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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
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不幸の手紙2

 

「まさか『不幸の手紙』全てに返信するとは思わなかったぞ?」


 ユークリウス殿下はアーリアから手渡された『不幸の手紙』の束とアーリアの顔を交互に見ながら呆れた声を出した。

 アーリアは魔術を用いて呪いの含まれた『不幸の手紙』の差出人を突き止め、その全てに返事を書いて送りつけたのだ。

 勿論、その後には差出人の名前を控えた。その上で現物の手紙を全てユークリウス殿下に提出したのだ。


「全く、お前には驚かされる事ばかりだ……!」

「褒めたって何も出ませんよ?」


 アーリアのその返しは予想外だったのだろう。ユークリウス殿下はアーリアの悪戯っ子のような笑顔に瞬き、一拍分黙ってから嬉しそうに笑いを上げた。


「ハハハ!俺は幸せな男だ。このように愛らしい妃など他にはおるまい?」


 ユークリウス殿下はアーリアの手を取ってニヒルな笑みを浮かべた。その魅力的な笑みと言葉にアーリアはドギマギしてしまった。

 どれだけ経ってもアーリアにはこの手のやり取りに慣れない。相手にその気がないのが分かってはいても、魅力的な男性を前にすると胸がときめいてしまうのは仕方がない事だと、無理矢理自分に言い聞かせた。

 恋愛脳にバグが発生しているアーリアでも一応、年頃の女性だったという事だろう。

 

「ま、まだ妃じゃないですっ!」

「ああ、婚約者だったな?」

「仮の婚約者です。仮の」

「まぁ、細かいコトはどうでも良いではないか?」


 ユークリウス殿下はアーリアの手の甲に唇を落とした。

 彫刻のように固まってしまったアーリアを他所に、ユークリウス殿下はヒースに目線を送る。ヒースは二人のやり取りに苦笑しつつ、あるじであるユークリウス殿下の手から『不幸の手紙』を受け取った。


「ですが、これで敵の想定3割ほどは削れましたね?」

「令嬢相手に敵ってどーなのよ?」

「ユリウス殿下に仇を為す者など、全て『敵』です」

「「……」」


 ヒースはアリア姫へ手紙を送りつけてきた貴族令嬢たちをドキッパリ『敵』と言い切った。そのヒースの目は大変冷え冷えとしていて、強い怒気が宿っている。

 そのヒースの表情を見てしまったアーリアとリュゼはドン引きしながら押し黙った。二人はヒースを敵に回してはならない存在だと改めて認識したのだ。そしてこれまでの経験上、そんな相手に楯突くのは無謀だという事も学んでいた。

 アーリアも最近ではリュゼ同様、すっかり『長い物には巻かれろ』精神に染まっていた。『触らぬ神に祟りなし』とも言う。


「だが、もうこれ以上このような手紙は送られては来ないだろう?」

「ええ、そうですね。彼女たちも馬鹿ではありません。いえ、馬鹿ではあるのですが、少しくらいは頭が回るはずです。貴族令嬢の情報網ネットワークもあるでしょうし……」


 アリア姫に差出人不明で『不幸の手紙』を送りつけてきた令嬢たちは、件の『アリア姫』よりお返事の手紙を頂いてしまったのだ。それは正に『アリア姫』よりの圧力、脅迫だ。

『貴女が呪い入り手紙の犯人おくりぬしですよね?全部バレてますよ』と伝えた上で『報復上等』とばかりに挑発したのだ。

 アーリアはそこまで考えて返信した訳ではないのだが、実際にはシスティナ国の王族に手を出し、敵認定されたも同然だ。そう令嬢たちの方は捉えた筈。貴族社会で王族を敵に回すなど、愚行もいいところだ。もしアーリアがこの事件を本国システィナに伝えれば、システィナ国からエステル帝国へと堂々と苦情という名の報復が可能となるのだ。『アリア姫』はユークリウス殿下の婚約者。まだ婚約者止まりであり、婚姻に至っていないのだ。その所属は未だにシスティナ国にあるのだから。


 ユークリウス殿下としては、そこまで行動を起こそうとしていないアーリアに感謝した。ユークリウス殿下はこれ以上システィナ国にエステル帝国の醜態を晒したくないのだ。そうでなくとも貸しを作っている現状なのだ。


「それなら、新たに出る手口は『噂』だろうな?」

「恐らくは……」


 ユークリウス殿下の予想にヒースは難色を示す。貴族令嬢ーーいや、貴族社会でありがちなその手口を想像できてしまうだけ、気持ちがドッと萎えてしまうのだった。


「ユリウス殿下、その『噂』ってどんなものか分かりますか?」

「あぁ。『アリア姫』に対する誹謗中傷だな」

「例えば?」

「例えば⁉︎ ん〜〜そ〜だなぁ……」


 ユークリウス殿下はアーリアに『噂』になりそうな具体例を挙げて教えてくれた。

 ユークリウス殿下から齎されたやけにリアルなその話の数々には、殿下のこれまでの苦労が垣間見れた。ヒースなどは「お労しい」と横で顔を覆っている。

 これまで女子の修羅場を殆ど体験した事のなかったアーリアとしては、予想以上のドロドロした展開にドン引きするよりも、逆に好奇心の方が優った。『よくそこまでの策が思いつくものだな?』と感心してしまったほどに。


「じゃあさ、子猫ちゃん。先手を打ってみるってのはどう?」

「そうだね、リュゼ。主犯格となる敵の存在感が大きいほど小物は身動きが取れなくなるものね?主犯令嬢には簡単に潰れてもらっては困るし。最後まで敵勢力を束ねておいて貰わなきゃならないですし」

「さっすが子猫ちゃん!『姫』も板についてきたんじゃない?」

「いやいやいや!『姫』って本来そういうものでは……」


 そこで思わずヒースがツッコミを入れるが、アーリアとリュゼの勢いは止まらない。

 

「うんうん、それがイイかも!複数の敵を相手にする時は、こちらが有利になるような狩場まで誘い込んだ上での一網打尽!が鉄則ですよね。だってこちらは少数なんですから。何より一人ひとり相手にするのは疲れますよね」


 あながち外れてはいないアーリアの考えに、更なるツッコミを入れ損ねたヒースの顔が引きつる。考えとしては合ってはいるが、それは闘いの戦法としての発想だろう。

 狩りの対象は魔物ではなく貴族令嬢なのだ。

 あえて対象者を明確に示す言い方をしないアーリアに、ヒースは頭痛すら覚えた。アーリアたちシスティナ勢がユークリウス殿下たちエステル勢に言質を取られない為の布石だと分かったらから尚の事だ。


 アーリアに施した『教育』が確実に間違った方向に活かされている。

 何者にも屈する事のない『システィナ国の姫』を作り出すつもりで挑んだ教育の数々。ユークリウス殿下の手足となる『皇太子妃(偽)』となる筈だったのに、結果出来上がったのは悪役令嬢も裸足で逃げ出す『システィナ国の魔女姫』を生み出してしまった。フィーネの鬼教育もアーリアになまじ耐性があった所為で『不屈の精神』まで身につけてしまったようだ。


「貴女たちは何を狩るおつもりですか、何を……!」

「それでこそアーリア様ですわ!ユークリウス殿下に仇為す敵などに容赦は無用!」

「ハハハ!我が花嫁は実にしたたかだ!……まぁ、敵にまわしたくはないが」


 ヒースの苦悩、フィーネの応援、ユークリウス殿下の本音がポロポロこぼれ落ちた。だが三人ともアーリアを止めはしないようで、ユークリウス殿下に至っては自分の敵にならぬなら推奨すると言う念押しをしてきた。

 ユークリウス殿下からの推奨を受けて、アーリアはホッとした。ここがエステル帝国である以上、そしてアーリアの立場がユークリウス殿下の婚約者である以上、当のユークリウス殿下からの許可は必須なのだ。


「ユリウス殿下、『アリア姫』の対抗馬となれるご令嬢を教えて頂く事はできませんか?」


 アーリアはユークリウス殿下に情報提供お願いをした。アーリアはエステル帝国の政治情勢を把握していない。『アリア姫』は未だ敵国の姫なのだ。そんなアーリアに国の情勢など、必要最低限しか教えられる筈がないのだ。

 だが、今回必要な情報は『アリア姫』と対立が予想される貴族令嬢。アーリアの意思とは関係なく、向こうから勝手に仕掛けてくるだろう。そして貴族令嬢は『アリア姫』だけでなく、もれなくユークリウス殿下の敵となるのだ。貴族令嬢の勢力はアーリアにも必要な情報だ。拒否はされないだろうとアーリアは踏んでいた。


「勿論良かろう。ヒース」

「はい」


 ヒースは手元のファイルから一枚の用紙を取り出した。

 彼らはアーリアが言い出すまでもなく、既にそのリストを制作していたのだ。アーリアが言わずとも元々粛清予定だったのかもしれない。


 アーリアは内心苦笑しながらその用紙を受け取った。


 ーどっちが、強かなのかな?ー


 アーリアなどまだまだ可愛らしいものだ。ユークリウス殿下とヒースはこの展開をずっと前から見越して準備していたに違いない。だとすれば今思いついたアーリアに勝ち目などない。


「さっすが、王族だね〜〜怖い怖い」


 リュゼの言葉が全てだった。

 アーリアはまだまだ王族にはなり切れていないのだと、ユークリウス殿下の手腕に脱帽した。


 ※※※※※※※※※※


「なんっですってぇ……!」


 ルスティル公爵家の次女リアナ嬢は自室にて、ある手紙の内容に身体を打ち震えさせていた。

 その公爵令嬢の淑女にあるまじき行為を咎める者など、ここにはいない。

 一人の侍女が背後に控えているが、その侍女も瞑目するに止まり、リアナを咎めることも諌めることもしなかった。


「〜〜あんの蛮族の姫がッ!」


 リアナは手紙を真っ二つに破ると、床へと打ち捨てた。


 リアナは自分の派閥に属するある令嬢より、『アリア姫の不況を買ってしまった為、自分は暫く屋敷にこもり静観する』といった内容の手紙を受け取ったのだ。

 手紙には、差出人不明の『呪いの手紙』をアリア姫に送った筈が、どうやったのかその本人より返事が返って来たのだという。どのように探りを入れられたのか分からないが、アリア姫は同じように差出人不明の手紙を送った令嬢たち全てに返事を返したらしい。その内容は『感謝の手紙』だったようだが、その実、脅迫文だ。

 システィナ国の王族に手を出したお前たちを許さない。いつでも報復できるとでも言いたげなその手紙に、アリア姫からの手紙を受け取った令嬢たちは恐怖したそうだ。


 自分たちは誰に手を出したかを漸く理解したのだ、と。


 だが、そのような事は『呪いの手紙』を送る前から分かっていた事ではないか。ユークリウス殿下の妃となるべくしてシスティナ国より招かれた姫は順当にいけば婚姻し、皇太子殿下の『正妃』となるのだ。

 それ以降に入る妃は全て側妃ーー側室だ。二番手、三番手なのだ。

 だが、成婚していないアリア姫をシスティナ国へ泣き帰らせられれば、正妃の席が待っているではないか。


 いずれの国も皇太子や皇帝陛下となれば後宮に沢山の花々を抱き、咲かせられる存在。

 かのシスティナ国先々代国王など、幾人もの側妃、果ては愛妾を頂いていた。それは大変有名な事実だ。

 当のアリア姫がその前々代国王のご息女なのだというのだ。

 皇太子殿下ーーまして未来の皇帝なれば、その寵愛を競うのは女の世界では当たり前の出来事ではないか。


 ーそれを今更なんだというのか⁉︎ ー


「そうよ……!今更だわ!それを……」


 ギリっと親指を噛む。

 悔しいがこれはリアナにとって予想外の出来事であった。

 父親から調べて貰った情報ではアリア姫はシスティナ国 国王夫妻の養女であり、実父は前々代国王とのこと。養女となる前までは辺境伯の元で過ごしていたという田舎者だ。姫とは名ばかりの。

 だが育ての親というべき辺境伯が曲者であった。彼は魔導士だったのだ。

 調査ではアリア姫自身、魔術も嗜むという情報があったのだ。


 リアナもアリア姫には先の夜会にて顔を合わせた。その時は挨拶程度に留まったが、アリア姫の瞳を見た時は息を飲んだものだ。

 そして夜会の最後にはアリア姫の『魔法』も目にした。 リアナは悔しくも、室内にかかる虹のあまりの美しさに見惚れてしまったのだ。


 あの時ほど屈辱で胸の奥が滾った事を忘れはしない。

 システィナ国の姫の使う魔法に心が感動で打ち震えてしまったなど、エステル帝国の公爵令嬢リアナには認める訳にはいかないのだ。


 それを思い出したリアナはハッと我に返った。


『魔法』も『魔術』も嗜むなど、それはまるで『魔導士』ではないか、と。


 元々、システィナ国は『精霊』を信仰していない多国籍国家。魔導士などという『精霊かみ』を冒涜する野蛮人の国だ。ならばアリア姫ーー『魔導士』などという穢らわしい存在を皇太子妃などにして良い道理はない!


 魔女姫アリア。その名がリアナの中に大きな渦を作る。


「断じて、断じてっ!わたくしは彼女を認めないわ!皇太子妃に最も相応しいのは由緒あるルスティル公爵家の令嬢たるわたくしなのよ!」


 リアナはルスティル公爵夫妻により蝶よ花よと育てられた公爵令嬢。年の離れた姉は数年前、ライザタニア国の貴族と政略結婚を果たした。リアナ本人はユークリウス殿下と年頃も近く、公爵夫妻によりユークリウス殿下の妃となるべくして幼い頃から今日こんにちまで教育を受けてきた。その立ち居振る舞いは令嬢中の令嬢と言われ、社交界でも今、注目の的であった。

 公爵令嬢たるリアナには多くの信奉者もおり、リアナこそユークリウス殿下の妃に相応しいと持ち上げている。

 必然的にリアナもそれが当たり前だと思い込んでいるのだ。


「見てなさい、魔女姫!貴女に相応しい罰を与えてあげるわ!」


 リアナは高笑いを上げながら、足元に転がる手紙の残骸を踏みしめた。


「オーホホホホホ!ああ。貴女の泣き顔が目に浮かびますわ!」


 アリア姫にエステル帝国より退場してもらう為の画策を巡らせながら、リアナは高笑いを続けたのだった。


お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、大変有り難いです!すごく嬉しいです!!


不幸の手紙2、悪役令嬢リアナのご登場です!

彼女の今後の頑張りに要期待です。本人もやる気満々です。


次話も是非ご覧ください!



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