第二話 『物語の始まり』
その日は、空には太陽の光を遮るものがない晴れの日でした。私は、いつも通り、ちょっぴり怖がりながら過ごしていたのです。そして、いつも通りに終わっていくんだと、私は思っていたのです。
縁側から見えるピンク色の花が咲く木を眺めながら、村の入口付近で採れる山菜で作られた昼食を食べている時、日常が崩れてしまったのです。それは、祖母から出た言葉でした。
『明日来る、ガージに乗って学園、とやらに行ってきなさい』
私は、思考が止まり、何も言えなかったのです。いえ、言ったところで、この村の長である祖母が言うのであれば、私には拒否することなど出来ないのです。
そう、拒否することが出来ない、と気付くのに少しばかり時間を要してしまったのです。
暖かい食事をしている時、基本的には誰も喋らない静かな空間。祖母が食事は静かに食べたい、と思っているのを周りの皆は気付いているので、食事をとる音だけが辺りに響いています。そんな中。そう、そんな中、祖母が口を開いたのです。
「ヒイラギや、明日、街からガージが来るだろう」
凛、と淡いような綺麗な声が響きました。私は、驚きのあまり、答えることが出来ず箸を口に咥えたまま、ぽかーん、としてしまいました。祖母は、私が返事をしないのを気にせず、間を置いたあと喋り出します。
「ヒイラギが怖がりなのも知っている。しかしながら、これはこの村の長の家系であれば仕方のないこと。唐突で申し訳ないとは思うが、明日、ヒイラギには都の学園とやらに通って貰う」
淡々と、喋る祖母は私を見ず、ただ無感情な瞳に何も映さず、虚ろなまま告げたのです。私は口の中に残っていた食事を飲み干し、祖母に言葉を掛けようとしました。しかし、祖母が私を視界に入れると、グンッと何かに引っ張られるような、突き放されるような、おかしな感覚を体に受けたのです。
ズルズルと、暗いモノに、引き摺られていくのです。心臓が、お腹が、キュッと誰かの手で握り締められるように痛く、呼吸が浅くなり始め、頭の奥でガンガンと音が鳴っているような気がして視界が回る。
それからのことはあまり記憶がありません。
全くもって記憶が無いのですが、布団で寝ているところを確認すると、普通に過ごしていたのではないかと思えるのです。そして、昨日のことは夢なのでしょう。きっとそうに決まっています。これは常日頃周りに怯えて外に出ない私が作り出した偽りの記憶。恐怖が創り出した幻なのです。
きっと。
そう。
思っていたのです。
「ヒイラギ、頑張ってくるんだよ」
「ヒイラギや、その腕と耳につけているモノだけは外すことはないように、な」
「ぐす、寂しくなるなぁ……」
「長期休暇、帰ってくるの待ってるからね、姉さん」
「ねぇちゃ、いってらっしゃい! きをつけてね」
母、祖母、父、弟、妹が怯えている私を見送ってくれています。母は不安そうな顔で。祖母は困ったような顔で。父は大泣きしながら。弟は少し呆れたような顔で。妹は笑顔で。私を。
しかし、私は素直に受け止められないのです。
「ヤダヤダヤダヤダー! 行きたくないー! 外に出たくないー! 怖いよぉ! むりむりむりむりー!!!」
ガージと呼ばれる動く箱の透明な板を叩きながら声を上げているのですが、祖母達には聞こえないのか反応を返してくれません。
「こんなに叫んでるのになんで聞こえないんですかぁああああああああああ!!!! 裏切り者ぉおおおお!!!! あああああ!!! うわっ!動いた!!! コイツ動いた!!! 帰る!!!! ガタガタする!!!! いや!!」
段々と遠くなっていく祖母達の姿に嫌だ、と叫びながら情けなくも涙を流すのです。それが、覆せないことだと分かっていながら。