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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
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※裏舞台6※ システィナの騎士

 その騎士は何かに取り憑かれたように剣を一心不乱に振るっていた。まるで憑き物を落とすかのように、何かを振り落とすかのように……


 ※※※※※※※※※※※


 朝靄の中、まだ陽も登り切らぬ時間に鍛錬場にて見えぬ者を相手に剣を振るう。額を伝う汗。剣を振るうたびに汗と朝露とが宙に煌めく。息が切れ切れに口から漏れ出る。


 どれだけ身体を動かせど、どれだけ身体が疲れようと、頭にぎるのは一人の少女の姿。

 最後に会ったのは、彼女が『北の塔』へと出発する日の朝。彼女は白いマントを羽織り、俺に向かって小さな手を遠慮がちに振ってきてくれた。


 彼女にとって『北の塔』に赴く事など、到底納得の行かぬ任務だったに違いない。そう任務ーー仕事だ。決して本人の希望からではないのだから。王族からの『お願い』では否など言えまい。

 その内容が喩え『北の塔の魔女とお喋りしてくる』という単純なものであっても、これまで何の関わりもなかった者との交流など、彼女にとっては苦痛でしかなかった筈だ。いくら同じ『塔』の魔女とはいえ、二人はその身分も魔女になった経緯も、その想いも、何もかもが違うのだから。


 彼女の派遣には『誰』の思惑があっての事なのか、話を聞いた当初から疑惑を抱いた程だった。だが、その提案をした第一の人物がこの国の第二王子ナイトハルトだったからこそ、疑惑は一旦立ち消えとなった。しかし現在の状況を見ると実際は真犯人となる『誰』かが何処かにいそうにも思えた。どうも腑に落ちない点が多いのだ。様々な疑問が胸に落ちる。


 彼女は『北の塔』訪問中に件の魔女の手にかかり、塔の最上階から突き落とされた。更にその身が隣国エステル帝国へと渡ってしまったのだ。

 運よくその命は助かったものの、『北の塔』の魔女が彼女に対する殺害の意思を持って突き落とした事は明白。『北の塔』の魔女にどのような心理的ストレスや周囲からの圧力があったのか、どのような思惑があったのか等、大した問題ではない。それらは彼女を突き落とした事への言い訳にはならない。


『北の塔』の魔女シルヴィアは国を裏切った『叛逆者』だ。


 国の防衛を担う『塔』の魔女の任を国王陛下より賜った臣下であったシルヴィアは、国王陛下の顔に泥を塗りその信を裏切った。国を裏切り、他国エステルと通じ、自国を戦乱に巻き込まんとするシルヴィアは、正しく国家反逆を企だて大悪党だ。それは国に忠誠を誓う者たちからすれば許し難い行い。万死に値する。


 シルヴィアは奇しくも公爵令嬢でもあった。然もその家はシスティナ国王妃の生家。彼女は王妃の姪、王太子殿下の従兄妹いとこでもあったのだ。


 この事実は王室を悩ます大問題であった。


 今までは王妃の姪であり王太子の従兄妹いとこでもあるシルヴィアが、『北の塔』の《結界》管理を行うという事実は誇らしものであった。しかしこの度の事件の主犯となれば、その効果は真逆に発揮する。王族に近しい者が国に弓引く犯罪に手を染めたのだから。


 シルヴィアは更迭されるだろう。表の理由は『心の病の為に辞職。その後療養生活』となるだろう。そして然る後に『病死』と発表される事だろう。


 国は王家を守らねばならない。醜聞から遠退くように事実を隠蔽しなければならないのだ。

 そしてエステル帝国による『東の塔』の魔女誘拐事件は、この醜聞を隠せ果せる程の国家の一大事であった。


『東の塔』の魔女ーーアーリアは『東の塔』に《結界》を形成・維持する魔導士。彼女の張る《結界》は自国とライザタニア国との間、東の国境を守り、ライザタニア国からの侵攻を阻んでいる。《結界》は敵意ある者を全て遮断する強力なもの。その強固な《結界》のおかげで我が国の平和は維持されてきたのだ。

 だが彼女はエステル帝国の手に落ちた。それは我が国システィナがエステル帝国とライザタニア国との両国から攻められる危機に陥った事を意味していた。


 だが天はシスティナ国に味方した。


『東の塔』の魔女はエステル帝国の皇太子殿下によって保護されたのだ。


 エステル帝国皇太子は現皇帝とは違い、システィナ国との戦争を望んではいなかった。それどころか将来的に我が国と同盟を結びたいとの強い想いがあったのだ。


 エステル帝国皇太子の機転、そしてその思惑によりシスティナ国は目先の窮地からは脱した。しかし恒久的な平和を得る為には国としての努力が必要なのには変わりはなかった。

 皇太子殿下から齎された策ーーそれは『システィナ国の姫』を皇太子妃として迎えるという耳を疑うものであった。しかもその姫は本物の姫ではなく、エステル帝国へ誘拐され皇太子殿下により保護された『システィナ国の魔女』を、そのまま『システィナ国の姫』にでっち上げるというとんでもない策だったのだ。

 そのような戯れ言、本来ならば聞き入れられる事などなかっただろう。しかしシスティナ国は自国の平和の為に、皇太子殿下の策に乗った。エステル帝国の皇太子殿下を次期皇帝へと押し上げる。それが自国の未来に繋がるとし、大博打に打って出る事が決定されたのだ。


 国には表もあれば裏もあるものだ。


 いくらシスティナ国の未来の為、エステル帝国との歩み寄りの為とはいえ、内部分裂・内部紛争の予想されるエステル帝国へ王家の姫を差し出す事は躊躇われた。エステル帝国とシスティナ国とは未だ停戦中なのだから。それを平民魔導士が引き受けてくれるなら安いものだと考える貴族官僚もいた。

 だがその考えにはデメリットが含まれていたのだ。

 件の平民魔導士は『東の塔』の魔女にしてライザタニア国との戦争締結を齎した立役者。システィナ国のアキレス腱なのだ。彼女がエステル帝国からライザタニア国に横流しされでもしたら、大戦争間違いなし。それこそ王族だ貴族だと言ってはいられない。


 以上の問題は貴族官僚たちの頭を随分と悩ませた。だが、どの考えにも言えること、それは……


 ー彼女自身の心配は、誰にもされていないー


 王族・貴族の本質は闇だ。誰もがその手を黒く染めている。それは己とて同じ穴の狢だと分かっている。その恩恵に肖って生きてきたのだから。


 俺は騎士として、アルヴァンド公爵家の者として、国王陛下と王家に生涯変わらぬ忠誠を立てている。国王陛下には心より尊敬の念を抱いている。陛下の為にこの命をかけてお守りする事こそ、騎士としての誇り、勤め、そして生きる意味だ。


 ーだが、それがどうだ……?ー


 ー俺は国の命運よりも一人の少女の心配をしているではないか……!ー


 見えぬ敵を相手にしていた剣を下ろし、地面に突き立てた。苛立ちに身体が燃えるように熱い。自分の中で燻る火を消す術が見つからない。


 事は既に彼女一人の問題ではなく、自分に伸ばせるなどない。出来ることなど何もない。俺は一騎士でしかなのだから。


 それが歯がゆくも悔しいのだ。


「荒れているな、ジークフリード」


 背後からの声に驚いて振り向くと、そこには壮年の男が一人、肩に剣を担いで立っていた。屈強な身体つき。隆々たる筋肉。胸板の厚さに男としても憧れを抱く。その剣は国内一の腕を誇る。


「アレクシス総長……」


 アレクシス総長は13ある近衛騎士団の頂点に立つ騎士だ。近衛騎士団長とも呼ばれる。だが『騎士団長』だけなら13人もいることから、彼は『総長』と呼ばれる事が多い。

 現国王陛下を皇太子時代より支え、守護してきたシスティナ国の守護神だ。彼に憧れを抱いて入団を希望する騎士は今も後を絶たない。


 アレクシス総長はその快活な表情にどこか悪戯な雰囲気を醸し出していた。


「総長……お早いですね?」

「お前程ではないさ。夜明けを待たず鍛錬に明け暮れる騎士など、なかなかお目にかかれる事はない」


 俺はアレクシス総長の言葉に苦笑いをした。

 俺は約二年ぶりに近衛騎士団に復帰した。以来、早朝の鍛錬を日課としていた。早朝に鍛錬場を使う者が少ないのが一番の利点だ。

 死んだ筈とされていた俺の復帰は良くも悪くも目立っていた。不可抗力とはいえ、悪の手先と成り下がった元獣人を近衛騎士に復職させるなど以ての外だ、と言う者もいたのだ。だがアレクシス総長は自分を強引に引き抜いてくれた。俺に目を掛けてくれたアレクシス総長に恥をかかせぬ為にも、俺はその実力を持って他者に認めさせねばならない。そして誰よりも強くあらねばならないと思うのだ。その為の鍛錬であった。


「一つ、手合わせを願おうか?」

「よろしくお願いします!」


 アレクシス総長と手合わせ出来るなど名誉な事だ。通常、総長は一騎士を相手になどしないのだから。


 礼をして向かい合った後、剣を数合切り結んだ。

 アレクシス総長の剣筋は重く鋭く、苦戦を強いられた。目線を巡らせ、粘り強くアレクシス総長の隙を探す。だが隙など見つけられる筈もない。

 更に数合後に、俺は追い詰められていた。


「ハハハ!なかなかやるなぁ!」

「……こんな状態では、褒められているのかどうか、分かりかねます」

「そう言うな。お前ほど粘れるヤツはあまりいない」


 ーカァンー


 乾いた音と共に俺の剣が手から弾き飛ばされる。そして首筋にピタリとつけられた剣の切っ先に、手を挙げて降参の意思を示した。


「だが、まだまだだ」

「……お手合わせ、ありがとうございました」


 俺は礼の後、迅る息を整えながら飛ばされた剣を拾うと、アレクシス総長が俺の背後より声をかけてこられた。


「ジークフリード。お前はどう在りたいんだ?」

「え……」


 俺はアレクシス総長に身体を向き直った。アレクシス総長は真面目な顔つきで、鳶のような鋭い目線を俺に投げかけてこられた。


「俺はお前の忠誠心を疑う事はない。お前の持つソレは、誰に後ろ指を指されるモノではない」

「ありがとう、ございます……!」

「ーーだがそれは『騎士』としてのお前を信頼しているに過ぎない」

「……っ⁉︎ 」

「お前には『騎士』以外の顔もあるだろう?」

「……!」

「騎士として、貴族として、男としてとして……その在り方は様々なのだぞ?」


 唇を噛み締め押し黙る俺を他所に、アレクシス総長は意味深な言葉を投げかけられた後、唇の端を上げてニヤリと笑われた。そしてすぐ、その表情を仕事用に切り替えると、俺に『命令』を下された。


「ジークフリード。お前にウィリアム王太子殿下の護衛を命ずる。ウィリアム殿下は隣国エステルとの夜会に臨まれる事となった。その忠誠心を捧げ、無事、ウィリアム殿下を守り参らせよ!」

「はっ!謹んでお受け致します」


 アレクシス総長からの命令を前に、俺は膝を折り、こうべを垂れる。


 ウィリアム王太子殿下の護衛。行く先はエステル帝国。そこにいるのは……


 アレクシス総長の命令の意図に、俺の胸中は揺れ動く。


 未だ己の心は深い迷宮の中を彷徨い行く。照らす光は未だ何処にもない。道を先へと切り開くのに必要なものは俺自身の心、その想いのみなのだ……




お読み頂き、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、表情等、大変嬉しいです!感激です‼︎ 励みになります!


裏舞台6をお送りしました。

ジークは一人になると、ぐるぐる思い悩むタイプのようです。リュゼでもいるときっと悩みも吹き飛ぶんでしょうが、今はまだお一人迷走中です。


次話『夜会2』も是非ご覧ください!


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