※裏舞台3※カワイイ子には旅をさせろ
「……師匠。いつまでこうしているんすか?」
長閑な日差しが窓から差し込む。
初夏の日差しを受けて、観葉植物の葉が光る。窓から心地よい風が吹き込んだ。
テーブルの上には暖かな紅茶。そのカップを傾けながら香りを楽しんでいる一人の人物。
「焦ったってしょーがないでしょ?」
「まぁ、そーっすけどね。けど、こんなに呑気にしてて、大丈夫っすかね?」
「大丈夫、大丈夫。まさかヤツもこんな所にまだいるなんて、思ってないって!頭の硬いヤツだから」
「俺でも思わないっすわ〜〜」
弟子その1は部屋を見渡した。
そこはかつて黒ローブの男が師匠を襲ってきた屋敷だった。彼はそこに堂々と居座っていた。敵としては盲点だろう。まさか同じ場所に留まるとは。敵の考えの裏を読んだ、というとカッコイイが、ただ単に移動が面倒だったに違いない、と弟子その1は思う。
師匠は優雅な仕草で紅茶を飲みつつ、読みたい本を読んで寛いでいる。
「でも、本当にいいんすか?アーリアのこと、ほっといて」
「いいの、いいの。カワイイ子には旅をさせろって言うだろ?」
「そんな言葉、ありましたっけ?」
「あの子は独り立ちしたのはいいけど、ずっと一人で家に籠ってたでしょ?ココにいた時とあんまり変わらないじゃない。丁度いい機会だったんじゃない?」
「……もう少し穏便な方法の方が、良くなかったっすか?」
「大丈夫、大丈夫。アーリアには『御守り』も渡してあるし」
あー言えばこー言う。
弟子その1は口で師匠の屁理屈に勝てたことなどないので、いつも先に黙ってしまう。
「……でも、本当にいいんすか?」
「ん?何が?」
「……姉貴、マジギレでしたよ」
「え…………」
カチャン、とカップとソーサーが音を立てる
。弟子その1には師匠が心なしか固まっているのが見て取れた。
「……そんなに?」
「マジでマジギレっす。アーリアのことを吐かされた時、テーブルが粉々に吹っ飛びました。これが証拠っす」
弟子その1は師匠の前にあるテーブルの上に、木のカケラー机の破片ーをコトリと置いた。
師匠の顔が完全に引き攣っている。
「アネキはアーリアの事、本っ当に大事にしてますからね……。それこそ目に入れても痛くないかのように……。自分がいない日に限って、あんな事起こったんだから、そりゃキレますわ〜」
「……何で彼女に事の詳細を教えたの⁉︎黙っておいてくれても良かったんじゃない?」
「俺も……我が身はカワイイっす!」
「君、ちょっとくらい庇ってくれるよね⁉︎」
「無理っす‼︎」
誰でも自分の身が一番大事だ。間違ってもキレた猛獣ー違った。キレた姉弟子を相手になどしたくない。普段でも勝てない相手に、なぜ己から向かって行くのか。飢えた獅子の前に仔ウサギを差し出す行為など、自殺願望か?それは、としか思えない。いくら敬愛する師匠の身を守るとはいえ、無謀なことはしない。いや、頼まれてもしたくない。
「因みに、アネキからの伝言があります」
「……な、なんて?」
「『昼頃に話を伺いに参ります。』」
「……昼頃?昼頃って今日のかい?」
「そうっすよ」
「それって、もうすぐしゃないか⁉︎」
「ちなみに自分、これからどーしても外せない用事があるんで、対応、よろしくお願いします!」
「ちょ⁉︎ちょっと、君、逃げるつもり⁉︎」
「やだなーもー。どーしても外せない用事っすよー。では師匠、失礼します!」
慌てて立ち上がる師匠を無視して頭を下げると、サッサと部屋から退散した。
なんせ、自分にはどーしても外せない用事があるのだ。一刻の猶予も無い。この後屋敷からとっとと逃げ……じゃない、とっとと出て、用事に向かわなければならない。
師匠は今頃、大慌てだろう。
逃げるにも心の準備をするにも時間がない。いや、逃げるだけなら《転移》の呪文一発!だが、逃げた後が更に怖い。
聡明な師匠だからこそ、こんな時は逃げれないに違いない。
因みに、俺はもう叱られ済、なのだ。これ以上は勘弁して貰いたい。
そう考えながら、もうすぐ嵐がやって来るだろう屋敷を後にした。
「師匠もちょっとは、心の準備なしで放り出されたアーリアのこと、解ってくれるといいんすがね〜〜」
弟子その1にとってもアーリアはカワイイ妹弟子なのだった。
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師匠と弟子その1のお話第二段です。
このコンビ、私も大好きです。