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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
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邂逅2

 二国間の打ち合わせも終わりに差し掛かった頃、それまでウィリアム殿下の背後に控えていた近衛騎士団 副団長(=近衛副団長)が徐にアーリアへと声をかけてきた。

 近衛副団長とアーリアは初対面ではないが、だからと言って親しい間柄ではない。アーリアは近衛副団長が自分に声をかけてきた事態に動揺し、その驚きを隠せなかった。


「アーリア殿、貴女にこれを預かって参りました」


 近衛副団長は懐から小さな巾着袋を出すと、巾着袋の紐を持ってそれをアーリアの眼前に掲げた。アーリアは見覚えのない巾着袋を目にして訝しんだ。


「えっと、これは……?」

「中身が何であるかは存じません。私はこれをアーリア殿に渡すように命を受けたのみですから」

「近衛副団長、これは誰から託された物なのだ?」


 ウィリアム殿下もこの巾着袋の存在を今まで知らなかったようで、殿下は怪訝そうに近衛副団長に問い質す。すると近衛副団長は渋い顔を更に強張らせた。


「国王陛下からでございます」

「ーー⁉︎」


 ウィリアム殿下も知らされていないとなると、近衛副団長に直接命令を下せる人物は国王陛下くらいしか思いつかない。ここにいる誰もがそのように考えを巡らせたいようであったが、そう思案していたとしても実際にその名が出た時には、皆の心に大きな驚きが齎された。


「ーーと言いましても、陛下も『とあるお方』から託されたようなのです」


 アーリアは近衛副団長の言う『とあるお方』という人物に引っかかりを覚えた。ウィリアム殿下を始め、この場の何人もがアーリアと同じような表情をしている。苦虫を噛み潰したような酸っぱい顔だ。

 アーリアは近衛副団長から紺のベルベット生地の巾着袋を受け取った。外側から触るとゴツゴツした石のような感触があった。

 アーリアは袋の口を開けて中身を取り出した。

 巾着袋の中から出てきたのはコインほどの大きさの美しい宝石だ。


「これは『魔宝具』ですね?」


 親指と中指とに挟んで凡ゆる角度からその魔術の篭った宝石ーー魔宝石とも呼ばれる一種の魔宝具をつぶさに観察したアーリアは、それを机の上にコトリと置いた。するとその魔宝石は独りでにくるくると回転し始めた。

 鮮やかなエメラルドグリーンの魔宝石は机の上で滑らかな円を描くように回ると、中に仕込まれていた魔術方陣が起動し、鮮やかな輝きを放ち始めた。


 机一面に魔術方陣が展開する。


 その様子に驚いた護衛騎士たちが、一斉に己の主君あるじを守らんが為に動いた。だが、そのように警戒する程の事態は起こらなかった。


「これ、《鳥》が仕込まれてますね」

「《鳥》……?」

「通話機能のある魔術です。といっても手紙のように一方通行ですけど……」


 ユークリウス殿下の質問にアーリアは淀みなく答えた。

 《鳥》とは自分の声を相手に届ける魔術だ。しかしこの魔宝石に仕込まれている魔術は、一方的に声を届ける仕様のモノではないようだ。アーリアにはこの魔術方陣に《鳥》のモノよりももっと複雑な術式が織り込まれているように見えたのだ。

 起動し始めた魔宝具《鳥》に皆の視線が釘付けになった。固唾を飲んで見守る中、皆の視線を集めた魔宝具《鳥》から思いがけぬ人物の声が齎されたのだ。


『……あーテステス。私の声は聞こえているかな?』


 そこから聞こえてくる気の抜けたような声は遠方、システィナの南部に位置するラスティの街に居る筈の人物のものだった。


「お師さま⁉︎」


 アーリアの上擦った声に、その場にいた何人かが顔を引きつらせた。リュゼなどは「あちゃー。とうとう来たかー⁉︎」と手で額を押さえて、あからさまな態度を見せた。


『その声はアーリアだね?』

「はい、お師さま」

『アーリア、元気にしているかい?』

「はいっ……!」


 なんとこの魔宝具は双方の声を繋ぐ事のできる、素晴らしい道具だったのだ。

 アーリアは久々に聞く師匠の優しい声音に、自分の置かれた状況をすっ飛ばして感動に耽っていた。涙を目の端に浮かべんばかりに感動しているアーリアだったが、師匠の方はアーリアの無事を一言で確認し終えると、すぐさまその声音を厳しいもへと変えた。


『……そうかい?ーーあ、じゃあ、そこで背筋を正して座って』

「え?ーーあ、ハイ」


 アーリアは師匠の言う通りに大人しく椅子の上に座り直した。すると師匠が息を大きく吸う音が魔宝石から聞こえた直後、アーリアは盛大に怒鳴られていた。

 そこから師匠によるアーリアへの怒涛の叱責ーーお説教が開始された。


『アーリア、このお馬鹿!あれ程、考えてから行動しなさいって言っておいたでしょう?それを何でこーも簡単に自分からワナにハマって行くかな⁉︎』

「す、すみません!」

『それにさぁ。もう少し生身でも動けるようにしないと、魔術だけで対処出来ない事もあるでしょ⁉︎』

「仰る通りです!」

『君が鈍臭いのは私も知っているよ?運動神経が死んでいるのも。でもさぁ、もう少し何とかしようよ⁉︎ リュゼ君が困るでしょーが!』

「すみません〜〜!」

『謝るのは僕にじゃないでしょ?迂闊すぎ、人を信用しすぎ、鈍臭すぎ!そんなおバカな君を守る身にもなりなさい!』


 アーリアはリュゼに頭を深々と下げて謝罪した。リュゼは苦笑して手をパタパタ降ったが、そのリュゼにも叱責があった。


「リュゼ、本当にごめんなさい!ご迷惑をおかけしました!ーーいえ、おかけしていますっ!」

「あ〜〜いや、大丈夫だからさ……」

『アーリア、そうやって簡単に謝って済むコトじゃないからね?……それにリュゼ君、君はアーリアを甘やかし過ぎだからッ!』

「はいはーい……あ、お師匠シショーサン。ココには王族や皇族の皆様もいらっしゃいますし……」


 突如始まったアーリアへのお説教に、周りで聞いているシスティナ勢とエステル勢はすっかり呆気に取られていた。

 それまで被っていた『アリア姫』という仮面が、アーリアから一瞬で剥がれ落ち、『魔女アーリア』に戻ってしまっていたからだ。

 アーリアのお説教だけなら、何もこんなに大勢人の集まる場所でなくても良い筈だ。そう考えたリュゼは師匠へと、アーリア個人に再度連絡を取り合う事を提案しようとした矢先、即、それは叶わないと知った。当人から齎された言葉は意外なものだったからだ。


『そんなコトは分かっているよ?ーーだけど、そんなコトどーして私が気にしなければいけないのかな?』


 師匠の自己中発言に室内はしーんと静まり返った。師匠にはそのような事態は何ら関係がなかったのだ。寧ろ『アーリアと共に自分の説教を受けろ』とすら思っていたのだった。そこに、救いの手ならぬ悪魔の言葉が伝えられる。


「あーー、『漆黒の魔導士』殿、我々の事などお気になさらず。どうぞ、そのままお続けください。国王陛下より許可は得ております」

「「「え⁉︎」」」


 ここへ来て『国王陛下よりの許可』という免罪符をこの魔導士に与えられていた事が、本人に伝えられたのだ。これでこの魔導士が『誰に』『何を』言おうとも問題がなくなってしまったのだ。勿論、身分の差を理由に止める事も出来なくなってしまった訳だ。


『そ?じゃあ続けるよ?』

「ご随意にどうぞ」


 近衛副団長の言葉がアーリアを始め、ウィリアム殿下、ユークリウス殿下、そして近衛騎士たちにも重くのし掛かる。


 これは師匠に与えられた『正当な報酬』であったのだ。


 システィナ国の国王陛下は、この件に於いて師匠には事後報告を行った。全ては国の決定だったからだ。国王からのお願いに対し一国民には拒否権などない。身分と権力を振りかざし、事前に『命令』する事も可能だったが、国王陛下は敢えて『事後報告』としたのだ。その上で国王陛下は『漆黒の魔導士』に助力を願った。


 今回のコレは師匠に対するその対価、報酬の一つ。


 なにより、国王陛下も既に師匠からお小言を食らっていたのだ。臣下とてあるじと同じ目に遭って良いではないか。……とは、国王陛下の言い分である。


『アーリア、システィナとエステルじゃ、気候も精霊も魔力密度も違うんだよ?システィナと同じように考えていたら、痛い目、見るからね?』

「はぃ……」

『君、魔法は修練中だったでしょ?エステルで魔法を使う時はくれぐれも気をつけるんだよ⁉︎』

「はい」

『困った事があっあら、何でもリュゼ君に相談しなさい。一人で考え込んではいけないよ?』

「そう、します」

『あぁ……君には言いたいコトは尽きないよ……。全く困った娘だね……』


 師匠の言葉はアーリアを叱責するものが大半だったが、その言葉の中には暖かな気持ちが沢山込められていた。アーリアを愛し、慈しむ心がそこにはあった。


『ーーじゃあ、最後に。事情は聞いたけど、本当に嫌になったら帝国エステルを滅ぼしてでも帰って来るんだよ?君が犠牲にならなきゃ成り立たない国なんて、放っておいてもそのうち勝手に滅びるさ。それよりも、私には君の生命の方が大切だ。だから、元気で早く戻って来るんだよ?痺れを切らした僕らが迎えに行く前にね……』


 師匠の言葉は大変過激なものだったが、誰も反論はできなかった。特に『君が犠牲にならなきゃ成り立たない国など、そのうち滅びる』という台詞には、ユークリウス殿下とウィリアム殿下の二人は何も言えず、押し黙ってしまった。

 国は『誰か』一人だけの頑張りだけで成り立つ事はない。個人個人、それぞれが確固たる『想い』を持って話し合い、より良い未来を創る為に協力しなければならないのだ。

 当たり前の事だが、それが何より難しい事をこの二人は皇族(王族)として、次期帝位(王位)を継承する者として、強く感じていた。

 硬い表情に押し黙った殿下たちを他所に、アーリアは師匠の言葉に元気よく答えた。それは『この師匠にこの弟子あり』の答えだった。


「はい、お師さま!何ともならなくなったら、魔術でも何でも叩き込みます!必ずリュゼと一緒に帰りますから!」

『よし!』


「「「いや、良くないから。勝手に滅ぼさないでくれっ!」」」


 そう、アーリア以外の者たちの心の声が聞こえた。そう見事にハモった筈だ。その場にいる皆が、師弟の会話に同じような表情をしていたのだから。


 師匠はアーリアへの説教を終えると、リュゼにある指示を出した。


『あーーリュゼ君。アーリアの耳を塞いでくれる?』

「こーすか?」


 リュゼはアーリアの背後からアーリアの両耳に手をかぶせて塞いだ。アーリアはリュゼに耳を塞がれて外部からの音を遮断されてしまった。

 キョトンとするアーリアを他所よそに、師匠の声が魔宝石から滑らかに流れ出す。その声音は先ほどまでとはまるで違い、地を這うように低く、絶対零度の冷たさを持っていた。


『……こんばんは。私はシスティナの魔導士。『漆黒の魔導士』と呼ぶ者もいる。彼女ーーアーリアの保護者だ。私から君たちに一言だけ忠告を。私は彼女が己の責務を全うする事を望む。しかし、私の娘を傷つける事態には容認できない。事の集結を持って、彼女を無傷で僕の元まで返してくれればそれで良い』


 言葉には威圧がこもっており、師匠の声を聞いた騎士たちは強敵との戦闘中のような緊張感を持った。彼の言葉に知らずに冷や汗を額に浮かべる騎士すら存在した。彼らは皆、近衛騎士エリートの一員だというのに。


『皇太子殿下。私の娘をよろしく頼むよ?』


 まさか仮嫁の保護者から直接言葉を頂くとは思っていなかったユークリウス殿下は、その表情を引き締めた。


「ああ、勿論だ。貴殿の娘は私が責任を持って守ろう」


 ユークリウス殿下はこれまで誰に言われずともアーリアを守っていた。そしてそれはこれからも同じであった。


『リュゼ君も、引き続きアーリアをよろしくね?』

「任せといて!」


 リュゼは何時もの笑顔を浮かべ軽く返答し、アーリアの耳から手を外した。


『今夜はこの辺で失礼するよ。アーリア、くれぐれも身体に気をつけて過ごしすんだよ?君の兄さんも姉さんも、待っているからね』

「はい。お師様もお元気で。兄さまと姉さまにもよろしくお伝えください」


 そうして魔宝具は光を身の内に収めてその機能を停止させた。アーリアは残された魔宝具を掴むと、そっと胸に押し抱いた。

 思わぬ邂逅だったが、アーリアには嬉しい出来事だった。師匠に愛されていると実感できた一時ひとときだったのだから。

 アーリアのその様子にユークリウス殿下は頭を撫でた。



※※※



 応接室には再び静寂が訪れた。

 それは嵐の後の静けさだった。


「嵐のような方だったな?……まぁ、『漆黒の魔導士』がご出馬なされば、どちらの国も碌な目には合わぬだろう。そうならぬよう、我々の力で『文化的に』解決しようとしょうではないか?」


 ウィリアム殿下は唇を固く引き締めた。それは強い決意の表れだった。彼の放った『文化的に』という言葉が重く響く。


「正しくその通りだな。我々は我々の手で国を導く」


 ユークリウス殿下の顔は『国を守る者』のそれだ。その紫の瞳には強い意志が込められている。

 ユークリウス殿下とウィリアム殿下はお互いに強く頷き合った。

 それぞれの『願い』も『想い』も全く違う。守るべき『国』も守るべき『人』も違う。だがそれでも彼らは『仲間』と呼べた。いやーー今夜、その絆は生まれたのだ。

「では、俺たちはこれで帰ろう。これ以上ここに長居をするべきではないだろう?」


 ウィリアム殿下はそう言うと、椅子から立ち上がった。それに合わせてシスティナ国の者たちが動き出した。

 システィナの者たちは行きと同様の方法で帰国するそうだ。その方法はやはり魔宝具《転移》であった。この魔宝具を作ることができる魔導士はシスティナでも限られている。それが誰であるかなど明白だった。


 騎士たちは応接室から机と椅子とを端へよせた。そしてそこにウィリアム殿下を中心にして、システィナ国から来た者たちが整列する。最後に近衛副団長がその人々を囲むように赤い宝石ーー魔宝具を配置した。

 暫くすると、その魔宝具が互いに呼応し合う。宝石は輝きを放ち、床に大きな魔術方陣を描いた。


「では、ユリウス。失礼するよ」

「ああ、ウィリアム。気をつけて」


 次の瞬間、魔宝具から放たれた赤い輝きはシスティナ勢を包み込んだ。

 アーリアはその時ジークフリードと目が合った。いや、合わせた。

 ジークフリードはアーリアと目線を合わせると、柔らかな笑みをアーリアへと送った。そして一つだけ頷いた。アーリアもジークフリードに頷きで返し、笑みを浮かべた。


 一時ひとときにも満たぬ邂逅だったが、アーリアにはそれだけで充分だった。ジークフリードからの言葉が今も胸の中にあるのだからと。


 赤い光は応接室全体を包みこんだ。そして瞬きの後にシスティナ勢の姿はそこになく、エステルの者だけがその場に残されていた。


お読み頂きまして、ありがとうございます!

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邂逅2、師匠サマからの有り難いお話でした。

国王陛下すらパシリに使うお師匠サマ。向かうところ敵なしの無双っぷりに、誰も逆らう事はできません。弟子その1がストッパーとなっていない時点で詰みの状態です。でもそれだけ師匠はアーリアを大切に想っているということですね?


次話も是非ご覧ください!

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