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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
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夜会1

 エステル帝国では久しぶりに帝室主催の夜会が催される事となった。


 夜会とは夜に開催される社交の為の宴会だ。夜会には音楽会・舞踏会・晩餐会など用途に合わせた催しがあるが、今回は披露会となるだろう。主な目的は、皇太子殿下の正妃となるご令嬢のお披露目だ。

 エステル帝国皇太子ユークリウス殿下はこの度、隣国システィナより皇太子妃となる姫を迎える事と相成った。その名目としては『親善目的』による『政略結婚』である。この婚姻には両国の歩み寄りを第一の目的としていた。


 両国は停戦より五十年、不可侵条約より十年の時を経て、漸く歩み寄りの姿勢を見せて来たと言えよう。それには大帝国エステルから差し伸べられた手が大きいと言えよう。

 なんと先に歩み寄りの姿勢を見せたのがエステル帝国の皇太子殿下だからだ。彼はシスティナ国の夜会にて国王夫婦の養女アリア姫を見初め、是非皇太子妃にと声をかけたのだ。


 アリア姫には精霊に愛される瞳ーー『精霊の瞳』を持っていたのである。『精霊信仰』を主軸に置いた精霊と魔法の国エステルでは、精霊に愛される者が優位とされている。皇太子殿下はアリア姫の瞳に強く惹かれたのだという。アリア姫こそ精霊の国の皇太子妃に相応しいと帝国内でも声が上がり、先日の皇帝陛下の謁見の際には、皇帝陛下自らアリア姫の来訪を歓迎されたのだった。


 ーーというのは建前で、事実は歪曲された先にある。


 エステル帝国とシスティナ国との二国に跨る策謀の手に落ち、システィナ国の東の国境を守る『東の塔』の魔女アーリアはエステル帝国へと秘密裏に誘拐されて来たのだ。それを助け保護したのが皇太子ユークリウス殿下だった。

 ユークリウス殿下は両国との開戦を避ける為、システィナ国へ秘密裏に打診を申し入れた。


『私の賭けにのらないか?』


 ……と。

 ユークリウス殿下の『賭け』とは自身が次期皇帝となる為の画策にあった。その一つとしてシスティナ国の手を借りるという事だったのだ。

 ユークリウス殿下は元から皇帝陛下のやり方には反発しており、自分に対抗の姿勢を見せる国内の膿を出す算段を立てていた。そこにシスティナ国の魔女が転がり込んで来たのだ。自国の犯罪を認め、素直に『東の塔』の魔女をシスティナ国に返す訳にもいかない情勢も相まって、ユークリウス殿下はシスティナ国の魔女を『皇太子妃』にでっち上げる事にしたのだった。

 それがシスティナ国 国王夫妻の養女アリア姫だ。

 要はシスティナ国の魔女アーリアの『隠れ蓑』としたのだ。だが画策はそれだけには留まらず、ユークリウス殿下はアリア姫を囮に使い、自分の足場固めに利用する事にしたのだ。


 ユークリウス殿下には更に思惑があった。自国の内部紛争中にシスティナ国やライザタニア国から横槍を入れて来られる事態を避けたかったのだ。


 しかし、純粋に『東の塔』の魔女ーーアーリアの身を案じて『アリア姫』という『隠れ蓑』を提供した事も事実だった。

『精霊の瞳』ーー精霊に愛される瞳を持つ者を害そうと思う者はエステル帝国にはいまい。エステル帝国は『精霊信仰』根強い国家なのだ。エステル帝国に於いて『精霊の瞳』を持つアーリアは特別な存在として一目置かれる。精霊を信仰する国民にとって、精霊の加護は絶対なのだから。


 そういう意味でもユークリウス皇太子殿下の妃ーー未だ婚約者に留まっているーーという立場は、アーリアの身の安全には最適だったのだ。


 しかし、アーリアには於いてはそのどれもが予想外の展開、予想外の出来事でしかなかった。


 システィナ国では一民間人いちみんかんじんであり、魔導士でしかないアーリアが王族の姫の真似事など、拷問でしかなかった。宮廷作法、淑女教育、歴史、宗教、政治、貴族名鑑暗記……歩き方から食べ方、話し方に至るお妃教育という名のそれらは、アーリアの精神をある意味で達観させるには素晴らしい効果を齎した。

 だがそれも全て、自分の鈍臭さが招いた結果。その責任を取るべく、そして自分と自分の護衛の命を守る為にもアーリアはそれらに勤しんだ。


「タダで学べるのなら安いもんじゃん?衣食住もタダだし、ある意味ラッキーかもね〜?」


 とは護衛騎士リュゼの言葉。

 彼らしいポジティブシンキングな言葉にアーリアは何度救われた事か。


 最近ではユークリウス殿下も護衛騎士ヒースもアーリアの扱いには慣れたもので、最終的には甘味スイーツで釣るようになっていた。それで釣れるのなら安いものだと言わんばかりに。


 そして、本日の夜会を迎えたのだ。


 この夜会に当たってアーリアとユークリウス殿下の準備は万端だった。


 身につけた装飾品は全てが魔宝具。回復・解毒作用の物は勿論、録音・録画を行える魔宝具も装備してきたのだ。


 この夜会はお喋りとお食事を楽しむ只のお遊戯会ではない。人々の噂話に聞き耳を立て、口を割らせ、言葉で相手の言質を取る、なんとも殺伐とした会なのだ。

 しかも今夜の主役はユークリウス皇太子殿下とアリア姫(=アーリア)。

 二人から有益な情報を掴もうと暗躍する者も多数現れる事は必至。その者たちから華麗にスルーを決め込み、有益な情報と見せかけて嘘の情報をばら撒く、というのが重要な任務なのだ。


 夜会初心者のアーリアにはなんとハードルの高い任務なのだろうか。


 だが負ける事は許されないのだ。

 これには自分たちの生命が、いや自国の命運がかかっているのだから……。



「……では、よいか?」

「はい、殿下」


 ユークリウス殿下はアーリアに手を差し出しながら決意を問いかけた。アーリアはユークリウス殿下の手を取りながら頷き、強い決意を表した。


 場所は夜会会場前大扉。そこには式部官と会場警備の騎士、侍従、侍女たちの姿もある。

 ユークリウス殿下はアーリアの決意を受け取ると、一つの頷きで返した。


 ユークリウス殿下が式部官に目線で合図を送る。

 式部官がユークリウス殿下とアリア姫の入室の言葉を発すると、荘厳な大扉がゆっくりと開いていく。扉の向こう、大広間からの溢れんばかりの光が弾け、まるで二人の入室を歓迎するかのように浴びせかけた。

 アーリアは大広間にいた人々からの視線を一斉に浴びて一瞬緊張したが、ユークリウス殿下の手に引かれ、笑顔で室内へと足を踏み入れた。


 一礼して入室すると、笑顔を貼り付けて歩き出す。騒めく貴族たちの間を縫って上座へと歩み行く。ここで足止めをするような無粋な貴族はいない。先ず夜会に参加した者たちには礼儀としてやらねばならぬ事があるのだ。それは主催者への挨拶に他ならない。


 今夜会は帝室主催の催物イベント。皇帝陛下をはじめ皇族への挨拶は必須であった。


 たとえ皇族の一員ーー皇太子であろうとユークリウス殿下とその婚約者のアリア姫には決められた道筋ルートがあった。


 第一に皇帝陛下を始めとする皇族への挨拶。

 第二に帝室が招いたゲストへの挨拶。

 第三に有力貴族への挨拶。

 第四にユークリウス殿下を支援する門閥貴族への挨拶。

 最後にその他の貴族官僚への挨拶。


 以上となっている。そして自由時間フリータイムには、自分たちが目当てとする人物たちとどれだけ話す時間を持てるかが勝負だろう。


 まずユークリウス殿下はアーリアを連れて大広間の上座まで歩みを進めた。

 大広間の一番奥には皇帝陛下の座る簡易玉座があり、そこには皇帝陛下が座していた。皇帝陛下は隣に立つ皇后陛下と話していたが、こちらに気づくとその愁いを帯びた表情を少し動かした。眉を少し上げて息子のユークリウス殿下ではなく、アーリアの瞳を真っ直ぐに見つめてきたのだ。


 ユークリウス殿下に手を引かれながら皇帝陛下の御前に進み出たアーリアは、ユークリウス殿下と同時に膝をついた。


「陛下、夜会の開催に当たりまして一言お礼申し上げます。私たちの為にこのような場を賜り、感謝しております」


 ユークリウス殿下の言葉と共にアーリアは深く頭を下げた。


「うむ。皇太子そなたと未来の皇太子妃となる姫の事なれば、当然のこと」

「お心遣い、有り難く存じます」


 ユークリウス殿下が先に立ち上がると、アーリアに手を差し伸べた。アーリアがユークリウス殿下に手を引かれながら立ち上がると、いつの間に移動したのかアーリアの目前には皇帝陛下が立っていた。内心ギョッとするアーリアを前に皇帝陛下はアーリアの頬に手を伸ばすと、そっと触れてきた。


「アリア姫、そなたは今宵も美しいな。その瞳はまるで色とりどりの華を集めたようだ花苑のようだ」

「お褒めのお言葉、嬉しく存じます」


 絶対零度の表情を崩さぬ皇帝陛下がその顔に優しい微笑みを浮かべた。その笑顔に周りの者はあからさまにギョッとしている。驚愕という言葉はこの時の為にあるのではと思えるほどに。

 しかしアーリアにはその様な周りの様子など視界に入らなかった。視界一杯に妖艶な微笑みをたたえた皇帝陛下が居たからである。皇帝陛下は愛玩動物にする手つきでアーリアの頬を撫でながら愛でている。相手が皇帝陛下なのでこの状態に文句を言える訳もなく、アーリアはただ黙って微笑んでいるのが精一杯だった。ユークリウス殿下などは皇帝陛下ちちおやの姿を見て、完全に固まっていた。


 しかし救いの手はどこにでもあるものだ。


「陛下。アリア姫はユークリウス殿下の婚約者ですわ」

「そうです。未来の義娘ムスメなれど、気安く淑女に触れていい訳ではありますまい?」


 その勇気ある声はエリーサ皇后陛下とオリヴィエ側妃様であった。皇帝陛下は二人の奥方に冷たい目で見られて、渋々、アーリアの頬に添えていた手を下ろした。その顔には如何にも残念そうな表情が浮かんでいる。まるで叱られた子犬のようだ。

 皇帝陛下はエリーサ皇后陛下に手を引かれて玉座にお戻りになった。オリヴィエ側妃様はその姿にクスリと小さな笑いを漏らした。


 アーリアとユークリウス殿下はそのやり取りに少し呆気に取られつつも、すぐに己の役目を思い出し、皇后陛下と側妃様方、そして王族の皆様への挨拶を交わした。


「ユークリウス殿下におかれましてはアリア姫とのご婚約に際し、お祝い申し上げます」

「アリア姫に精霊のご加護がありますように……」


 エリーサ皇后陛下とオリヴィエ側妃様が皇妃を代表して二人に言葉を下された。


「そうそうアリア様、システィナ国よりお客様ゲストが参られております。我が国の者より先に、お客様とお話してらしてくださいね?」


 エリーサ皇后陛下は目線を右へ動かした。その先に護衛騎士を伴って佇む一人の人物を目にしたアーリアは、その大きな瞳に驚きを滲ませた。



 ※※※※※※※※※※



 帝室主催の夜会にはシスティナ国よりゲストを招いていた。今夜会はユークリウス皇太子殿下とその婚約者のお披露目が第一の目的である。其処には国の有力貴族は勿論、システィナ国よりエステル帝国と繋がりを持つ貴族たちも招かれていたのだ。

 その中でも一番、招待客を驚かせたのは、システィナ国より参られたウィリアム王太子殿下であった。ウィリアム王太子殿下は姫の保護者役という立場で出席なさっていた。ウィリアム王太子殿下は次期システィナ国、国王。第1王位継承者なのだ。そのような主要人物がまさか隣国ーー未だ敵国でしかないエステル帝国に参られるとは誰も思いもよらなかったのである。


 だが知る者からすれば、ウィリアム王太子殿下の来訪はシスティナの『本気』を窺い知るものだった。


『システィナ国のウィリアム王太子殿下はエステル帝国のユークリウス皇太子殿下を支援している』


 そう捉える事が出来るからであった。


 ユークリウス殿下に伴われてアーリアはシスティナ国から参られたウィリアム殿下の元へ歩み寄った。

 ウィリアム殿下はその端正な顔に、何時もの真面目で厳しい表情ではなく、爽やかな笑顔を持ってアーリアを迎えてくれた。


「アリア!元気だったかい?」


 ウィリアム殿下のその言葉を『演技』だと捉えたアーリアは、優雅な動作で一礼するとウィリアム殿下に礼を述べた。


「遠い所をありがとうございます。ウィリアム兄様……」


 アーリアははにかむように『兄様』と付け加えた。するとウィリアム殿下はアーリアのその照れた表情を見て、少しの間押し黙った。

 ウィリアム殿下が笑顔を貼り付けて達観したような表情で黙ったのは、アーリアのカーテシーが不恰好だった訳ではない。寧ろその逆で、民間人でしかなかったアーリアの美しい作法に関心していたのだ。そしてもう一つは『兄様』呼びにグッときていたのが大きな要因だ。

 ウィリアム殿下には腹違いの妹が二人いる。しかしどちらもまだ言葉も発せぬ赤子であった。年齢にしても親子ほど離れているせいか、『妹』と呼ぶには無理があったのだ。

 そこに来てアーリアからの『兄様』呼びには、脳内が国と政治の事しかない朴念仁ウィリアム殿下の琴線にも、強く響くものがあった。


「……うむ。よいな、その響きは……」

「……は?」

「いや、何でもないよ」


 ウィリアム殿下は偏った思考を振り払うと、ユークリウス殿下に向き直った。


「夜会へのお招きに感謝を。ユリウス、うちの妹が世話になるね?」

「ウィリアム。こちらこそ来てくれてありがとう。君の妹は私が責任を持って支えていくよ。其方には心配をかけてすまないと思っている」

「なぁに。君に任せておけば大丈夫だと思っているよ」


 ユークリウス殿下はウィリアム殿下の手を取った。二人の間に固い握手が交わされる。グッと身体が近づき二人は耳元で囁き合った。


『後で時間を持ちたい』

『分かっている。こちらもそのつもりだ』


 二人の一瞬の抱擁が済むとすぐ、何気ない会話に移行した。

 システィナ国勢とユークリウス殿下、アーリアを囲むようにシスティナ国の護衛騎士とユークリウス殿下の護衛騎士が壁となり、やり取りを外に漏らさないようにしていた。


 アーリアはシスティナ国から来たウィリアム殿下の護衛騎士の中に『ある人物』を見つけて、はっと息を飲んだ。


「ジーク……」


 アーリアはその騎士の名を知らず、呟いていた。チリっと《契約》の印が疼いたように感じた。



お読み頂き、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価等、大変嬉しく思います!感動です!

励みに頑張ります‼︎


夜会1をお送りしました。

システィナからはウィリアム兄さんがご出馬です。夜会はまだ始まったばかり。

次話もぜひご覧ください!

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