第三話
遅くなってしまいました。申し訳ございません。
「カズヤ、その、私はこれからどうすれば良いの?」
「え?」
「だから、私はこれから…」
「……知らないよそんなの」
和也にとって、エレナからのこの質問には答えようがなかった。むしろこっちが何の用か聞きたいぐらいだ。
「………」
「………」
「ご、ごめんなさいね。こっちが急に現れて迷惑を掛けているというのに…その…」
「………」
「………」
2人とも黙り込んでしまった。異世界の人間に会うなどというとんでもない現実を前に、お互いこれからどうすればいいのか分からないのである。
「あ〜…」
とりあえず何かを喋ろう。そう思った和也が声を出した瞬間、
ガチャッ
「お兄ちゃん起きてるー?お腹すいたからご飯作ろ……」
「おおおはよう!琴音!今日もいい日にな、なりそうだねぇ!」
妹の琴音が部屋に入ってきた。確かに琴音が部屋にやって来るのも不思議ではない。カーテンの隙間から漏れる光の明るさがそれを示している。時刻は朝の8時頃だろうか。
和也は無理のある笑みで琴音にあいさつをしたが……
「お兄ちゃん…ついに…ついに…」
琴音はその場にいる破廉恥な格好をした美少女を見逃さなかった。その美しさ、格好、そしてその女が兄の部屋にいることに体を小刻みに震わせながら、数秒の間その場に突っ立っていたがついには
「……おめでとう」
と小声で呟き、和也にグッと親指をたてて合図をしてから部屋の扉を閉めた。
タッタッタッと琴音が廊下を走る音を聞いた瞬間、和也は光をも超えるような速さで部屋を出て妹を追いかけた。なぜなら我が妹は実家に「お兄ちゃんが夜、女を家に連れ込んで(ry」と電話をするだろうから。たぶん、きっと、絶対。それは嫌だ。嫌だ嫌だ。そんなこと親に知られてたまるか。
幸い、アパートである自宅は広くない。すぐに妹のいるリビングに辿り着く。
「ンン待つんだ琴音ェェ!」
案の定、琴音はスマホを見ていた。
「な、何よ〜お兄ちゃん〜」
何故か嬉嬉としてこちらを見てくる。
「は、早まるでない!親にこの事を電話しないでおくれぇ」
「やだなぁ、電話なんてしないよぉ。ただちょっとメールで……」
スマホの画面を覗き込むと案の定「お兄ちゃんが女を部屋に連れ込んでた」とのメールの文面が表示されていた。これはまずい。和也はすぐさま琴音に手を伸ばし、
「だからっ、やめろってっ」
妹の手からスマホを取り上げるとそのメールの文面を削除して自分のポケットにしまった。
「え、ちょっと返してよ」
「嫌です。没収します」
「そもそもお兄ちゃんが夜に女を連れ込んだのが行けないんじゃん!」
「それは違うんだって…」
「あのー」
兄妹の言い争いが始まったところに声がかかった。正に今問題となっている本人、エレナであった。ボロ布一枚の際どい姿でこちらを見つめるエレナを見て、和也は顔を背けながら
「あーとりあえず、服、着替えよっか」
と提案した。
ーーー
「ふーん」
和也が琴音にこれまでの経緯を話すと琴音は納得がいかない顔をした。大いに不思議な出来事を目の当たりにした和也でさえも、完全に異世界から人がやって来たなんて信じきれていないのだから仕方がない。
そんな琴音が見つめる先に、和也のTシャツとジャージを履いたエレナがいる。現在、兄妹とエレナがお互いに向かい合う形で居間の席についているのだ。
ちなみに琴音の女子用の服はサイズが合わなかったらしい。誰から見ても明らかなサイズの違いだったから仕方がないね。
すると次に、琴音はこんな質問をした。
「あなた、異世界から来た割には随分と日本語がお上手ね」
確に。和也はそう思った。この世界でさえ多くの言語があり、ましてや英語や中国語でも無く日本語を流暢に話すことが出来る異世界人というのは不自然である。
だが、エレナは得意気にこう答えた。
「ふふん、それは私の魔法、言語魔法のおかげよ」
「「な、なんだってー!」」
……兄妹は一呼吸置いて話を続けた。
「え、それは、まさかの……」
「違う言語を一瞬で習得できるとか……?」
「ええ、そうよ」
この瞬間、兄妹の頭の中を今までの勉学の記憶が走馬灯のように流れていった。初めてアルファベットとやらに出会い、主語やら動詞やらと教えられ、和也に至ってはその後もどれほど「英語」に苦しめられてきたことか。
「なぁ、その魔法僕にもかけて…」
「ま、待ってお兄ちゃん。まだこの女がそんな魔法が使えるだなんて証拠が…」
琴音が和也を制しようとした瞬間。
「─────」
「「え?」」
「── ───?」
何とも聞き取れない言語を、エレナが話したのである。2人の兄妹はキョトンとした。
「お、おい琴音。これは、何語だ?」
「さぁ。でもウチらの知らない言葉なんて沢山あるだろうし、ねぇ…」
琴音はエレナの方を見る。するとエレナは
「わざわざ一度魔法を解いてまで私のいた世界の言葉をしゃべってあげたのに。はぁ、これでも信じてもらえないのかしら?」
これ以上、為す術もなく彼女はため息をついた。出来ることなら1発どデカイ魔法でも放ってやりたいものだが、そんなことが出来る環境ではないことは異世界人であるエレナの目からしても明らかだった。先程ちらっと窓の外を見てみたものの、どこまでも建物の列が続いたからだ。この世界は一体何なのだ、というのがエレナの心中だった。
「「………」」
3人が黙り込んでしまったその時だった。
ピーンポーン…
アパートのチャイムが鳴った。3人の間に、特に和也には大きな、緊張が走った。もしもこれが訪ねてきた両親なんかだったら……。しかし、こんなアパートにドアホンなんてない。確認のためには玄関の扉のレンズを覗かなければならない。
和也は玄関へ静かに歩いた。あわよくば居留守が使えるかもしれない。それでも誰が訪ねてきたのかは確認しておこうと、恐る恐る扉のレンズを覗く。
そこに居たのは明るい茶髪の、日本人離れした美しい顔立ちをした女の子だった。年は琴音と同じくらいだろうか。
和也が誰だ?と思った瞬間。
「エレナ!ここにいるのはわかってるのよ。出てきなさい!」
その女の子は、大きな声でこう告げた――――
一週間以内には!次話を!