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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
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※裏舞台7※ 罪と罰

 ポツンと浮かぶ弓のような月が窓の外に浮かんでいる。夜空には雲はなく、無数の星が瞬くのみ。月の光りが弱い所為か星たちはどことなく頼りない光を纏っている。まるで蝋の切れる寸前の蝋燭の灯りのように。


「あのお方はいつお見えになるのかしら?」


 その決して狭くはない部屋にぽつりと落ちる若い女の声。女は窓際に置かれた椅子に腰掛けて、登りゆく月を眺めていた。


 女は月の光りと同じ色の髪を持つ、ある青年に想いを馳せていた。柔らかな月の光のような髪色を持ち、澄んだ青空のような瞳を持つ『あのお方』の事を。

 柔和に微笑むお顔はまるで神々に仕える天使のよう。整った目鼻立ちにきめ細やかな肌は一流芸術家の彫刻のよう。あの宝石のような瞳で見つめられれば、天にも昇る心地だった。


「ああ。早くお会いしとうございます」


 女がこの部屋に監禁されてもう一月近くになる。当初は日に幾度も訪れいた青年も、この頃はトンとその姿を見せてはくれなかった。女はそれが不満でならなかった。


 ー何故、あのお方は私の元へ来てはくださらないのー


 女は自分の立てた計画が上手くいったと、未だに確信していたのだ。


 エステル帝国のある貴族から持ち込まれた『計画』は、女からしても眉唾物だった。だから始めてその計画が己の下に齎された時には『そのような計画とも呼べぬモノには付き合えぬ』と突っぱねたのだ。

 しかし二ヶ月前『東の塔の魔女』の噂を聞いてから後、女の気持ちは一転した。

『東の塔の魔女』は女と同じく『塔』の管理者だが、自分とは違い『塔』には囚われず、市井に於いて自由に生活しているというのだ。しかも自分の焦がれる『あのお方』はその魔女の事を気をかけていらっしゃるという。

 女にはその事実を容認できるような寛容な心を持ち合わせてはいなかった。

 女は未だ社交界に未練があり、勿論『あのお方』を諦めてなどいなかったからだ。


 恨む相手は『東の塔の魔女』でなくとも良かった。しかし、同じ役割を持つ魔女だからこそ、一段と恨みは深かったのだと言えよう。


 同じ条件の魔女ならば、自分の方が選ばれて然るべきだ、と。


 だから女は一度は突っぱねた計画に、再度乗ったのだ。しかも今度は女の方から自分の要求を飲むように提案した。自分の要望を飲まない場合は、この事をエステル帝国並びにシスティナ国の上層部にバラすと脅して。


 そしてあの日、のこのこと現れたあの魔女を、女は己の手で塔から突き落とした。


 女としてはあのまま魔女が溺れ死のうが、エステル帝国に捕まろが何方どちらでも良かった。最終的に『あのお方』が手に入るのならば。


 しかし未だエステル帝国に動く気配はない。これは女にとって予想外の事であった。エステル帝国が動けばーーシスティナ国に戦争を仕掛ければ即座に『北の塔』の《結界》など解くというのに、北の空を見上げれど見上げれど、その気配は訪れない。

 女はこの部屋に訪れる者たちを用心深く観察した。それはエステル帝国とシスティナ国の動向を探る為だった。しかし彼らから齎される情報にそれらしいものはなかった。


 部屋を訪れる誰もが女の所業に嫌悪感を露わにしていた。


『何故、東の魔女を突き落としたのか』

『何の謀略あってのことか』

『誰の差し金か』


 ……などと。どの声にも女への非難が強く混じっていた。

 しかし、女自身は己の所業に罪悪感などカケラも抱いてはいなかった。だから女は相手から向けられる感情になぜ、嫌悪感が混じっているのかが全く理解できなかった。


「……わたくしわたくしと貴方、二人の幸せの邪魔をするあの魔女を排除しただけ」


 何がいけなかったのか理解できない、と言った風に女は怪訝な表情で呟くと、気怠げに自分の横髪を梳いた。


 女は自分に対して悪し様に詰問する騎士たちの姿に困惑すら感じていた。これまで神に仕える信奉者のような眼差しで、あれほど忠実に自分に仕えていた騎士たち。その彼らが人が変わったかのように態度を一変させて、女に詰め寄ってきたのだ。

 目を鋭く尖らせ、掴みかからん勢いで大声を浴びせてきた。皆、一様に女を責めた。そこには女を擁護する者は誰もいなかった。


 ーあのお方でさえ……!ー


「そうよ……これも全てあの魔女がいけないのよッ!あの魔女があのお方を誑かしたのよ‼︎ そうに違いないわっ」


 女は自分の髪を掻き毟りながら金切り声を上げて叫んだ。拍子に何本かの髪が抜け落ちる。

 あまりの興奮状態に女の口からハアハアと荒い息が漏れていく。


「……あのはそんな器用なコト、できないっすよ?」


 今の女には侍女一人、侍従一人さえつかない。ガランとした部屋に女一人。その部屋に突如現れた見覚えのない青年。

 その青年から紡がれた声に女は驚き、勢いよく振り向いた。


「ーー誰っ⁉︎ 」


 女が椅子を蹴るように立ち上がり、振り向いた先にいたのは、線の細い青年だった。

 小柄ではないのだが、女の近くに侍る騎士たちと比べれば華奢とも思える体躯だ。部屋の扉の前に佇む青年の顔色は、夜の暗がりにははっきり認識できない。


 だがその青年は、女が心待ちにしていた『あのお方』とは似ても似つかない容貌だった。


「あのが色仕掛けねぇ……?想像もつかないっすわ……」


 揶揄うような声音が女の耳に届く。

 だが女は怖がる様子も怯えた様子も見せなかった。


「……貴方が誰であろうとどうでもいいわ……帰ってちょうだい。わたくしはあのお方ーーナイトハルト殿下以外にお話する事などないのです……」


 女はそう言うとストンと椅子に座り込んだ。女は望んだ者の登場でない事にあからさまにガッカリしたらようで、肩を落としてしまった。

 青年はその様子に苦笑して肩をすくめた。


「わ〜〜お!これは予想外の病みようじゃないっすか?運動神経どころか恋愛脳も死んでるあのの手には負えないっすわ、こりゃ」


 青年は乾いた笑いと共に頭をガリガリ掻いた。

 普通なら不審人物の登場に慌てふためく場面である筈なのに、女は何も狼狽える事なく平然としている。更には不審者に向かって『望みの人物ではないからサッサと帰れ』と言う。


 しかし目的も果たしていないのに、帰れと言われて帰る馬鹿などいない。


「ほんっとーにナイトハルト殿下のコトしか頭にないんすね〜〜。しかも一方通行と来てる!」

「……何が言いたいの?」

「アンタはナイトハルト殿下を手中に収めたいダケっすよね?殿下のキモチなんて、どーでもイイんでしょ?」

「……は?ナイトハルト殿下はわたくしを見てくださっているわ!お気持ちを頂いているの!だって、わたくしはあのお方に相応しい公爵令嬢オンナですもの!」


 青年の言葉に憤慨し、興奮し出した女は椅子を蹴って立ち上がると、目を血走らせて叫んできた。


わたくしがナイトハルト殿下の隣に立つ事は、決められたことなのよ。殿下の身体も心もわたくしのモノなの!」


「誰が決めたんだか……」と青年はゲッソリと呟くと、その顔にとっておきの笑顔を乗せた。


「そんなアンタに朗報を。ーーナイトハルト殿下は永遠にココには来ないっすよ。てゆーかアンタの前には永遠に現れない」


 女は一瞬、何を言われたのかが分からなかったのだろう。ポカンとした顔をして青年を見た。そしてその顔を瞬時に鬼の形相に変え、青年に向かって突進してきたのだ。


「な、な、何ですって⁉︎ 殿下がココへ来てはくださらない……?そんな筈ないでしょう⁉︎ わたくしと殿下はお互いに想い合っているのよ‼︎ 」

「……わ〜〜お。妄想癖まであるっすか……」

「永遠にお会いできない訳、ないじゃない!わたくしたちはこれから永遠の愛を誓うのよ!天に召されるその瞬間ときまでーーいいえ、天の国でもずっと離れる事はないのッ!」


 青年は女の形相と突発的な行動に仰天し、避けるように窓際へと跳び退いた。

 すると青年の容姿が淡い月明かりに照らされ、女の目に飛び込んできた。


「あ、貴方……その髪色は……」


 青年の雪のような髪は月明かりを浴びて白金に輝く。その線の細い容姿はどことなく女性的で、女の知る誰かを彷彿とさせた。


「貴方、あの魔女の……⁉︎ やはりあの魔女がわたくしたちの仲を引き裂くのね!許せない!許せないわッ‼︎ 」


 ーヒュッー


 女のヒステリックな叫びも終わらぬ間に、そこにあった筈の青年の姿が掻き消えた。


 女は急に叫ぶのを止めた。女は自己主張を中断せざるを得なかったのだ。

 喉元に突きつけられた刃。その冷たい感触に、女は息を飲んだ。


「……許さないのはコッチっすわ。俺の……俺たちの可愛い妹に何してくれちゃってるんすか?」

「ーーーー⁉︎ 」

「アンタの妄想なんて、マジでどーでもイイんすよ。好きにしてくださいって感じっす。けど、それに俺たちの妹を巻き込んだコトは許せないんすわ」


 青年の声音は決して警戒心を抱かせる類のものではない。しかし確かな殺意がそこにはあった。

 ジクリと痛む首筋に、女は堪らず声を上げた。


「わ、わたくしを殺せば、『北の塔』の結界は消えるわよ!」


 女の強みはこれだった。これが女の余裕の正体であった。


 女がどれほどの罪を犯そうが、どれほどの言葉を浴びせようが、国は己を監禁する事しかできない事を、この女は知っていた。

 女には『北の塔の魔女』として《結界》を張る役目があったからだ。

『塔』の《結界》は北の大帝国エステルよりの進行を防ぐ軍事の要。だがその為に常駐する魔導士の負担は決して軽くはない。またその等級レベルに合った魔導士も、多くはないのだ。

 だから、少なくとも次の魔導士が選抜されて来るまでは、女の身の安全は保障されていたのだ。そして予定では次の魔導士の派遣より早く、エステル帝国が動く手筈であった。


「あぁ。《結界》のコトを言ってるならご心配なく。エステルは攻めては来ないっすよ」

「……え……?」

「国はアンタが考える程、馬鹿じゃねーんすわ。特に王族は……」


「アンタほんとーに公爵令嬢だったんすか?」と問われた女は、口を池の鯉みたいにパカパカと開閉した。そしてある可能性に気づき、驚愕に目を見開いた。


「ま、まさか……」

「そうそう。ココの鍵をくれたのはナイトハルト殿下っすよ?」

「え……殿下が、何故……?」

「あ、殿下からの伝言があるっす。聞きたいっすか?」


『殿下からの伝言』。女が愛して止まないナイトハルト殿下からの伝言。

 どのような内容なのか、女には想像もつかなかった。それは『悪い方に想像がつかない』といった意味でだが。 だから青年から齎される言葉はきっと自分を幸せにするものだ、と確信してしまったのだ。女はどこまでも自分優位な考えしか持てなかった。


 女は青年の問いに小さく頷いた。


「『シルヴィア、貴方に彼女と同じ恐怖を』」


 ーバンッー


 青年の言葉と共に窓が一斉に開いた。カーテンが激しく棚引く。大山から吹き下ろす冷たい風が室内へと舞い込む。


「ーーえ……」


 ービュゥッー


 瞬く間に女ーーシルヴィアは風に包まれていた。室内に舞い込む風に包まれ、身体が外へと放り出される。冷たい夜風がシルヴィアの肌に突き刺さる。


「ぃーーーーーーッ‼︎ 」


 シルヴィアが自分の置かれた状況を把握できた時には既に、自身の身体は地上へと落下を始めていた。悲鳴など出る余裕もなく、湖面へと吸い込まれるように引き寄せられる。そしてついに……


 ーザバァンー


 シルヴィアの身体は湖へと飲み込まれたのだった。


 青年はその音を『塔』の最上階より聞いた。そしてそっとその場を後にした。


 鍵をその場に残して……


お読み頂き、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、本当に嬉しいです!励みになります!


裏舞台7罪と罰をお送りしました。

シルヴィア嬢に対してのナイトハルト殿下のお怒り度が分かります。素敵な王子様なだけに怒らせたら怖いですね。

勿論お兄様もお怒りです。


次話も是非ご覧ください!

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