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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
106/491

※裏舞台5※ 護衛として

 ※(リュゼ視点)


「くっそ!強ぇぇッ‼︎ 」


 勢いよく叩きつけられた壁から身を起こしながら、僕に向けて剣の切っ先を向ける男を睨みつけた。

 その男はニヤニヤした口元から白い歯を煌めかせている。その暑苦しい笑顔がやたらウザイ。


「はっはっはっ!まだまだだなぁ、坊主」


『坊主』の一言に眼力を強めても、その男はどこ吹く風だ。その余裕のある姿勢を崩さない。肩に長剣を担ぐように持ち直すと、僕をニヤついた笑顔で見下ろしてくる。

 青みがかった黒髪に同色の瞳。ガタイも胸板が厚く、如何にもな雰囲気漂う戦士風の騎士なのだが、この男、実は魔法も扱う事が出来る『魔法騎士』なのだ。見た目詐欺だと思う。

 だがそれもこの男の持つカードの一つなのだ。見た目で騙された奴は後に後悔するのだ。


「『坊主』ってヒドクない?」

「俺から見りゃまだまだ坊主だ。あぁ、『小僧』の方がイイのか?」


 実際その男は僕よりも年齢的に10程上だろう。

 憮然として立ち上がると、その男はまたもや揶揄ってくる。挑発のようにも思える言動の数々もこちらを誘うフェイクなのだろう。脳筋騎士の癖に頭の回る男だ。


「……もうどっちでもイイよ」


 そう言うと僕は武器を構え直した。手に持つ武器は『長剣』。扱ったことの殆ど無いソレは、まだ手に馴染むことはない。


「おッ!めげねーな?まだヤル気か?」

「あったり前だよ!付き合ってくれるんだよね?カイト」

「おーよ。坊主がヤル気なら、なッ!」


 カイトは前振りもなくこちらに突っ込んできた。それを剣の腹で受けるとビリビリっと手に痺れが走る。重い一撃に腕が悲鳴を挙げる。僕には余裕などないのに、向かい来るカイトの顔はニヤついていた。カイトにとっては挨拶がわりの軽い一撃なのだろう。本当にムカつく男だ。

 しかし僕のような者に付き合ってくれる奇特な男でもある。

 僕のこの国での『設定』はシスティナ国から招かれた姫の護衛騎士。この国ーー王城に於いてシスティナ国の者は異質な存在。システィナ国とエステル帝国は未だ終戦に漕ぎ着けていない。休戦中とはつまり戦争中。敵国同士。そんな敵国の護衛騎士に剣術を指南したがる者など普通はいない。

 この男もヒースさんからの命令だから付き合ってくれているだけだとは知っていた。だがそれを於いても実に面倒見の良い男だと思う。

 敵国の護衛を相手に悪態を吐くこともない。

 カイトが本当に自分を鍛えようとしてくれているのが分かっているからこそ、僕はそれに応えなければならない。このチャンスをモノにしなければならないと思うのだ。


 ー僕はもう負ける訳にはいかないからさ……!ー


「ーー脇がガラ空きだぜ?」


 カイトの言葉に意識を向けると強烈な斬撃と同時に脇腹に蹴りが入った。

 口から漏れる呻き。そのまま無様に転がされる。だがいつまでも転がっては居られない。真上から容赦なく剣が迫ってきたのだ。


「ーーチッ!《閃光》!」


 目が眩むような眩い光が僕の手から発せられる。カイトの動き一瞬だけ止まった。その隙に体制を整え、次の反撃に繋げようとした時………


「遅ェ!」

「ーー⁉︎ 」


 いつの間にか僕の背後に現れたカイト。身構えるがそれも意味を成さない。強烈な斬撃を剣の腹で辛うじて受け止めるが、そのまま受け流す事はできなかった。

 そしてまた、身体ごと無様に吹っ飛ばされた。更には……


「ー清冷なる白糸ー」


 カイトの紡ぐ言の葉に精霊たちが呼応し、大量の水が僕の頭上から滝のよう流れ落ちてきたのだ。


 ーザバァッー


「冷たぁ⁉︎」


 無様に転がったまま水浸しになり、濡れ鼠のように頭の先から全身がずぶ濡れになった。そこへ僕の首元にカイトの剣の切っ先が触れた。


「アッハッハ!水も滴る何とやらだなぁ?」

「……そんなイイもんじゃないよ……」


 両手を上げて降参の意思を示す。それを受けてカイトはスッと剣を引いてくれた。

 頭を振って水を散らしながら立ち上がろうとした所に、カイトが僕に手を差し伸べてきた。

 僕はその手に躊躇した。

 だが、そんな僕の様子を気にせず、カイトの方から更に手を伸ばして僕の手を掴んだ。そのまま力任せに引っ張り上げられてしまったのだ。

 僕は思わずカイトを睨んでしまった。


「……何だ?その顔は?」

「……カイト、君さぁ。僕がシスティナのモンだって知ってるでしょ?」

「当たり前だろ?そんなの誰だって知ってる」

「なら、そんなに気をかけちゃダメでしょ?」


 ユークリウス殿下がシスティナ国から皇太子妃となる姫を迎え入れた。それが僕が護衛を任されている『システィナ国の姫 アリア』。皇帝陛下に二人が婚姻する事は認められたが、未だ婚姻は成されてはいない。婚約者止まりのアリア姫は今、皇太子殿下の宮に身を寄せている。

『アリア姫』は国同士の歩み寄りーー平和の使徒として輿入れするという前提だが、その実、『人質』としての意味合いも強いよう。エステル帝国の貴族たちはそう見なしている者が多いのは確かだ。何せ、システィナ国から姫が連れて来たのは護衛騎士一人のみなのだから。政略結婚でももう少し侍女や従者を共に連れてくるだろう。


 この無茶な『設定』には、頭の回る者なら誰もが理解を示している。しかし、それに異を唱えるような愚か者はいない。下手に突けば皇太子殿下のみならず、婚姻を許した皇帝陛下にまで目をつけられるからだ。


 だとしたら突ける点はただ一つ。

 それは『アリア姫』本人だ。


『アリア姫』を害する事ができれば、皇太子殿下の思惑が全てが気泡に帰す。それを望む貴族や官僚も多い。

『アリア姫』が狙われるのは必然なのだ。

 そして狙うにしろ害するにしろ、まず邪魔者となるのは姫の唯一の味方である護衛騎士なのだ。


 それが僕だ。

 敵は必ず護衛騎士を先に狙ってくる。


 ーでも僕は弱いー


『護衛騎士』とは名ばかりで『騎士』であったことは是迄の人生で一度もない。寧ろそんな煌びやかな名誉職どころか表の職業に着いたことすら無いのだ。僕は常に裏稼業に身を置いていたのだから。


 だが、事ここに来てそんな僕の事情など理由にはならない。言い訳にもならない。

 アーリアは己の招いた結果に責任を取るべく『システィナ国の姫 アリア』を必死に演じている。日々、様々な教育を受けて、誰にも隙を作らないような『姫』と成るべく偽装工作に励んでいる。


 平民で魔導士でしかないアーリアが『姫』に成ろうとしているのだ。だから僕もそのアーリアを守る為に『護衛騎士』に成るのは当然なのだ。


 アーリアは自分の所為で僕を巻き込んでしまったと思っているようだが、それは間違いだ。あの時、僕が彼女をしっかり守れ切れてさえいれば、今頃、彼女はここに来ることも『姫』に成る必要もなかったのだから。


 アリア姫の唯一の護衛騎士ぼくを見兼ねたのだろう。ヒースさんが僕にある提案してきた。


『強くなる気はないか?』


 ……と。

 その提案に一も二もなく飛びついた。

 もう形振りなど構って居られなかった。

 子猫アーリアちゃんの護衛ーー味方は僕しかいないのだから。次に負ける事など決して許されないのだから。


 ーこれ以上、あのを傷つけさせるワケにはいかない!ー


「僕に命令以上に気をかけちゃダメだよ、カイト。君が疑われでもしたらどーすんの?」

「ハハハ!そんなコト気にしてたのか?大丈夫大丈夫!」

「君が大丈夫でもヒースさんが困るでしょ?僕、ヒースさんには世話になってるから、迷惑かけたくないんだよね〜?」


 ヒースさんは僕が『騎士』に成る為に教育を施してくれている。この鍛錬もその一つだ。

 騎士は本来、長剣や長槍を用いる者が殆どだ。騎馬戦になればどちらも併用するそうだ。だから必然的に長剣を持つ事を前提とした立ち居振る舞いが当然とされているのだ。いつでも右手に長剣を構える事を前提にした立ち方、座り方すら決まっているという。

 それを教わるにも先ずは『長剣』を扱うことに慣れねばならないのだ。


 ヒースさんは『長剣』の指南役にカイトを貸してくれた。彼はヒースさんと同じ部隊の隊員だ。

 近衛騎士団に所属する彼は、自分の鍛錬の『ついで』に、システィナ国の騎士の相手をしているに過ぎない。

 その『ついで』以上の行為は、彼の身どころか彼の部隊ーーひいては長であるヒースさんの身を貴族や官僚の目に晒す事に繋がる恐れがあるのだ。


 それは自分の望むところではない。


 ヒースさんの身は主であるユークリウス殿下の為だけにあるのだ。そしてカイトの身もそれに同じくしている。

 彼らは仲間であるが『味方』ではない。己の第一とする者が違うのだから。


 それでもヒースさんが自分とーーいやアーリアの身を守ってくれた事には違いがないのだ。彼がいなければ今頃アーリアはどのような扱いを受けていたか分からない。

 自分はそんな彼に恩を感じているのかも知れない。


「団長も大丈夫さ!お前はそんなコトなど気にせず鍛錬に励め!あの姫サンにはお前しかいないんだからな」

「……分かってるさ、そんなコト」


 生活魔法《脱水》と《乾燥》で身体を乾かすと、長剣を一度鞘に仕舞った。そして回復魔術を施して身体の痛みを取る。回復魔術は体力まで回復したりはしないが、打撲や切傷程度なら立ち所に治る。


「ほんっと便利そうに見えるな、お前の使う魔術は」

「そう?」

「ああ。だが、俺以外の場所じゃ使うなよ?目立っちまうからな?」

「何でだよ?お前もさっき魔法を使ってたじゃないか?」

「俺もさっきのはトクベツさ。お前が魔術を見せたから此方も見せた。だが、これ以降は魔法も魔術も禁止な!とりあえず剣のみで戦えるようになろうぜ?」

「……分かった」

「えらく素直だなぁ、リュゼ?」

「カイトがそう言うなら、それに理由があるからでしょーが?」

「まーな」


 僕のように短剣や暗器を扱う騎士などいない。『護衛騎士』と言うのなら長剣を扱える事が当たり前。他の術を覚えるのはその後だ。


「お前も隠してる業の一つや二つ、あるだろう?それは最後まで仕舞っておけ」


 カイトは長剣を鞘に収め、珍しく真面目な表情をした。その目に威圧が篭る。


「騎士には絶対に負けられない時がある。負けてはならない時が。そんな時には形振りなど構ってはいられない。その時の為に数多くの武器を持て」


 カイトの言葉には重みがあった。それは近衛騎士にまで上り詰めた騎士の経験から来ているのだろうか。


「その立ち居振る舞いも武器の一つだ。お前の言葉や行動が主の評価にも繋がると思え。姫サンを守りたいのなら、お前が隙を見せるな」


 僕は今まで他人たにんの言葉なんて、気にした事も気にかけた事もなかった。だけど、カイトの言葉は無視できる類のモノではなかった。素直に受け入れるのは癪だが、それがアーリアの為になるならば、自分のツマラナイプライドなど捨ててしまえばいい。


 カイトにはそんな僕の気持ちが伝わってしまったのかも知れない。ニカッと笑っていきなり頭をガシガシ撫でて来たのだ。


「あっはっは!お前が素直だとなんだか気持ち悪りーなぁ!」

「五月蝿いよ!」

「まだ元気も残っているようだし、もう一本いくか?」

「ああ、勿論だ!次こそ一発入れてやるッ!」

「そりゃ、ムリだろーけどな!」


 腰の剣をスラリと抜いた自分に、カイトが笑って応える。その暑苦しい笑顔にウザさを感じる。未だこの男の余裕が崩れた試しはない。だが……


 ー今度こそ一発入れてやる!ー


 今は護衛の役目よりも、カイトに一発入れる事の方に意識が向く。自分だって男なのだ。負けっぱなしになど、なるものか。


 ー僕は子猫ちゃんの護衛なんだからー


 男は好きな娘にはカッコイイ姿を見て貰いたい生き物なのだから……




お読み頂きまして、ありがとうございます!

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裏舞台5をお送りしました。

リュゼ編です。リュゼも地味に頑張っています。努力とは程遠い所にいた彼ですが、芯の部分は意外に真面目な男ではないでしょうか?


次話も是非ご覧ください!


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