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最強兵士、異形の力で異世界戦争を制覇する  作者: 八目又臣
第一章:ヴォーダント王国・開戦編
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1:孤児だけの戦場

 とってもザンネンなお知らせだが、西暦3000年を過ぎても人類はやっぱり戦争をしている。


 それも、千年くらい前の、大国が貧乏な民兵をイジメ倒すだけのヌルい紛争なんかじゃなくて人類圏全ての国が参加するオリンピックである。


 この場合の人類圏とは、地球の地下、月、火星の三つ。

 こいつらが地球上の領地を巡ってドンパチやっている。


 ――百年くらい昔までは、地上は人の住める土地じゃなかった。

 環境汚染の特盛りツユダクマシマシとシメの核戦争で、人間が数秒と生きていられない環境に成り果てていたのだ。


 生き残りの人類はぐーちょきぱーで仲悪く三組に分かれてそれぞれ地下、月、火星に引っ込み穴熊を決め込んだ。

 地球環境の再生を、遺伝子改良した苔とロボットに任せて。

 再び地上に立つ事を夢見て。


 その間およそ500年。ある意味、人類史で最も平和な期間だったと思わなくもない。

 そして地上が、食い尽くした汚染物質で突然変異した苔のバケモノだらけになった頃に、地球環境は再び人の居住可能な状態に戻る。


 この時には、地下(モグラ)も、(ウサギ)も、火星(タコ)も、それぞれ内ゲバとかオルグとか合従連衡とかサークルクラッシュとかそんな感じのを繰り返して、五百年前の既得権益なんぞカンペキに実体を失っていた。


 国家とは、所属の明確でない土地は全て自分のモノにしないと気が済まないもの。

 三つの人類圏の主立った諸勢力は、我こそが地上の主なりと息巻いて戦争状態に入ったわけである。


 ――いやもう、大いなる歴史の皮肉というか人類の生のアンチテーゼ的な悲哀というか、端的にはバカじゃないのバカじゃないのほんとバッカじゃないの、とツンデレ女子にでも罵って頂ければと思います。


 さて、五百年ぶりに戦争をすると決めた連中だが、ここで問題が発生した。

 誰も、戦いたがらなかったのだ。


 銃で撃たれれば痛くて痛くてそして死ぬ。

 それくらい誰でも分かる事で、民衆は誰もそんな役回りになりたくなかった。


 そして国にはもう、その要求を押さえつける力が無かった。

 高高度情報化社会で肥大化した民主主義と人権意識は、少なくとも表面上は一つの国と一人の人間を同価値とするまで至っていたのだ。


 政治家は国民に戦争に行けと言っただけで失業するようになっていた。

 どの国もあの手この手で他勢力の脅威を喧伝し、地上の領地の経済効果を謳い、「センソー怖くない! 試してみなよ」という言葉をオブラートにくるんで発信した。


 昨今のVRMMOFPSの大流行もその一環と言われているが――効果は乏しかった。

 政府のお偉方が軒並み頭を抱えていた頃――誰かが思いついてしまった。

 この現代の世界で、唯一命の安売りができる人種の事を。


 今の御時世、どんな貧乏人も衣食住は保証されてバクチも大っぴらに打てる。

 人工知能も高度なヤツは議員になる時代だ、ロボットもダメ。


 重要なのは、後ろ盾がない事だ。

 どんな人間も戦争に行かせた事が表面化すれば文句が出る――表面化しなければいいのだ。


 一番最初の段階だけでいい。

 その時だけでも社会と繋がっていない存在なら、後は物理的に断絶した地上に置ける。ネットでしか他者との接触の手段がないなら、ウマく情報統制でき(ごまかせ)る。


 つまり、大人はダメだ。

 じゃあ、子供? 

 いやいや、子供も親の庇護がある。


 なら答えは簡単だ。

 孤児を、使えばいい。


 ――かくして、戦場の主役は孤児の兵士となったのである。







「……何をブツブツ言ってる、サトウ」


 兵隊仲間のハヤシが、眉間に皺を寄せて言ってくる。

 俺と同じ、雑嚢とライフルを担いで黒っぽい戦闘服に身を包んだ黒髪中肉中背の男で、生まれた時からの付き合いだ。


「今は作戦行動中だぞ……! 独り言なんて……!」


 小声で絶叫する、という器用な芸を見せてくる。

 シャウト系のスキルが充実したRPGのキャラみたいなヤツだ。

 主に士気低下系のデバフを乗せてくる。


「何なら歌でも歌うかよハヤシ。ピクニックにはつきものだぜ」


 提案は鬼の形相で却下された。


「ふざけてんのか……!」

「しかしだねハヤシよ、こりゃ滅多にない機会だ。敵地のど真ん中で、歌おうが宴会しようがサッカーしようが気付かれない状況ってのは中々ないぜ」

「気付かれない……とは限らないだろ」

「どうやって? ――ここは、深い深い森の中だ」


 俺とハヤシ、あと十数名の部隊で行軍しているのは、十数メートルほどの高さの木々が鬱蒼と生い茂る森林である。


 ――先述した苔のバケモノは、正式名称をリメディエーション・プラントと言う。


 寄生植物の一種で、他の植物に取り憑くと重金属を栄養源に葉緑体を造り出すよう改造し、その遺伝子情報をコピーして構造を模倣した植物を爆発的に増殖させる。


 元はブナ林かなにかだったであろうこの場所は、そういうバケモノ樹が半径数十キロに渡って生育する大森林と化していた。


「帰りにカーツ大佐でも探してみるか?」

「カー……なんだよそれ」

「映画だよ、映画のキャラ。千年前の。あの時代の映像コンテンツは俺らにゃ宝の山だぜ? 現代の検閲コードには全く引っかからねーし」


 神経系に直に貼り付いているナノマシンと、回線不要の量子通信のおかげで、俺たち地上の兵隊にもネットを見る機会は山ほどある――が、今のアニメやドラマを見ようってヤツは一人もいない。


 NGワードには自動でロックがかかるもんだから、何を喋っているかほとんど分からないし映像にもモザイクがかかる。


 人間の世界には、触れてはいけないのだ。俺たち戦争の犬どもは。


「……軍規範には、娯楽の過度な傾倒は控えるようにと書いてある。ましてや、アングラなネットサーフィンなんて」


 口を尖らせるハヤシ。

 俺たちの中でも珍しい部類だ。国の提供する規範(マニュアル)を鵜呑みにした国家に忠勇なる兵士とやらは。部隊の他の仲間にもよくからかわれている。


 でも、そういうヤツにとっては、マニュアルが心の平衡を保つ手段なんだろう。笑う程の事じゃない。

 少なくとも俺はコイツを笑わない。

 長い付き合いだしな。


「提出した戦術計画にも、こんな森を進むなんて書いてない。足跡ログをクラックしてまでこんな所を進んで、もし敵に見つかったら? 仮に生き延びても責任を取らされる。俺たちはもうすぐ〝卒業〟なんだぞ? サトウ」


 要するに、不安なんだろう。

 それを取り除いてやるのが、分隊長の、そして長年の相棒の務めって所か。


「オーケー、じゃ根拠を説明してやろう。ここに、敵の哨戒網が存在しない理由をさ」


 俺はハヤシの肩を叩いて語る。


「五年前、エリア・タジキスタンのQ-7ー1に配属されてた頃だ。あの時、俺たちの警護する基地の隣にもこういう森があった。あの時のマニュアルに、森が哨戒対象に含まれてたか?」

「……いや。でも、敵のマニュアルが同じだとは」


「いーや。ベッドの下に溜め込んだクソ不味いレーションを賭けてもいい。連中の使ってるマニュアルは、ほぼそっくり俺らのと同じモンだ。現代の歩兵にゃ愛すべきハートマン軍曹なんていないんだよ、ハヤシ。俺らのすぐ上は地底の本国の、クーラーの効いたオフィスで机を磨いてる、背広着たサラリーマンだ。ヤツらにとって、俺ら少年兵の資質の見積もりなんて会計書類と統計でサクっと済ませるモノでしかない。

 俺たちの値段はいくらだ? ハヤシ。ジオフロント・トーキョーのど真ん中のホテルで一日豪遊出来るほどじゃあないよな。けどな、アキハバラで売ってる多機能冷蔵庫くらいはあるだろうよ。センソウで使い潰すのは無問題にしても、森の中をハイキングさせて遭難したり、脱走を誘発するワケにゃあいかん。来期のボーナスの査定に響く。

 俺ら少年兵の運用に森林戦は考慮されてない。――だから、俺は五年前に、訓練計画を偽装してまで森歩きにお前らを誘っていたわけだ。おかげで真っ直ぐ進めてるだろ?」


「……五年前には、こういう状況を想定していたって事かよ」


 どこか面白くなさそうな響きの混じる声で、ハヤシは言う。

 ――この程度、本当は驚くに値しないんだぜ、友よ。


 アニメやらゲームのスーパープレイ動画を見る傍ら、たまに千年前の戦争映画を見ちゃいるが、そこから伺える当時のレベルと比べて、現代の戦争は本当に退化している。


 大昔は高性能の人工知能が文明を一変させると信じられていたらしいが(確かに一部はその通りのようだが)、連中が戦術考察に介入して起こった事と言えば、戦争の陳腐化だ。


 各国のドクトリンは撤廃され、代わりにマニュアルが用意されて一歩兵の運用までガチガチに固めた結果、上から下まで完全な思考停止に陥っている。

 俺はその裏をかけばいいだけだ。

 ヌルゲー極まるというもの。


 もっとも、おかげで十五を越えるまで生きられる兵士が二割を割ってる中、めでたく相棒共々十八を迎え、来期を待たずに〝卒業〟を宣告されたのだ。

 文句は無い。ビバ思考停止。サンキューマニュアル至上主義。

 アーメンハレルヤピーナツバターとタイの海賊よろしく言ってやろう。


「というわけで、今日はボーナスステージでポイントゲットだ。卒業したヤツでも俺らほど稼いでる兵士はいるまい。ふふん、ハヤシ、地下暮らしの始めは俺にクルマを奢るといい」

「……別に。ほとんどお前の悪知恵で稼いだカネだ」


 なんだよ、最近テンション低いな。


 ――ここで、かいつまんで俺たちの事情を説明しよう。

 少年兵、というか孤児兵の登用に繋がった理由の一つとして、昨今想定される戦争は歩兵をあまり必要としないというのがある。


 地球地下、月、火星、それぞれに存在する国家群は、各々領有権を主張する土地を開拓している最中だ。農業プラント(おっきなはたけ)を建築して野菜とコメを作ってる。


 そこを攻撃されたら終わりだ。

 なにせ農業プラントには人工知能憲章にて人類のオトモダチになった農耕用ロボットと、その管理者、他にも地表環境を測定する科学者やら監督役であるお役人やら、ステキなステキな世界でただ一つのだいじないのちが山ほど働いている。


 ミサイルどころか銃弾の一発で責任論が噴出して首脳陣は糾弾されるだろう。

 なので、軍はその周辺に防衛基地を設けて警護を行っている。


 攻め手側に立った場合、哨戒網をくぐり抜けて防衛基地を発見し、戦闘指揮所(CP)に報告すればゲームクリアだ。

 サラリーマンたちがボタン一つで無人爆撃機を派遣してくれる。


 守り手側は、基地周辺を哨戒して探りを入れてくる敵軍の兵隊を始末すればいい。


 領地周辺の防衛基地が、だいたい三割くらい機能停止した所でその土地の戦争は終わる。

 現代の対空兵器の精度から言えば七割の損壊でもまだ戦えたりするらしいのだが、指揮所の人工知能がその辺りで〝詰み〟判定を下す。


 どこまでも〝いのちだいじに〟が染み付いているのだ。

 ガンガンいかされるのは俺たちだけなんだよネ。


 そうなると、ホールドアップ、俺たちの牧場から出ていきなと西部劇の保安官よろしく恫喝交渉のフェイズに入り、負けた領地の民衆はしぶしぶ別の土地に移動するか本国に帰る。


 占領地の確保とか昔ながらの役割がないので、人口の0.00何%の孤児兵でもこなせる。

 一応、俺たちの鼻先にぶらさげるニンジンはある。


 十八になった年の三月に、俺たちは兵隊を〝卒業〟する。戸籍を用意されて地下の本国で生活する権利を得るのだ。


 それまでにいい仕事をしていると、卒業時に渡される最低限の生活費に多少の色が付く。


 卒業にこぎ着けるのは全ての兵士の実に0.00何%なのだが、いるにはいる。

 明日を信じて戦うヘータイ稼業なのである。


「……俺は、卒業の為だけに戦うんじゃない。地下のリソースだけじゃもう国民を養えないんだ。俺たちは、この戦いに勝たなきゃいけない。最前線にいるのは国民の誇りだ」


 んだよモー、サガる事ばっか言うんだからーお客サン。


「はいはい友よ、俺ぁお前のその台詞に今は亡き忠勇と至誠なる帝国陸軍魂の極みを見たね。七生報国滅私奉公焼肉定食だ」

「茶化すな……!」

「いやお前はスゲェと思うよジッサイ」


 本当に、ね。


「だがよ、俺はもう軍隊には飽きたよ。お前と組んで運送屋でもやりながらだらだらネトゲやって暮らしたい。お国への奉仕とやらは後輩に任せて引退しようや。お前って女房役がいないとあっという間にニートになる自信があるぞ、俺は。ダンナの尻を引っぱたくのは嫁の仕事だろーぅ」

「き、気色悪い事を言うなバカヤロウ!」


 声を潜めていたハヤシも、さすがにこの冗談には絶叫して尻を蹴っ飛ばしてきた。

 死亡フラグのような台詞を吐きつつも、特に不安はない。


 この森に入った時点で、俺たちの勝ちは確定だ。

 森を抜けた先に敵軍の防衛基地は必ずある。高度ステルス技術で偵察衛星の監視も受け付けない建造物だが、配置を決めるのはマニュアルと合理一辺倒のコンピュータだ。


 周辺の地図を見れば一発で見当が付く。

 俺は、敵基地の所在についての予想を外した事は一度も無い。


 これまでの十年間、この調子で上手くやってきた。

 卒業までのあと一年弱は、このまま乗り切れるだろう。


 ああ――もう一年もしない間に次の春がやってくる。

 俺たちは卒業する。

 卒業、するのだ。

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