邂逅1
打ち合わせは一旦休憩となり、其々は思い思いに談笑していた。しかしその実、談笑と言う名の情報交換だ。
「やっほー!獅子くん、ひっさしぶり〜?元気だった?」
近衛騎士の一員としてウィリアム殿下の護衛を仰せつかったジークフリードは基本、勤務中に私的な会話は禁じられている。だが今は休憩中という事もあり、其々の国の者同士の交流も是とされていた。その為、護衛が任務のジークフリードもリュゼもお互いの状況確認という意味での会話は、寧ろ推奨されたのだ。
だというのに、ジークフリードはリュゼの気の抜けるその声に、条件反射とも取れる苛立ちを感じてしまった。
「お前は相変わらず締まりのない顔をしているな?よくそれで護衛騎士だと言えるものだ」
「え〜〜⁉︎ ちゃんと子猫ちゃんの騎士だよ?どう?似合ってるでしょ?」
リュゼはシスティナ国の騎士服に身を包んでいる。近衛騎士のデザインとほぼ同じだが、色は近衛騎士の白基調とは真逆に黒基調だ。
確かに先ほどまで真面目な顔をして直立不動でアーリアの警護をしていたリュゼは、紛う事なく『護衛騎士』だった。だが、こうしてニヤついた顔で話すリュゼは途端に『胡散臭い騎士』に早変わりしている。
「……そのチャラついた顔には不似合いだろうが?お前は何処にいても変わらんな……!」
ジークフリードは売り言葉に買い言葉といった具合に思わずそう返してしまい、その後すぐに後悔した。リュゼの目は全く笑っていなかったのだ。
「そー思うの?」
「!」
リュゼの雰囲気が突然変貌した。口元の笑顔はそのままその目元は獰猛な肉食獣のように鋭く細まる。まずい事に、ジークフリードはその雰囲気に一瞬飲まれてしまった。
「獅子くんこそ、どーなのさ?」
「どう、とは?俺に変わりはないが……」
「本当に?こんなトコまでノコノコ来ちゃってさ?」
リュゼの言葉には棘を感じさせた。薔薇の棘のように鋭く、手折ろうと触れた者の手を、容赦なく傷つける。そのような棘を。なのにリュゼはあえてその棘を抜こうとはしなかった。
ジークフリードはリュゼから向けられた氷のように冷たい目線とその思わぬ言葉の内容とに、身体を硬直させた。
「だってそーでしょ?獅子くんは何しにココに来たのさ?子猫ちゃんが心配だったの?異国の地でどうやって過ごしてるか気になっちゃったのかなぁ……?ーーあ!それともアレかな⁉︎ 子猫ちゃんが『システィナ国の姫』としてユークリウス殿下の妃になるコトに居ても立っても居られなかったのかなぁ⁇」
「なーー⁉︎」
ジークフリードはリュゼの言葉に目を見開き、息を飲み込んだ。言い返せる隙間など有りはしなかった。
リュゼのジークフリードの内面を見透かしたような言葉の羅列。その全てがジークフリードの身体を荊棘の鎖のように縛り付ける。棘が皮膚に食い込み、そこから血が吹き出るのも構わず強く、強く。
リュゼは自分の言葉で蒼白になったジークフリードの顔色に、内心更に苛立ちを深め、更に追い詰める事を決めた。
「どーしたの、獅子くん。可笑しな顔しちゃって。あっ、そっか、もしかしてズボシだったのかな?」
「そんな、ことは…………」
「何のつもりで来たのか知んないケド、子猫ちゃんの邪魔しないでよね?」
「邪魔など、するつもりはない!」
「そぉ?ならイイけどさぁ〜〜」
ジークフリードは虚勢を張り、殆ど怒鳴るようにリュゼに応酬したが、それも虚しい遠吠えだ。リュゼはジークフリードの牽制に軽く鼻を鳴らした。
ーふん、ザマーミロだー
リュゼはジークフリードの中途半端な想い、態度、行動理念、それら全てが気に入らなかった。
ジークフリードは『アーリアの身の心配を慮って』などと考えているだろう事はお見通しだ。しかもそれはリュゼからすれば体の良い言い訳にしか見えないのだ。ジークフリードが自分の中の気持ちに整理がつけられていない事に、彼がウィリアム殿下の護衛としてエステル帝国にやって来たのを知った時から分かっていた。ーーいや、ジークフリードがエステル帝国に来たこと事態が既に、底の浅さを露呈していると言えた。しかもその事に本人は気づいていない。
己の事しか考えられないどころか己の事も考えられていないジークフリードに対し、リュゼが怒りを抱くのは当然であった。
「子猫ちゃんは自分で自分の『責任』を果たそうとしてる」
リュゼから見るアーリアは、ジークフリードの思っているような人物では決してない。『か弱い少女』ではないのだ。
アーリアは必死で自分で自分の未来を切り開こうとしている。システィナ国に利用されて、エステル帝国に利用されて、皇族や貴族たちに脅されて。それでもユークリウス殿下とウィリアム殿下と共に現状を打破しようと精力的に働いている。そのアーリアのどこを見て『か弱い少女』と言うのか。巫山戯るな!と言ってやりたい。
「理不尽から始まった事だったけど、これはもう自分たちの命を守る為だけじゃないってコト、子猫ちゃんはちゃんと分かっているよ?ーー勿論、僕もね」
リュゼは畳み掛けるようにジークフリードに詰め寄る。その舌にたっぷりの毒を乗せて。
「これは『仕事』だよ。さっき子猫ちゃんも言ってたでしょ?其々が其々の役割を果たして、より良い未来を手繰り寄せようとしてるんだ」
アーリアは先ほどの夜会に於いて、見事に『システィナ国の姫』を演じ切って見せた。そしてこの応接室での打ち合わせでも、アーリアは二人の王族(皇族)相手に臆する事なく、自分の考えを含めた意見を交わしている。民間人でしかない筈のアーリアが二人の次期王の期待に応えてみせている。もうそれは一民間人、一魔導士ではない。立派な『システィナ国の姫』だ。
「で、君はどーなのさ?何の為にココへ来たの?ーーあぁ、ウィリアム殿下の護衛としてだよね。それは分かってるよ?僕が聞いてるのはそれ以外のコト」
ウィリアム殿下の護衛は近衛騎士団 団長ーー総長に命じられた仕事だ。本来ならばウィリアム殿下の警護さえ勤め上げれば良いだけだ。しかしここは他国ーー敵国エステル帝国だ。ウィリアム殿下はユークリウス殿下との調停役として、次期国王として敵地へ危険を押して参られた。その身を守る近衛騎士は護衛の役割だけで連れて来られたのではない。
近衛騎士もまた、敵国の貴族の情勢を知る為の役割を担っていたのだ。
ジークフリードにはそれが果たして理解出来ていたのだろうか。リュゼから見るジークフリードは近衛騎士としては実に頼りなく見えた。
自身が本来騎士ではないので、人の事をとやかく言えた立場にはないのたが、それでもリュゼはヒースやエステル帝国の近衛騎士と比べると、ジークフリードはやはり見劣りするように感じるのだ。
見た目の華やかさの事ではない。
その芯がだ。
ジークフリードはリュゼの言葉に一切の反論を見つけられずにいた。それ程までにリュゼの言葉は辛辣だが実に的を得ていたのだ。ぐうの音も出ない。
「どーやら、答えられないみたいだね?あー残念」
リュゼはジークフリードから背を向けると、軽く手を振った。もう用は無いと言わんばかりに……。
「君の中で未だ『答え』が出ないのなら、邪魔になるからサッサと帰りなよ。今の君は、子猫ちゃんに必要ない。寧ろ悪影響を与えかねないからね〜〜」
自分の存在こそがアーリアに『悪影響を与える』とハッキリ告げられ、ジークフリードは拳を強く握りしめた。
ジークフリードは本来騎士職でもないリュゼにこれ程までに屈辱的な言葉を浴びせられて尚、反論できずにいた。元来から騎士であるジークフリードが、俄か作りの騎士であるリュゼの言い分に白旗を上げざるを得なかった。リュゼから語られる言葉が全てが図星であったからだ。
しかもこの時、ジークフリードはハッと気づかされた。
屈辱感を感じるという事、それは即ち、無意識のうちに自分はリュゼの事を格下扱いしていたのではないかという事実を。
近衛騎士を務める自分の方が、護衛とは名ばかりのリュゼより優位に立っていると思っていたのかもしれない。近衛騎士に戻れた事に胡座をかいていたのかもしれない。他の貴族同様、選民思想から平民であるリュゼを、そしてもしそうだとするならば、アーリアをも知らずのうちに見下していたのかもしれない。
気づいてしまった己の中にある浅ましく悍ましい思想に、ジークフリードの中には絶望感が大波となって押し寄せてくる。無慈悲にーー……
ー俺はこれまで何をしてきた?何もなしてはいないではないか⁉︎ー
自分の気持ちにすら整理をつけられず、全てを魔女アーリアを陥れた王族・貴族の所為にして、『アーリアの心配を誰もしていない』と憤るばかり。何より、自分こそがアーリアの立場もその想いも無視していたというのに。
ーこんな俺が、屈辱感を持つ事などあってはならない!ー
ジークフリードは歯をくいしばるように俯くと、爪が皮膚に食い込む程強く拳を握りしめた。
※※※※※※※※※※
「こっ酷くやられたな?」
「こ、れは……副団長……」
騒めきの満ちる応接室の片隅で押し黙ったまま俯いていたジークフリードに声をかけてきたのは、システィナ国の近衛騎士団 副団長だった。今回の警護の責任者でもある彼は、部下の一人とアーリアの護衛とのやり取りをつぶさに見ていたのだ。
彼もまた近衛騎士団長と同じく、ジークフリードを気にかけている一人であった。
「あれはアーリア殿の護衛だな?」
「はい。リュゼと申す者です」
「騎士上がりではないと聞いたが、なかなかどうして。野に放っておくには勿体ない逸材だな」
近衛騎士団副団長(=近衛副団長)は口元に笑みを浮かべて、顎を撫でた。その目線はジークフリードの元から去って行ったリュゼを追いかけている。そのリュゼはユークリウス殿下の護衛騎士と何やら話しているようだ。
「彼は確か、アルヴァンド宰相殿が独断でお決めになった専属護衛だったな?」
「はい。そのようです」
「宰相は実に良い拾い物をなさったようだ」
近衛副団長がリュゼを褒める度、ジークフリードの胸はヂクヂク傷んだ。
アルヴァンド宰相とはジークフリードの父、アルヴァンド公爵ルイスだ。彼はシスティナ国王の覚えもめでたく、誰からも能吏と呼ばれる国王の忠臣。
リュゼはアルヴァンド宰相閣下自ら引き抜き、アーリアの護衛を任せた。アルヴァンド宰相閣下には、リュゼに対する信頼がそれ程あったのだ。
そんなアルヴァンド宰相閣下は、リュゼと個人的に親しく『友』と呼んでいる事を、ジークフリードは知っていた。それをジークフリードは『何故?』と思った事は一度や二度ではない。
だが、リュゼを信頼しないという事は、己の父の能力を信頼していないという事と同意なのだ、と気づかされた。それこそ自分の底が見えるというもの。
「彼は立派にアーリア殿の『騎士』だな。ジーク、お前を牽制する事でアーリア殿から遠ざけようとしている」
「それは……?」
「アーリア殿に望郷の念を思い起こさせない為。アーリア殿に仕事に専念させる為。アーリア殿を後悔させない為……。全てがアーリア殿の為さ」
「!」
「それは全て主を想うが故だ。正しく『守る』為だろう?」
「騎士団の中にも、ここまで考えて行動できる者はなかなかいない」そう言い切る近衛副団長の言葉に、ジークフリードの心は雷が落ちたかのように打ち震えた。
リュゼは『守る』の意味を理解し、そして実行に移している。
アーリアと旅をしていたジークフリードは、彼女に『何者からもら守る』という誓いを立てていた。あの時からその想いに一片の変わりはない。
だが、あの当時自分はその言葉の通り、彼女を何者からも守れていたのだろうか。あれは自己満足の誓いだったのではないだろうか。ジークフリードの心には過ぎ去った過去が浮かんでは消える。
「彼とお前とは元々仲が良いんだろう?それなのに彼はお前にワザワザ忠告してきた。嫌味というスパイスをたっぷり入れてな」
リュゼはジークフリードを嫌ってなどいない。寧ろ好いてくれているのだろう。でなければこんなにも情けない『騎士もどき』に、ワザワザ忠告しに来たりなどしない。リュゼはジークフリードに嫌われる覚悟を持って、あんな事を言ったのだ。
ジークフリードは唇を噛みしめていた力を緩めた。知らず知らずに俯いていた頭をゆっくりと持ち上げると、視界の先にアーリアと話すリュゼの姿が目に入った。どうやらリュゼがアーリアに何か冗談でも言ったのだろう。アーリアはリュゼの言葉に楽しそうに笑っていた。
「……正直、彼を侮っていました。あんなチャラチャラしたヤツにアーリアが守れるのかって。だけど、実際は俺の方が分かってなかった……!」
エステル帝国にいるアーリアにはリュゼしか『味方』がいない。
アーリアがエステル帝国に来ることになった経緯からも、ここまでの過程には大変な苦労があった事が分かる。その間アーリアはどのような想いで命を繋いできたのか。リュゼはアーリアをどのように守ってきたのか。想像に硬くない。
だが、リュゼのあの姿は既に『護衛騎士』そのものだった。彼がアーリアの為にどうあるべきか選んだ結果が『今』なのだ。
「それが分かったんだ。今回の遠征も無駄ではないさ。まぁ、授業料は高くついたがな!」
笑いながら近衛副団長はジークフリードの肩を軽く叩いた。ジークフリードはそれに苦笑を持って返した。
それだけ近衛騎士団長も、そして近衛副団長もジークフリードに期待を寄せてくれているという事で、ジークフリードはそれが分からぬ程愚かではなかった。
彼らの期待に応えられる『真の騎士』とならねばならない。胸に熱い想いが灯るのがジークフリードには分かった。
ー彼らの『友』でありたいのならば……!ー
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邂逅1をお送りしました!
リュゼはジークを嫌ってはいません。寧ろ好きです。単純に腑抜けたジークに苛立ちを覚えたのではないでしょうか?
恋のライバル(笑)としてはジャマだと思っていそうですが……
次話も是非ご覧ください!