システィナの魔導士
「魔術は起こしたい現象を自ら組み立てる術です。例えば光で辺りを照らしたいのなら、その光量、範囲、持続時間などを具体的に構成します。そして現実世界に起こしたい現象を具体的にイメージします。そこに自らの魔力を乗せて『呪文の詠唱』を行えば発動します」
アーリアは手元の紙に魔術の発動までのプロセスを箇条書きにしながら、ユークリウス殿下へと説明をした。
「発動のパターンが魔法と酷似しているな?」
「ええ。もともと魔術は魔法を起源としますから。魔法の原理を使っているんです」
魔術の起源はシスティナ国だと言われている。しかし、魔術を作り出した祖の記述は殆ど残っていない。
「魔法ば精霊の力を借りるでしょ?」
「だが精霊は万人に見えない」
「だから、誰でも使える術として発明されたのだと考えます」
魔宝具も同じ理由で発明された。魔術も魔宝具も人々の生活を豊かにする為に生み出されたものなのだ。
「魔術の良い点は、その威力を精霊に左右されないところです」
「と、言うと?」
「緻密に計算し構成された魔術は、発動した時の規模が一定です。それに、魔法のように精霊の属性を気にする必要もない」
「ある意味『安全』なのか……?」
「はい。でも悪い点もあります。それは魔力の許容量が高くないと、ある程度使えないという点です」
「そうか……高度な魔術を扱うには高い魔力が必要なのか。それは魔法も同じだな」
「あーでも、生活魔術程度なら誰でも使えますけどね」
ユークリウス殿下がエステル帝国に魔術を取り入れたいとしているのは、その『生活魔術』の存在を知ったからだ。
この世界の人間には誰しも魔力が宿っている。その量こそ大小はあるが、魔法と違い魔術は魔力さえあれば発動するのだ。
エステル帝国は精霊魔法に傾倒している為に貧富の差が大きい。だがもし魔術を取り入れる事ができれば、その貧富の差も少しは改善されるだろう。ユークリウス殿下が魔宝具の輸入を行いたい理由もそれと同じだった。
ー民の生活を豊かにしたいー
これがユークリウス殿下の根底にある強い想いだった。
「魔術の危険な点は、イメージが先行してしまう事です」
「イメージ?」
「魔力とイメージさえ明確にあれば、魔術として確立してしまうのです。つまり、術者の想いしだいでは魔術は暴走します」
「その昔、何処かの国が丸ごと滅びたというのがソレか!」
「はい。だから、術者には確かな倫理観が求められますね……」
システィナ国は等級試験という仕組みを取って、国内にいる魔導士の存在の把握に努めている。それは魔導士を国が管理する為だ。暴走魔導士の存在は国が滅びる原因にしかならない、とシスティナ王宮は理解しているのだ。だからシスティナ国では『魔導士』と名乗れるのは国が認めた者のみなのだ。
だがその網を抜けて存在する魔導士もいる。その者たちの数は少なくはない。
ー創造主様も……ー
魔導士を所有するというのは、国にとって諸刃の剣なのだ。だからシスティナ国は魔導士を抱えていても安易に外国と事を構えようとはしない。
「それは魔法も同じ事だろう?倫理観のない者が魔法を使えば、良い結果など生むまい」
「そう、ですね……」
「暗殺などを生業にする者とて存在するのだ。お前に『呪いの手紙』を送ってきた連中だってそうだろ?」
闇の精霊による呪術。
よく誤解を招くのだが、闇の精霊は人間に悪意を持っているわけではない。元来精霊に善悪など存在しないのだから。使用する人間が闇の精霊を悪用するのだ。
魔法も魔術も使う者の心次第。
「では《光の玉》からやってみましょうか?」
かぶりを振って気を取り直すと、アーリアはユークリウス殿下に提案した。
今日はアーリアがユークリウス殿下の『魔術の師』となる日。それはユークリウス殿下がアーリアの『魔法の師』となる事への条件だったのだ。
アーリアはユークリウス殿下に魔術の原理から発動に至るまで、丁寧に指導した。だが、ユークリウス殿下の基盤に精霊魔法がある為、魔術を発動させる前にどうしても魔法が発動してしまうのだ。
こればかりは仕方がなかった。固定観念を置き換える事は一朝一夕ではできないのだから。魔術の発動の感覚を掴むまでには、何度もチャレンジするしかないのだ。
一時間ほど経った後、二人は小休憩に入った。フューネの入れた紅茶を飲みながら、ユークリウス殿下はアーリアにある提案をした。
「アーリア、お前の魔術を見せてもらえないか?」
「えーと……どんな魔術をですか?」
「攻撃魔術を、だ」
ユークリウス殿下のお願いにアーリアは少し唸って思案した。
「まず此処では無理です。えーと……リュゼと相談しても良いですか?」
アーリアは『悩んだ時はリュゼに相談しなさい』という師匠の言を守っていたのだ。
※※※※※※※※※※
その日リュゼは、カイトに剣の訓練に付き合ってもらっていた。毎日ではないが定期的にカイトから剣技を教えを乞うていたのだ。
しかし、カイトからの指導は甘くはなく、カイトの圧倒的な剣技に打ち負かされ、無様に転がされたリュゼが立ち上がろうとした時、カイトが巫山戯た事を言い出した。
「お前の姫サン、可憐だよなぁ?」
それを戯れ言と捉えたリュゼは露骨に嫌な顔をしてを言いかえした。
「姫はアンタより強いよ?ナメてたら痛い目見るからね」
リュゼは警告た忠告とをしたつもりでいたのに、その言葉を聞いたカイトは、余計、アーリアに興味を持ってしまったのだ。しかも嬉しそうに頬を紅潮させて飛び跳ねている始末。
リュゼの眉根が捩れる。『やっぱり騎士って気持ち悪りぃ生き物だ。どうも相入れない気がする』とリュゼが思ってしまったのは仕方がないだろう。どう見ても、強者にイビラレるのを嬉しがるその手の趣味の人のようだ。カイトを見ていると、とても今をトキメク近衛騎士とは思えないリュゼであった。
ーアイツもこんな性癖持ってるんだろうか……?ー
そういえばジークフリードも騎士だったな、と思い出したリュゼは益々怪訝な顔をした。リュゼが砂を吐きそうな顔をしていると、アーリアがユークリウス殿下を伴って鍛錬場へ現れた。その後ろから護衛のヒースが付き従って入ってくる。アーリアは姫使用のドレスではなく軽装だ。
今日のアーリアの予定はユークリウス殿下との勉強会だったはず。だからリュゼは護衛をヒースに任せて鍛錬場に赴いていたのだ。
リュゼは軽装のアーリアとユークリウス殿下の来訪に訝しむと、アーリアに駆け寄りその理由を聞いた。
「ユークリウス殿下、アリア姫。このような場所に、どのようなご用件があって参られたのでしょうか?」
リュゼは一応周囲を警戒して『護衛騎士』の体をとった。そこをユークリウス殿下がヒースに目配せして、鍛錬場の扉を固く閉ざさせた。ヒースは人払いをし、鍛錬場の外に護衛騎士を見張りに立たせた。
「リュゼ殿。もう普段通りで構いませんよ」
「そう?じゃあ、どうしたんですか?お二人ともお揃いで」
リュゼは気軽い調子でアーリアとユークリウス殿下を交互に見ながら尋ねた。
「リュゼ、鍛錬の邪魔をしちゃってごめんなさい」
「アーリアの『魔術』を見せてもらいに来た。帝宮内で攻撃系の魔術など放てないからな。ま、魔法もそうだが……」
「リュゼ殿、アーリア様に攻撃魔術を見せて頂いても構いませんか?」
リュゼはユークリウス殿下とヒースの意図をはっきり掴んだ。アーリアの、いや『魔導士』の魔術を体感したいのだろうと。
外界と閉鎖的なエステル帝国に『魔導士』は存在しない。そもそも魔術の存在すら認めていないからだ。だから国の要人であっても、ユークリウス殿下とヒースであっても、その実態を知らないのではないかと思われた。
エステルとシスティナとは未だ停戦中とはいえ、もう50年も戦争をしていない。その間、魔導士が戦争に突入されたという記録はない。
大帝国エステルと銘打ってシスティナ国を悪し様に罵っているエステル帝国だが、この50年の平和な時代を生きた者たちは、基本、システィナ国の軍事を甘く見ている可能性が高い。
確かにシスティナの国土はエステル帝国の4分の1にも満たない。だからといって小国だと侮ってよい国ではない。
システィナにはエステル帝国のように飛竜を駆る空挺騎士は存在しない。軍隊も軍人も騎士の総数も少ない。だが、その代わりに魔導士が存在するのだ。魔導士は個人で大軍を相手取れるほどの力を持つとされているのだから。
ーその魔導士の存在を過小評価しているのが、エステル帝国の上層部だとしたら?ー
ユークリウス殿下は大帝国の皇太子皇族としてふんぞり変えるような愚者ではない。見聞きした情報など当てにはならない事を理解している。
ー僕だったら、この機会を逃さないー
現在、運良く(?)この国には魔導士が滞在している。今ならば、驚異だと謂われる魔術を体感できるではないか。そう好奇心旺盛なユークリウス殿下が考えたとしても、不思議ではない。ーー思考を締め括ったリュゼはやんわりと笑って、彼らの提案に許可を出した。
「じゃあ、カイトとアーリアを戦わせてみますか?」
「イッーーーー⁉︎」
事の成り行きを見守っていたカイトがリュゼの提案に顔を引きつらせた。しかしユークリウス殿下は嬉しそうな笑顔を見せた。普段なら難色を示しそうなヒースさえ、反対の声はあげなかった。
「良いのか⁉︎」
「いや、それは幾ら何でも……」
「その、アーリア様さえ宜しければ……」
「私は構いませんよ?」
「ちょっ……⁉︎」
流石に騎士が女性に手をあげるはどうかと躊躇ったカイトが即座に断ってきたが、主君であるユークリウス殿下がその提案に賛成してしまった。殿下の騎士であるカイトは、主の命令とあっては、もう断る事などできはしなかった。
「じゃあ、善は急げだな。アーリア、宜しく頼む」
鍛錬場の中央にアーリアとカイトは向かい合った。
小柄なアーリアと熊のようなガタイの大男カイト。カイトはアーリアを見てソワソワし出すと耐えかねたようにユークリウス殿下へと声をかけた。常におちゃらけたカイトであろうと近衛騎士団員。騎士が子女相手に剣を振るうという行為は、紳士としても頂けない気分を生んだようだ。
「本当に良いのですかぁーー?殿下ぁーー!」
「構わない。そうだろ?アーリア」
「あ、はい。私もなかなかない機会なので。カイトさん、お相手をよろしくお願いします。殺さないように気をつけますね」
「えッ⁉︎ 殺……?」
ユークリウス殿下とアーリアの言葉に目を白黒させたカイト。そこへ非情にも開始の合図がなされた。
「ハイ。では初め!」
団長ヒースの声。カイトの動揺を無視してヒースによって試合の合図がなされた。
カイトは驚愕の表情の後一つ嘆息した。主人たるユークリウス殿下と団長の命令に逆らえる訳もなく、覚悟を決めて剣を構えた。しかしカイトがアーリアに攻撃を仕掛けようと地面を蹴ろうとした時には既に、アーリアの術は発動していた。
「《銀の鎖》」
「なんーーーー⁉︎」
「《氷の刃》」
「こッーーーー‼︎」
「《爆ぜる炎》」
「ーーーー」
「《紅蓮》」
ーズドゴドォォォオオオン……ー
最初に上がっていたカイトの悲鳴も、途中から爆音に搔き消えて聞こえなくなっていた。灼熱の炎と煙幕が濛々と鍛錬場に立ち込め、アーリアとカイトの姿はユークリウス殿下からは見えなくなっていたのだ。
派手な爆音を聞きながらユークリウス殿下は、己の身体が熱と爆風から守られていることに気がついた。自分の周囲に、いつの間にか結界魔法が展開されていたのだ。隣を見るとヒースとリュゼの周りにも同じものが張られている。そんな器用な芸当ができるのはアーリアだけだろうと関心を深めた。
ーははは……まさか、これ程とはー
ユークリウス殿下は自分が知らず、内に唇の端を上げて乾いた笑みを浮かべていた事に気づいた。それはアーリアを通して『魔導士』という存在に今更ながら畏怖を覚えたからであった。
畏怖に震えた背中を誤魔化すように、ユークリウス殿下は隣で口笛を吹きつつ平然と佇むリュゼに話しかけた。
「リュゼ、アレは生きてると思うか……?」
「大丈夫でしょ」
「この鍛錬場の耐久性はあまり強くないのですが……魔法専用の鍛錬場で行って頂くべきでしたかね?」
「子猫ちゃんは、ちゃあんと手加減してたから、そこも大丈夫だと思うよ?」
「手加減か……」
「そうですか……リュゼ殿、貴方はこれを私たちに見せる為にこれを……?」
「え〜〜何のことかなぁ……?」
「「…………」」
勿論、リュゼには意図しての事だった。リュゼはアーリアの護衛としてその『守り方』は何も戦って守るだけではないと考えたからだ。
アーリアの価値を、仲間と言い張るユークリウス殿下たち、そして敵である貴族たち、その内外に知らしめるのも『守り方』の一つ。そんな事はユークリウス殿下は勿論、近衛騎士ヒースにも言わなくても伝わっているだろう。彼らの言動からリュゼはそれを推し量った。
ーザァァァアアアアー
爆風と煙幕が消えた後にはアーリアと《銀の鎖》で簀巻きにされた状態のカイトが無傷で出てきた。やはり二人の周囲には結界魔術が張られていたようだ。魔術を解かれ開放された後、カイトは両手を挙げて降参を身体で表していたが、その表情は妙に明るかった。それどころか何故か興奮して騒いでいる。しかもその内容はこの場に不適切なものであった。
「姫サン、俺と付き合ってくれ!」
「えッ⁉︎」
「強ぇ女ってサイコーだな!俺はアンタに惚れた!」
「えぇッ⁉︎ いや、あの、その……」
完全にドン引きしている当人を無視して、カイトはアーリアの両手を取ると「麗しの顔」、「朝露に濡れた薔薇より美しい唇」、「白亜の城より美しい肌」とか何とか、イカツイ顔と態度に合わないおべんちゃらを並べ始めたのだ。
それを目の当たりにしたユークリウス殿下は勿論ヒースも、そしてリュゼも、カイトの頭のネジがぶっ飛んだ言葉の数々には流石に黙っちゃいられなかった。
三人してアーリアとカイトの元へ跳んで行くと、カイトの頭や身体をひっぱたいた。
「こら、カイト!貴様何のつもりか⁉︎ アーリアは俺の嫁だ!勝手に口説くな!」
「そうですよ、カイト!弁えなさい!アーリア様はユリウス殿下の花嫁なのですよっ」
しかしそのツッコミに即座に否を唱えたのは、当のアーリアと護衛リュゼだった。
カイトに説教するユークリウス殿下とヒースの言葉に「嫁に行くとは言ってませんからね!」とアーリアが、「嫁には行かせないからね?」とリュゼが思わずツッコミを入れたのは言うまでもなかった。
お読み頂きまして、ありがとうございます!
ブックマーク登録、感想、評価等、大変嬉しく思っています!ありがとうございます!
近衛騎士カイトの性癖はさておいて、彼ほどストレートに口説く男は分かりやすくて良いですね!実際、鈍いアーリアには一番気持ちが伝わり易そうです。
次話も是非ご覧ください!