※裏舞台2※ 親馬鹿は今日も健在
ある日の晩、弟子その1が簡易厨房で魚を捌いていた時、その声は隣室より齎された。
「〜〜あんの馬鹿娘!」
師匠が上げた声が部屋全体に響き渡る。弟子その1は料理の手を止め、包丁片手に隣室を覗き込んだ。
師匠は国王陛下からの書状を読むなり苦々しい声を上げて、その手の中の書状をぐしゃりと握りしめた。
「師匠、ソレ、王様からの書状じゃなかったっすか?それには何てーーヒィ!」
師匠が弟子その1にぐるりと顔を巡らせた時、その美しい顔には鬼の形相のような表情を貼り付けていた。そのあまりの眼力に弟子その1は飛び退いていた。
ーヤベェ!ー
弟子その1の野生の勘は『近寄るな』と伝えている。君子危うきに近寄らず、だ。
師匠は怒っていた。それも、これ程までに怒った師匠を弟子その1は今まで見た事がなかった。それ程に、だ。
あのバルドの所業でさえ怒るどころか呆れが勝っていたのだ。それが『誰』が『どの様な事』をヤラカシテ怒らせたのかは分からないが、その馬鹿の所業のせいで師匠の怒髪天を突いていた。
「〜〜あんの馬鹿娘がエステルに攫われた!」
「ハァ⁉︎ マ、マジっすか⁉︎ なんで⁇」
弟子その1は師匠の手から国王からの書状をひったくると、その内容を速読した。
それによるとナイトハルト殿下の誘いからウィリアム殿下の思惑暴走に繋がり、事態の収拾を鑑みて『北の塔』を訪れるハメになったアーリアはそこで、ナイトハルト殿下に横恋慕した北の魔女の手により塔から突き落とされた。そして湖から川へとどんぶらこと流され、そこに待ち受けていたエステルの騎士に捕らえられた……らしい。
話はそこで終わらず更に急発展。
エステル国の騎士に囚われたアーリアはユークリウス皇太子殿下に保護されたは良いが、その皇太子殿下の策謀から『システィナ国から平和の使者として親善目的で輿入れする姫』とされたらしい。しかもその画策にはシスティナ国も大々的に加担。既に偽装工作済み案件だそうだ。
何をどーしたらこーなる?
等級試験を受けさせてからこの半月、音沙汰がないと思い心配しかけた矢先にコレか⁉︎ 馬鹿も休み休み言え‼︎ と師匠が叫んだが、弟子その1も同じ内容を叫びたかった。だがそこは敢えて何も言わずに押し黙った。
弟子その1はアーリアの置かれたあまりの状況に呆れ果て、思ったことをそのまま口にした。
「アーリアがシスティナの『姫』って、無理がありすぎるっしょ⁉︎」
「そこなの⁉︎ 君が心配するトコロは?」
「え〜〜じゃあ、ナイトハルト殿下を挟んで三角関係(笑)とか⁇」
「〜〜〜〜そこも有るけど!」
「水泳教えとけば良かった!とか、何で《浮遊》を使わなかった?とか……」
「アーリアが鈍いから咄嗟には無理でしょ、それは!」
「あーーーーあれだ!《転移》の魔宝具渡しとけば良かったっすね?」
「それだよ、一番は!」
弟子その1の絶叫とも呼べる最後の一言に、師匠はその場に力なくうな垂れた。
「ちょっと世間勉強させようとしたらコレだよ?」
「……師匠の世間勉強のさせ方がスパルタなんすよ?初めから最高難易度なんてアーリアにはムリっすから!」
アーリアは師匠のようにその魔力と冷えた笑顔で世間を黙らせ、王族・貴族の言動・野心をのらりくらりと躱せる程の度胸も威厳も根性もない。その見た目も小娘と呼ばれるソレなのだ。嘗められているとしか言いようがない。
その小娘を貴族社会の荒波に放り込む師匠の所行は鬼畜そのもの。
『東の塔』の魔女と知られるようになったアーリアは今、国に所存する自称忠臣の皆様にとって恰好の餌食だ。それが分かった上で師匠はアーリアを敢えてその波に放り込んだのだ。 可愛い娘を想うが故の行動とはとても思えない。
「んで、どーします?連れ戻します?」
『可愛い妹は何より大事』を地で行く弟子その1の目は本気そのもの。国同士の画策など妹愛の前には紙同然。妹を傷つける奴は滅べ!と本気で思っている。
弟子その1の考えにすぐ賛成すると思われた師匠は、突然その首をぐぃ〜〜と曲げると何やら思案し始めた。
「ん〜〜〜〜そうだなぁ?ちょっと待ってみようか?」
「へ⁉︎ 何でっすか?」
「アーリアがエステルにいるのなら、丁度良いかも」
「何がっすか?」
「調べたいコトがあったんだけど、面倒だったんだよね〜?」
「何を調べたいんすか?」
「んふふふふ……」
「…………」
質問には一切答えず笑い出した師匠に弟子その1はドン引きした。
師匠の不気味な笑い声に、弟子その1はいつもの笑みを消して冷ややかな目線を向けた。しかし師匠は弟子その1の視線にメゲるようなヤワな精神などしていなかった。
「……分かったっす。でも、アーリアが本当に危なくなったら、師匠を置いてでも俺がアーリアを迎えに行くっすからね?」
「当たり前じゃないか?その時は私も一緒に行くよ。僕の可愛い娘だよ?何で何処の馬の骨とも分からない野郎の所にお嫁に出さなきゃならないのさ?」
「……師匠。実はめちゃくちゃ怒ってるっしょ?」
「アハハハハ!私が怒ってるって?」
「……その馬の骨はエステルの皇太子っすよ?」
「馬鹿の国の皇太子なんかに、うちの子をあげる訳ないでしょーが?」
「……そーすね!それでこそ師匠っす!」
こんな馬鹿げた事を計画した隣国の馬鹿皇子。それに乗った自国の馬鹿王も同罪だろう。
保護者たる師匠に一言の相談もないまま敵地のアーリアに任務を与え、自国の為に利用する事を決めた国王陛下はじめ貴族官僚に、師匠は大変御立腹だった。
それはそうであろう。そこには個人の生命の心配などないからだ。あるのはお互いの自国の利益のみだ。
しかし、ここで師匠がしゃしゃり出て行けばどうなるかも、師匠には分かっていた。何時迄も親が子どもを庇ってはいられない。アーリアは自身の身に降りかかる事件を自分の手で解決する能力を培わねばならないのだから。
しかしソレはソレとして、師匠は怒りを鎮める気はないと見えた。
「……姉貴が怒ったら今度こそ屋敷を半壊どころじゃ済まないと思うっすけど。まぁ、頑張って説得してくださいっすね、師匠」
「ーー⁉︎ ああ、それがあったか……」
最大の難所を忘れていた師匠は目を見開いたまま、その場に崩れ落ちた。
「でも師匠よりも先ず、この北の魔女ってヤツを許さないっすよ、きっと」
「その時は俺も姉貴に付いて御礼参りに行こう!」と言った弟子その1の手には、艶めかしい光を放つ出刃庖丁が握られていたのだった。
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師匠、弟子その1のご登場でした。
彼らにかかれば皇太子殿下も馬の骨扱い。弟子その1のシスコン具合は今日も健在です。
師匠には何やら別の思惑がありそうですね?しかし師匠がアーリアを心配している事は確かです。
※彼がご出馬なされば、きっとどちらの国も(物語も)半壊しかねません。
次話も是非ご覧ください!