも身分も劣る為、公爵たちには頭一つも二つも及ばない。だがそれに対して卑屈になる事はなく、官僚として中々に優秀であり、彼らの眼を見張るような策を立てる事もある。常にどこと無くオドオドした印象があるので、若干舐められがちだ。しかし皇帝陛下への忠誠心は本物であった。それが時に暴走して空回り、システィナ国の魔女誘拐にも繋がったのであった。

『忠誠心のある者の暴走は恐ろしい』

 その言葉を地でゆく貴族官僚であった。


「なぁに、全ては『国を想えばこそ』だ」


 貴族の頂点、政治家・官僚の頂点であるブライス宰相閣下にそう言われてしまえば、他の者はぐうの音も出ない。『穏健派』、『改革派』、『中立派』などと銘打っていようと、全ての政治家・官僚は皆、国の為に働く者なのだ。例え気にくわない(ヤツ)がいようと、その為に国を乱そうとは思わないものだ。


「それにな、イグニス公爵。今動いては殿下の思う壺というもの」


 ブライス宰相閣下は祖父と孫ほど歳の離れたユークリウス殿下の顔を脳裏に浮かべた。まだ自分から言わせれば青臭いと言わざるを得ないが、皇族の中では『優秀』な部類だ。皇帝陛下とは性質が正反対だが、国を想う心は人一倍強いと見ていた。でなければ政治の世界でこれほど現実味を帯びた発言などできまい。

 思考に耽っていたブライス宰相閣下は、イグニス公爵の言葉で現実に引き戻された。


「だが、今、チャンスではないのか?側室を迎えていただくのに……」


 イグニス公爵は先日の夜会でブライス宰相閣下に自分の思惑ーー孫娘の一人を側室へ送るーーを邪魔された事を根に持っているのかもしれない。どことなく不貞腐れたように見えた。ブライス宰相閣下はイグニス公爵の顔を見て小さく溜息をついた。いい歳したジーサンがイジケた姿には可愛げなどない、と。


「それは逆効果だと言わざるを得ん。なぁに、私は側室を反対しているのではないぞ?『今は』タイミングが良くないと言っているのだ」

「それは……」


 ブライス宰相閣下はユークリウス殿下への『側室斡旋』を反対している訳ではない。ユークリウス殿下が次期皇帝へとなられるのならば、世継ぎを残す事は義務である。しかも世継ぎは複数必要だ。特に健康で優秀な男児の世継ぎを得る事は、エステル帝国を存続させる上で必要不可欠な事項だ。それには正妃一人だけを娶るなど愚行である。

 聡い皇太子殿下のこと。そのような事は百も承知であろう。その事についてブライス宰相閣下には心配などカケラもしていなかった。ユークリウス殿下は然るべき時がくれば『運命の恋』など言っていたのが嘘なように、義務として妃を娶るだろう。そうブライス宰相閣下はそう確信にも似た思いを持っていた。

 ブライス宰相閣下はユークリウス殿下を『正しく』理解している一人であったのだ。


「ルスティル公爵の令嬢 リアナ嬢、と言えば分かるか?」

「ーーーー!」


 イグニス公爵はあからさまに驚いたようだった。ブライス宰相閣下の口からその者の名が出るとは思っていなかったのだ。


「あの娘は如何にもな『貴族令嬢』だな?」


 ブライス宰相閣下は含みのある言葉とどこか楽しそうな表情で、同僚であるイグニス公爵をを虐めた。このように偶にブライス宰相閣下はイグニス公爵を揶揄うのが趣味であった。


「ーーリアナ嬢がどうなさったのか?」

「それは無知なフリか?それとも私を測っておるのか、ライニー公爵?」

「滅相もございません!そのようなことは……」


 ライニー侯爵の嘘ぶれた言葉にブライス宰相閣下は露骨に不機嫌となった。このメンバーの中にまさか情勢に疎い者がいるとは思ってもいなかったのだ。フリにしても気分の良いものではなかった。タチの悪い冗談だと思いたい。ブライス宰相閣下には馬鹿な同僚も部下も必要ないのだ。


「そうそう、あの娘は殿下の子猫にちょっかいを掛け始めたそうだな?」

「それはあの噂の……!」

「ーーそう。あの噂はあの娘が発端」


 イグニス公爵はブライス宰相閣下から醸し出された『あの噂』について思い当たる点があったようだ。すぐに自分の知る情報と照らし合わせて何かを思い至ったようであった。


「そして先日の茶会に於いて二人に撃破された……。イグニス公爵、貴殿の孫娘殿も参加していたのではなかったか?」

「やはり知っておられたか、ブライス宰相殿。ああ、参加しておった」


 未だ惚けた顔をしてオドオド顔のライニー侯爵へ、イグニス公爵が知る情報の一部を語った。

 アリア姫を陥れる誹謗中傷の『噂』の数々。それを流したのが『誰』かということも。そしてその人物により催された悪意満載の『茶会』。そこで発生したある『事件』を。

 何を言うイグニス公爵自身が孫娘に泣き疲れたのだ。『リアナ嬢主催の茶会に参加し、ユークリウス殿下とアリア姫の反感を買ってしまった』と。孫娘より齎された言葉とこれから陥るだろう事態に、流石のイグニス公爵も天を仰いだのはつい先日のことだ。

 ユークリウス殿下に睨まれてタダで済む訳がないではないか。


「孫はユークリウス殿下とアリア姫に『言質を取られた』と言っておったわ」


 自分の孫ながら『まだまだ甘い』と言わざるを得ない。イグニス公爵は苦虫を潰した顔で、紅茶を口に含んで喉を潤わせた。

 エステル帝国に於いて政治参入の許されぬ貴族令嬢であろうと、世の中の情勢を知る事は『家』を守る上で必要な能力だ。イグニス公爵の孫娘は情報収集を怠っだとしか思えない。

 自分の『家』を守る為に情勢を読み、どちらに軍杯が上がるかを予想し行動する。それは貴族として常識なのだ。

 ブライス宰相閣下はいつもよりも顔色の悪いライニー侯爵に声をかけた。


「……ライニー侯爵、貴殿はどうだ?」

「私の娘は体調を崩して、その茶会には参加できなかったのですよ」


 意外な返答にブライス宰相閣下は眉を潜める。ライニー侯爵のご息女が病に臥せっているなど、聞いていなかったからだ。いや、知られないように手を回していたのだろう。それも『家』を守る為の措置だ。

 だが逆に情勢に疎い様にも得心が及んだ。家庭内が不安定なのだろう。そう得心し、ブライス宰相閣下はライニー侯爵へと憤っていた感情、それに溜飲を下げだ。


「……ですが、話は少し聞き及んでおります」

「『手紙』の件もか?」

「ええ、まあ……」

「ブライス宰相殿、手紙とは?」

「それはご存知ないか?まぁ、小娘同士のじゃれ合いのようなモノですからな……」


 今度はライニー侯爵がイグニス公爵へと『不幸の手紙』について説明した。

 アリア姫の元へ送りつけられて来た『手紙』。それは呪いを含む悪質な手紙であったと。手紙の内容もさる事ながら呪いをも混入させ、二重にアリア姫を傷つけんとする悪質な手紙の存在に、イグニス公爵は嫌悪感を募らせた。


「なんとッ!小娘ら、手紙に呪いを仕込むとは……!精霊をそのような悪事に使うなど怪しからん!!」


 「恥を知れッ! 」と怒るイグニス公爵の顔は火に掛かったポットのように赤くなり、厳つい顔からは湯気が立ち上って見えた。

 イグニス公爵は『精霊信仰国家』に於いて厳格な信者の一人であった。精霊信仰第一主義の持ち主で、その中でも精霊()を悪事に用いる事を嫌っている信徒だ。魔法という奇跡の御業を悪用するなど、精霊()を冒涜する行為だと心底思っているのだ。何者にも汚されてはならぬ存在。それが精霊なのだと。

 そんなイグニス公爵にとって精霊()のチカラを使い人を呪う行為など、嫌悪と憎悪、憤怒の対象でしかないのであった。


「だがそれも、アリア姫によって返り討ちにあったようだがな……」

「ーーどのようにか⁉︎ 呪いを込めた手紙を送るくらいだ。差出人の名など書いておくはずはない!」


 そこまで貴族令嬢たちは馬鹿ではあるまい。いやそう思いたい。というイグニス公爵の気持ちはブライス宰相閣下も分からなくもなかった。

 正にそれが原因でユークリウス殿下などは『馬鹿は娶りたくない!』と、今まで挙がっていた婚約者を切り捨ててきたのだから。その馬鹿令嬢を育てたのも自分たちの血縁者だと思えば、目も当てられなくなる思いだ。


「アリア姫は『システィナの姫』。そう言えば貴殿ならば解るだろう……」

「システィナ……姫……いや、魔女?魔女ーー魔導士か⁉︎」


 エステル帝国で『魔女』とは魔法の使える女性のこと。そしてシスティナ国で『魔女』とは魔術の使える女性のことだ。

 イグニス公爵とライニー侯爵にはその事実になかなか結びつかなかった。

 エステル帝国で魔女ーー女魔法士など貴族令嬢ならば殆どの者が該当する。貴族令嬢・令息は多かれ少なかれ魔法を扱うことができるからだ。血の積み重なりにより、精霊の見える者が多い事が理由であった。また魔法を使うことは貴族の嗜みでもあったのだ。

 魔導士と対峙した経験のないイグニス公爵、ライニー侯爵はその脅威を直には知らない。

 だがブライス宰相は幼き頃、システィナ国との戦争に於いて戦場にて魔導士と相見た事があったのだ。今では直に魔導士の脅威を知る、エステル帝国では数少ない高官であった。


「ライニー侯爵の方が詳しいだろう。麾下の者が彼女を連れて参ったのだからなぁ……」

「そ、それは……」


 ブライス宰相閣下の言葉にライニー侯爵は眉を潜め、苦笑するしかなかった。

 システィナの魔女ーーアーリアは氷点下の湖へ叩き落とされ意識不明だった為にあの時は容易く拘束できたのだ。

 またその後、何度か目撃したかの魔女ーーシスティナの姫アリアはその見た目こそ可憐で、とても脅威を覚える存在には見えなかった。夜会に於いてもアリア姫が魔術ではなく魔法を披露していた時には、『本当にシスティナの魔女を攫って来たのだろうか』と思うほど、彼女の存在が分からなくなっていた。勿論、魔導士の脅威など考えにも及ばなかったのだ。


「どのようにかは分からぬが、アリア姫は手紙の差出人を突き止めたようだ。そして面白い事に、全ての送り主に返事の手紙を送りつけたそうだ」

「「ーーーー‼︎」」


 差出人の分からぬ手紙の送り主を突き止め、その返事を返す。その有り得ぬ事実にイグニス公爵とライニー侯爵は驚愕した。

『呪いの手紙』への返信。それは無言の脅迫であろう。


 システィナと事を構えるのか。


 ……と。手紙の差出人はそう突きつけられたのである。

 アリア姫はシスティナから一貴族へと圧力がかけられる状況に持ち込んだのだ。それに帝宮は何の文句など言えはしない。

 アリア姫は外交カードを一つ持った状態だと言えよう。しかもいつ、そのカードを切るかは本人のタイミング次第なのだ。


「だが、あの姫はまだ動かぬよ」


 ブライス宰相閣下は皇太子宮に見舞いに行った際のアリア姫を脳裏に思い浮かべた。見た目の愛らしさに反して芯の部分は固く強かであった。そして自分の役割をよく弁えていた。あの者がユークリウス殿下を誑かす『傾国の姫』になどなろう筈はない。


「……それほどまでに優秀か?あの姫は」

「私の元に欲しいほどには」


 それはブライス宰相閣下より発せられる言葉の中で『最高の世辞』であり『最高の評価』であった。その答えを聞いたイグニス公爵は、質問した側であったのにも関わらず、思わず生唾を飲んでしまっていた。


「今からでもアリア姫が『姫』でない事を突けば……」

「もうそのような段ではない!」


 ライニー侯爵の言わんとする内容が瞬時に分かり、それを全て言い切らせる前にブライス宰相閣下はピシャリと打ち切らせた。

 そしてブライス宰相閣下は新たな情報をイグニス公爵に提供した。これはイグニス公爵も掴んでいないであろう情報だろう、と前置きをして。


「それにな、まだかの公爵令嬢(小娘)は諦めておらぬようだぞ?」

「何をですかな……?」

「暗殺をけしかけたが失敗した挙句にトカゲの尻尾切りをしたようなのだ、あの令嬢は」

「なんと!暗殺まで⁉︎」

「とんだ悪役令嬢ぶりを発揮しておるなっ」


 誰にでも『悪役令嬢』だと見えているリアナ嬢。しかし本人にはその自覚は皆無だろう。


「トカゲの尻尾切りとは。近衛騎士ーーそれも第8の者がおいそれと尻尾を切らせてくれる者たちだとは思えぬが……」


 第8とは近衛第8騎士団の略称だ。ユークリウス殿下麾下の近衛騎士団はその手の世界では忠犬を通り越して狂犬として有名だ。ユークリウス殿下を唯一の主とし、その忠誠心は他の騎士たちから大きく突き抜けている。それだけでなく有能な人材の宝庫でもある。ーーいや有能であらねばならぬのだろう。

 その近衛第8騎士団が公爵令嬢ごときに遅れを取る筈はない。

 罠ーーそれも悪質な。

 イグニス公爵、ライニー侯爵はそうとしか考えられなかった。


「……で、あろうな。リアナ嬢は帝宮の怖さを知らぬ雛鳥よ」

「アリア姫の背景にはユークリウス殿下がおられる。第8が出てくるのは当たり前ではないか」

「そのような些事、甘やかされた令嬢は知らぬのだろう。それに……」


 ー魔導士の怖さもー


 ブライス宰相閣下は乾いた唇を舐めた。その目には獰猛な毒を宿しているかのように見えた。公爵令嬢(リアナ)は底なし沼と知らず足を踏み入れた愚か者。そう言わんばかりだ。


「なんと無謀な!浅はかとしか言えません!」

「暗躍するならば、もっとコソコソせんか!愚か者がッ」


 ーそこか?突っ込むところは⁉︎ ー


 ライニー侯爵とイグニス公爵のツッコミは空を切っていた。ブライス宰相閣下は目の前の二人の言葉に内心呆れながらも、『彼らのツッコミも強ち外れてはいないのでは』と考えを改めた。

 何事かを為すのならば、誰からも責められぬように証拠を固める、若しくは誰からも知られぬよう証拠隠滅まで持って行く事が重要なのだ。それが悪事となれば尚更ではないか、と。


「はて……。ともすれば娘を使って裏で動いているのはルスティル公爵ではなかろうか?」

「ですねぇ……。無関係ではないでしょう?どう考えても」

「寧ろルスティル公爵の方が主犯の可能性が……」


 怒った後に一度冷静になれば、イグニス公爵とライニー侯爵はの思考は速かった。ブライス宰相閣下を他所に、二人で様々な可能性を思案し始めていた。


「では、私の手元にあるカードを一枚。悪役令嬢(小娘)はまだまだ、諦めていないようですよ……?」


 幾分、顔色の良くなってきたライニー侯爵はその懐より一通の招待状を取り出した。それはルスティル公爵家主催の舞踏会へのお誘いであった。


「これは……」

「『いかにも』でございましょう?」

「さて、彼女らがどうするのか見ものだな……?」


 三人の大物貴族たちはその招待状を目に留め、三者三様の笑みを浮かべた。



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、大変嬉しく思っております!ありがとうございます!


裏舞台9をお送りしました!

小父サマたちの悪巧みの回でした。

自分たちの狸ぶりを横に置いてリアナ嬢を悪役令嬢と呼ぶ小父サマたち。本人たちには狸親父の自覚はございません。


次話も是非ご覧ください!


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