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最強兵士、異形の力で異世界戦争を制覇する  作者: 八目又臣
第一章:ヴォーダント王国・開戦編
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3:廃墟の死闘・前編

 また、戦争が始まる。


『……しかるに、旧東京都の沿岸区域に設けられたUSLA採掘船の発着港を奪取するのが我々ニライカナイ政府の長年の方針でしたが、防衛戦力の濃度をピアソン・ノーラ統計法にて査定、勝率に関してネガティブな評価をせざるを得ず、暫定的な攻略の中止に甘んじてきました』


 VR空間に設けられたブリーフィングルームは学校の講堂らしい作りで、その中央で人口知能の女が演説を打っている。


 2Dから3Dにローカライズされたフィギュアみたいな美少女とは違って、フツーの容姿だ。

 人工知能の姿形は人間並でないとセクハラだなんだと色んな団体がうるさいらしい。


 ともあれ、そんな人工知能の語るところによれば今回の敵さんはUSLA――月に拠点を構えるアメリカさんの子孫を名乗るクニらしい。


 この千年ばかりの間にハンバーグのように刻まれ、こねられ、ちぎり分けられた国家のアイデンティティについて語り始めれば丸三日はかかるしぶっちゃけてしまえば正解の保証もない。


 三文小説家が便所で考えた設定のように現実味もない。

 時間の無駄だ。


 俺たちは、〝アメリカっぽい国〟と呼んでいる。

 AI女がニライカナイだのなんだの言った自国も〝日本っぽい国〟だ。


 重要なのは呼び名じゃない。


「おいおい……本国のおエラ方は地下帝国のサウナで脳ミソ茹だっちまったのか? アメリカさんに喧嘩売ったら大ヤケドするって千年前に学んだはずだろ?」


 椅子や机にだらだら腰掛ける孤児兵たちの中、隣でただ一人背筋を伸ばして傾聴してるハヤシに、小声で耳打ちする。真面目に聞けという表情だけが返ってくる。


「真面目に聞く価値があるのは真面目な話だけだろ。連中、孤児兵にすら回すカネがあるんだぞ? 毎日ウマいメシ食ってジムでトレーニングして怪我すりゃまともな医者にかかれる連中と命をタネ銭に殴り合えってか? ふざけんなよバーカ」


 月は、地下と火星に比べて資源確保と輸送の利便性で優位に立つ土地だ。

 かのアメリカっぽい国は千年前の戦争で優勢を確保すると早々に月を征服した。


 トランプの大富豪と同じ、あるいはネトゲと同じで、この世界は勝つことでより勝ちやすくなるよう出来ている。


 国庫に余裕を持つぶん、孤児兵の装備も充実している。

 戦力比は十倍近い。

 正月の初夢で富士鷹茄子が飛び交っても勝てると思えない相手だ。


『――ふざけてなどいません、A6分隊のサトウ』


 チッ、(センサー)のいいヤロウだ。


『今回、ニライカナイは各国と交渉し合従の上大規模な作戦行動を行います。参加するのはマーズ・ヨーロピア、中華大連合国、ロシア第三帝国……』


 フランスとドイツとベルギーの合いの子っぽい国、中国っぽい国、ロシアっぽい国……その他いくつかの名前を彼女は列挙する。


 なんつー節操のなさだ。つい昨日まで戦争してた所とまで手を組んでやがる。


『無論、旧日本の国土は全て現ニライカナイに帰属する土地です。この作戦で優位性を確保し、港の所有権を全て得るのが我々の方針です』


 百歩譲ってこの国がかつての日本の正統継承権なるものを持っていて、自国を奪還したいだけというなら筋の通らなくもない主張だが――彼らはアメリカとかユーラシアの土地も、国の成り立ちにアメリカ人とかモンゴル人が関わったって理由で所有権を主張している。


 どいつもこいつも同じ穴のムジナではあるが、とうてい素面では聞けないヨタ話だ。

 つまり、漁夫の利を狙いたいってわけだ。


『我々戦術考察ユニット群は試行回数一京のVRシミュレーションを実施し、適切な作戦を考案しました。ナガノ・ファームからはBユニットからFユニットまでを主攻に割き、港湾の直掩陣地を探索します』


 ――いきなりバグを疑う発言が出た。


「おいAIのオバハン、アンタらは出会ったら三秒後にホテルで朝チュンが流儀なのか?」

『A6分隊のサトウ、貴方の今の発言だけで十三のセクシャルハラスメントとAI差別に関わる法文に抵触します』


「化学的に去勢された俺らにエロの概念があるかバカ。ムカついたなら地上まで弁護団連れて来てみろよ。

 一京回シミュレートのくれてやるありがたい託宣が「ともかく本丸を落とせ」ってのか? 月のアメリカさんがいくら金持ちでも東京の海で取れる十億トン以上のコバルト・リッチ・クラストを簡単に手放すほど頭ワいてるかよ。連中が首都圏内にどれだけ防衛基地を置いてると思ってんだ。お宅らの爆撃機なんざ埼玉の空辺りで撃墜されちまうぞ」


『説明を最後まで聞きなさい、A6分隊のサトウ。貴方の無思慮の為に三十四秒の時間が無駄になりました』


 遠足の引率をする小学校の教師みたいな事を言うと、AI女は画面上で俺たちの居並ぶ一画を見つめた。


『敵の防衛戦力とはつまり火器管制ソフトウェアで制御される対空兵器網です。かのUSLAの東京防空網は広大である為、C4Iシステムに膨大なリソースを必要とします。サーバーを格納した基地を破壊すれば、そのエリアの防空システムは一時的に非活性化するでしょう。

 A戦術ユニットには、サーバー基地の探索を行って頂きます。タツオカ式統計によればヨコハマA-6-1エリアに存在する確率は97%です。成功率は66%。貴方がたが所定の性能を発揮すれば、十分可能な作戦でしょう……』







 と、煽りとしか思えないような命令を受けて、俺たちAユニット総勢九十八名は数十分後に基地を後にした。


 電気式のジープに揺られる道すがら、俺は曇り空を透かす太陽に向けて地図を掲げた。


「ハヤシ、サーバー基地はB-2-3エリアだ」

「……もう今更だから驚かないが、どうしてそう簡単にAIの指示を否定できるんだ?」

「簡単。連中は同じ硬さの棍棒で殴り合うのに自分が完勝できると思い込めるアホ共だからだ」


 一京回のシミュレーションが御自慢らしいが、CPUの性能は数百年前にはもう頭打ちで、使ってるソフトウェアも大差ない上演算の根拠となる理論も同じ。


 ゼロの数がいくら増えても同じだ。連中は無限に等しいシミュレーションで知恵熱を起こした挙げ句に自分にとって都合の良いパターンを選ぶ。


 試行回数の多い少ないに関わらず、判断にバイアスがかかってれば等しくゴミ情報だ。

 いわゆる大本営発表と何ら変わらない。


「連中はA-6-1が優勝、そしてB-2-3は二番目か三番目に来る馬と踏んだんだろう。どちらも担当エリア全域を管制できるが、A-6-1のが多少地形が良いな。外側に丘があって、爆撃機は多少深く入り込まないと射角を確保できない」

「なら、それで決まりじゃないか」

「超音速機がたった数キロ接近するのがそう手間なモンかよ。こんなの、無視して良い条件だ――対して、B-2-3の条件は無視できない」


「……それは、なんなんだ?」

「宇宙港が近い」


 月からやってくるアメリカっぽい国の保有する、シャトルの発着港だ。

 それがB-2-3エリアから十キロ未満の地点にある。


「……だからどうしたってんだ」

「サーバーのメンテナンスにはどうしたってエンジニアが要る。防空の要だから即席のカリキュラムで仕込んだ工兵部隊にやらせるワケにもいかん。あの国は真っ当にアメリカだった頃からエンジニアの社会的地位が高い。そいつらに地上の現状をダラダラと観光させたくはなかろうし、事故ったり、ましてや俺らに撃ち殺されたなんて日には本国でデモ隊がホワイトハウスを取り囲む」


 そんなリスクは負えまい。

 だから、宇宙港からの距離は無視出来ない要素だ。

 A-6-1は少し遠すぎる。


 一京のシミュレートなど、状況設定が甘ければ電力の無駄でしかない証左だ。連中は兵站(ロジスティクス)という概念を、ただの必要物資の定数とそれを輸送するインフラ程度にしか捉えていない。人はパンのみで生きるにあらじという格言に、ならばワインとケーキも与えれば良しとするような底の浅さだ。


 軍上層部が真実戦争の当事者であれば、こんな初歩的なミスは犯さない。

 五百年外敵と戦わなかった連中の思考は衰え、そのツケを俺たち兵士に押しつけている。


 別に海洋資源で本国が一儲けしたかろうが俺にはどうでもいい事だが、孤児兵の死亡ケースのほとんどが、見当違いのエリアの探索にいつまでも手こずっている内に敵兵に包囲されて殲滅、ってパターンだ。

 作戦が早急に終わる程に味方の生存率が上がる。

 命令無視? 上等だ。欲しいエサさえくれてやりゃあ文句は無かろうよ。


「……了解、GPSは細工しておく。俺たちは、機械の故障で、たまたま目的地から十キロ離れたエリアに迷い込むわけだ」

「ああ……見当が外れた時の保険だ、コードに俺の署名でもしておけ。ちっとばかし分かりやす過ぎるが、口八丁でお前に責任がいかないようにしてやるさ」


 ぽん、と肩を叩くとハヤシはそれを振り払った。


「馬鹿抜かすな。俺はお前の話に乗った。他の連中もそうだ。お前の指揮で生き残れると全員が判断したんだ。下手を打った時にお前だけが負け分を負うんじゃ、筋が通らない」

「ああ、Aユニットは俺が指揮している。俺の部隊だ」


 俺は言い切った。

 そうやって軍上層部のAIが寄越す戦術ではなく、俺の指揮に皆を付き合わせている。


 連中の指揮より、自分の指揮を信じているからだ。

 そして、連中と俺の最大の差異はたった一つだ。


「ハヤシ、指揮官は責任を取らなきゃいけない。挽回の利かないほどの負けが決まった時、最初に死ぬのは、絶対に、俺でなきゃいけないんだ」


 連中の間抜けを笑う俺に、優れた才覚があるか? いいや、俺は自分の才能など夢にも信じてない。


 俺と奴らの唯一の、そして決定的な違いはその一点だけだ。

 部隊を全滅させるような大敗にすら、連中は自分にダメージのないよう、見事な責任回避のシステムを作り上げた。


 だから本気になれない。本気で考えたつもりでも、最後の一線で萎えている。

 どうせ死ぬのは自分じゃないんだと。

 本物の指揮は、勝ち残る戦術は、その一線を越えた先でないと掴めない。


「俺が、これまでお前たちを生き延びさせてやった、だからもう失敗してもいいじゃないかと――そう自分を憐れんだ(・・・・・・・)瞬間に、俺は指揮官として死ぬ。

 それは、孤児兵の死に様としては相当下の方だろうよ。俺たちが忌み嫌ってる、安全なオフィスでコーヒー飲みながら俺たちを殺し、何より度し難い事に、自分がその時に人を殺したという自覚すらしない、悪質に鈍感な大人共と同じになるんだ」


 俺の嘲笑を間近に聞いて、ハヤシは沈黙する。


「……」


 俺はその表情に、悔しそうな、嫉妬のような色を――見た気がした。

 勘違いとも思える一瞬で、ハヤシはそれを引っ込める。


「分かった。俺たちはお前の責任のもと、お前の指示に従う。……それで勝てば、何も問題は起きない」

「ああ、それが一番だ」


 気持ちを切り替えるように、に、と俺は笑う。

 そして、地図の一点を拳で叩いた。


「しかし、問題があるな、このエリアは」

「……なんだ」


 話は終わったんじゃないのか、とハヤシは不満げだ。

 俺はぱん、ぱん、と地図を殴りつけつつ言う。


「予測ポイントのそばに廃墟がある。いかにも狙撃のしやすそうな場所だ。まず、ここに潜んでる奴らを潰さないとな」

 






 目標から十数キロの地点でジープを乗り捨て、夜陰に乗じて行軍し、夜明け前に廃墟を覗ける位置まで辿り着いた。


 部隊の人間に辺りを軽く探らせ、人の出入りを隠蔽した痕跡を見つける――少なくとも、サーバー基地がB-2-3にある確率は飛躍的に跳ね上がったわけだ。


「よし……突入する」


 いくら相手が装備の良いアメリカさんでも、百人近い相手に夜討ちをかけられれば一溜まりもない。ここの狙撃手チームを殲滅した勢いでサーバー基地へ到達する――楽な仕事だ。


 不意に、その慢心をなじるような声がハヤシの口から上った。


「サトウ、サトウ……!」


 小声ではあるが、十分な焦燥を湛えた声色だった。


「敵の通信を傍受した……B-2-3の哨戒網にて敵兵と交戦したって。俺たちの存在がバレた……!」


 狼狽するハヤシに釣られて、俺の心臓もどぐりと鳴った。

 なんだ、途中の行軍ルートが監視されていたのか? 


 最も警戒の手薄と思われるルートを通ったはずだ。

 見込みが甘かったのか?


 ――いや。いや。


「ハヤシ、落ち着け。交戦した、って言ったんだろ?」

「……あ」

「クソ……先を越された! しかもヤツら、しくじりやがった!」


 どこかの国の部隊に、俺より先にB-2-3がクサいと思った奴がいたらしい。

 しかしそいつらは俺の選ばなかった警戒の厳重なルートで侵入して哨戒網に引っかかり、敵陣で銃撃戦をやらかしている。


「マズイ……」


 現代の軍事基地は限りなくインスタントだ。

 孤児兵がまず覚えるのは基地の〝畳み方〟という程で、夜逃げが簡単にできるようになっている。


 拠点を移されるまであと三時間もあるまい。

 悠長に全員揃って銃撃戦をやらかすゆとりは無くなった。


 部隊を分けるわけにもいくまい。廃墟の兵団への数の優位が崩れる。

 一方でB-2-3は今交戦中のエリアなのだ。こちらを突破するにも戦力がいる。


 撤退の二文字が脳裏をよぎるが、政府は孤児兵の敗北は許容しても脱走と敵前逃亡は決して許さない。

 これまでは成果を上げ続ける事でごまかしていたが、命令違反も糾弾されるはずだ。


(鼠狩りの山猫はCユニット辺りかね……餓えて、逃げ疲れた所で同輩に狩り殺される。嫌な死に方だ)


 少なくとも、言い訳の利く程度には戦う必要がある。


 ふうぅぅ……と、俺は夜に冷やされた空気を肺に送り込む。


(ここには狙撃兵と観測手が何組かいるだけ……まともにやれば、地理の差、装備の差で、数で押す必要が出てくる。多少多勢になったくらいじゃ時間もかかる……)


 ヤバい橋を、渡るか。


「ハヤシ、爆薬と手榴弾、一人が携行できるギリギリまで用意しろ。あと拳銃一丁貸せ」

「……何するつもりだ」

「ここの攻略は俺が一人でやる」


 告げると、ハヤシの喉がひくっ、と引きつった。


「馬鹿かお前は! それとも自殺志願者か!」

「馬鹿の方だよ……暗殺する。随伴はむしろ邪魔になる」

「なら、別の奴に任せればいいだろ……!」


 任せられるなら任せてる。別に自己犠牲の精神なんて胡散臭い根拠で言ってる訳じゃない。


「この部隊で、その仕事をこなせるのは俺だけなんだよ」


 必要なスキルはハイディングとバックスタブとサボタージュ。

 孤児兵の普通のカリキュラムには存在しない。


「お前は部隊を連れて、遠回りしつつB-2-3を目指せ。もちろん狙撃兵を始末してすぐ合流するつもりだが……一時間音沙汰が無ければ撤退しろ。俺が死んだ事をネタに、CPには上手く言いくるめてくれ」


 最後は小声で、相棒にだけ聞こえるよう耳打ちする。


 それを聞いた瞬間の、ハヤシは……無限の苦悩、とでも呼ぶべき表情を浮かべた。

 その正体を探る事もなく、俺は彼の肩を叩く。


「頼んだぜ、相棒」

「……分かった」


 迷いを立つようにハヤシは頷くと、廃墟のそばに隠れ潜む仲間達に指示を出し始める。


「……は、ひ」


 肺がひきつれたようになり、不細工な呼気となって漏れる。

 当たり前だが俺はビビってる。


 ちくしょう、単騎で敵陣に突入なんて戦国時代のバカ武将か俺は。

 余所の連中に足引っ張られて、こんなバクチを打つハメになるとは。


 俺自身はカケラも欲しくない土地を取り合って……ちくしょう、ちくしょう。

 本国の政治屋どもよ、呪いあれ。

 トーフの角に頭ぶつけて死ね。


 ぶつぶつと罵倒しながら準備を終える頃には、俺は一人になっていた。

 胸を叩いたり、がんばれがんばれと激励してくる仲間たちには生返事を返した記憶がある。


 お前らもがんばれよ。


「……さて」


 ライフルと雑嚢を担いで、俺は目指すべき廃墟を睨む。

 五百年の劣化に辛うじて耐えたVで始まる名前のショッピングモール。

 植物に纏わりつかれ、フロアはほぼ半壊、書き割りのような風情である。


「どっちかって言うとホラーゲームの舞台の定番だなこりゃ……ダンジョンとも呼べないが」


 さぁて、ソロクエストと洒落こもうじゃないか。

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