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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
124/491

悪役令嬢の挑戦2

 ある貴族の屋敷、その一室より若い女の金切り声が発せられていた。


「……許せませんわ、あの女!よくもよくも、このわたくしをダシにしてくれたわね!」


 リアナの手元にはアリア姫より届けられた『感謝の手紙』があった。

 そこには先日の茶会に於いて、リアナがアリア姫の誹謗中傷の噂、その払拭に一役買ってくれた事へとお礼と感謝の言葉が綴られていた。

 この手紙の内容が自分に対する感謝でなく、完璧な嫌味なのだとリアナは捉えていた。あの茶会での茶番は、ユークリウス殿下とアリア姫仕組まれた場であったのだから。


 リアナは自分の派閥を使い、アリア姫をエステル帝国より追い出そうと画策した。『呪いの手紙』を皮切りに『誹謗中傷の噂話』の拡散、そしてトドメの茶会にて噂の定着を目論んでいた。


 しかしそんなリアナの思惑も策謀も、アリア姫とユークリウス殿下の策略によって全てがひっくり返されてしまった。


 その事実もさることながら更に、リアナの気持ちを掻き乱す出来事があった。それはこの『感謝の手紙』がリアナの父ルスティル公爵より手渡されたという事実だ。因みにルスティル公爵はユークリウス殿下より直接、帝宮にて手渡されたそうだ。

 屋敷へ戻るなりリアナの居室へ入ってきた父ルスティル公爵の顔面は蒼白だった。

 それもその筈だ。

 ユークリウス殿下はリアナが主催し催した茶会の意味、その開催目的をご存知だったのだ。それでいてユークリウス殿下はルスティル公爵に無言で釘をーー圧力を掛けてこられたのだから。


 しかし、ルスティル公爵は娘リアナを責める訳にはいかなかった。彼ら親子は同じ穴の貉なのだから。


 リアナは己の策略が失敗しただけでなく、それどころか自分が主催した茶会に於いて大恥をかかされてしまった。

 参加者は主催者のリアナを蔑ろにしたばかりか、リアナの失策を責めたのだ。それまで茶会参加者たちは皆、リアナと同じようにアリア姫を悪し様にこけおろし、流言をばら撒き、『呪いの手紙』を送っていたというのに。

 確かに、協力を仰いだのはリアナの方からであった。だが、リアナの画策に同意し、事ここに至るまで意気揚々と、何の疑いもなくアリア姫の立場と精神を傷つけて来たのは、令嬢たち自身の意思ではないか。それなのに、リアナに勝算なしと判ると否や、その尻尾を別のあるじへと振り直したのだ。

 軽々しく付き従うあるじを変えるなど、忠犬とは言えぬ。駄犬ではないか。


 リアナのアリア姫への憎悪は益々増していった。


 ーいいえ、これは嫉妬なのだわ!ー


 アリア姫さえ居なければ。あの魔女姫さえエステル帝国へ来なければ、ルスティル公爵家には明るい未来が差し込む筈だった。今頃リアナは、愛しの皇太子殿下の正妃という座を手にしていた筈であった。このような苦労などしなくても良かったのだ。

 それなのに、あの魔女姫アリアの所為で計画が狂った。いや狂わされてしまった。大幅な修正を余儀なくされたのだ。


「〜〜許さない!許さないわ‼︎ あの魔女姫を絶対に皇太子妃になど、させるものですかっ!」


 ー愛しいわたくしの殿下。あのお方の隣に立つべきはわたくしなのよ!ー


 リアナは枕を床へ叩きつけ、足で踏み付け踏みにじった。生地は破れ、中から羽が飛び出て部屋中に舞い上がる。


「次はどんな手を使おうかしら……?誘拐?毒殺?暗殺?……暴漢に襲わせるのはどうかしら……?ふふふふふ……」


 『噂話』などという生温い手を使っていた自分が甘かったのだと、リアナはその瞳に憎悪の熱を宿しながら呟いた。

 これまでの失敗は、自分の計画の甘さが招いたのだと。

 アリア姫をシスティナ国に帰らせる為の策などナンセンスだったのだ。アリア姫は親善目的の為、エステル帝国への輿入れをシスティナ国より命じられた。これは即ち『政略結婚』なのだ。アリア姫がどれだけエステル帝国でのイビられようとも、どれだけシスティナ国へ帰りたいと思えど、アリア姫の意思ではおいそれと自国へ戻れる訳がない。

 アリア姫はエステル帝国のーーシスティナ国に対しての『人質』なのだから。

 ユークリウス殿下がいくら『見初めた姫』と言ってご自分の言を広めておられようが、それは建前にしか過ぎないだろう。アリア姫は国家間の策謀でエステル帝国に差し出されたと見た方が良い。現に未だアリア姫はユークリウス殿下の婚約者でしかないにも関わらず、システィナ国に帰ることは出来ないでいるのだから。


 そこまでリアナは考えて、その赤い唇をキュッとひき結んだ。自然と笑みが零れだす。


 ーアリア姫をシスティナ国へ帰らせる事はできない。それなら……ー


「待ってなさい!貴女を身体的にも精神的にも追い詰めて、苦しめてあげるわ……!」


 リアナはほくそ笑むと口に手を当てて、高笑いを上げた。その目には自分を辱めたアリアにへの復讐の炎が燃え上がっていった。



 ※※※※※※※※※※



 大図書館から皇太子宮へ戻る道をアリア姫ことアーリアと、護衛騎士ことリュゼが歩いていた。

 もう間も無く皇太子宮へ入るという区間で、唐突リュゼが笑い出した。


「ク……ク、アハハハ!」

「リュゼ……⁉︎」

「あーごめんごめん!あのリアナ嬢の顔を思い出してさ……!」

「あ、ああ……」


 いきなり笑い出したリュゼに怪訝な表情をしたアーリアは、リュゼの笑いの原因に思い当たり、眉を潜めて苦笑いした。


 それはつい先日、ルスティル公爵家のリアナ嬢が帝宮にて開催した茶会に於いての『茶番』であった。


 アリア姫に対する『呪いの手紙』に始まり『流言による人格の失墜』はある程度予想出来たものであったが、それにしてもリアナ嬢の手腕は実に手際が良かった。

 わざとアリア姫の噂話の流出に歯止めをかけていなかったとはいえ、あっという間にアリア姫の流言は広がっていったのだ。貴族令嬢の情報網ネットワークは流石なモノだと、アーリアは素直に感心していた。


 噂話の発生源を、その発生より以前からルスティル公爵家の次女リアナだと突き止めていたユークリウス殿下は更に上を行くと言えよう。

 アーリアたちはある程度の流言の流出は仕方のないことだと割り切っていた。

 リアナ嬢が仕組まなくても、他の誰かが主導して流しただろう。だからこそリアナ嬢の策謀を敢えて放置したのだ。

 そしてある程度広まったところでトドメを刺しにきたリアナ嬢に対して、アーリアとユークリウス殿下はワナを仕掛けた。つまり楽をして良いとこ取りしたのだ。


 そもそも、公爵令嬢リアナは勘違いしている。


 貴族社会に於いて公爵家はその身分制度の頂点に立っているだろう。だが皇族(王族)はその上に立っているのだ。身分に於いてリアナ嬢はユークリウス殿下に、そしてアリア姫にも勝てはしない。

 公爵令嬢リアナと皇太子ユークリウス殿下、他の貴族がどちらを取るのかは明白だ。アーリアとユークリウス殿下はリアナから確実な『言質』さえもぎ取れれば、こちらの勝利は確実であった。


 しかし反対に『言質』を取られてしまったリアナ嬢とその派閥の貴族令嬢・令息たちは、これ以上の流言を広げる訳にはいかなくなった。それどころか、自分たちで蒔いた種を自分たちの手で摘み取らねばならなくなったのだ。

 何故なら今後、もしアリア姫への流言が終息せず、社交界に於いて広がりを見せるようものならば、ユークリウス殿下本人より『アリア姫の流言は嘘ではなかったのか?』『まさか貴殿たちは皇族に嘘をついたのか?』と聞かれる事態に追い込まれるのだ。その場合に備え、彼らは『否』と答えられるだけの準備をしなければならなかった。それどころか、万が一にもその様な事態を招く訳にはいかなくなったのだ。

 その様な事態になれば、己の身の破滅どころか家の取り潰しにまで発展する場合があるからだ。良くて爵位の下落、次に爵位の返上、更には家の取り潰し、最後には死罪。どれにしても滅亡ルート一直線は目に見えている。


 それほどまでに皇族(王族)というのは権力を持っている。


 皇族(または王族)は普段から権力を振りかざす事などしはしない。だが、刃向かう敵には容赦はない。皇族とは『国』を守る義務を負う者たちなのだから。


「あの時の子猫ちゃん、サイッコーだったよ〜〜!名演技だったんじゃない?あのリアナ嬢も固まってたじゃん!」

「そうかなぁ……?確かに途中から楽しくなってたけど……」

「でしょー?ユークリウス殿下もノリノリで、ヒースさんは呆れてたよ〜〜」

「ユークリウス殿下は凄かったね!いつもより『皇子様』してたよね?」


 アーリアはあの茶会でのユークリウス殿下の言動を思い出していた。

 ユークリウス殿下はアーリアたち身内の前では傍若無人な『オレ様』を地でいく皇太子殿下サマだが、あの時は如何いかにも『御伽から出で来ました!』という『皇子様』だったのだ。無駄に笑顔が煌めいていた。

 歯も白くキラリと光り、銀髪が眩く輝いていた。口調も如何にも皇子様口調のよそ行き仕様で、アーリアは内心引いていたくらいだ。アーリアとユークリウス殿下の初対面がアレだったら、今頃、まだ心を許したり打ち解けたりはしていなかったと思うほどに。


「そーだねー。でも、アレがユークリウス殿下の外面ソトヅラなんじゃない?そう思うとヒースさんは裏表があんまりないよね?」

「それを言うならリュゼも大概だよ?……最近のリュゼ、本当に本物の騎士っぽいし」

「えっ⁉︎ そう?うっれしーなー!」


 どうやらリュゼの『護衛騎士』偽装も功を奏していたようだ。アーリアに初めて褒めてもらえたリュゼは糸目を更に細め、露骨に嬉しがった。カイトとの鍛錬や、ヒースとの訓練が実を結んできたという事だろうか、とリュゼは内心ほくそ笑む。


「あーでも、今は違うかな?」

「それは子猫ちゃんもデショ?」


 リュゼはアーリアの頭にポンと手を置くと、アーリアの顔を覗き込んだ。今のアーリアの表情はアーリアのままだ。

 最近では、リュゼもアーリアも二人きりの時とそうでない時の区別を瞬間的につけられるようになっていた。『おとやけ』の顔と『わたくし』の顔とを分けて作れるようになっていたのだ。


 だが、その『私』だったリュゼの顔が瞬時に『公』のモノに変わった。リュゼの身体は敏感に何かを捉えたようで、腰の剣に手を添えながらアーリアをその背に庇った。


「リュゼ⁉︎」

「何かいます。アリア姫、私の背から出ないように」


 アーリアはリュゼから齎された言葉に心臓がギュゥと縮こまり、背筋には冷や汗が伝った。だがリュゼの背中から伝わる体温と、肩に置かれたリュゼの手のおかげで、その緊張が徐々に和らいでいった。

 アーリアはそこでやっと周囲の異変に気がついた。

 リュゼの背から周囲を見回せば、空気の流れが止まっていたのだ。

 先ほどまで聞こえていた鳥の鳴き声や、建物のどこかから聴こえていた人の騒めきも届いてはこない。まるで現実の世界から隔離されたかのよう。

 どんな魔法なのかは分からないが、自分たちは《結界》のような術で囲まれたのかも知れない、そうアーリアは考えを巡らせた。


「っ……」


 アーリアは声には出さず、スキル《探査》を起動した。地図マップ内に敵を示す赤の印が3点、確認できた。


「敵3。視覚範囲外。左前方に1。右後方に1。左後方に1」

「了解」


 アーリアはリュゼの背から敵の位置情報をこっそり伝える。それにリュゼは短く返事した。

 ジリッとリュゼの足裏が地面を掴む。リュゼはいつでも抜刀できるように長剣の柄を握り込んだ。すると間をおかずガサッという音と共に、回廊の側面の植え込みの向こうから、黒ずくめの男が一人、リュゼの左前方より飛び出してきた。


「アリア姫、ご覚悟を」


 短剣を振りかぶりながら突進してくる黒ずくめの男を、リュゼの長剣が受け止める。ギィンと鍔鳴りが耳に響く。


「さすが、姫の護衛だけはある……」

「……」


 黒ずくめの男の言葉にリュゼは無言で剣を交える。


「だが、護衛がお前一人では、大切な姫を守り切れぬぞ……」


 その瞬間、アーリアの背後から二人の黒ずくめの男が飛び出してきた。その素早い身のこなしはまるで、野生の虎のようだ。牙を剥いた二匹の虎はアーリアへと襲い来る。だがその二匹の虎の爪はアーリアには届かなかった。

 背後からの襲撃に、リュゼはアーリアを守る為に振り返る事はなかった。その必要はないと『知っていた』からだ。


 ーバチンッ!ー


 黒ずくめの男はの手がアーリアに届く前に、見えない『何か』にぶつかって大きく弾き飛ばされた。


「何だとッ⁉︎」


 それを見たリュゼと交戦中の黒ずくめの男が、驚愕の声を上げる。その声と共に剣先が鈍るのをリュゼは見逃さなかった。


「よそ見は禁物だよ?」


 ーザンッー


 リュゼの剣が黒ずくめの男の腹を凪いだ。鮮血がパッと飛び散る。黒ずくめの男は倒れる事なく、腹を手で押さえて後退したその時ーー


「ー黒き薔薇 荊の鎖ー」


 アーリアの凛とした声が回廊に響く。

 すると黒ずくめの男の足元ーー影より荊が飛び出して、男の身体を絡み取った。見えぬ壁に激突した後、倒れていた二匹の獣ーー黒ずくめの男たちも同様に、みっともなく転がった地面から態勢を整える間も与えられず、影の荊に拘束されてしまった。


「これは⁉︎」

「魔法だと……⁉︎」

「馬鹿な……」


 狼狽する黒ずくめの男たちに、リュゼは思わず嘆息した。暗殺者の癖にお喋りが多すぎる。全くなっていない。


「バカはどっちなんだか?ーー姫、お怪我は?」


 リュゼは剣に付いた血を振り払い鞘に収めると、アーリアへと振り向いた。


わたくしは大丈夫です」


 アーリアは暗殺者に襲われた後だというのに、顔色一つ変えていなかった。それもその筈、これはアーリアとリュゼにとっては想定した事態だったのだ。寧ろ暗殺者に襲われる為に皇太子宮より外へ出歩いていたのだから。

 自分たちから暗殺者を誘い出したといっても、命の危険が全くなかった訳ではない。先ほどの襲撃は普通のご令嬢なら悲鳴すら上げられず硬直してしまう場面だった。しかしアーリアは緊張こそしていたものの、臆してはいなかった。

 アーリアは『バルドの事件』を経て、このように誰かに不意打ちで狙われる事には慣れていたのだ。寧ろ「またか」くらいに感じていた。

 そんな事よりも先ほど発動させた魔法が上手く起動した事の方に、アーリアは内心舞い上がっていたのだった。


 この一見華麗な姫君が襲われ慣れしているなどとは、誰も思うまい。


 アーリアはポケットからハンカチを取り出すとリュゼへと手渡した。リュゼの顔と手には暗殺者からの返り血が跳ねていたのだ。リュゼは苦笑しながらそれを受け取ると指と顔についた血を拭った。


 アーリアは影の荊に囚われた暗殺者を見下ろしながら、まるで鬼の所業のような提案を言い出した。それは凡そ『姫』にはない発想だった。


「リュゼ。この者たちを上手く生け捕りにできたことだし、彼らの依頼人を聞き出しましょう!」

「ーー賛成です。ですが姫、それは専門家に任せましょうか?」


 リュゼが親指で肩越しに背後を指差すと、そこには剣を携えた近衛騎士たちの姿があった。閉ざされた空間を破って、近衛第8騎士団たちが駆けつけてくれたのだ。そこには勿論、団長ヒースの姿もあった。



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、大変嬉しく舞い上がっております!

ありがとうございます!


悪役令嬢の挑戦2でした。

順当に頑張っているリアナ嬢でしたが、現実はなかなか難しいようです。

今後の活躍を期待しましょう!


普段は糸目のリュゼですが、『護衛騎士』の時には糸目を開いています。レアリュゼです。また、たまにそれっぽい仕草のリュゼを見てドキッとしている事を、アーリアはリュゼには内緒にしています。(バレてそうですが)


次話も是非ご覧ください!



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