7.梨紅栞(後編)
なんか特に書きたいことが思いつかなかったので、梨紅栞は二部構成。
次は適当に魔法を使うシーンでも入れたいかなぁ、と思ってます。
すいません、更新が遅れます。
次の投稿は、12月6日です。
「あたしんち……母子家庭でさ……あんまりお金に余裕がないんだよね」
私が梨紅さんに分かりやすいように一所懸命にこの国の言語を教えていると、唐突に彼女はそんなことを言い出した。
「あ、別に不幸自慢したいわけじゃないよ?パパだって死んだわけじゃないんだし……」
「では、離婚でもされたんですか?」
「ん、まぁそんなとこ」
あいうえお順に文字を書き取りしながら、梨紅さんは寂しそうに続ける。
「別に仲は悪くなかったと思うんだけどなー。なんでか上手くいかなくてさ……。あたしが小学校卒業したくらいにパパ、居なくなっててさ……。紙だけ置いてあった。『出て行く』って」
紙だけ残されて離婚させられた母親と、その親に付き添うようにして側にいる小さな女の子。
そんな構図がありありと思い浮かばれる……。
……結構、悲しい話だ。
梨紅さんは中途半端な話を嫌ったのか、更に話を続ける。
「そのときのママはさ……いっつも、あんなに喧嘩してるのにさ………すっごい、涙流して泣いててさ………。まぁ、あたしも当然泣いたんだけど。だってパパのこと好きだったし。女の子定番の、『将来はパパのお嫁さんになるのー』宣言だって二桁は言ってた。だけど……もう、パパ帰ってこなかった…………」
そのときのことを思い出したのか、彼女は涙で目を真っ赤にしながら静かに嗚咽を漏らす。
「……そこからは、ママが一生懸命に働いてた。パパは、お世辞にも高い給料貰ってたわけじゃなかったから……あたしたちもその日暮らしって感じで……高校生にもなって化粧の一つも出来ないくらいだった……」
高校生から化粧って……。
最近の娘はませてるなぁ。
なんて、そんな感想を抱きはしたが、梨紅さんの泣いている姿は真剣だ。
よっぽど女の子らしい遊びを我慢したのだろう、とそう思えた。
だが、私はそこで一つ疑問に思った。
「……あれ?では、その髪はどうしたんですか?」
「……髪?」
「はい、その真っ赤な髪です。そんな地毛を持っている方は向こうではいなかったと思うので、恐らく染色だろうと思っていたのですが……」
梨紅さんの髪色は鮮やかな赤色。
俗に言う鮮血色というやつだ。
一応、地球でも赤毛と呼ばれる人は居たには居たが……。
梨紅さんほど鮮やかな色合いをしていない。
精々が茶色気味の赤、といったところだろう。
となると、この色合いは地毛ではないということになる。
そう思って私が尋ねると、梨紅さんはふるふると首を振った。
「あたし、小さい頃は行った記憶あるけど、中学入ってからは床屋には行ったことないし……ましてや美容室なんか近づいてすらないわ。この髪はここに来てからこうなったんだけど……みんな、色が変わるんじゃないの?」
「いえ、そんな話は聞いたことがーーー」
……あっ。
そう言えば、オルソフィア姫の授業でこんなことを言っていたような気がする。
『いいですか?魔法というのはその人の素質的なものが大半を占めています。属性魔法がほとんど使えない人がいるのはもちろんのこと、大抵の属性なら器用に使いこなせる人や、中には一属性しか使えない代わりに爆発的なまでの威力を発揮させることが出来る人など……。魔法は資質によって大きく効力が変わるんです。……ですから、できるだけ相手の属性に合わせて戦う癖をつけるようにしてください』
『でも、相手の属性が見分けられないときはどうすれば?』
『うーん、相手の性格とか実際に魔法を使わせてみての性能差とか……後は、一属性だけに秀でた人とかは体の色素に色濃く影響したりすると聞きます』
『なるほど……』
あのときは、話半分に聞いていたが……。
もしかしたら梨紅さんは一属性だけに多大な才能を秘めた人なのかもしれない。
私は、そのことを梨紅さんに話してみた。
「へー、なるほどねー。だったらあたしは髪色で言えば火属性ってことになるのかな?」
「多分、そうだと思います……まぁ、と言っても最近魔法を習い始めたひよっ子なので何とも言えませんが……」
「いやいや、そんな畏まらなくていいわよ。もしかしたら才能があるかもしれないって知れただけでも精神的に楽になったわ、ありがとう」
「いや、そんな礼を言われるほどでは……」
それに結局のところそればっかりは器具で調べて貰わないと細かいところはわからない。
少なくとも、私のこんな聞きかじった見解などは血液型判断ぐらいの精度しかないだろうし……。
と、そう思って思案していると、梨紅さんがじっーと、私の側頭部を睨んできた。
「……さっきから気になってたんだけどさ………。そのお面なんなの?」
「……」
どうやらこの娘は神装も知らないみたいだ……。
◆
「へー、あたしにそんな力が……」
しばらくして、梨紅さんに一から神装の説明をし終えた私は、背もたれぐったりともたれかかっていた。
あまり自分が詳しくないことを説明するのって存外に難しいことなのだな。
と、人生約40年目にして新たな悟りを開いていた。
「おー、確かに……なんか変なのがあるね、けっこー熱い!」
「そうですか……」
私のときはやけに冷たく感じたのだが……。
梨紅さんの言い分を聞くに随分と個人差があるみたいだな。
「いやー、ホントに教えてくれてありがとねっ。これでようやく帰る手段を探せるかも……」
まだ、言語の初歩しか学んでいないというのに随分と前向きな発言をしてくれるものだ。
まだまだこれからだろう、梨紅さんが読解できるようになるには。
私はそう思って口を開きかけて、思いとどまって口を閉ざす。
まぁ、ここは日本じゃない異世界だ。
この身にかかる不都合は出来るだけ個人で取り除けるようになっておかないと先々困るだろう。
そう思って私はいらぬお節介を避けて立ち上がる。
「ん?もう帰んの?」
「ええ、もう随分といい時間ですし……」
もう既に夕方。
日が既に落ちかけて、空を茜色に染めている。
そろそろここを出ないとオルソフィア姫に誘われている夕食に遅れてしまうかもしれない。
それは、私の心象的にも社会的にも物理的にも……。
とりあえず、色んな意味での死を招きかねないので、彼女との付き合い方はそれなりに気を遣ってやるようにしている。
じゃないと、いきなり王国をクビになりでもしたら私はこの先どうすればいいのか分からないからだ。
まぁ、長々と語ってしまったが、つまりは国王様が怖い。
この一点に尽きるというものだろう。
私は机に椅子を入れ、その場を立ち去ろうとすると、梨紅さんから去り際に声がかかった。
「今日は久しぶりに楽しかった、ありがと!また明日コレの翻訳の仕方を教えて欲しいんだけど、いい?」
窓から差し込み夕日の光に照らされ、彼女の顔に朱色が鮮やかに射し込む。
真っ赤な髪によく似合ったその笑顔は、自然と私の心を引き寄せてーーー
「分かりました。また明日、頑張りましょう」
と、明日はオルソフィア姫の講習があるというのに、ついついそんな約束をしてしまいました。
ブクマ、ポイント、ありがとうございます!