エピローグ:LD Squad
王都から離れた小高い丘の上で、彼女たちは待っていた。
「サトウ……!」
ノヴさんの呼びかけに、俺は安堵した。
俺は、彼女に認識される俺を取り戻せていると。
互いに近寄って、帰還を報告する。
「うん……かえってきたよ、ノヴさん」
「おかえりなさい、サトウ」
新雪の色合いをした頭を胸に押しつける彼女に、俺は軽く肩へ触れる。
指先に返る感触が暖かく、安らいだ気分になる。
だから、俺はそれを手放した。
「ごめん、ノヴさん……行かないと」
最後の約束が、残っている。
彼女を通り過ぎて、丘を登る。
肩をすくめて、何か呆れたようにする李に目を向けると、彼女は頷いて返してきた。
――少女は、丘に生えた木に背を預けて、燃える王都を見つめていた。
隣にはユーリがいて、俺の姿を認めると立ち去ろうとした。「もう、いくらも保たん」と言い残して。
俺は、名前もうろ覚えな少女に声をかける。
「……どうだ」
「ぁ……い」
ユーリが取替えたのであろう真新しい包帯にくるまれた、今にも死んでおかしくない容体の少女は、目を潤ませて、廃墟と化した黄金の都に見入っていた。
紛れもない歓喜を、彼女はその瞳に宿していた。
しかし、それだけでは無いのだろうとも思う。
――彼女は少なくとも、孤児ではなく。
人として愛された事があるのだから。
彼女は、震える唇で俺に告げた。
「あり、がとう……ございます……満足、しました。だから」
ふ、と微笑んで。
「あの人たちのところへ、おくって、ください」
彼女の目は、あくまで滅亡する憎い者たちへと向いていた。父母の昇ったと信じられる空ではなく。
「……あれをやったのは、俺だ」
「でも……わたしも、それを、願ったから」
「……そうか」
一言つぶやいて、俺は彼女の名前を思い出そうとした。
ソルトが、それを差し出してきた。
「リルカ」
「……はい」
「なら、あんたは、俺の戦友だ」
民間人なる概念を俺は知らない。
だが、戦友ならば。
それが救えぬ傷を負っているのなら――終わらせてやるのが、戦場の理だ。
「いずれ、俺もそこへ行く」
掌を差しだして、俺は呪文を唱える。
その響きは、祈りにも似て。
「――オルフ・ムルダジェの焔の子」
火の粉が白く、指先を照らす。
「思うままに遊べ」
かつて彼女が受けたような、生温い炎ではない。人体を一瞬で焼却する業火だ。
だから。
「もう、軛は外れたのだから」
きっと、苦しまないだろう。
「《隔てなき炎》」
最後に浮かべた涙と共に、白い炎が少女の肉体を蒸発させた。
空に、燐光が昇っていく。
気付けば、背後に仲間たちが立っていた。
「行こう」
俺は、彼女たちに声をかけた。
いつまでも、ここに立ち尽くしているわけにもいかない。
「……どこに?」
李が問いを返してきた。
間抜けな問いだ、と笑いかけ――真っ直ぐに見つめ返す彼女に、思い直した。他の二人も同じくこちらを見つめている。
俺の、意思を確認したがっている。
頭を押さえ、のしかかる疲れに甘えたくなったが、それを自制した。
「仲間が一人――二人、いなくなった」
ジャンと、もう一人。名前も声に出す事ができない、ソルトの友。
「だが、もう……その事で泣いたりとかは、出来なくなっちまったな」
――歩けない老人も、善良な若者も……無垢な子供も、お前が憎む連中の中にはいる。そいつらをまとめて、無差別に、殺したいと望むなら、お前は善良な村娘とはとうてい呼べないモノになる。
俺は、王都の人間たちを憎んでいたわけではない。
必要だったから、そうしただけだ。
それは、より悪質な事なのだろう。
必要であるというだけで、数万の人間を殺し尽くす事を一瞬たりとも躊躇わなかった。一瞬たりとも、だ。
俺は戦場を生きる内に、人間とは呼べないモノになってしまっていた。
この異世界に来て、ようやく自分の魂の形を知ったのだ。
「俺が生きていけるのは、戦場だけらしい。なら……そういう事だ」
幸いにも、この世界にも戦争は溢れている。
覇王と魔王の争う戦場。
――勝ち続けてください。
友の、最後に残した言葉を、間違っていると俺は思う。
俺はこの世界に、負けて追い出されてきたようなものだ。
しかし、あいつがそう言うのなら――もう二度と負けないと誓おう。
俺は、あの世界で最強の兵士だった。
友が俺を、そうだったと信じるなら、俺はその言葉を信じて走り抜けるだけだ。
いずれ全てが終わるその時まで。
「俺が、じゃないわ――あたしたちも、そこに含めなさい」
李が、俺をなじるように言った。
「……なぜだ?」
どう取り繕っても、正気の生き方ではない。
彼女らには、自由に生きる選択が出来る。
「私たちも、兵士だ。違うのか、サトウ」
ユーリの問いかけは、糾弾じみていた。
「サトウ」
ノヴさんが、最後に言った。
「わたしたちの隊長は、あなた、だよ」
刑罰を科すような、苛烈な言葉だと思えた。
「そうか……そう、だな」
ギルドマスターであった少女の言葉だからこそ、俺は痛感した。
身体を失い、友を失い、俺たちは、30:5:3ではなくなった。
ただの捨てられた孤児の集まりでしかない――しかし。
欠けたものを、埋める存在もまたあった。
合わせて、八人の兵士。
部隊として戦うには、十分だ。
ならば名乗ろう。真っ白な理想郷を生きた仲間たちの名はここに置いて。
「俺たちは、失われた敗残兵(Lost and Defeated Soliers)だ。
必要なものが欠落した連中(Limb DeficiencieS)だ。
生き返った死体(Living DeadS)だ」
最悪の戦いを続ける部隊の名を。
「俺たちは、LD分隊だ」
俺は、この世界への、宣戦布告を口にした。
「この世界を、戦場にする」
覇王も、魔王も、俺の戦争の邪魔はさせない。




