※裏舞台3※ 侍女として
※(フィーネ視点)
それはアーリア様がユークリウス殿下の元へ来られてから幾日か経った日のこと。先日の皇帝陛下への謁見に於いて、アーリア様は『アリア姫』として皇太子殿下の婚約者と認められ、滞在のお許しも得ることができ、それによってアーリア様の教育が本格的に始まる事となり、本日は午後から学者をお招きし、エステル帝国の歴史を学んでおいででした……。
「アリア様?……どうされましたか?」
歴史教育を終えて自室へと戻られる最中、急に立ち止まられたアーリア様の背に、私は声をおかけした。アーリア様はと云うと、先ほど曲がって来られた廊下の角の方をじっと気にかけておられるご様子で、背中から発せられる気配に何処となく緊張感が見えました。
「……フィーネ、この宮の内部は皇太子殿下の配下の者しか、入っては来られないですよね?」
「はい。それも限られた者のみでございます」
緩やかに揺れた白髪。アーリア様の麗しの顔が私の言動を探るように向けられた。虹色の瞳が煌めき、魔力を帯びて揺れている。その瞳の輝きを見るたびに、こちらの心が見透かされているような気になった。
「では、もし不審者が入り込んだ場合は?」
「滅殺のみでございます」
「そう、ですか……」
アーリア様は私の言葉にその一言のみで了承を示されると、手を振り払うような動作を廊下の先へと向けられた。瞬間、私の背筋にはゾワリと冷たいものが走った。
アーリア様の周りにはいつの間にか魔法による文様ーー後に『魔術方陣』という名だと教わったーーが現れていた。
「ぐっ⁉︎ 何だこれはーー!」
廊下の先から男の呻き声。
「フィーネ。不審者を捕らえたのだけれど、この後はどうします?滅殺します……?それよりも騎士たちに引き渡して尋問した方が良いのではと、私は考えたのですが……?」
「ええ、それが宜しゅうございますね」
事もなげに話すアーリア様の表情に動揺など微塵もなく、怯えた様など見せないそのお姿に、私は頼もしく感じたました。怯えて縮こまるだけの姫など、ここでは何の役にも立たない。守られるだけの姫など、皇太子殿下には不要なのだから。
暫くすると我が弟ヒースがリュゼ殿を伴い、数名の騎士と共にやってきた。そして、事態を察した騎士たちは魔術の鎖で拘束された不審人物をひっ捕らえて行った。
「アリア様、お手数をおかけして申し訳ございません」
「いいえ。こちらこそ騎士の仕事を奪ってしまい、申し訳ございませんでした」
ヒースがアーリア様に形式ばった謝罪をするも、アーリア様は首を少し振って謝罪は不要だと告げ、更には自分にも非があると頭をお下げになったのです。これで警護の騎士たちは咎められる事はございません。
アーリア様ーー実際には『アリア姫』の謝罪がなければ、皇太子殿下の宮に賊を侵入させ、システィナ国の姫を煩わせたとして、警護担当の騎士の誰かが咎を受けたでしょう。
このような対応の仕方など、私は未だお教えしていないというのに、システィナ国ではただの平民魔導士だという彼女の思慮の深さには驚かされる思いがしました。
その後、アーリア様はリュゼ殿に付き添われて自室へと帰って行かれた。
私は現場に残り、ヒースに事の次第を報告せねばならなかったのです。ヒースは部下たちを全て下がらせると、ごく個人的な雰囲気で私に話を聞いてきた。
「姉上、あの者は……?」
「歴史学者の助手だと名乗った男です」
「ああ、本日、アリア様は午後から歴史の授業でしたね?」
「ええ。アリア様は熱心に学者の話に耳を傾けていらしたのに、本当に残念なこと……」
このままだと当分の間、歴史の授業はなしになるでしょう。学者の助手が不審行動を起こしたのです。学者本人にも捜査の手は伸びるのは必然。
「仕方のない事でしょう。それに、きっとアリア様も理解を示されますよ?」
「そうですわね」
私の歯切れの悪さが気になったのか、ヒースは目をスッと細めてこちらの本心を探るように見てきたわ。
「……。姉上はアリア様に厳し過ぎやしませんか?彼女は実際、よくやっていますよ?」
「それは分かっています。ですが、アリア様はそこいらの姫と同じであっては困るのです」
ヒースの非難するような言葉に、私は顔から笑みを消して反論しました。
ユークリウス殿下には敵が多い。これまで皇帝陛下に本格的に楯突くような事はしないまでも、皇帝陛下を擁立する派閥の者には、容赦ない鉄槌を下されてきた。
今思えば、それがキッカケだったのでしょう。ユークリウス殿下の周囲に不穏な影が付き纏うようになったのは……。
ユークリウス殿下のご意志とは反し、無断で側室を送りつけてくる事など序の口。毒殺紛いの事件もこれまでに何度も起きました。
しかも、今日まで頑なに突っぱねてきた皇太子妃を、システィナ国からの姫とはいえ、ユークリウス殿下が受け入れる姿勢をお見せになった事から、遅かれ早かれ『自分の娘を妃の一人に』と画策する者も現れるでしょう。その中には、アーリア様のお命を直接狙う輩が現れる可能性も大いに考えられる。
このような時、何の抵抗もできない御令嬢(箱入り娘)では使い物にならないのです。自分の身は自分で守り切れる者でなければ、簡単に傷つけられてしまうのですから。
また、『システィナ国の姫を皇太子妃へ』というユークリウス殿下の画策は、国の上層部を探る為の策でもある。その画策に於いて『アリア姫』という存在は囮の要素が強く、どんな事態にも臆せぬ『システィナ国の姫』を作る必要がありました。
アーリア様がエステル帝国へと起こしになる前ーー計画段階では、そのようにユークリウス殿下の画策に使える都合の良い姫(意訳)など見当たらず、一時などは私がその役を担うという案さえ出ていたのです。ですが、私の顔はそこそこ知れていた。あからさまに『罠だ』と判る策など、誰も引っかかりはしないでしょう。
もう、この策そのものを放棄しようとの流れになっていた時、折良く、アーリア様がユークリウス殿下に保護されて来られたのです。
「アリア様は『そこいらの姫』ではございませんよ?現に貴女の鬼教育にも根をあげていらっしゃらないではないですか?」
「は……?私の教育など、なんて事のないモノでしょう?」
「姉上。それ、本気で言ってらっしゃるのですか?」
「本気も何も、何故、ヒースに嘘など言う必要があるのです?」
ヒースはどこか呆れた態度で首を振った。私の言動のどこに疑問があるのかが分からないけれど、ヒースには何かしら思うところがあったらしいわね。
「そのような態度こそが、嫁に行き遅れる原因かと思いますが……?」
「実の弟に着飾った態度を取って、何の意味があるのです?それに、嫁に行く事がユークリウス殿下の助けになるのなら、私はいくらでも参りますよ。ヒースだってそうでしょう?」
「そうですね。私もユリウス殿下の為になるのなら、幾らでもこの身を捧げます」
私たち姉弟に結婚願望などありません。継がねば絶える家もないのです。そんな私たちの共通点は『ユークリウス殿下に生涯の忠誠をお誓い申し上げている』という点です。ユークリウス殿下の為ならば、喜んで死地にも参ります。婚姻とて、ユークリウス殿下の助けになるのなら、勇んで行うでしょう。
だからこそ、それ以外の目的で婚姻する意味は見当たらないのです。
「しかし、本当にアリア様は大丈夫だと思いますよ。姉上もそうお思いでしょう……?」
アーリア様の先ほどの手腕。訓練を積んだ私よりも、その反応速度は速かった。実際、不審者の対応を聞いてからの判断、そして実行までの一連の流れはこちらの予想を遥かに上回っていたのです。
不審者の対応をお聞きなされたあの時、私の『滅殺のみ』という答えにも驚いた様子をお見せにならなかった。きっと、本当に殺らねばならない時には、容赦なく不審者の命を断てるのでしょう。そう、私には思われました。
「『試験』はこのくらいにして、そろそろアリア様を認めて差し上げてもよろしいのではないですか……?」
「あら、バレていたのですか?」
どうやら弟には私のした事が全てお見通しだったようですね。
そう、あの不審者は私が招き入れました。初めから歴史学者共々、ユークリウス殿下の害になる者と分かっていて雇ったのです。それにアーリア様が気づくかどうかが重要でした。
ー最後の試験としてー
「試験の結果はどうでしたか?」
「ふふふ、本日のディナーにはアリア様のお好きな生クリームのケーキをお出ししようかと思っています」
「それはお喜びになるでしょう」
ヒースの微笑みに偽りはございません。先ほどの私への非難の言葉といい、アーリア様への擁護と取れる言葉の数々といい、どうやら愚弟の方が先にアーリア様に対して及第点を与えていたようですね。
アーリア様ならば私が身を呈し侍女としてお仕えしても構わない。あの方は私の期待に応えてくださるに違いないのだから。ーーそう、私も確信を持ちました。
「では、ヒース様。私はそろそろ参りますわね」
砕けた姿勢を一変させ、笑顔に満ちた『いつも』の侍女姿を作ると、近衛騎士ヒース殿に向かって優雅に一礼しました。それこそ、これよりアーリア様の侍女として仕えに参る、私の矜持の表れだったのです……。
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裏舞台3、ドS侍女フィーネの独白をお送りしました!
フィーネ本人にドSの自覚はございません。実際、アーリアはフィーネにビビっていますが、極力それを顔に出さないように猫を被っています。フィーネは鈍感ではないのですが、自分がビビられている事は知りません。
※ヒースとは一卵性の双子です。
次話も是非ご覧ください!