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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
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※裏舞台1※ 暗躍する者たち

 ある部屋で三人の男たちが集っていた。三人の議題は先ほど行なわれた玉座の間での出来事についてだった。


 本日は午後より玉座の間において、本国エステルの皇太子殿下が皇帝陛下へ、隣国システィナより招いた姫を『お目通り』されていたのだ。皇太子殿下はそのシスティナ国の姫を『皇太子妃にする』という目的で招いていたのである。そしてその事を皇帝陛下に許可して頂く為の謁見でもあった。


 エステル帝国とシスティナ国とは長らく停戦状態が続いている。停戦とは終戦には非ず。どちらかの引き金一つで戦争にも、平和的終戦にもなる危うい均衡を保ち、既に五十年もの歳月が流れていた。

 そのような危うい情勢の中、隣国より未来の皇帝の妃となる者を得ようなど、皇太子殿下にどのような思惑があるのかが垣間見得ようというものだ。


 皇太子殿下はこの国において『改革派』と呼ばれる派閥に属している。皇太子殿下は『精霊信仰』を掲げるエステル帝国の中で、他国の『魔術』や『魔道具』といったモノを取り入れようと画策しているのだ。

 しかしそのような考えは真に精霊を愛し、信仰する者たちにとっては許し難いもの。『魔術』とは精霊の信仰を蔑ろにする悪しき術なのだ。人が作り出した魔術チカラなど神々が創り出した『精霊魔法』に比べれば、なんと浅ましく卑しいものか。

 そんな魔術や魔道具を輸入し、『精霊信仰』のとこの国の未来とを脅かさんとする皇太子殿下の考えは、古くから根付く教えを貫かんとする『穏健派』にとっては邪悪な思惑なのだ。到底受け入れられる訳がない。


 ここに集った三人は『穏健派』の中でも特に権力と発言力を持った者たちだ。その中心に立つはこの国の宰相閣下、その人なのだ。

 初老と呼ばれる年代のブライス宰相閣下の出自は公爵家。血筋を遡れば建国の父にまで及ぶ名家の生まれだ。その才覚を持って現皇帝の御代をその立帝から支えている古株の筆頭。皇帝陛下の右腕として今現在もこのエステル帝国を支えている忠臣だ。

 年齢的には次代に交代するのが筋なのだが、彼にその気はまだない。彼の率いる『穏健派』が議会の発言権と権力の半分を牛耳っている為、次代を見据えた改革を押し進めたい『改革派』の意見を受け入れてる事はない。幾度となく政権交代の意見を跳ね除け続けているのが実情だった。


 濃い茶色の髪に赤茶の瞳を持つ壮年の男性は、柔らかな棉の敷き詰められたソファへ深く腰掛けながら話し出した。


「……まさか陛下がシスティナの姫を皇太子妃に迎える許可をなさるとは、驚きでございましたね?」

「これまでどんな娘にも見向きもせなんだあの小僧が『システィナの姫を娶りたい』などと馬鹿げた事を言い出した時には、儂も呆れ果てておったが……」

「それは貴殿だけではありませんよ。皆、呆れておりました。我々からの反発で、あのような世迷言を仰っているのかと思っておりましたからな……」

「だから皇太子殿下から皇帝陛下への目通りの願いを、誰も拒絶しなかったのではないか?」


 皇帝陛下に目通りを果たした所でシスティナ国からの姫とはいえ、直ぐには許可など出されぬだろうと思われていたのだ。それは皇帝陛下ご自身が心底『精霊』を深く愛し強く信仰なさっている事を、誰もが知っているからだった。

 そこに魔導士などという、魔法の原理を元に創り出した『魔術』を扱う者を輩出している国の姫などーー戦時中の人質としてか政略結婚以外にーー受け入れられる事はない。

 親善目的としての政略結婚はこれまでも幾度かあったのは確かだ。だがそれは貴族においてが殆どで、王族(皇族)間で行なわれた事実はない。親善目的と呼んではいるが、実質は互いの国を牽制し合う人質の意味合いが強いのだから。


「……それにしても驚きましたな?まさかシスティナ国の姫が『精霊の瞳』の持ち主とは……」


 ブライス宰相の前に座る初老に差し掛かるであろう男が、顎に蓄えた膨よかな髭を撫でながら呟いた。すると『精霊の瞳』という単語には、他の二人も肩を竦めた。


『精霊信仰』を仰ぐ者たちにとって、精霊から愛されるという要素は甘美な才能だ。それは『魔法』そのものが『精霊かみ』に選ばれし者しか扱うことができぬ『奇跡の術』だからだ。

 エステル帝国では『精霊』とは神々の使者と考えられている。『魔法』とは神々の使者である精霊に認められし特別な人間が、その行使を許された御技なのである。即ち『魔法』を扱うことの許された者が『神の使者』とも考えられるのだ。

 以上がこのエステル帝国にとっての『常識』だった。


 エステル帝国に於いて、『精霊』とは絶対的存在だ。故に『精霊』を見ることのできる者、『魔法』を行使することができる者は何事に於いても優遇される。職業も身分も財力も権力も、全てが『精霊』優位なのだ。

 貴族たちは当然そのチカラーー『精霊』を見る事ができ、『魔法』を使う事ができるーーを有している者しかいない。そしてそのチカラを維持し向上させる為だけに、『精霊』に愛される者の血をに取り込んできたのだ。自然と皇族・高位貴族にはチカラの濃い者が存在する事になったのは言うまでもないだろう。

 しかしこのように、どれだけ濃い血の繋がりがあろうとも、これまでエステル帝国内で『精霊の瞳』を持って生まれた者など存在しない。そもそも『精霊の瞳』とは神話ーー御伽噺の中で語らる類いのモノなのだ。それに焦がれる者は多くいるが、現実に在ると考える者はいない。そんなモノを信じるのは幼子くらいだった。


 しかし、現実にそれを持つ者が存在した。


 先頃、皇太子殿下が連れてきたシスティナ国の姫だ。齎された情報ではシスティナ国 国王夫妻の養女。先々代国王の娘だそうだ。


 システィナ国の姫が顔を上げた時、皇帝陛下は勿論のこと、近くにいたブライス宰相も思わず息を飲んだ。そのなんとも形容し難く美しい輝きを放つ虹色の瞳。多量の魔力を帯び、その色彩を何色にも変えていく不思議な瞳に、身体に甘い震えが走ったのだ。そして、その瞳に引き寄せられた多くの精霊たちの姿に、その瞳が本物だと悟った。


「……口惜しいものよ。我が国の者ならいざ知らず、魔術などという奇き術を扱う国の姫などに『精霊の瞳』が齎されたというのは……」


 部屋に入った時から沈黙を続けていたブライス宰相が、漸くその固い口を開けた。手を組み、己の腹の上に据えると脚を組み直した。

 ブライス宰相の低い声音が部屋にポツンと落ちた時、向かいに座る二人の男は口を噤んだ。それはブライス宰相の瞳に底知れぬ闇を感じたからだ。


「……だがあの姫、本当にシスティナ国の『姫』なのだろうか?」


 ブライス宰相はその視線を向かいの男ーー濃い茶色の髪の壮年の男の方へ向けた。その目線の意味を察した男は、深い息を吐いた。


「……ご存知でしたか?」

「この国の中で私に知らぬ事などない」


 濃い茶色の髪色の壮年の男は「あぁ……」と呻いて、天井を仰いだ。


「な、何だ……?」

「イグニス公爵はご存知ないのか?」

「貴殿らの意味する所に見当がつかぬ。……何があったのだ、ライニー侯爵?」


 濃い茶色の髪色の男ーーライニー侯爵は観念したかのように前髪をぐしゃりと掴むと両手を組み、それを膝に乗せた。


「……私の手の者がシスティナ国のある魔女と通じている事は以前お話させて頂きましたが、覚えておいでだろうか?」

「ああーー覚えておる。それが……?」


 システィナ国のある魔女というのはシスティナ国北部に聳え立つ『北の塔』の軍事結界を担っている魔導士だ。その祖母はエステル帝国の出身だ。

『『北の塔』の魔女と通じ『塔』の結界を無効化する』という画策は、聞いた者の誰もが眉を潜めるような類いの愚策だった。

 かく言うイグニス公爵もそのような画策が上手くいくとは思っていなかった者の一人だ。


「……成功、したのか?まさか……⁉︎ 」

「いやいや!成功してはいないのです。現に『塔』の《結界》は未だ解かれてはいません」

「ーーだったら何だ?」

「『北の塔』の魔女を取り込む事には成功したようなのですが、何やら計算違いが起きたようで……。当初の予定では『北の塔』の魔女には甘言を持ってエステルへ寝返らせ、『塔』の《結界》を解かせるという計画でした。ですがその魔女が自らの欲望の為に、計画そのものの内容を変えたのです」


『北の塔』魔女の計画とは、自分の恋い焦がれる王子を手に入れる為に別の魔女を陥れる、というものだった。

 陥れた方の魔女をエステル帝国へ引き渡し、システィナ国への人質とする。その後エステル帝国にその捕らえた魔女を脅しに使わせ、システィナに戦争を仕掛けさせる。システィナ国がエステル帝国に敗戦し帝国に侵略された暁には、麗しの王子を自らの手中に納める。

 という、実に自分本位な欲望の為の計画を耳にしたライニー侯爵と、ライニー侯爵より話を聞いたイグニス公爵とは、流石に開いた口が塞がらない思いを抱いた。


「何とまぁ……小娘の横恋慕を成就させる為だけに、大それたことを。己の欲望にニ国を利用しようと考えるとは……」


 イグニス公爵にも年頃の孫もいる。その者たちを思い出し、我が家が少し心配になってきていた。

 自分の孫は大丈夫だろうか?恋を拗らせたりはしていないだろうか?と。


「……そもそも貴族令嬢が恋愛結婚などできる筈がなかろう?」

「まぁ、そうなんですがね……。それはこの際置いておくとして、『北の塔』の魔女は己の障害を取り除く為に『ある魔女』を招き、自らの手で塔から突き落としたのです」

「なんと!ーーで、その突き落とされた魔女は……」

「私の手の者がシスティナ国とエステル帝国との国境付近で張っていたところ、川を流されてきた魔女を確保したという報告があったのです」

「成功しているではないか!」

「そこまでは『北の塔』の魔女の思惑通り、という事でしょうなぁ……」

「捕獲した魔女はどこにいるのだ?そもそもその魔女とは……?」


 ライニー侯爵はバツの悪そうな顔を更に歪ませた。このような茶番をこの二人の大物に曝け出さねばならない事自体が、ライニー侯爵にとっては罰ゲームのようなものだ。己の手の者の失敗は、己の失敗なのだから。


「捕獲した魔女とはシスティナ国の東を守る『塔』の魔導士だったのですが、その魔女はもういません」

「何故だーー⁉︎ 」

「皇太子殿下が事態を嗅ぎつけ、連れ去ったからです」

「ーーーー‼︎ 」


 ライニー侯爵の脱力した言葉にイグニス公爵は目を見開いた。


「皇太子殿下ーーあの小僧が……?」

「そこにきて、あのシスティナ国の姫です……」


 ライニー侯爵の言わんとする事を察したイグニス公爵は、知らず浮かせていた腰をソファに沈めた。暫く天井を見上げて瞑目すると、徐にスッと背を正した。

 黙って二人の会話を聞いていたブライス宰相が口を開いた。


「……あの姫が本物のシスティナ国の姫でないにしろ、あの瞳は本物だ。もはや戦争に利用する事は勿論、殺す事など出来はしない」


 それが『精霊』を神と崇める者たちの見解だった。

『精霊の瞳』を持つ姫のこのエステルでの価値を、この三人はしっかりと理解していた。利用できる駒として。


「あの姫を我が手の内に納めねばならんな……」


 エステル帝国の『精霊信仰』を壊そうとする皇太子などに、あの瞳を持つ者を手にする資格などないのだ。真に『精霊』を崇める自分たちにこそ、『精霊』の加護があらねばならぬのだから。


 ブライス宰相の瞳が怪しく煌めく。彼の周りに不穏な空気が流れる。魔力に惹かれた精霊が集い、舞い飛び、笑い声をあげる。

 ブライス宰相の笑みに、ライニー侯爵とイグニス公爵が同じく己の口元に笑みを浮かべた。


「先ずは姫の周囲を探るとしようか……?」


 ブライス宰相の漆黒の瞳が怪しく輝く。それはまるで夕闇に浮かぶ星のようにな光を帯びていた。


お読み頂き、ありがとうございます!

ブックマーク登録など、大変嬉しいです!励みになります!ありがとうございます!


小父様三人組登場です!

ナイスミドルな小父様たちの暗躍。アーリアとユークリウス殿下はどのように対処していくのでしょうか?

次話も是非ご覧ください!

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