表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
114/491

夜会2

 

「ジーク……」


 ウィリアム殿下の護衛騎士の中に見知った顔を見つけてしまったアーリアは、驚きのあまりその名を呟いていた。


 チリッと疼く《契約》の印に、アーリアは手首をギュッと握った。


 ジークフリードはアーリアからの視線を受けて、一瞬だけアーリアの方へ目線を寄越した。その瞬間、アーリアの心臓は飛び跳ねるほど動いた。口から心臓が飛び出るとは聞くがこれがそのような現象か、とアーリアはある意味冷静に考えてしまった。


 意識を現実に引き戻したのはアーリアの護衛騎士リュゼだった。リュゼはアーリアの背をトントンと叩くとその指でユークリウス殿下を指した。

 アーリアはリュゼからの指摘で『アーリア』へと戻りかけていた顔を『アリア姫』へと戻した。


 ユークリウス殿下はアーリアの手を引いてウィリアム殿下に差し出した。


「アリア。エステルでの暮らしは少しは慣れたかい?」

「はい、兄様。ユークリウス殿下に良くして頂き、快適に過ごしております」

「そうか、それならば良かった。システィナでは国王陛下(父上)を始め、『皆』も心配していたのだよ?他国の環境に慣れるまでは、辛い事もあるだろうと」

「皆さまに感謝を。私は元気にやっておりますとお伝えください」


 暈した話し方だが、この場では精一杯の言葉だった。会話の間中、ウィリアム殿下はアーリアの手を握り、その肩にもう片方の手を添えていた。そこからアーリアを本当に心配しているのだという気持ちが伝わってきた。


「積もる話もあるだろう?少しだけ時間を取ろうか?」

「いや大丈夫だ、ユリウス。君の気遣いに感謝を」

「アリア姫は……?」

「はい。私も大丈夫ですわ、殿下」


 ユークリウス殿下はアーリアとウィリアム殿下の言葉に苦笑した。そしてウィリアム殿下はアーリアをそっとユークリウス殿下へと返した。


「そうだったな……。君たちはこれから『やらねばならぬ事』があったな?」


 ウィリアム殿下の言葉にユークリウス殿下はーーアーリアも笑顔で頷いた。



 去りゆく姿を見送りながら、ウィリアム殿下はある騎士に目線を向けた。

 その騎士は忠実なるシスティナの近衛騎士だ。今もウィリアム殿下の周囲に厳しい目線を送って警戒している。

 しかし、幼い頃からの付き合いのあるウィリアム殿下には、その騎士がここへ来て普段の様子と少し違う事に気付いていた。ウィリアム殿下にはその騎士が『心ここに在らず』な雰囲気に見えていたのだ。


「……飼い主に置いていかれた犬のような顔だな?ジーク」

「ーー⁉︎ そ、そのような事は……」

「何を慌てている?彼女の元気そうな顔が見れて良かったではないか?」

「はい……」


 ジークフリードはアーリアが人混みの中に消えていく姿を見送りながら、心の中で小さな小さな溜息を吐いた。


 今宵のアーリアはジークフリードの知る『アーリア』ではなかった。

 肩と背の空いた白を基調としたドレスには紫と銀の糸で刺繍が施されたエステル帝国調のもの。アーリアの透けるような白い肌と金の髪、そして虹色に輝く瞳をより際立たせていた。

 ほんのり薄化粧を施されたアーリアの唇は、まるで朝露に濡れた薔薇のように瑞々しくふくよかであった。

 また一挙一動に気品さが醸し出され、とても突貫工事の末の動きとは思われなかった。ウィリアム殿下に対して優雅に腰を折って見せた作法には、眼を見張るものがあった程だ。


 ユークリウス殿下の側に居るのは正しく『アリア姫』であったのだ。


 たった一ヶ月程で身につけたそれらに、ジークフリードは勿論、ウィリアム殿下も内心驚いていたのだ。そしてアーリアがそれらを身につけた過程に思いを馳せた。

 生粋の貴族であっても、『貴族であろう』とする事には多大なる努力が必要なのだ。まして王族ならば、産まれた時より常に『王族たれ』と教育を施される。

 何方も産まれた時よりの教育であるので、ウィリアム殿下は特別意識をしたことはないが、それでも息を吐きたい時があるのだ。

 それを民間人でしかないアーリアがどのように身につけたかと思うと、胸が締め付けられる気分だった。

 相当辛い日々であったであろう、と。


 だがアーリアはジークフリードが思うほど『か弱い少女』ではなかったようだ。


 ユークリウス殿下と共に、この夜会で何かを掴むつもりでいるようだった。

 ウィリアム殿下に『やらねばならぬ事があったのだな?』と声をかけられた時の二人の表情からは、強い『決意』が滲み出ていたのだ。


 ユークリウス殿下も、仮の妃のアーリアにも、この機会を逃す気はないのだと知れた。


 ーここは彼らの戦場なのだー


 そう、ジークフリードには思わされた。


 アーリアは自ら課せられた責任を、キチンと果たそうとしているのだと。


「お前も少しは話したかっただろう?」

「いえ。私はウィリアム殿下の護衛ですので」


 ジークフリードは護衛騎士という立場だ。その立場を放棄するような真似はできない。


 騎士の任務は主の護衛。その身を何者からも害されないように『守る』事が仕事だ。害は身体的なモノだけではない。心無い視線や言葉からも身を呈して『守る』事が求められる。その為、常に目を光らせなければならないのだ。

 護衛騎士はその役目を任務中、忘れてはならない。親しい相手が近くに居ようとも、気軽に話しかけてはいけないのだ。また主を差し置いて言葉を発する事があってもならない。

 騎士とは常に主の為だけの存在なのだから。


 真面目な回答を寄越したジークフリードに、ウィリアム殿下は「後で時間を作ってやる。そんな顔したヤツをこのまま放置できぬ」と嘆息したのであった。

 言われたジークフリードは真面目な表情を崩さない事に努力を擁した。幼馴染とも呼べるウィリアム殿下には、自分の内面などお見通しなのだと知って。


 勿論そのやり取りに於いて、ウィリアム殿下の隣に立つ近衛騎士団副団長からは生暖かい目で見られたのは言うまでもない。



 ※※※※※※※※※※



『……あちらがユークリウス殿下の……』

『……システィナの姫らしいわ……』

『……システィナ⁉︎ よりにもよってあの国の……』

『……殿下はこの国をどうなさりたいのか……』

『……あの瞳、ご覧になって……?』

『……精霊があのように沢山……』


 会場となった大広間には、様々な声が飛び交っていた。その話題の中心はやはり『ユークリウス殿下がシスティナ国より迎えたアリア姫』であった。その噂には勿論、誹謗中傷も含まれていた。


 アーリアはユークリウス殿下に連れられて、大貴族を中心に挨拶に廻った。いやそれよりも逆に、向こうの方から次々と現れたと言った方が正しい。

 ユークリウス殿下とアリア姫はこの夜会の主役なのだ。次期皇帝となる予定の皇太子とその妃ならば、縁を繋いでおきたいと思う者は少なくない。それにどんな思惑があろうとも。

 その思惑を嗅ぎ分けるのは、ユークリウス殿下の役目であった。会話からその人柄を吟味し、その者が自分の役に立つ立たないを見極めること。それもまた皇太子としての役割に付随した醍醐味のようなものだと、ウィリアム殿下はそのように捉えていた。


 アーリアの前にも名も知らぬ貴族たちが挨拶に訪れた。まずユークリウス殿下はアーリアにその者の名の紹介をする。すると声をかけられた貴族の方から名と家名、そして略歴を自分から紹介するのだ。ユークリウス殿下とどのような付き合いがあるのかをプラスして。

 アーリアはそれに笑顔で対応し労いの言葉をかける。その後、その者から発せられる言葉と周囲の騒めきとに耳を澄ませるのだ。


 ユークリウス殿下はどの人物にも同じく『ある話題』を提示した。その提示された話題にどのような反応を見せるかを観察するのだ。そしてアーリアはその者の態度に怪しさを感じた場合、ユークリウス殿下の服の袖を二度引っ張るのだ。するとユークリウス殿下はその者の名を覚えておく。これが一連の流れだった。

 アーリアのカンなどあってないようなモノだとユークリウス殿下は話したのだが、ユークリウス殿下は事前情報のない者の方が相手の本質に気づき易いだろうと言った。先入観がない者の方が良いとも。

 アーリアには精霊の声が聞こえる。精霊は良くも悪くも正直だ。そもそも人間の善悪に囚われない。そんな精霊たちの言葉も、アーリアにとって都合のいい判断材料だった。


 そんな貴族たちの相手も中盤に差し掛かった頃、ユークリウス殿下はアーリアの耳元で小さく囁いた。


「疲れただろう?休ませてやれずにすまないな」

「平気です、ユリウス殿下」

「そうか……。システィナからの客人たちとも話したい事があっただろう?」

「いえ……」

「すまないが、もう暫く付き合ってくれ。ここからが勝負だ」

「はい」


 ユークリウス殿下の気合いにアーリアも答えた。アーリアのユークリウス殿下の手を握る力が、知らず知らずの内に強まる。アーリアの緊張感と決意を受け取ったユークリウス殿下は、アーリアの手をやんわりと握り返した。


 その時、ユークリウス殿下はある人物が自分たちの方に狙いを定めて歩み寄ってくるのを目に溜めた。


「ーーイグニス公爵だ。彼はブライス宰相の側近の一人だ」


 ユークリウス殿下からの耳打ちにアーリアは頷きで返した。


「これはこれは、ユークリウス殿下!今宵は美しい花を連れていらっしゃいますな?」

「イグニス公爵、貴殿の夜会への参加に感謝を。こちらは我が婚約者、システィナ国のアリア姫だ」

「初めてお目に掛かります、イグニス公爵様。アリアと申します」


 ユークリウス殿下に紹介されたアーリアは、今夜、幾度としてきた礼儀作法(テンプレート)を持って返した。


「アリア姫、お目にかかれて嬉しく思いますぞ」


 アーリアの挨拶にイグニス公爵は手の甲への口づけで答えた。アーリアはイグニス公爵へ笑顔を持って返礼する。


「ユークリウス殿下がこのように女性を伴って夜会に参加されるなど、儂たちにとっては驚きでしかござらぬよ」

「私とて一人の男だぞ?イグニス公爵」

「ハッハッハッ!殿下はこれまでどれほどの女性を袖に振ってきたことか……。今まで我々の準備した釣書になど、目もくれなかったではござらぬか?」

「そう言うな。私は彼女に会う為に心を空にして待っていたのだ」

「言いますなぁ、殿下。しかし皇太子ともなれば、花が一輪では寂しくござらぬか?……どうですかな?殿下の苑を色とりどりの花で埋めてみては?」


 ユークリウス殿下はイグニス公爵の含みを持たせた言葉に対して、スッと目を細めた。ユークリウス殿下は口元に笑みは浮かべているが、その目元は決して笑ってはいなかった。


 イグニス公爵はユークリウス殿下に側室を勧めてきたのだ。未だアリア姫との婚姻も果たされていないというのに。

 しかも皇太子の後宮に入れようとしている側室候補たちは全員、自分の息のかかった令嬢たちだろう。実に無粋な考えだ。

 ユークリウス殿下がイグニス公爵へどう返してやろうかと思案した時、別の方向からもう一人、このやり取りに参入してくる貴族がいた。


「ユークリウス殿下、今宵は婚約者を連れられてのご参加ですな?」

「ーーああ、ブライス宰相殿か。貴殿の夜会への参加に感謝を」


 ブライス宰相の乱入にイグニス公爵は意を返すことはなかった。

 ブライス宰相はイグニス公爵を一瞥するとユークリウス殿下と挨拶を交わし、アーリアへと向き直った。


「アリア様。今宵も大変、美しゅうございますな?お身体の方はもうよろしいので……?」


 ブライス宰相はアーリアの手を取ると甲に唇を落とした。その動作はとても紳士的で、アーリアは感謝の意をお辞儀で返した。


「先日はお見舞いにお越しくださり、ありがとうございました。もうすっかり良くなりましたわ」

「それは良うございました」

「ブライス宰相様より頂きましたお花は、私の目を何日も楽しませてくれました」

「そうですか。喜んで頂けて宜しゅうございました。……ところで」


 ブライス宰相はチラリとユークリウス殿下の顔を伺う。ユークリウス殿下は正しくブライス宰相の言わんとする事柄を把握した。アーリアにも珍しくブライス宰相の目線の意味を察する事ができた。


「ーーブライス宰相!」

「あ……はい。ユークリウス殿下からもお花を頂きました。赤い薔薇の花束を」

「そうでございましたか!いやはや、なんとも仲睦まじい」


 ブライス宰相の含みある言葉に、ユークリウス殿下はややイライラした様子を見せた。アーリアは二人のやり取りに苦笑するばかりだ。


 ブライス宰相がアーリアにお見舞いの花束を渡したと知ったユークリウス殿下は、その次の日に真紅の薔薇の花束をアーリアに贈ったのだ。その数、何と99本。

 アーリアはその花束の贈り物に『何事か⁉︎ 』と驚いてしまったのは仕方がない事だろう。これまでユークリウス殿下からアリア姫(=アーリア)に対して、恋人にするような贈り物は一切なかったのだ。ユークリウス殿下とアーリアの関係は『雇用関係』のようなものだと、お互いに割り切っていたのかも知れない。そんな時に突然齎された薔薇の花束に、アーリアは大変驚かされた。

 どうもユークリウス殿下とブライス宰相閣下の間で何事かがあったようなのだが、アーリアにはその内容までは知りようがなかった。またユークリウス殿下に尋ねてよい雰囲気ではなかったので、未だにその全貌を知らない。だがあまり深く突っ込まない方が良い事案なのだと、アーリアは何となく悟っていた。


「真紅の薔薇の花言葉は『貴女を愛しています』ですかな?殿下は貴女に永遠の愛を語られたのでしょう。……この分では側室など、当分無用でございますかな?」


 ブライス宰相の思わぬ言葉とその目線に、ユークリウス殿下は唾を飲んだ。イグニス公爵など露骨に驚きを露わにしている。ブライス宰相の言葉はまるで、ユークリウス殿下を支援するようにも受け取れるからだ。


「……ああ。アリアには『永遠の愛』を薔薇の香りに乗せて贈らせてもらった。アリアはやっと現れた『理想の女性』だからな」


 ユークリウス殿下はアーリアの手を取るとその甲に唇を落とす。そしてそのままアーリアの腰を攫って抱きしめた。

 アーリアはユークリウス殿下に突然腰をさらわれた事で殿下の吐息を顔の近くに感じ、頬を赤く染めた。

 それを遠巻きに見ていた見物客(ギャラリー)からは歓声が上がった。ユークリウス殿下を狙っていた令嬢からは黄色い声が上がる。その声音は歓声と悲鳴とに見事に分かれていた。

 それ程にユークリウス殿下の仕草は非常に艶があり、『ユークリウス殿下がアリア姫を溺愛している』と受け取れるものだった。


「これはこれは……。殿下はアリア様に囚われておりますなぁ……?」

「ああ。私の方から彼女を欲したのだ。……それを未だよく理解されぬ方が多くてかなわぬ」


 ユークリウス殿下の棘の含んだ言葉に、イグニス公爵は一瞬苦い表情を目元に走らせた。

 ユークリウス殿下はそんなイグニス公爵を無視して、ブライス宰相へと『ある話題』を口にした。


「ところでブライス宰相殿、貴殿はお聞きになっただろうか?」

「……何を、ですかな?」

「システィナ国の北の魔女について……」



お読み頂き、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価等、大変嬉しく思っています。励みになります!


夜会2をお送りしました。

ブライス宰相様が意外にも味方に転じてきました。彼にどんな思惑があるのでしょうか?

次話も是非ご覧ください!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ