7:ある日、爆弾がおちてきて
数分間、無言で宴会の後始末をして、ショッピングモールから撤収する。
星の世界は薄らと去りつつあり、空は日の出で白み始めていた。荒野の向こうに朝焼けがかすかに伺える。
「……で? どうする?」
唐突に発せられた李の言葉に、他の四人全員が傾注した。彼女が銃を握っていたからだ。
「あたしたちは、リアルじゃ何の接点もないネットだけの友人のはずだった。けど、実際はそれどころじゃない、深い深ぁい仲の敵同士。……特にノヴの首を持ち帰れば、あたしの国じゃ点数になるかもね。
敵と見たら殺すのが、あたしたちの共通のルールでしょ?」
李の問いかけに、名指しされたノヴさんが答えた。
「……いや。ぜったい、いや」
強く、強く拒絶するように首を何度も振った。
「みんなは、殺したくないし、殺されたくもない……さっきだって」
と、こちらを見て彼女は泣きそうな顔をする。
「途中から、シュガーかもって気付いてた……でも、信じられなくて」
そうだったのか……やっぱり大した勘だ。俺は、彼女がノヴさんだと気付けたのは最後の最後だ。それも奇跡じみた直感の産物だった。
「……俺、嘘ついてたからな」
「違う、の……ともだちと現実で会えるなんて、いいこと、わたしにはもうぜったいに無いって……そう思ってたから……」
絞り出すように、彼女はそうつぶやいた。
「だから、みんなとこうしていられるのが、すごい嬉しい……でも、がっかりしたでしょ? わたし、こんなのだから」
柄には手垢が染み付き、刃には拭いきれない血油が浮いたナイフ。機械的な動作音を発する義足。それを順番に見て、ノヴさんは言う。
「いや……そんな事は」
俺は、強く否定できなかった。
がっかりした、というのとは違う。決してそうじゃない。
けれど、ノヴさんには――自分と縁遠い世界の住人であって欲しかったと思っていたのは事実だ。
彼女は俺の反応を受けて、陰鬱と俯く。
「サトウさんは、ソル充であってもリア充とは言えませんね……童貞こじらせ過ぎですよ」
こちらの脇腹を肘で小突いて、ジャンがたしなめてきた。俺は言葉に詰まる。
「ノヴさん、女性陣だけでなく、僕ら男衆もギルマスが大好きですよ。特にサトウさんはひどい。僕ら学校通った事ないけど、これはあれですよ、教師に恋慕する小学生ですね。自分の妄想が肥大化し過ぎて一歩も動けなくなってるタイプですよ」
「なっ、おい! うるせぇぞ!」
「ぐええっ……や、止めて下さいよサトウさん……僕ぁあんたと違って筋肉の付かない運命の永遠の美少年なんですから……凡人並に鍛え込んだソルジャーマッスルには勝てないですって……」
ヘッドロックをかけられながらも減らず口を叩くジャン。
ちら、と横目でノヴさんを見ると、彼女は耳まで赤くして俯いている。う、なんだこの気分は。妙に居たたまれない。首筋も熱い。
「……ちっ」
ジャンを解放すると、生ヌルい笑顔を浮かべてやがる。覚えてろ。
「……李、もう良いだろう。……お前もどうも、こじらせているな」
ユーリに肩を叩かれて、李は安全装置のかかった銃を収め、その手を振り払った。
「るっさいわよ……………………だって」
その肩が、震えだした。
「だって、いつか、こうなるかも知れないじゃない」
彼女の言葉に、全員が息を呑む。
「今回みたいな事が二度と起こらないなんて保証、ないじゃない。その時も都合良く五人だけで、ってそんなわけないでしょ。部隊行動の最中だったら、嫌でも戦わなきゃいけなくて……状況に流されて、気持ちも固まらないまま殺したり、殺されたりして後悔するくらいならいっそ……でも、あたしだって」
ひく、と李は喉を引きつらせる。
「がっかりしたって? 当たり前じゃない。なんでよ、なんであんたら全員揃いも揃って兵隊なのよ……こんなのってない。こんなのってないわよ……死ぬのを見ないで済むから、安心しちゃって、すっかり油断して、友達になっちゃったってのに……殺したくもないような関係になってから、実はご同類でした、なんて……ひどい梯子外しじゃない……神様があたしたちの事大嫌いだってのはとっくの昔に承知してたわよ! でも……ひどい、ひどいよ……なんであたしたちばっかり、こんな目に遭うのよぉ……っ!」
引き絞るような悲哀と慟哭。荒野に涙滴が落ちて染み込む。
十八歳の俺は現実に涙する事はない。
ただ、それは自分を諦めただけだ。涙が涸れただけだ。
ここにいる全員が、かつて同じ理由で泣いた事があるのだろう。
俺たちに出来るのはただ、枯れ果てるまで泣く事だけだ。世界の中で唯一銃を持っている俺たちは、しかしひどく弱々しい。涙が尽きれば、荒野のような寂寞とした光を瞳に湛えて、死ぬまで機械的に動き続けるだけの存在になる。
俺たちには泣き崩れる少女を救う事はできない。俺たちが、自分を救う事が出来ないから。
「――ううん」
当然のように、白髪の少女が口にもしていない俺の言葉を否定した。
「戦おう」
ノヴさんは、俺たちの中央に立ち、そう言った。
「軍と手を切って、地上で暮らそう」
「何を……馬鹿な」
苦虫を噛み潰した表情で、ユーリが漏らす。
「我々が軍と離れて生きていけるものか! リメディエーションは完了していない……占領地の他は、重金属に汚染された海と草一つ生えない荒野……餓えて死ぬだけだぞ」
「占領地のプラントを襲撃すればいい」
「それこそ愚策だ! そんな事をすれば、連中は本気で我々を追い回す! お願いだ、そんな夢を見させるような事を言わないでくれ……」
「――全員殺す」
そう、あっさりとノヴさんは言ってのけた。
「政府が諦めるまで、もういやだと思うまで、殺し尽くす。わたしが大事なのは、もう、あなたたち四人だけ。みんなしか、もういなくなった。わたしは、わたしのともだちを泣かせるやつをぜったい許さない。それが世界という状況なら、それでもいい。いつも通り。殺すやつが多くなるだけ」
狂気。
おそらくは、彼女を見る誰もがそれを感じるのだろう。俺たちが軍と敵対すれば、尖兵は同類の孤児兵か。地上の孤児兵は現在全世界でおよそ三百万人。それらに、友達が泣くから殺すという。なんだそれ。コンビニ感覚か。
しかし、狂気は俺たち兵士にとって間近な隣人だ。なんて事はない。
俺は――自分が救われないと諦めている少女が、友達を救う為には一つたりとも躊躇わなかった事に、強い敬意を感じていた。
ああ、そうだ、この少女はやはりノヴさんだ。俺たちのギルマスだ。
「――GPSを誤魔化すのはお手のモノだ。李もそうだろ。当面、時間は稼げる」
俺は進み出てそう言った。
「プラントを襲うなら派手な方がいいな。人間、AI満遍なく七割は殺す必要がある。残り三割に自国を引っかき回して貰う……まずは武器だな。重火器の類と戦闘車両が要る。基地を襲撃して盗もう」
「サトウまで……! お前は、卒業の年じゃないか……」
「いいんだよ、そんな事は――本当に、どうでもいい事だ」
ユーリに告げる。
「それともユーリは、この話に乗るのは嫌か? それならそれでいいんだぜ? 五人全員が同意しなけりゃ俺も止める。俺たちのギルドに多数決はない。だろ?」
ノヴさんに問いかければ、彼女も頷いた。
ユーリは、目を赤く腫らして、涙を目尻に溜めつつ自分を見つめる李を眇め見た。
「軍を離れて生きる自分を、考えた事もなかったんだ……私は」
長身を、抱えるようにして身震いする彼女。
「でも、お前たちの中では、好きな自分というものを考えていられた……なら、答えは決まっている」
スリングに吊った狙撃銃を担え、ユーリは離反に同意した。
「ジャンは?」
「乗りますよ。ええ。今来てる波は今年最大級のビッグウェーブです」
こちらはびっくりする程乗り気だった。
「決まりだ。やろうぜ、ノヴさん。俺たちは〝30:5:3〟だ。洪水を乗りこなして、アララト山で星を見よう」
「……それ、ギルド結成したときのわたしの台詞」
「言えるのか? リアルのあんたが、この台詞」
「……むり。……サトウのいじわる」
むぅ、と頬を膨らませてノヴさんは唸った。そして、くすり、とかすかに笑う。
俺も笑った。笑って、互いに拳を当てた。
いささか対面で面喰らいはしたものの、やっぱり彼女は俺の相棒、背中を預けるに足る友だ。
いいさ、この五人で戦ってやる。勝ち抜いてやる。
初めて、自分たちの為の戦争をしようじゃないか――
この時の俺は、人生最大級に浮かれていた。
すっかり、油断していた。生まれ落ちてこの方、ここまで気を抜いた事は無かった。
だから、失念していたのだ。
俺はこの時、もっとも目を離してはいけない人間と別行動を取っていた事を。
この地上で、うかつな兵士がどういう運命を辿るかを。
気付いたのは、ノヴさんだった。夜明けの空、基地の方角を見て全身を泡立たせた。
「みんな、逃げ――」
最後まで言い切る前に、俺たちの視界は太陽よりも目映い白に 染ま り