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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
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魔法の師1

 

「俺がお前の『魔法』の師となろう。但しそれには条件がある……!」


 ユークリウス殿下の出した交換条件にアーリアは目を丸くした。



 ※※※※※※※※※※



 その場には多くの精霊が集まっていた。水の精霊、火の精霊、土の精霊、風の精霊。四大精霊は勿論、様々な精霊がその空間を飛び交っている。

 精霊は自然や物にも宿るとされている。

 精霊の種類は人間ヒトに把握されていない種類も含めると数百、数千とされている。全ては神のみぞ知るところ。


「精霊の種は多岐に渡り、其々の得意とされる分野がある。人間はその精霊の力を使い奇跡を起こす。このように……」


 ユークリウス殿下の掌に光が灯る。それは小さな水晶球ほどの大きさで、光量も目に優しい。


「ユリウス殿下、今、詠唱は……?」

「慣れだな。これくらいの魔法なら《言の葉》がなくとも発動する。心の願いを精霊が叶えてくれる、と言った方が通じるか?」


 アーリアはユークリウス殿下の掌の上に灯る光に触れた。だが光の玉に触れる事は出来ず、そのままスルリとすり抜ける。そして光量はあるが熱量はない。

 ユークリウス殿下はアーリアの好奇心の赴くままのその行為を止めなかった。


「……同じですね」

「何がだ?」

「魔術で作る光と。そこにある筈なのに触れられない」

「アーリア、お前もやってみろ。出来るだろう?」


 アーリアはユークリウス殿下の言葉に頷くと、掌を胸の前に出した。


「ー光よ我が手にー」


 言の葉に反応して精霊が呼応してアーリアの掌の上に光の玉が出現した。しかしその光量は眩しいくらい強い。


「わぁっ!」

「消せ!」


 アーリアは慌ててソレを消した。

 アーリアの背に冷や汗が流れた。これが火の魔法でなくて良かった。そう思うとアーリアの背に小さな震えが走った。


「もう一度だ。アーリア、俺の手を握れ。詠唱は同時に。俺の中の魔力の流れを感じろ」

「う、うん……」


 知らず、アーリアの言葉遣いは元へと戻っていた。ユークリウス殿下はその事に指摘などしなかった。ただ真剣な表情のアーリアに手を差し伸べた。

 アーリアはユークリウス殿下の手を取ると、殿下の魔力の流れを感じ、読み解く事に努めた。


「「ー光を我が手にー」」


 二人は呼吸を合わせて同時に詠唱を紡ぐ。

 アーリアはユークリウス殿下の中を魔力が巡り、それが流れ出る様をつぶさに感じた。そしてユークリウス殿下の魔力の巡廻をそっくり真似ると、同量の魔力を掌から放出した。


 ーポゥッー


 アーリアの掌の上には暖かな光を宿した光の玉が生まれ出でた。それはユークリウス殿下の掌の上のそれと同じ光量、同じ大きさのものだった。


「できた……」

「……消せ。もう一度だ。今の感覚を忘れるな。身につけろ」

「はい!」


 ユークリウス殿下は相対する者にはその者の身分や外聞といった類のものより、性格や能力・技能といった類のものを重視する傾向があった。その為、身分に関係なく辛口な評価をつけられる者は多い。しかしユークリウス殿下より『信頼し得る者』だと評価されれば手厚く保護される。全てはその者の努力次第と言えるだろう。

 『信頼を得る』となれば能力や技能のみ高いだけではそれに値しない。自分の持つ能力や技能を上手く活かそうと努力する者、状況を打破しようとする不屈の精神を持つ者、現状に慢心せず躍動しようとする者、確かな信念を持つ者……。そのような者が、ユークリウス殿下の信頼を得る事ができるのだ。


 ユークリウス殿下は懐に入れた者に対して実に面倒見の良い部分を発揮する時がある。今が正にそれだった。


 アーリアは努力している。ユークリウス殿下から言質を取られたとはいえ、アーリアは己とたった一人の味方リュゼの命の為、自国に住まう者の為に『姫』を必死で演じている。演じようとしている。

 それはユークリウス殿下の為では決してない。だが結果的にはユークリウス殿下の為になるだけだ。

 それはユークリウス殿下も承知の上だった。アーリアに拒否権など一切与えずに脅迫し無理矢理協力させているという事実を、ユークリウス殿下は忘れた事などなかった。


 アーリアは今、『精霊の瞳』と『魔法』とに真っ向から向き合っている。

 アーリアの持つ瞳はユークリウス殿下の武器の一つであった。この瞳を持つアーリアを有するという事は、知らずユークリウス殿下を守る事にも繋がっているのだから。

 しかし、精霊の瞳は危険をも孕んでいた。

 だからこそ、アーリアのお願いーー魔法を教わりたいという願いは、ユークリウス殿下にとって実にタイミングが良かった。それはアーリアの持つ精霊の瞳について知るチャンスでもあったからだ。

 アーリアが己の武器の一つならば、武器の使用方法は勿論、危険な面も知らねばならない。

 アーリアという武器、そのアーリアが持つ精霊の瞳という武器を使いこなす事が、それを所持するユークリウス殿下にとっても必須事項。

 そして何より、アーリアのお願いを叶える事ができる男は自分しかいないと、ユークリウス殿下は確信していた。更には自分がアーリアの魔法を開花させたいとも思っていた。

 だが、この考えは殿下は己の右腕たるヒースには難色を示された。それもその筈だ。アーリアはシスティナの魔女なのだ。単体でも脅威とされている魔導士。そんな者に更なる力を授けてどうするのかと。


 ーだが、それも今更ではないかー


 アーリアが大人しく自分たちに従順なのは、偏に彼女の性格によるところ。アーリアが初段で手のつけられぬ程のお転婆ぶりを発揮していたならば、この国はとうの昔に滅びていた。魔導士を誘拐するとはつまりそういう事なのだから。

 魔導士は単体で強大な魔術を行使できる。

 ユークリウス殿下はアーリアに人並みの倫理観や常識が通じる魔導士であった偶然に感謝せねばならなかった。それこそ運が自分に味方したという事だろう。


 アーリアの護衛であるリュゼは、その辺りの事情を初めから気づいていた節がある。そう直感したからこそ、ユークリウス殿下はリュゼより先にアーリアを取り込む事にしたのだ。リュゼは『アーリアを傷つけることは決してない』。アーリアもそれは同様だ。そうユークリウス殿下は踏んで。

 リュゼの一番はアーリアの身の安全。それ以外には興味がない。護衛としてはそれで良いのだが、リュゼはアーリアの安全さえ確保できれば、アーリアにこの国ーーエステル帝国を潰させても良いと本気で考えているのでタチが悪い。

 それらの事を、勿論ヒースも当初より気がづいていた。それでも放置された理由は、ヒースに対して恩義を感じているリュゼがヒースの迷惑になるような迂闊な真似をしないだろうと思われたからだ。


 危うい人間関係の中で何とか保たれている均衡状態。それが現状だった。


 ー俺たちの関係は実にアンバランスだー


 ユークリウス殿下は現状を憂いてはいなかった。寧ろ『悪くない』とほくそ笑む。互いの『想い』が絡まり合い、形作り、そして未来を作る。その未来は自分の望んだものだ。このエステル帝国の望むべき未来なのだ。


「二人とも頑張るねぇ……」


 魔法の行使を想定として造られた鍛錬場の片隅に、アーリアとユークリウス殿下の様子を見守る二人の騎士が佇んでいた。リュゼとヒースだ。


「そうですね……ユリウス殿下は元来面倒見の良い方ですから」


 ヒースは少し苦笑してそう呟いたのをリュゼは目の端で捉えた。リュゼはヒースがこの訓練を渋った事を知っていた。それは主を持つ騎士ならば当然の感情だった。


「それは分かる。……殿下には僕も子猫ちゃんも本当に助かってる」


 リュゼの予想外の言葉に、ヒースは少しだけ眉根を上げた。それがリュゼの本心だと分かったからだ。いつも本心を表に出さないリュゼから出たその言葉は、ヒースの揺れていた心を落ち着けた。


「リュゼ殿がそのように思っておいでとは……」

「安心しなよ、ヒースさん。アーリアはユークリウス殿下を傷つける事なんて、絶対しないよ」

「それは……」

「大丈夫!アーリアは一度信頼した人物を陥れる事なんて出来ないから。アーリアは殿下には感謝してる、勿論ヒースさんにも。だからヒースさんの思うような事態にはならないよ」


 いつもチャラけた雰囲気のリュゼからは想像できぬ真面目な表情に、ヒースは思わず息を飲んでいた。そして自分が今まで不確かな未来を心配して眉を潜め、疑心暗鬼になり、アーリアとリュゼに疑いの目を向けていた事に気がついた。


「そう、ですね……。申し訳ございません。私は貴方たちに有らぬ疑いをかけていました」

「謝らなくてもイイよ?有らぬ疑いでもないし」

「は……?」

「実際、ヒースさんや殿下の対応次第で、子猫ちゃんには暴れて貰おうとかなぁ〜とか考えてたし」

「……そのように言ってしまって良かったのですか?我々が貴方たちに向ける目を自分から強めてどうするのです?」

「いーのいーの。僕も子猫ちゃんも全然気にしてないから!」

「本当に貴方たちは……」


 ヒースは肩の力を抜いて嘆息した。

 リュゼの表情は普段通りに戻っている。それはアリア姫の『護衛騎士』として見せる表情ではなく、リュゼ本来のチャラけた顔ーー本心の見えぬ笑顔だった。この表情が彼には実に似合っている。そうヒースは感心していた。騎士としては不合格だが護衛としては合格だ。相手に本心を読ませない手法は官僚相手にも有効なのだ。


「ヒースさん、その貴方たちってのは……?」

「ここへ来るまでにアーリア様にも同じような事を言われました。『自分はユリウス殿下を傷つける事はしない』と」

「そう、子猫ちゃんも……」


 ヒースは己の未熟さを感じていた。これほどまで他人に本心を見破られるとはと。

 その時、ザバァッという音と共に大量の水が降り注ぎ、アーリアとユークリウス殿下が水浸しになるのが見えた。同時にアーリアの悲鳴とユークリウス殿下の怒号が飛ぶ。


「きゃぁ!? 何で……?」

「力みすぎだ!加減を覚えろッ!」

「すみませんっ」


 水圧で地面に倒れたアーリアをユークリウス殿下が腕を掴んで引き起こした。

 今日のアーリアは着飾ったドレス姿ではない。鍛錬の為に女性騎士の制服を借りて着ていたのだ。このようにずぶ濡れになるのを想定していたのではないにしろ、その判断は正しかったと言える。鍛錬や訓練にはドレス姿は相応しくない。

 アーリアは生活魔法《脱水》と《乾燥》とを自分とユークリウス殿下に施して、水分を飛ばした。


「全く……!」

「すみません、すみません!」

「反省だけならサルでもできるわ!……ほら、もう一度やるぞ!」

「ハイ!」


 ユークリウス殿下は悪態を吐きつつもその手つきは優しかった。自分の気持ちを落ち着ける為なのか、アーリアの乱れた髪を何度も指で梳いて整えていた。


「アーリア。精霊に気を使うな。精霊に善悪などないのだから。そこにあるのは人間ヒトに対する『興味』や『好奇心』だけだ。……お前は精霊に愛されいる。だからお前が精霊を使う事に、躊躇も戸惑いも必要はない」


 アーリアはユークリウス殿下の言葉によく耳を傾けながら、その美しい紫の瞳を見つめた。

 ユークリウス殿下の物言いはストレートで辛口だがそこに嫌味はない。あるのはアーリアを一人の魔法士にしようとする師としての言葉のみだ。

 このように一人の人間ヒトとして相対し真摯に向き合ってくるユークリウス殿下に、アーリアは惹かれ初めていた。

 『東の塔』の魔女としてでも『漆黒の魔導士』の弟子としてでもなく、色眼鏡なく自分を見てくれる人物など、これまでに居なかったからだ。


「お前が精霊に願うのではない。お前の願いを精霊が聞き届けるのだ」

「願うのではない……精霊が私の願いを聞き届ける」

「そうだ……ではもう一度」


 アーリアとユークリウス殿下は向かい合うとユークリウス殿下の手を取った。そして繋いでいない方の手を空へと向けると言葉を紡いだ。


「「ー我に恵みの雨をー」」


 言葉に呼応し、水が雨のようにサラサラと二人の頭上から降り注いだ。それは先ほどの滝のような豪雨ではなかった。精霊がアーリアの願う通りの雨を降らせたのだ。

 ユークリウス殿下はその現象に満足し頷くと、アーリアの瞳を見つめた。アーリアの瞳は虹色に輝き、華やかな色彩を放っている。


「必ずイメージしろ。どんな現象を望むのかを。精霊はそれを自然と読み取るだろう」

「イメージ……」


 アーリアは雨粒を頬に受けながら、雨の空に浮かぶ美しい七色の虹を想像した。幼い頃、初めて見た空に描かれていたあの虹を思い出したのだ。


 アーリアが天井を仰ぎ見ていると小雨の降る鍛錬場の天井に突如、鮮やかな虹が現れたのだ。


「これはーー!?」

「あれ?虹……?」


 アーリアは天井を見上げて呆けた声を上げる。自分がこの現象を引き起こしたのだという自覚がなかったのだ。

 だがユークリウス殿下は逆に眉根を寄せ怪訝な表情をした。この現象を引き起こしたのがアーリアだと分かったからだ。アーリアが自分ユリウスの言を信ずるあまり、今度はイメージが先行してしまったのだと理解した。しかも当のアーリアは無自覚だ。そこに危うさを感じたユークリウス殿下は、アーリアにもう一度念を押した。


「もう一度言う。精霊に善悪などない。願う結果を起こしたいのなら、お前自身が善悪を持て」


 アーリアの持つイメージが善意によるものなら良い。だが悪意によるものならば他人を、そして自分をも傷つけ兼ねないのだ。そう教えを説くユークリウス殿下の表情は硬い。ユークリウス殿下の言葉の全てはアーリアの身を心配してのものなのだと、アーリアは強く感じ取った。だからアーリアは固く頷いた。

 アーリアの気持ちが伝わったのか、ユークリウス殿下はその表情を少しだけ和らげた。いつの間には雨も止み、虹も消えていた。

 ユークリウス殿下とアーリアはまた、先ほどの要領で身体を乾かした後、鍛錬場を見渡した。


「それにしても、いつにも増して精霊の濃度が高いな……?」

「そうですね。私もこの国へ来てからずっと思っていた事ですが、精霊の濃度が高くないですか?……あ、いえ。この鍛錬場だけではなく、この城の中、全体的にですよ?」


 アーリアは手を広げて精霊の濃度が濃い場所とは王城全体の事だと示した。ユークリウス殿下は『自国と他国とは比較しにくいが』と前置きした後にこう答えた。


「……そうだな。確かにエステル帝国内ーー特に王都周辺の精霊濃度が濃く感じるな」

「王城内でも精霊濃度に差がありますよね?」

「何処が一番濃いと思った?」

「王座の間ですかね?でも、あの場は『整えられた空間』だからかも知れませんが……」


 『整えられた空間』とは火・水・風・土の四大精霊と光と闇の精霊を併せた六大精霊とを東西南北に配置した空間の事だ。王座の間は太陽と月の出入りに合わせ、計算して造られていた。そのように造られた空間は自然と力を持つ。心地良い空間には現れる精霊の数も多くなるのだ。


「それにしても多いと思います。王城内も皇太子宮内も、システィナの王宮に比べれば格段に濃いです」

「そうか……」


 ユークリウス殿下はアーリアの言葉に何か思う所があったのか、顎に手を当てて思案し始めた。

 アーリアは鍛錬場の端から此方を見ていたリュゼとヒースに手を振った。リュゼとヒースは主人たちに休憩を言い渡すべくタイミングを見計らっていたのだ。リュゼはアーリアに手を振り返すと、ヒースと共にアーリアとユークリウス殿下の元へと歩き出した。


「ん?薔薇か……」


 ユークリウス殿下は背を向けたアーリアの後頭部にふと目が引き寄せられた。再三の魔法の失敗により、アーリアの髪留めが取れかかっていたのだ。その髪留めはアーリアがどんな髪型にしようと必ず毎日つけているものだった。真紅の薔薇を模した美しい細工のものだった。

 ユークリウス殿下はスイッと手を伸ばすとその髪留めをアーリアの髪から外した。


「そう言えば、お前は大丈夫なのか?精霊に当てられたりはしないのかと……」


 何気なく手に取った髪留めに目を留めながらアーリアに声をかけた時、ユークリウス殿下は眼前のアーリアに異変を感じとった。間を置かず、アーリアは急に胸を押さえ浅い息を繰り返すとフッと意識を失い、ふらりと仰向けに倒れたのだ。



お読み頂き、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価等、本当にありがとうございます!嬉しいです!


ユリウス殿下のスパルタ授業でした。

アーリアは運動神経は死んでいますが、地道な勉強や訓練等は得意です。根っからのガリ勉タイプで、予習復習を苦にはしません。体を動かす事の方が万倍も苦痛を感じてしまいます。

ユリウス殿下とアーリアはきっと良い師弟関係になれるでしょう。


次話も是非ご覧ください!

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