表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
105/491

※裏舞台4※ 騎士として

 ※(ヒース視点)


 その日は其々の予定に調整つかず、珍しくアーリア様の授業は取り止めになった。

 ユークリウス殿下の護衛をわたくしの信頼できる部下に任せ、私はその日一日、アーリア様の護衛を受け持った。


 アーリア様の護衛騎士であるリュゼ殿は鍛錬場に赴いている。私の部隊の者に稽古を付けてもらっているのだ。

 聞いた所によるとリュゼ殿は騎士畑の出ではないそうで、別経由からの依頼でアーリア様の護衛となったそうだ。

 その辺りの事情は込み入っているのだろう。詳しく語らないと所を見ると、聞いてはならないシスティナ国の事情があると推測できる。私とてエステル帝国の事情を懇切丁寧に説明する気などない。裏事情や極秘事項も多い。軍事方面などは特に他国には知られてはならない面を有するのだ。

 ならば、互いに探られたくない腹は最初はなから触れなければ良い、という結論に達するは必然。

 リュゼ殿はその辺りの理解に鋭い。目線のみで言わんとする事を理解できる彼は大変、私に通ずる面がある。


 リュゼ殿は『騎士』としては身軽に見えた。だが逆に、そこを見込まれてアーリア様の護衛となったのだろうとも思う。しかし『システィナ国の姫の護衛』としてはそれだけでは駄目だ。『騎士の真髄を知れ』とまでは言わないが、最低限、騎士としての立ち居振る舞いが出来なければ舐められてしまう。

 よりによって、貴族たちはそういう隙を良く見抜くのだ。そこを突かれればアーリア様とて危険に晒されてしまうだろう。

 だからこそ、リュゼ殿にはそれを補うに足る『知識』と『振る舞い』を身につける必要があった。

 リュゼ殿もそれは重々承知のようで、私の提案に一も二もなく乗ってきた。エステル帝国の騎士に一度は捕まり、ユリウス殿下にアーリア様を人質に取られた事には、思うところが多くあったのだと思われた。


 アーリア様の前ではいつも笑顔を見せているリュゼ殿の、主君アーリアさまを守れなかった時の表情を知っている私としては、その内心を思い至る事が出来てしまった。だから彼を助けて差し上げたいと思う気持ちを持ってしまったのだろう。


 ー同じく『唯一のあるじ』を持つ者としてー


 リュゼ殿はアーリア様を私に任せ、自分は鍛錬へと出かけて行った所を見ると、彼は私に少しは心を許して頂いていると見て良いのだろう。


 そんな彼の主君あるじーーアーリア様は本日、『魔宝具マジックアイテム製作』をなさっている。

 アーリア様はシスティナ国の『東の塔』を守る魔女と聞いていたのだが、どうやら魔導士としての顔と同時に魔宝具職人マギクラフトとしての顔も有しておられるようなのだ。


 魔宝具マジックアイテムとは、システィナ国原産の魔導士による『魔術』を込めた道具だ。

 『精霊』重視であり『魔法』主流の国家でもある我が国エステルに於いて、『魔術』のすいを集めた魔宝具は、殆ど流通していない。そこにはやはり魔術に対しての拒絶感があるのだ。一度根付いた固定観念はなかなか覆る事は、ない。


 我が主君あるじ、ユークリウス殿下が例外なのだ。ユリウス殿下は新しい文化を好む性質をしておいでで、何に対しても興味を示される。あの皇帝陛下の実子であるのに実に意外な、そして異常にも思える性質、と周囲には異様がられているが、その性質は幼少よりの皇帝陛下ちちおやに対する反発心と、個人的な性質の違いによる所が大きいと思われる。

 後はーー少年時代に留学先で出会われた隣国エステルの王太子ウィリアム殿下の影響ではないだろうか。停戦中の隣国同士、本来ならば友情を育むような仲にはならないと考えられたお二人だが、何故か友人となられた。学生時代、お二人の間に何があったのかは存じ上げないのだが、恐らく『馬が合った』というものだろうと察している。


 そのような理由もあり、我が主君あるじユークリウス殿下は、魔道具をいくつか所有しておられる。その殆どがウィリアム殿下より横流しされた物だ。

 これが実に使い勝手がよく、私も初めて見た時は大変驚いたものだ。

 今思えば私も『固定観念』が抜けきっていなかったのだろう。


 そんな逸話のある魔道具を、アーリア様は自らの手で作る事が出来るそうだ。しかも、寧ろそちらが本業だそうで、この事実にも大変驚かされた。実に多彩な才能をお持ちだ。


 ーふふ、あの時の殿下は実に嬉しそうでしたね?ー


 先日、アーリア様はユークリウス殿下に可愛らしい『おねだり』をなされた。それが魔道具を作る為の素材を買って欲しいというものだった。

 ユークリウス殿下はといえば、アーリア様が魔道具職人マギクラフトだと知って、それはもう喜ばれた。そして勿論、アーリア様の可愛らしいおねだりを快く叶えられた。


 そも、アーリア様は一般的な姫君のように贅沢をされたり、高価な買い物をなされたりする様な方ではない。ユークリウス殿下としては仮の妃ーー未だ仮の婚約者でしかないーーとは言え、自分の伴侶(予定)には違いなく、常々、アーリア様には宝石の一つでも贈りたいとお思いだったのだ。そんな折、本人より実に可愛らしいおねだりなどワガママの範疇には入らず、拒否する要素もなかったのだろう。

 しかも、それが自分も興味を持っている魔宝具を作成する為の素材だと言われれば、即、飛びつかれたのは想像に難くない。


 眼前にある長机テーブルの上に並べられたそれらーーアーリア様は様々な色の天然石が入った小瓶を並べ、その一つひとつを手にとって陽にすかして見たり、手元の用紙にペンを走らせたりして、実に真剣な表情で考え事をなさっている。このように生き生きなさっているアーリア様のご様子を、私は初めて拝見した。


 アーリア様はエステル帝国へと連れて来られた際、低体温症に侵され、青白い顔色をなさっておいでだった。その後、お目覚になられてからは自分の置かれた理不尽な状況に苦悩され、悲痛な面持ちを持たれていた。ユリウス殿下との取引に応じて以降は『システィナ国の姫』として立ち居振る舞いを教育されている毎日にも、文句の一つも漏らさず黙々とこなされている様は、『従順で大人しい少女』という印象だった。しかし最近になって、アーリア様の新たな一面を見る事が増えてきたように思う。

 特に、先日学ばれた社交ダンスの練習風景が印象的に残っている。


 アーリア様は魔術の文様ーー『魔術方陣』だと後で教えて頂いたーーの描かれた羊皮紙を広げると、そこに幾つかの天然石を置かれた。


「何をなさるのですか?」


 私はアーリア様の背後から頭越しに覗き込むと、疑問に思った事を直接尋ねてみた。

 護衛の立場としては護衛対象に声などかけず、他の騎士同様に直立不動で立っていた方が良いのだが、私はその姿勢を敢えて崩した。アーリア様も特に気分を害された様子もなく、顔を上げて私の質問に答えてくださった。


「天然石や宝石に『魔術』を籠めて『魔道具』を作ります。本当は宝石を加工する所から出来ればいいのですが、生憎ここには道具も揃ってないので、今はこれが精一杯ですね」

「ほう、ではこの石がその土台になるのですか?」

「はい。天然石には一つひとつ効果があるので、それを踏まえて『魔術』を組み込みます」

「この石一つひとつに……」

「ええ。天然石の中でも『水晶』は有名ですね。石の効果は『あらゆる幸運を呼び寄せる万能石』です。全体的な運気の底上げや全てを清め調和させたい場合に使います。以前、これに《浄化》を組み込んだ事があります」

「では、この石は?」


 私は紫の小さな天然石を手に取った。ユリウス殿下の瞳の色に酷似している。


「それはアメジストですね。石の効果は『直感力を高める魔除けの守り石』です。……丁度良いですね。これに《結界》を組み込んでみましょうか?」


 アーリア様はテーブルの上、魔術方陣の描かれた羊皮紙の上にアメジストと呼ばれる天然石を一つ置かれると、その上から手を翳して瞳を閉じられた。一呼吸後に目を開かれると、その虹色の瞳は魔力を帯びて紅い輝きを放ち始めたのだ。翳した掌を中心に魔術方陣が展開され、羊皮紙の魔術方陣と重なると、一瞬、瞬い光を放つ。


 アーリア様の雪の如き白き髪は魔力の高まりを受けて空中へ棚引く。その姿はまるで妖精が舞い降りたような幻想的な光景に見えた。その美しく神秘的な光景に私は一瞬魅入ってしまっていた。


「《光の籠》」


 ーキィィンー


 鈴のような乾いた音色が部屋に響いた。その後には魔力光は空気に淡く溶けて消えていった。


「はい、出来ましたよ」


 アーリア様は羊皮紙の上に置かれたアメジストを手に取ると、事もなげに私の掌へと渡してこられた。私は少し驚きながらもそれを受け取った。

 その紫の石を掌の上で転がした後、ある事に気がつき、目の前に掲げて陽の光に透かしながら石の中を覗き込んだ。


「これは……石の奥に何か刻まれてありますね?」


 親指と中指に挟んで石の中を見れば、石の中心に一見すると傷のように見える小さな文様が浮かんでいるのが分かった。


「それが《結界》の魔術方陣です。所謂、魔術の構築式ですね」

「これが、ですか?……でも、良かったのですか?このように魔宝具の生成過程を簡単に他人に見せても」


 私は魔宝具として生まれ変わったアメジストをアーリア様の掌の上にお返ししながら、素朴な疑問を投げかけた。

 しかし私の心配を他所に、アーリア様は瞬きを何度か繰り返した後、にっこりと笑ってこちらを見上げて来られたのです。


「問題ありませんよ。見ただけで作れるのなら、誰でも魔宝具職人マギクラフトになれますから。でも実際はそうじゃないでしょ?」


 「私が騎士になれないのと同じですよ?」と爽やかに答えられたアーリア様は、何処か、何かを悟っておいでだった。

 その通りだ。見ただけで出来るなら、人間、何事にも苦労はしない。見ただけで出来るならアーリア様とて社交ダンスを簡単に踊れた筈なのだ。

 アーリア様も私と同様、あの日の事を思い出されたのだろう。その目が少し此処ではない何処か遠くを見つめておいでだった。

 余談だが、あれからアーリア様は毎日社交ダンスの練習を重ねられ、就寝前にも一人でステップを踏んでいらっしゃるそうだ。その姿を想像すると大変微笑ましく思う。


 アーリア様は先ほど魔術を施したアメジストを長机テーブルの上に置くと、金具のパーツをいくつか取り出して、あっという間に銀のチェーンを取り付けて細工をなさってしまわれた。


「《固定》」


 アーリア様がそう一言呟かれた後に、魔道具もう完成していた。

 アーリア様は椅子から立ち上がると、私の方へと振り向かれた。


「ヒースさんにどうぞこれを……」

「これは先ほどの……?」

「はい。結界魔術《光の籠》を組み込んであるので、ヒースさんの魔力に反応して発動します」

「……頂いてしまっても、よろしいのですか?」

「よければ受け取ってください。ユリウス殿下をお守りする際のお役に立てて頂ければ幸いです」


 《光の籠》という魔術は所謂いわゆる万能結界で、物理的攻撃にも魔力的攻撃にもある程度対応できる魔術だそうだ。そして何より、アメジストは鮮やかな紫の色を持つ宝石。高貴なその色はユークリウス殿下の瞳の色に酷似している、とアーリア様は仰った。

 この魔宝具を持ってユリウス殿下の護衛に従事する自分を想像すると、背筋が伸びる気持ちだった。


「アーリア様、ありがとうございます」


 私が感謝を述べると、アーリア様は柔らかな微笑みを見せてくださった。その笑顔はこの国へ来てから一番和やかなもので、しかもその笑顔から、私の心情を何もかもを理解しておられるのたと、察せられた。


 私の本当に守るべき主君あるじは皇太子ユークリウス殿下ただお一人。その為にはアーリア様とて切り捨てざるを得ない時が来るかもしれない。それをアーリア様はご理解なされている。もしその時が訪れても、アーリア様は憤りをお見せになる事などないのだろう。

 そのような未来の可能性を全て分かっていて尚、アーリア様は私に魔道具をくださったのだと理解した。


 私はアーリア様の前に跪き、その白い手の甲に唇を落とした。


 私はユークリウス殿下の騎士。ですがアーリア様、貴女の事も出来る限りお守りしましょう。貴女は主の大切な婚約者殿なのですからーー……


 その後、耳まで真っ赤に染めて固まってしまわれたアーリア様を、不覚にも可愛らしい女性だと思ったのは致し方ないこと。しかし、私のこの想いは、胸の奥底に留めることにしよう。


 アーリア様はこの日の午後、他にも様々な天然石を用いていくつかの魔宝具を生成なされた。その一つはきっと、我が主ユークリウス殿下にお渡しなされる筈だ。


 ーその時、我が主はどのようなお顔をされるのはだろうか……?ー


 私は様々な思いを馳せながら、この後もアーリア様の護衛に従事するのだった。



お読み頂き、ありがとうございます!

ブックマーク登録など、本当にありがとうございます!嬉しいです!


裏舞台4をお送りしました!

ヒースは初対面からリュゼとアーリアに気を許していました。直感的にユークリウス殿下の害悪にならないと感じていたのではないでしょうか。


次話も是非ご覧ください!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ