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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
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擦り合わせは重要です

 夜会終了後、皇太子宮にはシスティナ国からの客人を招いていた。


 システィナ国からの客人とは、言わずもがなウィリアム王太子殿下御一行様方だ。

 ウィリアム殿下を始め騎士や従者は勿論、今作戦の為にシスティナ国より連れて来られた貴族たちもそこには含まれている。ウィリアム殿下の協力者のみで構成されたメンバーで、全てが夜会の為に望まれ仕組まれた者たちであった。


 ウィリアム殿下の表の目的はユークリウス殿下の元へ輿入れ予定の妹姫、アリアの家族としての夜会参加だ。

 流石に国王陛下をお連れする訳にはいかなかったが、それでも次期国王である王太子ウィリアム殿下が来賓として夜会に臨まれた事には、エステル帝国の殆どの貴族ものたちには驚愕であったに違いない。


 それこそウィリアム殿下とユークリウス殿下の『ねらい』の一つであったのだ。


 養女とはいえシスティナ国 国王夫妻の娘をエステル帝国に嫁がせる事は、システィナ国にとってどれ程、力を入れている事項なのか。システィナ国はそれを示す絶好の機会チャンスであった。

 また『アリア姫』が本当に姫なのかを疑う貴族にとっても、このパフォーマンスは絶大なる威力を放った。

 ユークリウス殿下の戯言としてだけならば、いくらでも処理できた『アリア姫』の存在であったが、システィナ国が出て来た事で『アリア姫』の存在はーーいや、ユークリウス殿下が『アリア姫を見初めて皇太子妃に望んだ』という話は『真実』になってしまった。これでは不信感を持っていた貴族たちも、いくらユークリウス殿下の嘘八百だと分かってはいても、迂闊に踏み込んではならぬ話題となってしまったのだ。


 目的はこれだけには留まらない。

 それは『誘導』だ。


『システィナ国の北の魔女が病に伏した』という噂話を意図的に流すこと。これはエステル帝国を迂闊にシスティナ国へ仕掛けさせない為の布石だ。

『北の塔』の魔女シルヴィアが独自にエステル帝国の貴族と繋がりを持ち、『東の塔』の魔女をエステル帝国へ引き渡したーー若しくは殺害しようとした事は事実なのだ。

 この事実を知る者はエステル帝国にも存在する。

 ユークリウス殿下の機転により計画は失敗に終わったが、『北の塔』の防衛ラインが一時的に弱体化する事は、いずれ気づかれる事項なのだ。それならば先に『システィナ(こちら)からバラしてしまおう』という算段であった。


 システィナ国の者から『真実味のある噂』として差し出されたエステル帝国の貴族ものたちは、システィナ国の防衛面に疑惑の目を持つだろう。その噂が本当なのか嘘なのかに関わらず『真実』を知りたがる筈だ。

 当然、本国システィナにも探りの手が伸びる筈だ。そこを待ち受けて一網打尽にするというのが、システィナ国上層部の意図であった。

 この罠に上手くハマってくれれば、システィナ国の『誰』がエステル帝国と繋がりを持っているのかが明白となるだろう。

 未だ実行犯である『北の塔』の魔女シルヴィア以外、未だにエステル帝国と繋がりを持つ者の炙り出しが出来ていないシスティナ国としては、今作戦は『肉を切らせて骨を断つ』という苦肉の策でもあった。


 更に『エステル帝国の竜族の異変』についての『噂』も、『北の塔』の《結界》弱体化に真実味を帯びせる偽情報フェイクニュースだった。噂に真実をひと匙、香辛料スパイスとして加えるだけで、より真実味が増した事だろう。

 アーリア個人の思惑でいけば、ついでにブライス宰相をビビらせる事ができたので、十分な役割を果たしたと言える。先日の突然の訪問ように、安易に近づいて来られるのを避けたかったのだ。


 応接室にはウィリアム殿下と護衛の近衛騎士たち、ユークリウス殿下と護衛騎士ヒースとその部下たち、そしてアーリアとリュゼが集まっていた。

 その他システィナ国から来た貴族やその護衛たちはユークリウス殿下が信頼を寄せる貴族たちとの共に、隣室にて意見交換と綿密な擦り合わせの最中だ。


「アーリア殿、貴女が無事で本当に良かった」

「ウィリアム殿下……」


 ウィリアム殿下はそう言うとアーリアの手を握った。アーリアはその大きな手からウィリアム殿下の暖かな温もりを感じられた。


「ナイトハルトも貴女の事を随分心配していた」


 アーリアとナイトハルト殿下とは『北の塔』で別れて以来だ。しかも二人は通常の別れ方をしていなかった。

 優しいナイトハルト殿下の事だ。アーリアが塔から突き落とされ、行方知れずになって以降、さぞ心配させてしまっただろう。そう思うとアーリアの胸はキュッと締め付けられた。


「ナイトハルト殿下には、ご心配をおかけしました」

「……そもそも、我らがいけなかったのだ。本来ならアーリア殿は『北の塔』へなど行く必要などなかったのだから。それも全て、私の傲慢な考えが招いた結果なのだ。すまなかった」


 ウィリアム殿下はアーリアへと頭を下げた。

 アーリアにはウィリアム殿下に対して怒鳴る権利がある。どんな風にアーリアが怒っても、どんな言葉を投げかけられても、ウィリアム殿下はその全てを受け入れるつもりであった。

 ウィリアム殿下は王城にてアーリアに対し言ってしまった数々の暴言を、あの後、十分反省していたのだ。システィナ国の防衛方法は次期国王であるウィリアム殿下こそが、よく考えねばならぬ重要事項だったのだから。それを一人の魔導士に押し付けて良い筈がなかった。

 助けが必要ならば、そのようにアーリアに頼めば良かったのだ。それならばアーリアは拒まなかっただろう。そう思うと自分がどれだけ悪手を出したのかが理解できた。


 アーリアはウィリアム殿下の大きな手をそっと両手で包み込んだ。


「もう、気になさらないでください」


 確かに胸にはまだ燻る思いが残っている。だがアーリアはもう過ぎたことだと割り切ってもいた。過去には戻る事は出来ないし、変えられないのだから。ならば、そんな事を悩むよりも現状を打破する方に時間をかける事の方が有益だ。


「そうか……」

「はい。ウィリアム殿下も過去の為ではなく、未来の為にエステルへ来られたのでしょう?それなら『お仕事』の話をしましょう」


 そう笑顔を浮かべたアーリア。その意外な返答にウィリアム殿下は口を閉じた。そして一つ嘆息した。まさかアーリアから先に言われるとは思わなかったのだ。


「ーーそうだな。我らは今、共に自国の未来の為に行動しているのだ。謝罪も感謝も全てが終わってからにしよう」


 ウィリアム殿下はその真面目な表情の中にも漸く小さな笑みを見せた。その笑みにアーリアも頷き返した。


「ーーでは、ここからは情報交換の場だ!」


 ウィリアム殿下の頷きにユークリウス殿下は場を仕切り直した。

 ユークリウス殿下に促されてウィリアム殿下とユークリウス殿下は向かいわせに席に着いた。アーリアはユークリウス殿下にエスコートされて、彼の隣に腰を下ろした。


「先ほどの夜会の事だが、二人はどうであった?」

「俺たちは上手く『噂』を広められた、と思う。食いつきも上々だった。システィナの者たちは?」


 ユークリウス殿下はアーリアと共に夜会参加者に挨拶回りをすると共に『噂』を共有させた。まずユークリウス殿下の配下の者に『噂』をばら撒かせ、それにユークリウス殿下も乗ったのだ。そして『噂』を拡散した。


「ああ。ユリウスたちから『噂』を聞いたエステルの貴族の何名かが、システィナの貴族たちに探りをかけて来たようだった」

「ほう?バカがいたようだな……」


 ユークリウス殿下は鬱蒼と口元に笑みを浮かべた。その笑みはとても『皇子』と呼べるものではない。だがウィリアム殿下はユークリウス殿下がこのような表情をする事を知っているのだろう。気に留める事なく話を続けた。


「その者たちにはまた別の噂を流し、誘導しておいた。その内、そちらに伺いを立ててくる者や行動に移す者もいるだろう」

「了解した。こちらも動きそうな輩が出れば直ぐに連絡を入れる。悪いがシスティナで対処してくれ」

「うむ、それは分かっている。此方も黒幕までの糸を手繰り寄せねばならない。無闇に糸を切る真似はしないさ」


 エステル帝国とシスティナ国の貴族の中に、自己の利益の為だけに裏で手を結び、戦争を引き起こそうとする者がいる。しかも軍事国家ライザタニアまでも引き込んで。


 戦争は金になるのだ。


 自国民の命よりも金と名声、権力を優先する者は、どこにでも少なからず存在する。

 ユークリウス殿下とウィリアム殿下の『噂』を使った誘導は、全てはその者たちを炙り出す為の策略であった。


「ーーああ。その者たちの中に、青き竜について聞いてくる者が何人かいたのだが……」

「それはアーリアの策だ。確かに俺も青き竜を槍玉に挙げて、『北の塔』の防御力が弱体化した事を強調するのは良い案だと思いはしたが……」


 ユークリウス殿下はアーリアをチラリと見た。ウィリアム殿下も同じようにアーリアに視線に向けた。


「アーリア殿、あの『噂』には他に意味があるのか?」

「はい。あっ、竜の脅威は本当ですよ?別に話を盛ったつもりはありません」

「そうなのか……⁉︎ 」

「ええ。システィナで青き竜を狩りましたが、あれは異常でした。そしてこの国の精霊濃度も……」


 エステル帝国は『精霊』を神と崇めている。精霊の化身ーー妖精に値する竜を殺める事のできる者は、エステル国民にはいない。それが自分の身に危険が迫ろうとも、殺害には躊躇するのだそうだ。

 だが本当に自分の身に、命に関わる出来事が起これば、そうも言っていられないだろう。

 確かにシスティナ国の北の国境、その防衛力の低下と聞けば、エステル帝国の軍事方面から見ても重要な事柄だろう。

 しかし、エステル帝国の騎士は『飛竜』を駆る。凶暴化が青き竜に限定したものだと断定()()()()()()、不安は倍増するだろう。

 遠くの危機よりも近くの危機。システィナ国との国境の事よりも、身近な『飛竜』の方が重要度が高くなるのは必然。青竜も飛竜も同じ『竜族』と捉えるなら、そちらの調査の方が先に行われて然るべきなのだ。

 身近な『飛竜』の存在の方に重きを置くのは必然だ。当然、政治のベクトルもそちらに傾く。


「精霊濃度とは……?」

「ウィリアム殿下は魔法をお使いになりますか?」

「いや、あまり。寧ろ精霊もボンヤリとしか見えぬ」

「それならお分かりにならないかも知れませんが、この国の精霊濃度は異常に高いです」

「そう、なのか……?」


 ウィリアム殿下がユークリウス殿下に問えば、ユークリウス殿下は両手を広げて微妙な回答をした。直接的な回答を控えた、という事でもある。

 いくら友人だとはいえ、ユークリウス殿下がウィリアム殿下に自国の事をペラペラ話す訳にはいかない。


「ーーらしいな。アーリアにはそう見えるようだ」

「それで『竜の凶暴化は精霊濃度が関係あるのではないか』と考えました」


 アーリアはシスティナ国の大峡谷で行われた『青き竜』の討伐について思い出していた。そしてその後師匠と交わした会話についても。


「……この国の騎士が竜を駆ると聞いて驚きました」

「俺はお前が知らなかった事に驚いたがな……」

「うっ……すみません。……それでですね、青き竜も飛竜も同じ『竜族』と捉えるなら用心することに越した事はないですよね?」

「そうだな。……いや、待て。アーリア、お前はエステルのバカたちにシスティナに手出しさせない為に、あの話題を出したのか……?」


 エステル帝国が竜の調査に着手している間は、システィナ国に手出しなど出来はしない。システィナ国はその間に『北の塔』を含む北の国境の防衛ラインを固めれば良いのだ。

 ユークリウス殿下が突然身体を浮かせてアーリアに迫った。それほどにアーリアのしでかした事に驚いたのだ。

 しかしアーリアは馬鹿正直に答えはしなかった。


「何のことですか?」


 アーリアはにっこりと笑って、明確な答えをはぐらかした。ユークリウス殿下から『時には黙っている事を大事だ』と言われた事を実践したのだ。

 ユークリウス殿下はアーリアの満面の笑みに内心、舌を巻いた。

 アーリアは確実に成長している。しかもズル賢い方へ。だがそのズル賢さはココでは大切な能力スキルだ。


「アーリア殿は随分、逞しくなられたな……?」


 どうやら同じことをウィリアム殿下も思ったようで、やや引きつったように掠れた声を出した。


「そうだな……。もうただの平民魔導士などとは言えぬぞ、アーリア?」

「お褒め頂き、ありがとうございます」


「恐ろしい姫を妃に迎えてしまったようだ」と呟いたユークリウス殿下にウィリアム殿下も苦笑するしかなかった。

 だがこのアーリアの成長は喜ばしい限りだった。ユークリウス殿下の求めた『妃』とは、真綿に包んで守らねばならない女性ではなく、自らが囮となって情報を掴んでくる事のできる女性なのだから。


「私の妹を頼むよ、ユリウス」

「分かっているさ。彼女は私の愛しい姫でもあるのだから……」


 ウィリアム殿下が未来の義弟おとうとユークリウス殿下に、自分の可愛い妹を託した。ユークリウス殿下もそれに笑顔で応え、二人は握手を交わした。アーリアがどれほど優秀な魔導士であろうと、彼女は非力な女性でしかない事を二人は正確に理解していたのだ。


『自分の身は自分で守れ』というのは最終手段た。そのような危機に直面する前に、男であり、婚約者であり、未来の旦那である自分がアーリアを守らねばならない。それが彼女を保護した者のーー自分の務めでもある。

 そのような想いをユークリウス殿下は心に秘めていた。





お読み頂き、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価等、ありがとうございます!大変嬉しいです‼︎


夜会終了後の擦り合わせでした。

ウィリアム殿下とユリウス殿下は其々が己の国の為に行動しています。共謀です。

二人は友であっても直接会う事は憚られるので、仕事であっても久々に会えた事には嬉しく思っています。良き悪友です。


次話も是非ご覧ください!



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