※裏舞台2※白い髪の少女
※(???視点)
彼女は小さな身体を丸めて怯えていた。
まるで怯えて縮こまる子猫のように。
それもその筈、彼女の周りには大柄な男よりも更に大きな身体を持つ獣人たちに取り囲まれ、悪意ある言葉に晒されているのだから。
男たちは彼女に自分の身を守る術がないことを知っていて、それを悪用して彼女を辱めようとしている。有り体に言ってクズだよね。
彼女はそれを黙ってーー実際、呪いによって声は出ないーーそれに耐えていた。
此処にいる男たちは初めから、このような考えの持ち主ばかりではなかった筈なんだ。だけど、獣人となってからの月日が増えていく毎に人間としての性が薄れ、凶暴さが目立っていった。
それらの事情は僕にも充分解る。僕も彼らと同じように、人間から獣人へと変わる毎に、精神を蝕まれているのだから。
人間社会から外れ、同じ人間から疎外され、日がな悪事の片棒を担がされる。夜にしか人間に戻れず、だんだんと正気が無くなるようにさえ思えてくる。それを悲しいと思う心さえ、なくなっていくんだ。
だからって、この男たちと同じ事をする必要はないよね。
僕は彼女を見て、なけなしの正義感を出す。他のみんなにバレないように、言葉を選びながら。
「もう止めときなよー?」
一斉に僕の方を見る獣人たち。
ほら、僕だってこんな奴らに囲まれたら怖いさ。
ヘラヘラした態度で、しかし奴らを逆撫でしないように慎重に話す。
「もうすぐ夜になるんだしさー。そんなん構ってないで、街に行った方がいいんじゃない?」
僕の言葉に獣人たちはコロッと態度を変える。
夜は僕たちにとって“特別”な時間だ。それを思い出させるだけで、相手は乗って来る。
「それに、さっき上に連絡があったんだけど、明日の昼にはあの方がこの子を引き取りに来られるらしいよ〜。しかも傷つけるなってお達し付き〜」
連絡があったのは本当。だけど『傷つけるな』とは言われていない。これは僕の気持ち。
「……じゃあ俺らこれから待機かよ?」
「裏を返せば、今夜は遊んでもいいってことでしょ?ラッキーじゃん?」
僕の口車にホイホイ乗るお調子者たち。いや、脳筋か。これだから、その場のノリだけで生きてる奴なんて嫌いだ。
「だから、こんなとこで遊んでるより外に出た方がいいんじゃない?」
トドメの一言。
獣人たちは半分納得、半分渋々の体で出て行く。牢を出ながら睨んでくる奴、悪態を吐く奴、それらを軽くいなす。これくらいお調子者の方が後からボロが出ても誤魔化せる。
全員出たのを確認すると、内心ホッと息を吐く。
これで暫く、彼女の安全は確保される。
チラリと彼女を見れば、先ほどまでの緊張感ほどはないが、まだ固まって縮こまっている。
よく見ると小刻みに震えているのが分かる。
よっぽど怖かったのだろう。
それにあちこち泥で汚れているし、フードから出る足のあちこちに怪我をしているし、なかなかにボロボロだ。可哀想に。
そりゃそうだ。僕たち全員で寄ってたかって彼女を追いかけ回したんだから。それも森や山の中を。怪我くらいするだろう。捕まる前には崖から落ちたと聞いた。怪我はその時のものだろうか。
ーギィィ……ー
僕は少し躊躇ってから牢の中へ入ると、彼女の目の前にしゃがんだ。そして彼女に向かって手を伸ばす。
彼女はフードの隙間から僕を見た。僕もフードの隙間から彼女の顔を見る。小さな人形のような顔が真っ青だ。頬が赤く擦れて腫れていた。
(大丈夫、僕は君を傷つけないよ)
僕の手はあの翠の光でパチンと弾かれることはなかった。
「《癒しの光》」
治癒の呪文。僕の得意技。彼女の足の怪我を残して他の怪我は全て治した。
「悪いけど、足の怪我はそのままにしとくね〜。明日には治してあげるよ」
少女は震えながら僕の顔を見てくれた。そして目を合わせてきた。
キラキラと輝くビー玉のように美しい瞳。白く透き通る肌。それを覆う髪も白金を溶かしたような美しい白。
触るときっと柔らかいんだろうな。とってもキュートで僕の好みだ。
頬の傷も治っている。白い肌に傷なんて残ったら可哀想だもんね。せっかく美人さんなのに。
本当は足の怪我も治してあげたい。でも、僕も長いものに巻かれる性格なんだ。許してよ。明日にはきっと治してあげるから。
僕にしてあげられることはこんな事くらい。
でも、ここにいる間はちょっとだけ守ってあげる。
これは僕の正義感のカケラ。
※※※
その後、彼女は夜中に忽然と牢から消えた。
朝方、様子を見に行った当番の獣人が騒いでいた。牢に彼女の姿がないのを狼狽しながら。
そりゃそうだ。みんな、夜は外に遊びに出かけていて、ほとんどこの屋敷に人はいなかったんだから。見張りなんて面倒な事を真面目にやってたヤツなんて、きっと誰もいやしない。『あの身体で逃げられる筈はない』。そう思い込んで遊んでたおバカな僕ら全員の責任だ。言い訳なんて、あの魔導士が聞くワケないんだし、お叱りは確定だな。
あの魔導士からの叱責は当然あるだろうけど、この時の僕は、そんなことちっとも気にならなかった。
僕は彼女がいなくなって、心底ホッとしたんだ。
これで傷つく彼女を見なくて済むって。
もぬけの殻になった牢の格子扉に手をかけながら、彼女のことをそっと思った。
「今頃どこにいるのかな?子猫ちゃん」
お読みくださり、ありがとうございさいます!
ブクマ登録、ありがとうございます!
ある獣人の物語。
彼はなぜ、このように彼女に気をかけたのでしょうね?
これからも登場予定ですので、見守っていただければ幸いです。