6:少年兵、オフ会をする
「――ねぇ」
突然響いた第三者の声音に、俺とサイボーグ兵士――ノヴさんは同時に武器を構える。
「あ、待った、待った、ストップ。ね? 戦る気ないから、話聞いて」
諸手を挙げて入り口に立つのは、(ノヴさんよりも)小柄な少女だ。十歳には達していまいが、戦闘服を着て地上に立っている以上、同業者には違いなかろう。
兵士にしては長くて邪魔そうな金髪、宝石じみた碧眼。人形的な容姿だ。
「お前、一階の敵を始末した殺し屋だろ。何の用だ――近付いてくるんじゃねぇ」
相手の素性の見当をつけて銃を向ける。油断させて後ろから刺す手合いに特有の気配をビンビンに感じる。これ以上近づけるのは危険だ。
さて、コイツはどんな甘言で俺たちの背中を取るつもりか……
「この異常な偶然に驚きを隠せないんだけど……アンタら、ドルイドのシュガーと剣士のノヴなの?」
俺とノヴさんは同時に顔を見合わせた。なぜ、俺たちのゲーム内の職業を知っている?
「マジみたいね……」
殺し屋は、ピッチャーフライを鳥が加えてスタンドに持っていったのを目撃したみたいな、なんとも言えず変な顔をする。そして言った。
「あたし、マフィアのムーニー・サルヴァトーレよ」
驚愕の事実うんぬんより、「そんな職業はねぇから」という突っ込みが先に思い浮かぶ。
間違いない。この微妙な空気をかもせる人間はムっさんしかいない。
「……マジで?」
俺も降参のポーズのままこっちを伺う彼女と同じ顔をした。こんな偶然、あり得るのか?
「――あ、あのぅ」
第四の人物の声がして、再び俺とノヴさんと、そしてムっさんが同時に武器を構えてそちらを見る。
俺が吹き飛ばした入り口の瓦礫から這い出て、やはり諸手を挙げたポーズで一人の少年が現れる。濡れたような墨色の髪、グリーンの瞳、褐色の肌、小動物的な体格。人畜無害そうな雰囲気がするが――出て来た場所が問題だ。どうやらこの男、俺とノヴさんが全力で戦り合っていた区画で両者から気配を殺しきっていたらしい。
「……あんたは?」
なんとなく、三人を代表して聞く。
「えーっと、僕は……K3です」
「………………………………………………そ、そうなんだ」
銃口を下ろして、そうコメントするより他無い。
「あ、銃向けてゴメンね?」
「いえいえ……」
このなんとも言えない空気、一千年前のインターネット文化の住人なら分かるだろう。ネットでしか面識のない友人が四人、不意打ちで出会ってしまった時の、微妙極まる距離感。
「――お、おい!」
天丼ってヤツだ。もう驚かんぞ俺は。
とは言え、お約束的に五人目の人物に各々武器を向ける。
やはり降参のポーズで広場に現れたのは、モデル並にスタイルのいい、プラチナブロンドをポニーテールにした女だ。長く無骨なライフルをスリングで留め、肩に引っかけている。
「……ぁ」
小さくノヴさんがうめいた。多分、彼女の狙撃チームを仕留めた狙撃兵だ。
四人に比べてあからさまに剣呑な気配の漂う、武人じみた空気の少女はこう言った。
「わ、私は……………………………………ペトルーシュカだ」
勇気を振り絞った感のある告白だった。まぁ、気持ちは分かる。
銃を下ろした俺は、あらためてつぶやいた。
「…………………………………………マジで?」
まさに、異常極まりない偶然であるが。
ギルド「30:5:3」のメンバー全員は、こうして、戦場にて一堂に会した。
「うげっ、マズ。マッズ。やっぱアメリカの後継者を名乗るだけあって、レーションゲロマズだわ~。いやほんとマズいわよこれ。いくら他の装備潤沢でもアメリカっぽい軍にいなくて良かったって心底思ったわ今」
チリソースをからめたマカロニのようなナニカを口にしつつ、ムっさんが悪態をつく。
俺たちはあれから、広場の中央の床に車座に腰掛け、もそもそと他国のレーションの試食会を開始していた。
なんで? って聞いてくれるなよ。分かるだろ? しばらく顔を見なかった友人と久々に会ったとき「せっかくだからなんかしなきゃ」という強迫観念に駆られるアレだ。俺たちは一応毎日のように会っているが、似たようなものだろう。
「その点どーよ我がちゅーごくっぽい国一万年の歴史が生んだ地底原産激ウマ戦闘糧食は! あじおーも目からビーム出す出す! まぁ、あくまでレーションの範囲内の味なんだけど」
「いや、こりゃウマイようん。特に豚の角煮がウマイ。っつーか、もう五桁台突入してんのな、オタクの国の逆サバ文化」
「なによ、白髪三千丈ってゆーじゃない。ヨタ話はデカけりゃデカいほど景気が良くていーのよ」
ドヤ顔で言う金髪碧眼美少女――国籍は中国っぽい国。
何も珍しい事じゃない。五百年前の時点でありとあらゆる人種がシャッフルされて久しい。
となると劣性遺伝の金髪碧眼は逆に珍しいんじゃないかって説は……ある事情で棄却される。
「しかし、クニの呼び方はウチと変わらないのな」
「そりゃそーでしょ。行った事もない地元の呼び方なんてどーでもいーし。あんたも洗脳ビデオの上映中寝てたクチでしょ?」
「いや、アニメとゲーム動画と映画をローテしてた。まぁ、ルドヴィコ療法の椅子みたいのを持ち出されても、ネットに接続すりゃ意味ないしな」
「よっ同志、後でサメ映画とゾンビゲーと西暦二千年頃のジャパニメーションを肴にトークしましょう」
ぽんぽんと肩を叩いてくるムっさん。初顔合わせなのにやたら気安い。
……多分、普段はこれで油断させて後ろから刺してるんだろうなぁ。俺は大丈夫だよね? 信じてるぞギルメン。
「シュガーさんシュガーさん、ウチのも食べて下さいよ。僕のとこは火星で一番食の熱いフランス寄りですからね。味は保証できますよ」
エスニックな見た目の美少年の割りに国籍はEUっぽい国のK3が、缶詰を勧めてくる。ナチュラルに貢いで来るね、君。部隊での処世術に苦労してるタイプだろうなぁ。
「やっぱり内輪でも仲違いとかあるの? 君のとこ」
言葉に滲むニュアンスから問いかけると、K3はふっ、と疲れた笑いを漏らした。
「火星は世界で一番痴話喧嘩がやかましい場所ですよ。イギリス野郎がメシマズなのは単に味覚がスコッチとミルクティー漬けでバカになってるだけですけど」
あ、やっぱ仲悪いんだ。フランスとイギリス。
生ぬるい気分になりつつ、なんかの肉とポテトをビスケットに乗せて食べる。うん、これもうまい。
「……もしかしてこれ、カエル肉だったりする?」
「フツーに鳥肉ですよ。……カエルも美味しいんですからね?」
不満げに唸るK3。
「私も、フランスっぽい国のレーションが口に合うな」
爆発物のように慎重に缶詰を扱っていた長身美女、ペトルーシュカがつぶやく。国籍はロシアっぽい国らしい。ギリースーツの代わりをする低視認性のコンバットコートを脱ぎ、缶詰をきちんと並べて一口ずつ食べている。
「特にこの肉のパテが美味しい。何の肉なんだ?」
「ウサギですけど」
「ウサっ……」
K3から回答を頂くなり、人肉を口にしてしまったかのような顔をするペト。
「可愛いものは、食べては駄目だろう……」
兎肉を載せたビスケットを泣く泣く口に放りコーヒーで流し込む。ゲーム内のロールプレイの理由がよく分かる言動である。
さて、最後の人物はさっきから言葉一つ発していない。義足をボロ切れと化したコンバットコートで隠して座り、俺の国のレーションをちびちび口に運んでいる。
「……箸使えるんだな」
アメリカっぽい国のサイボーグ兵士ことノヴさんは、ぴくり、と箸を止めた。
「親、日本人だった、から」
珍しい。アメリカの日系人が、ではなく、自分の生まれを把握している事がだ。
――もしかすると。
いや、無用な詮索はするまい。
「その缶詰、美味いか?」
「……うん」
「そうか……」
微妙な空気が流れる。
会話が成立しない。アルビノーグではあれ程和気藹々とやってきたというのに。
彼女が性別レベルから偽ってロールプレイしていたからか? いや、ムっさん辺りとはむしろ話が弾んでいる。
――俺が、ノヴさんには自分の素性を知られたくないと思っていたからか。
「すまん!」
唐突に声を張り上げたのは、ペトだった。
「え、なんだ、どうした」
「いや……ノヴさんの僚友を射殺したのは私だ。シュガーにも巻き添えを食わせた。その事の侘びも入れずに一緒の食卓につくのは、筋の通らない事だった」
「――ズレたこと言ってんじゃねーわよペト」
舌打ち混じりに反論するのは、ムっさんだ。
「この地上で、いちいち殺しの度に謝ってたら胃が溶けるわよ。あたしは……一階の敵兵を殺った事、悪いと思ってない」
「……確かにそれが地上の不文律ではあるが、相手は友人の友人だ。簡単に割り切っていい話ではあるまい」
「…………む」
諭すペトに、ムっさんが喉をつまらせる。
「別に、ともだちじゃない、よ?」
きょとん、とした顔で首をかしげてノヴさんは言った。
「そうなのか?」
「うん……わたし、つい先週、ここに配属されたから……あのひとたちと、一言もしゃべってないし」
一週間の間に部隊の人間と、一言も会話しなかった、だと……?
ノヴさん、ぼっちガール疑惑。
「……もしかしてあんた、前は広州にいた?」
彼女の台詞を受けて、やけに神妙な表情になったムっさんが聞いた。ノヴさんはこくり、と頷く。
「う、っわー……」
驚き顔をぺしん、と平手で打ちつつ、ムっさんはうめいた。
「八卦見でも読めない奇縁ってヤツだわ。あたし、窮奇とゲーム友達だったんだ」
「? なんだそれ」
「ノヴって、ウチの軍じゃ有名な兵士だったみたい。人喰い虎とか窮奇とか呼ばれてて、最初は仲間内で賞金かけてるヤツとかもいたけど、何ヶ月かしたら義足で白髪の女兵士を見たら全力で逃げろって言われるようになった超特級の厄モノ。興味出たから軍暦をネットで漁ったけど、自軍でもヤバい戦線に決まって投入されて仲間が全滅しても一人だけ生き残ってくるから血塗れ十一月とか呼ばれてるんだって」
内輪ネタしか話題のない孤児兵の中じゃ、武勇伝の類は広まりやすいが……大抵ウワサになる頃にはネタ元は死んでいる。そんな漫画の登場人物みたいな逸話のある人間と、こうしてメシを囲んでいるとは。
ノヴさんはばつの悪そうな面つきだった。
「……ごめん」
「だから、ズレたこと言うなっての」
うざったそうに、彼女はノヴさんの謝罪をあしらった。
「――ん? つまりノヴさんって、本名はノヴェンバーなんですか?」
空気を入れ換えるように言うK3。世渡り上手そうだね、君。
「……うん」
「あんたね……プレイヤーネームくらい凝りなさいよ。あたしら、名前なんて無いようなモンなんだから」
「まぁ、確かにその通り」
ムっさんの発言に同意すると、ノヴさんがこちらを睨んできた。拗ねたような顔つきだ。
「……シュガーには、言われたくない。あなた……サトウ、って言うんでしょ」
あっさり見透かされた。親が日本人ってのは本当らしい。
「あんたも大概安直ね……」
「自分と関連性のある名前の方が親しみ沸くだろ?」
「あんた、何秒か前の自分の発言を思い出しなさいよ」
二人の少女から胡散臭そうな目線を向けられ、俺は目を逸らす。
「ちなみにあたしは李さんよ」
「私はユーリだ」
「僕はジャンです」
どいつもこいつも名前か姓だけとか、女なのに男の名前のヤツがいるとか、一人は人名ですらないとかは誰も指摘しない。常識以前の問題として、俺たちはそういうモノだからだ。
「……なんか、オフ会っぽい会話ですね今の」
K3ことジャンの発言に、俺はぴくりと反応する。
「おおおおお……これが、あの……」
「ええ、そうですよサトウさん。僕らが今やってるのは紛れもなくアレでしょう。このネットでのベタベタっぷりとの温度差丸出しの距離感、微妙に弾まない会話、長年の付き合いなのに自己紹介を強いられる不自然さ。これこそまさしくあの伝説のインターネット時代の狂宴、オフ会ってヤツじゃないですか」
「ジャン君……我々は、千年前のサバトを再現しているのだな……」
「ええサトウ教授……悪徳の栄えですよ、これは」
「どういうテンションなのよ、あんたら」
「いや、しかしな李ちゃんよ、今時の人付き合いってネットか自分の生活圏かでキッチリ二分されてるし、月と火星と地底で別れてたら会う機会なんて一切ないだろ」
つまり、これは俺たち全員が孤児兵だから開催可能になった会合なのだ。
「ちゃん付けすんな。それくらいなら呼び捨てにしなさい」
「私も呼び捨てで構わないぞサトウ。……ふむ、そう考えると、軍属に生まれたのも存外悪くなかった気がしてくるな」
チョコバーをぱくつきながら言うユーリに、李がにたりと人の悪い笑顔を浮かべた。
「そーね。友達の裏の顔が勢揃いなワケだし……ねぇ? ゆるふわガーリーキャラメイクで姫プレイヒーラーのペトルーシュカちゃん?」
「なっ、お前……それは言わぬが情けだろう! お前こそあの胡散臭いマフィアキャラで散々人にセクハラしてきた癖に! なんだそのフランス人形みたいな容姿は! くそっ、可愛いじゃないか!」
どうやら可愛いもの好きらしいユーリさんにはこの金髪美少女の容姿はどストライクだったらしい。
「うっ、胡散臭いのは仕方ないでしょおっ! アレはあたしが構想期間一年で練り上げた「ギャングモノの映画に大抵出てくる物語の中盤で特に意味もなく撃ち殺されるコミックリリーフ役」の集大成なのよ! こだわりなの! 様式美なの!」
ホントリアルでもこじらせてるなーこいつ。
たはは、とジャンが苦笑いする。
「なりきりプレイにのめり込んでるネトゲプレイヤーがリアルを晒すと闇が吹き出しますね……その点いいですよねサトウさんは。唯一の安全地帯ですよ」
「なんだそれ? あ、俺も呼び捨てでいいよ?」
「いえ。なんかあなた、けっこう先輩感ありますので……リアルとゲーム内でほとんど差がないじゃないですか。キャラメイクも、ちょっと老けさせて髪の色変えただけですし……あなた、デザインチャイルドじゃないでしょ?」
と、ジャンは聞いてくる。
そう、ゲノムの仕組みもいじり方も解明され尽くした現代では、カネさえあれば自分好みの子供をエディットする事が可能なのだ。
そして、孤児兵の少なくない割合をこのデザインチャイルドが占めている。うん、欲望を持て余した金持ちってホントロクでもないよネ。
「そうらしいけど。なんで分かる?」
「DCは美形かブサイクか恐ろしい程に何の特徴もない顔かの三択ですよ。なんかあなた、ハンパにイケメンですし、デザイナーの作為を一切感じません」
「褒めてないだろそれ」
「褒めてはいませんけど羨ましいですよ。美形にデザインされたDCって、結構コンプレックス持ってますから……ネットだと真逆の容姿になりたがるんですよね」
ゲーム内では古武士っぽい喋りのごついタンク役、リアルでは細身の美少年のジャンは語る。
暗に、李とユーリもその口だと言いたいのだろう。そりゃあ、今時天然の金髪なんているわけもない。あえて明白にしないのは友の情けか。
「……ノヴさんは?」
と、俺は耳打ちする。容姿の良し悪しで言えば彼女も相当なものだと思う。
「うーん、彼女はどうでしょうねぇ……」
腕を組んでうなるジャン。
「わたし、は……その」
聞こえないように会話したつもりなのだが、当然のようにノヴさんが会話に参加してくる――ゲームの中と同じ癖だ。
「お……知り合いのモデリングデータで、キャラ、作ったから」
そう言うと彼女は、ふ、と漏れ出るような笑みを浮かべた。初めて彼女が見せる笑顔は――なんだか、居たたまれなくなる類のものだった。
「ソレ、俳優か何か? 肖像権の侵害で権利ヤクザにボられるわよ?」
と、空気を読まずに李が絡んでくる。
「そーでなくともアレ反則だからねあんた。どことなく憂いを帯びた性格イイ感じに天然の王子系美青年って、オーバーキルにも程があるわよ……うぅ~……騙された……騙された……半分くらい好きになってたのに――あ、謝んなさいよぅっ!」
いきなり滂沱の涙を流し始めた李。
「気持ちは分かる……分かるぞ李……実は私も……」
ユーリまでもらい泣きし始める。
「ご、ごめん、ね?」
女子モテ率一〇〇%女子のノヴさんはおろおろした。
「――サトウさんサトウさん、リアル男子である僕らはチョップスティックにもバーにも引っかからなかったようですよ。無駄に傷付けられましたね」
「ああ、なんか流れ弾にやられた気分だ」
「まぁ、僕は美しい百合園も愛でていきたいとは思ってますが」
「割と自由なヤツだね君」
「いや……僕、部隊内カースト低めなんで。数少ないチャンスに自分をさらけ出しておこうかと」
苦労性らしきため息をつくジャン。
「サトウさんはそういう悩みなさそうですよね。リアルとネットで差が無いって、自分に自信のある証拠ですよ」
「そうかぁ?」
あんまり自覚は無いが。
「当然じゃないですか。あなたこそソルジャーライフが充実しているマン略してソル充ですよ。なんですかさっきのワンマンアーミーっぷり。巻き添え食わないように必死で逃げてましたよ僕は」
「そうねー。後ろから見てたけど、こいつ異常な速さでフィールドを自分の狩り場に作り替えていくのよ。作業の最中も背中を刺すような隙なんて全然なかったし。ノヴと同じバケモンの類よ。ゴジラ対キングギドラをライブで見た気分だわ」
李が乗っかってくる。やっぱりこいつ、隙あらば後ろから刺すつもりだったのか。
「ああ、ダン・スカー闘技祭のPvPマッチを思い出す。二人の試合が実現していたらこうなっていたのか、と。リアルで置きドルイドと特攻剣士を彷彿とさせる戦闘ができるとは、本当に大した腕だよ」
ユーリの賞賛。彼女が言っているのは、一年前の大規模PvP大会で、俺とノヴさんで決勝カードが組まれた時の話だ。
あの時はノヴさんの提案で勝敗はじゃんけんで決する事になったのだが。
「……うん、サトウ、すごかった……殺される、って思ったの久しぶり」
膝のコート越しに義足を撫でて言うノヴさん。ゲーム内と同じく、この人に褒められると何であれ気恥ずかしい。
「そいつはこっちの台詞だぜ。未だに自分の命があるのが不思議なくらいだ」
「ぁ……う。ごめんなさい」
「いや、その……褒めたつもりなんだが」
なぜだ。空気がぎくしゃくする。地雷を踏むとはこういう感じの事を言うのか。一番の親友と会話が弾まない……つらい。
「この二人がリアルでも強いのは、まぁ順当というか別段面白くもなんともない事実なんですけど、意外なのはユーリですね」
自然に話題を変えるジャン。サンクス、と目線を送れば、おやすい御用ですよとアイコンタクトが返ってくる。このタンク、ヘイト管理超有能である。
「え、私か?」
「そのSVD、セミオートのマークスマン仕様でしょ? それでノヴさんのチームを瞬く間に三人仕留めてたじゃないですか、しかも単独で」
え? 単独? つまり、息つく間もなく三人射撃して正確に当てたのか。
「そりゃすごい」
「あんた、アルビノーグでもこれからレンジャーメインで行きなさいよ」
「フン! こ、断る。ネットで密かに変身願望を充足させるのが私の数少ない楽しみなのだ。こればかりは譲らん」
腕組みして意固地にそっぽを向くユーリ。仕草の一つ一つに鉄と硝煙の匂いがする。この無骨・不器用・武人の3B女ですら姫キャラでロールプレイできるのだから、補正アプリは偉大だ。
「サトウさんとユーリは十八歳でしょ? 納得のワンエイトプレイヤーですよ」
今のジャンの発言を解説すると、かつての軍では勲章と軍暦の二つが兵士のステータスだったらしいが、現代の孤児兵に勲章は存在しないので、年の功が重視される。年長者は、それだけ生き延びる力を持っているという事だ。
なのでどの軍も〝卒業〟の年齢としている十八歳の孤児兵はワンエイトプレイヤーとか呼ばれてデカい顔ができるのだが、この時期の慢心が元で死ぬ奴も数多い。
……という説明はさておき、ジャンの台詞を耳にするなりユーリは顔を真っ赤にしてぷるぷる震え始めた。どうやら今度は彼が地雷を踏み抜いたらしい。
「私は! 十・四・歳だっ!」
身長6フィートは優にある、古強者感溢れるスナイパーは叫ぶ。ああ、うん、いつも老け顔……大人っぽい子と言われて来たんだね。
「そーなの? 同い年じゃん」
見た目小学校中学年くらいの李が言う。二人並ぶとまさにトムとジェリーだ。
「わたし、今年で十六」
「俺は十八で合ってるよ」
「僕は十五です。最年長はサトウさんですか……ワンエイトプレイヤーって、初めて見ますよ」
ほんと、すごいや。
そうつぶやくジャンの表情が、ゲームでのK3のそれとだぶる。羨望と失望がない交ぜになったような。
そう言えば、彼はなぜユーリが単独行動をしていたと知っているのだろう。
それを問いかけようとした時――遠雷のような音が、かすかに聞こえてきた。
誰もその正体を問おうとしない。無人爆撃機が〝草刈り機〟を投下した時にいつも聞くあの音だ。
その一発で、俺たちは現実に引き戻された。
そうだ、俺たちは全員、戦争をしていたのだ。
「中国っぽい国か、他の国か……作戦に成功したみたいね」
隣町の天気の話のように李が言う。
「戦争をサボったのは初めてだ」
と、ユーリは苦笑する。
「そう? あたしはしょっちゅうよ。ジャンもそのクチでしょ?」
「ええ。ふふん、背徳の味は甘いでしょう、ユーリ」
冗談めかしてジャンが言う。
「……」
基地のある方角の壁を見るノヴさん。自分の基地が破壊されたのだが、別段なんの感情もその表情に浮かんではいなかった。
「……そろそろ帰投しないと、怪しまれる」
遊びの時間の終わりを告げる言葉を、俺は投げかけた。