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最強兵士、異形の力で異世界戦争を制覇する  作者: 八目又臣
第一章:ヴォーダント王国・開戦編
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5:廃墟の死闘・後編

 低い爆発音と銃撃音が断続的に響く。

 俺とサイボーグ兵士の戦いは、五百年間生き延びたショッピングモールを本格的に解体しかねない勢いだった。


 俺の得意なスタイルは、銃撃で牽制しつつ罠に誘い込むというもの。

 アルビノーグでは置きドルイドなどと呼ばれていたが、なんの事はない。

 リアルの十八番をゲームで活かしていただけの事だ。


 相手の動きの読みが重要な戦闘法だが、ヤツの行動理念は既に知れている。

 最初の罠を食らった時、どんな攻撃を受けたかも知れない、右も左も分からない状況で迷わず前進してきた。


 |超々々々闘魂思想《骨の髄までストロングスタイル》。

 首だけ残った状態でも食らいついて来そうな弩級の脳筋野郎。


 俺はヤツのステップに合わせて踊ってやればいい。

 ――そして今、手持ちの爆弾を既に残り三基まで使い切っている。

 ライフルも手元にない。


 読みが外れたワケじゃない。むしろ全ての仕掛けにヤツはハマり、起爆させている。

 しかし、ヤツは今も生きている。


 あのサイボーグ兵士は、起爆の瞬間、義足の全力でもって爆弾と逆方向に跳んでいるのだ。

 動体センサーは検知と起爆に若干のラグがある。

 そこを突いてヤツは毎回殺傷圏内から免れる。


 おそらくヤツは、集音センサーの類をヘッドギアに積んでいてその感を上げている。

 センサーの作動音を感知して起爆までの隙に回避しているのだ。


 ……言うは易しの典型だ。

 ラグと言ったって一秒未満。


 ヤツは爆弾の起動を確実に知覚し、爆風のベクトルを特定し、逃げを打つ動作をその間にやってのけているのだ。

 二十七回、一度も失敗する事なく。


 やはりコイツの最も恐ろしい力は、義足の機動力ではない。

 行動を一瞬たりとも迷わない、それでいて勘所は全て押さえている――その異常な集中力だ。


 ヤツはきっと、最後までミスをしない。こちらの喉笛に食らいつくまで。


 やり方を変えるしかあるまい。

 驚天動地に値する。

 俺は、このやり方で中隊規模の敵兵を一人きりで相手取った事もある。

 自前のVRアプリの時間感覚遅延最大モードで、気の遠くなるほど戦闘訓練を重ねて獲得した必勝パターンが、ただ一人の兵士に覆された。


 それはいい。むしろ慢心を指摘されたと考えれば有益ってモンだ。


(……しっかし)


 ここに来て気付いた事がある。


 致命傷を避けているとは言え、音速を超える火炎と破片にさらされノーダメージという訳にはいかない。

 防弾・防刃・耐火バフのかかった黒コートはボロボロで、やけに白く細い手足が覗いている。


 暗視装置を外した為に、目元はフードの影に隠れているがほっそりとした顎も見える。

 身体にぴったりとしたボディスーツの、丸みを帯びたラインもまた。


 どうやらヤツは女らしい。


(……ふーん)


 特にそれ以外の感想が出てこない、些細な事柄ではあるが。

 レイプだの妊娠だの部隊行動の阻害となる要素を排除する為、化学的に去勢された俺たち孤児兵の男に性欲というものは無い。

 レディファーストの概念も。


 ただ、なぜか、ヤツが男であるという前提で戦っていたから肩すかしを食っただけだ。


(まぁ、いい。どっちにせよヤツを殺す事に変わりはない)


 細工は流々。あとは仕上げるだけだ。

 ――俺のいる通路に獣じみた速度で踏み込んで来たサイボーグ兵士に向け、手榴弾を二つ投擲。


 ヤツは――先に飛んできた一つを蹴りつけて、もう一つにぶち当てるというビリヤードじみた芸当をやってのけた。


 こちらに跳ね返ってくる手榴弾に、拳銃を向けて撃つ。

 ギリギリ加害の範囲外でそれは炸裂した。


(……っぶねぇ!)


 こんなの十回やって九回まで外す。今のはツイていた。


 ヤツは今の動きを十回連続で成功させるだろう。

 やはり生身の運動性能、反射速度ではモノが違いすぎる。


 後ろに跳んで爆発をやり過ごした敵に銃弾を叩き込みながら、更に後退する。ヤツは壁と天井を使って三次元的な挙動で距離を詰めてくる。


 ヤツも弾切れになったライフルを捨てて拳銃を手にしている。

 存外拳銃弾の命中精度は低い。残弾を考えればもう少し接近したいだろう。


 速度差から、背を向けて逃げたい衝動にかられるが、そうすればヤツは真っ直ぐ走ってくる。

 このまま忍法壁歩きに徹させた方が距離を維持できるだろう。


 空の弾倉を落として、予備弾倉を叩き込む。

 トリガーを引けばマズルフラッシュが静寂なる夜の闇を無遠慮に引き裂く。


 丁寧に、武装を並べて質に入れるように使い、敵との距離を保ち続ける。


 来客の休憩用の広場らしき場所にさしかかった。

 枯れた噴水、崩れた植木、割れたベンチに砕けた像。


 ここで、決着をつける。


 広場の中央まで逃げ込み、後ろを振り返る。コヨーテじみた疾走でサイボーグ兵士は入り口まで差し掛かっていた。


 さて、ヤツは気付いているだろうか。

 これまでの交戦で一度、ここに来ている事に。

 罠を仕掛ける隙があった事に。


 ――量子通信による撃発コマンド。


 柱の要所に仕掛けた爆弾三基が一斉に爆発する。

 支えを失った天井がヤツの頭上に落ちてくる。


「……っ!」


 甲高い音階の呼気を漏らして、ヤツは瓦礫の山へ消える。これで死んでくれれば万々歳。


 しかし、案の定ヤツは即座に崩落の加害半径から離脱して広場に侵入していた。

 円い広場を大回りするように走りながら牽制の銃撃を撃ちつつ、側面に回り込むと急ターン。

 一直線にこちらに向けて駆けてくる。


 ヤツの来る方向の反対側に退路はない。

 あちらもまた、俺をここで仕留める気だ。


「ちっ……!」


 舌打ちしつつ、俺も逃げながら応射する。

 銃撃戦の最中、同時に弾切れを起こした。

 ヤツは予備弾倉に交換する。

 俺は、もう使い切っている。


 ヤツが流れるような挙動で銃を構える。左足を半歩退いたアレンジ気味のアイソセレススタンス。

 気負いのないリラックスした構えだ、こりゃ当たるな。


 もちろんトリガーを引かせる気はない。

 俺は既に、スライドの後退した拳銃を相手に投げつけている。


 ワンテンポ遅れて、最後のグレネードを投げる。


 ヤツは舌打ち一つして、拳銃をはじいてグレネードの効果範囲から飛び退く。

 悪足掻きを、とでも思っているだろうか。


 俺はその瞬間に、耳を塞ぎ目を閉じて屈んでいる。

 ――炸裂の瞬間、これまでに無い大音響が響き渡った。


「……づっ!?」


 敵は一時的に平衡感覚を失いすっ転んだ。

 特別に改造を施した音響手榴弾だ。失神を免れたとはいえ、三半規管のダメージに強烈な悪寒を覚えている事だろう。


 しかし、ヤツの戦意はそれでも萎えなかった。

 銃をこちらに向け、銃口に自分を先導させるように立ち上がって歩み寄ってくる。

 確実に当たる距離へ。


 ――ああ、そうだ。コイツは何があっても前進を止めない。それを俺は確信していた。

 俺はライフルを手放している――残弾にまだ余裕のあったライフルを。


 噴水の中心に立つ、上半身の砕けた像。


 それにくくりつけた、動体センサーを取り付けたライフルの感知圏内に、ヤツが踏み込む。

 ヤツが持っているであろうセンサー類も機能不全を起こしている。

 確実に当たる。


 マズルフラッシュが、夜を灼いた。

 そして。


(――なんッ……つう!)


 次の瞬間、俺は驚愕に胸を震わせていた。

 サイボーグ兵士は、どういうカラクリか俺の意図を察知し、ゼロコンマ何秒の猶予の間に身を引いたのだ。

 ほんの、数十センチ。その半歩未満の距離は、まさしくオカルトの領域だ。

 理解不能の現象を前にして全身に震えが走る。


 この、三手目の罠で仕留めきれると思っていた。

 ――四手目は、単なる保険だった。


 俺はハヤシから受け取った予備の拳銃を取り出し、構える。


 ヤツは、自身の被弾こそ免れたものの――拳銃を撃たれ、取り落としていた。


 一方的に射殺できる状況。今度こそ、詰みだ。


(……じゃあな、サイボーグ。お前を殺せて心底ほっとする)


 掛け値無しの安堵と共に、ためらいもなく引き金を引く。


 一瞬が引き延ばされたような感覚の最中――敵の、フードの影に隠れた鋭い眼光を見る。

 ヤツは腰に手を伸ばしつつ、身体を回転させていた。


 硬い、鉛玉が肉を潰すにしてはあまりに硬質な音響が響き、火花が散る。

 必殺の瞬間を経て、しかし。ヤツは生き延びていた。

 地面を転がり、身体の痺れにうめきつつも、息の根は途切れず。


 右の手に、大振りのナイフを握っている。


「……嘘、だろ」


 あの一瞬で、何が起きたかを把握する。しかし、到底信じられる事ではない。

 ヤツは銃弾の軌道を読んで、ナイフで受け流したのだ。


 ああ、言葉にすれば簡単だ。ただしその弾丸は亜音速で飛来する直径9mmの金属塊で、約400フットポンドの初活力を持っている。

 この言葉の意味を理解していれば、脳内麻薬過剰分泌プログラムをアホほどキメたジャンキーでも実行できるとは思わないはずだ。


 ヤツは、やってのけた。

 俺はここに至り、ようやく理解する。

 ヤツが俺の罠を避け続けられた理由は、後付けのセンサーなんかじゃない。


 勘だ。

 ヤツは俺の射撃を、目線、身体のバランス、銃身長、経験に基づく一般的な9mm弾がどう飛ぶかの平均値エトセトラの諸元を元に正確に算出したのだろう。


 スパコンが数分かけて近似値を出せる程度の大規模な演算。

 だから、ヤツは演算をしたのではない。考えてやったのではない。


 あの兵士は、認識しうる世界の全てを無意識に脳ミソに突っ込み、過程の大部分をスッ飛ばして答えを割り出した。

 それ自体は大層なモノではない。

 勘と呼ばれる、人間ならではのファジーな演算処理だ。


 ヤツの異常性は、それが完全無欠の正解を導き出している事だ。


 意識の外にある領域をフルに使いこなし、取りこぼし無く現状を認識し、最適の行動を採る。

 ただの一瞬で。


 並の人間とは次元の違うコンセントレーション。


(……天才)


 初めて見る、殺しの才覚、兵士としての天才。ヤツはまさしくそれだ。


(……?)


 胸に落とした感想に、違和感を覚える。

 俺はこういう人間を、初めて見たのだったか?


「……っ!」


 横道に逸れた思考を慌てて切り戻す。銃を構え直す。

 白髪鬼が、殺意を乗せた眼光を煌めかせる。

 戦慄した指先が、自動的にトリガーを引く。


「しゃぁあああぁぁああぁっっ!!」


 バケモノじみた咆吼を上げ、ヤツは銃弾を避けて跳んだ。握ったナイフを斬り下ろしてくる。


「ぐっ……!」


 辛うじて半身を引いて躱す。マズい、距離を詰められた!

 閃光じみた突きが追いついてくる。


「くおぉおッ!!」


 喉笛を狙った一刺しを辛うじて避け、俺は右手の銃を胴体に向ける。


 ヤツは横に滑るように回り込んだ。

 俺はそれに合わせて足払いを仕掛ける。


 踵をすくい上げられるようにしてヤツは転倒しかけたが、その前にバック宙で跳んだ。

 空中で回転する最中に蹴りを放ち、更に斬り上げを狙ってくる。


 後ろに跳んで避ける。狙いもそこそこに撃つ。当然のように躱される。


(なんてヤツだ)


 銃よりナイフを使った攻撃の方が多彩だ。刃先にヤツの戦意がしっかりと乗っている。

 明らかにこちらが得手と感じる。ライフルを持たせていた方がまだ怖くなかった。


 突き込んで来る腕を取り、投げ飛ばす――


「づっ!?」


 義足の膝で後頭部を蹴り跳ばされ、意識が弾き出されそうになる。


 平衡感覚を失った一瞬が恐怖に満ちる。案の定、首を刈り取るような斬撃が飛んでくる所だった。


 顔面のありそうな箇所めがけて銃を撃つ。

 外れてもいい、マズルフラッシュで怯ませるのが狙いだ。


 飛び退いて、首を手で触れ確かめる。

 皮一枚だ。頸動脈まで達してはいない。

 盛大に呼吸が荒れるこちらに対し、相手は息が整い始めている。

 得意な領分で戦い、心理的な優位に立っているからだ。


 銃を持ちだしてようやく互角未満。こちらには弾数というリミットがある。

 あからさまな劣勢。

 久々に感じる、死の足音。


 もう、諦めようか。

 きっとヤツなら、一瞬で、上手に殺してくれる。首を差し出してしまえば――


(それは、ないよな)

「おぉおおおっ!!」


 ひと吼えしつつ銃を撃つ。二発、三発、前進しながら。

 奇襲でない射撃を何らヤツは脅威に思わない。正確に弾道を計って避けながら近付いてくる。


 銃を引っ込め、拳で殴りつける。

 どうせ近付かれるなら、こちらも接近戦にシフトする。

 相手は身長百五十センチあるかないかといった所で、体格差は大きなアドバンテージだ。


 蹴りも、頭突きも、使える身体の部位は何でも使って食らいつく。


 生き残る為には何でも習い覚えた。

 ネットに漂流する格闘技の映像をむさぼり見て、VR空間で練習した。

 この敵が一瞬で覚えてしまうような事を、時間感覚の遅延された仮想世界で何十年分も研鑽して。


 俺が出来る事はそれだけだ。

 不様に、情けなく、汗水垂らしながら積み上げてきた。


 なんでそこまでするんだ、と思った事もある。

 俺たち孤児兵に明日なんてない。今日にもこころない銃弾がやってきて、このくだらない人生を終わらせてくれる。良いことなんてない。これまでもなかった。これからもそうだ。こんな人生(クソゲー)は、さっさと終わりにする方が利口だ。


 ――正体不明の感情が、敗北を拒んだ。

 諦める事だけは、これまで一度もしなかった。

 今この時だって、そうだ。


「……っ」


 敵の目が見える。その訴える感情に、余裕の色は一片たりともない。

 俺と同じ感情を、ヤツは抱いていた。そう確信できる。


 コイツも、戦ってきたのだ。俺たちに敗北を強いる何かと。


(……なら)


 場違いな事を思う。

 それなら、俺はコイツを友と呼べるのではないか?

 あの人と同じような――


「――」


 思考が、一瞬停止する。

 斬りつけてくるナイフの太刀筋に、妙な既視感があるのに今更気付いた。


 乱れた白髪が、あの人の流れる黒髪とやけにだぶる。


(……いや、まて、ありえない……そんなはずは)


 考えが戦闘から外れていく。戦意が、霧消しかかっている。

 この白髪鬼を前に、正気の沙汰ではない。一瞬たりとも気を抜けば首を取られる相手だ。


 しかし、そうなっていない。

 敵もなぜか動きが鈍い。あれ程強烈に感じられた殺気が、今は霞のように淡い。


 両者の動きが静止する。

 俺は銃をヤツの額に向けていた。

 ヤツもまた、俺の首にナイフを添えている。


 撃ち抜けば、振り抜けば、互いの命を取れる位置で、俺とヤツは向き合っている。


 ――いつの間にか、フードが外れていた。

 頬に切り傷の縫い跡がある、少女の顔。呼吸を乱し、頬を上気させ、丸い目がこちらを見据える。砂漠を悠々と歩むラクダの体毛のような瞳の色。


 俺は初めて、女の顔に男としての感想を抱いた。


(きれいだ)


 そう思った相手に向けて、俺は問いかける。


「あんた……ノヴさんか?」


 その詰問は、本来なら疑念と不可解で返ってくるはずだった。あまりにもあり得ない想定を、俺はしている。

 しかし。


 彼女は喉を引きつらせ、怯んだ顔をした。今にも泣きそうだ。この少女が、今まで俺と殺し合っていた白髪鬼であると信じられなくなってくる。


 彼女は俯いて、ナイフを下ろした。どもりがちに聞いてくる。


「あなた、は……シュガー?」


 ああ、これで確定してしまった。

 アルビノーグで俺と冒険してきた剣士ノヴは、この少女兵って事だ。


「……そうだよ」


 こちらも銃を下ろして肯定する。


「同業者、だったのか」


 ぽつりと呟いた俺の言葉に、彼女は息を詰まらせる。


「……ごめん、なさい」


 ? なぜ謝る?

 リアルでは二十代の官僚であると嘘をついた事か? あ、こちらを殺しかねなかった事か。


 どちらにせよお互い様だ。


「あー、その、えっとな」


 頭をかき、どうにかフォローしようと口を開いたそのとき。


「――ねぇ」


 俺たち以外の第三者の声が、広場に響いた。

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