9話 お勉強会
次もできるだけ早く投稿します。
「ガブっといきました」
ソウマの問い掛ける瞳にシルヴィアは満面の笑みでそう返す。その男性なら誰をも魅了してしまうような魅力的な笑みもソウマの瞳をさらに胡散臭そうに変えるだけだった。
「何よ、その眼は?」
シルヴィアは「私心外です」と言わんばかりの態度でソウマに怒りを露わにする。
「お前まさか我慢できなくておっさんの・・・・・・・・」
「ちょっと!何失礼なこと考えているのよソウマ!」
「いやだって、お前前に自分は「血は吸わなくても生きていける」なんて言っておいて・・・」
「だから!違うって言ってるでしょう!」
「ま、知ってるよ。冗談冗談」
言ってソウマは胡散臭い目から途端笑みを見せる。
「もう、失礼しちゃいわね。私を血を求めるだけの下等な獣と一緒にするなんて」
それでもシルヴィアは不機嫌を露わにする。どうやら同じ同族の吸血鬼でも同族の中で善悪や嫌悪の基準は存在するようだ。
「悪い悪い、最初からお前がおっさんを襲ったなんて思ってないよ。どうせおっさんに頼まれたんだろ?」
「さすがソウマだね、よく分かっている。確かに言う通りこれは父上がシルヴィアに頼んだことだよ」
ソウマとシルヴィアのやり取りにライハルトが苦笑しながら言葉をかける。
「その通り、これについては儂の方からシルヴィアに頼んだのだ」
アウロも自らの首筋の傷跡を示しながらもラルクの言葉を肯定する。
「知っての通り今ここにいる者の中で普通の人間は儂だけであった」
「・・・・・・・・・」
なにやらソウマが何かを言いたそうにしていたがとりあえずシルヴィアが目線で黙らせる。
「妻はハイエルフ、子供達はその混血しかしその寿命はハイエルフと同じ程長く果てしない。しかし私は人間。このままでは儂は必ず家族を・・・・・ヘンリエッタを置いて逝くことになる」
「・・・・・・」
アウロの言葉に一同は無言になる。アウロの言う事は異種族との間の恋愛・婚姻等に度々立ちはだかる問題である。寿命の差・・・・それは異なる種族であれば能力や特性習慣以上に最後に上がる問題である。
「儂にはそれが心残りだった。ゆえにシルヴィアに儂から頼みこの身を悠久の時を生きることのできる身に変えてもらったのだ。これはシルヴィアに責は無い。責が有るとすれば短い時を生きることに耐えられなかった儂自身の弱さだ」
アウロは自らの言葉に自重するような笑みをこぼす。しかしそんなアウロの手に重ねる様に優しく手を置く者が居た。
「ヘンリエッタ・・・・」
ヘンリエッタは少し悲しそうに申し訳なさそうにアウロを見つめている。
「あなた・・・・自分を卑下するのはやめて下さい。あなたがそうなったのは私の為ではないですか」
「それは違うヘンリエッタ、儂は儂の考えでこうなったのだ。儂自身がお前や子供達を置いて逝くのに耐えられなかっただけの話だ」
「いいえ、ソウマ君とシャルロットが氷に閉じ込められてからのシルヴィアちゃんの悲しそうな表情や雰囲気、そして私の可愛い子供であるシャルロットと目の前に居ながら触れ合えない悲しみ、そんなシルヴィアちゃんの様子や私の悲しみがもう一つの今まで私が考えなかった事実に目を向けさせたの。それは夫が時を経るごとに残された時間が少なるごとに増していった。この人は必ず私を置いて逝く、その事実に私は日々恐怖し悲しみが強くなっていった。そんな私の感情をこの人は見抜いていた。ある日この人はいつの間にか人間でなくなっていたの・・・・」
今度はヘンリエッタが悲しそうに顔を伏せる。すると今度は逆にアウロがヘンリエッタの手の上に手を重ねる。
「違うのだ、確かに儂はお前の不安に気づいていた。しかしそれは切っ掛けにすぎん。お前の心の内を知り儂も又恐怖したのだよ。それに儂は嬉しかったのだよ。お前がそんなに儂との別れを悲しんでくれることが、ハイエルフは元来その長い寿命故に感情の起伏が少なくあらゆるモノに対する執着が薄いと聞いていた。ゆえにお前も儂が死ねばいずれはこの国を出て新しい地を目指すのではと心のどこかで思っていた。だがお前は儂との〝今″を惜しんでくれた。儂にはそれだけで十分だ」
「あなた・・・・」
「ヘンリエッタ・・・」
二人はそのまま見つめ合いながらお互いの両手を組み合い見つめ合う。そのままゆっくりと顔が近づいていき・・・・・・・
「・・・・・コホン(×2)」
二人の唇が重なる直前、突然室内に二つの咳払いが響く。
「やれやれ、親のラブシーンを目の前で見せつけられる子供の気持ちにもなってもらいたいもんだね」
「・・・・・」
咳払いの犯人は二人の子供であるライハルトとシャルロットだった。ライハルトは呆れたような表情をしシャルロットは頬を赤く染めながらやや目線を逸らしている。それでもチラチラと二人の様子を盗み見るようにしていたようだが。
「父上も母上も仲がよろしいのは息子としても大変喜ばしいことではありますが今は場所を考えて下さい。ソウマ達も迷惑してしまいます」
「僕は構いませんよライハルト殿下。王と王妃の中が良いのは臣下としても大変喜ばしいことだと思いますよ」
「私も別に構わないわよ。私もこれからは一杯ソウマに甘えさせてもらうんだから二人みたいにこんな感じに自然に良い雰囲気を作れるように参考にしなくちゃ、そうよねシャル?」
「え!私は・・・・・別に・・・・・」
突然シルヴィアに話を振られたシャルロットは一瞬戸惑いながらも未だ手を組み合っている両親を見つつ次いでソウマに視線をやりまた顔を赤くして俯く。
「ていうか話の観点はそれじゃねえ。ようするにおっさんはシルヴィアの眷族になったのか?」
ソウマが痺れを切らしたようにアウロに問い掛ける。しかしそれに答えたのはアウロではなかった。
「正確には眷族ではないわ。私は確かに王様を噛みはしたけど血は飲んでないもの」
「どういうことだ?」
「私達が自身の仲間を増やす方法はいくつかあるの、一つが一番良く知る《吸血》、まず私達は対象を自らの牙で噛むことにより牙から自らの魂の情報を送り込み相手の魂の情報を書き換えるの。もともとの生物の魂の情報に私達吸血鬼の魂の情報を上書きして吸血鬼に変える。その過程で対象の血を飲み自らの体内に取り込むことで相手の精神を支配し完全に操る、血とは生命の形、命そのもの、血を取りこむことは相手の全てを手に入れるのと同じことの意味があるの」
「へえ~」
ソウマはシルヴィアの説明に感心したように頷く。
「へえ~、じゃないでしょうソウマ。私前に貴方に説明したはずなんだけど?」
「あり?そうだっけ?」
「全く、そういう事だけはあまり頭を使わないんだから。それで今回私が王様にしたのは私の王族の吸血鬼であるロイヤルヴァンパイアの因子を体内に送り込んだだけよ」
「それってどういう効果があるんだ?」
「単純に肉体が私達と同じになるだけよ。元々私達ロイヤルヴァンパイアは生きる為に血液を必要としないさいし他の吸血鬼の持つ弱点の殆どが効かない、しかも今回王様にしたのは完全な変質ではないから寿命や肉体能力は王族級だけど特殊能力とは一切使えないけどね。本来これは吸血鬼が定期的に血液を摂取する為に心を完全に支配してしまうものなのだけど私の場合は王様の肉体だけを変質させただけだから心も完全に自由な状態になっているわよ」
不老不死とは大抵の人間が一度は夢想することである。そして昔からそんな永遠の命を求めて過去多くの権力者がそういった存在と秘密裏に取引を交わしてきた。
「あれ?少し思い出したけどそれって確かすげー悪い事じゃなかったっけ?」
「ええ、私達王族級の吸血鬼はその血そのものが神聖な存在だから本来私達の牙を受けることは最大の栄誉と共に最大の禁忌でもあるの。ちゃんとした手順で行わないと大変な事になるはね」
吸血鬼は転化した時の強さは素体の能力は勿論転化させる吸血鬼側が強力であればあるほど強力になるのは言うまでもない。吸血鬼に転化させられたい者もどうせならより強力な個体に転化させられたいと考えるのが普通である。しかし大抵の吸血鬼が人間を己の食料程度にしか見ていない者が多い為大概の者が最初はその吸血鬼に血を集める為に操られる、その中で時が経過して精神支配を脱した者が初めて一人前の吸血鬼となるのである。
「じゃヤバくね?」
「別にいいんじゃない?私は親と喧嘩中だから別にもう王国に帰る気は無いし、私は今のプライドと自らの血統にのみ固執した一族連中の考えにはうんざりしていたの。そりゃ私もこの血をむやみやたらにばら撒く気もないけど今回は良いの」
「良いのか?」
「良いの、王様なら別にこうしてもそれを悪用はしないって分かってるし、私個人の感情としては王女様やシャルが王様と別れるのを悲しがっていたから何とかしてあげたかったし」
「それじゃおっさんはこのままずっと歳を取らねえのか?」
「ええ少なくとも首を落とされたり心臓を杭で刺されたり大本である私が殺されない限りは今のままね」
「なに一蓮托生なの?」
「私の命と繋がってるのはしょうがない部分もあるの。本来はもう少し深いところまで因子を入れるんだけどこれ以上入れる普通の吸血鬼なら支配しようとしないなら普通に吸血鬼になって終わりだけど私達王族級の吸血鬼は意図せずに対象を完全に支配してしまうの、だからそのままだと王様の自我を奪ってしまう。そこから脱することができればいいのだけれど万が一できなければ死ぬまでそのままになってしまうからそれをせずに今の状態で止めておいたの。でも別に王様が死ぬわけじゃないわ。ただ普通の人間に戻るだけよ、別に命までは失わないわ」
「じゃあとりあえず今の王様の状態は普通の吸血鬼よりは強くて普通の吸血鬼の弱点は無くて吸血鬼と同じくらい長生きってことか?」
「概ねその解釈で間違いないわね」
ソウマそう聞いてしばらく自らを納得させるように目を閉じて考えこむ。やがて暫くして目を開ける。
「よし、おっさんの事についてはわかった。じゃあ次は世界がどんな感じ変化したかだな」
ソウマの質問にラルクが前に出る。
「その質問に付いては僕が教えようソウマ」
「ああ頼むぜ」
「それじゃあ最初この国周辺の勢力の変化だね。まずこの国についてだけどこの国自体はソウマが封印されてから特に大きくはなっていないよ。元々この国は特に他の国にケンカを売るような真似をしてなかったからほぼ変化無しだね」
「あれ?俺が封印されたんならその事実を知らなくてもなんとなく俺が居ない事位察するだろう?だったら少しは攻め込んだりする国もあったんじゃないのか?」
ソウマの言葉にラルクはうんうんと頷いて言葉を続ける。
「確かにソウマが居なくなって数年して周辺諸国にソウマ不在の噂が大陸中で囁かれたらしい。大陸中の情報を集めている僕の使い魔が聞いた話ではソウマの言う様にこの国を攻めるなんて話も少しはあったよ。だけど結局は実行に移さなかったんだ。まあ結局この国にはソウマが居なくても僕やシルヴィアが居るからね、大概の国は僕とシルヴィアだけで潰せるから他の国も簡単には手を出すとは僕も思ってなかったけどね。特にシルヴィアはソウマと仲良く暴れていたからその恐ろしさはよく身に染みているんだろうね」
「ちょっと、私の事をなんだが暴れん坊みたいに聞こえるんですけど」
「なんだい?間違っているとでも?君もソウマの陰に隠れていたからあまり目立たなかったけどもある意味で君の殺し方はソウマ以上に敵側に恐れられていたからね」
「なにがよ?」
シルヴィアはまだ納得いかないのか憮然とした顔でラルクを睨んでいる。
「そも敵を倒すとき君は主にどんな手段を取っていたかい?」
「キューちゃん達の餌」
シルヴィアはラルクからの問いに一拍の間合いもなく即答する。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
室内全員に沈黙が降りる。
「・・・・・・・」
当のシルヴィア本人も沈黙して先ほどの自らの発言を黙考している。
「い、いや!違うのよ!キューちゃんも他の皆もたまにはご褒美を上げないと機嫌が良くないのよ。私は殺す時でも苦しまないようにアッサリしてあげようと思ってもあの子達におねだりされると断れなくて・・・・」
シルヴィアの声は最初こそ大きく弁明していたが最後の方は尻すぼみするように声が小さくなり遂に最後まで言い切ることなく俯いてしまう。
「ようするに窮奇達の餌のおねだりに断れなかったってことだろ?」
ソウマがシルヴィアの言葉を簡潔に纏める。
「まあ、そういう事かな・・・・・」
シルヴィアもソウマの言葉に拗ねる様に応える。
「まあどんな肝っ玉の太い猛者もさすがに生きたままシルヴィアの《影獣》の餌になりたい人は少ないでしょうね」
「確かに生きたまま食われる位ならいっそ一思いに切り殺してほしいと思うよね」
ラルクの言葉にライハルトも苦笑しながら同意する。
「しかもソウマが封印されてからはほとんどシルヴィアの逸話ばかりが一人歩きしている傾向があるからね。やっぱりいない人物より実際に現役で存在する人物の方が人々には畏怖の対象に成り易いのか今ではソウマよりむしろシルヴィアを最強って呼ぶ人が増えてるよ」
「へ~」
ソウマが意味ありげな返事を返してシルヴィアを見る。
「ちょっとソウマ、何よその目は、私は別に・・・・・」
「いや、別にそういう意味で見たんじゃないんだ。別に俺は世界最強の称号に拘ってる訳じゃないからな」
「そうだっけ?」
ソウマの言葉に今までずっとソウマの右手を抱くように抱き着いていたシャルロットが顔を上げて首を傾げる。ちなみにさっきからソウマの右手には非常に嬉しいやら困るやらの感触がずっと当たっている。シルヴィアには及ばずともソウマの記憶にあるものとは最早比べ物にならないほどの山脈に成長している二つの山にソウマは先ほどから意識しないように耐えている。
「ああ、俺は元々自分がどれくらい強くなれるかを目指していただけだからな。それが気が付いたらいつの間にか世界最強なんて呼ばれてたからな、実際俺は実はこの呼び名あまり好きじゃなかったんだよな」
「そうなの?どうして?」
「だって最強ってことはそこで終わりってことだろ?俺は自分がどこまで行けるかを試したいんだ、最強は上が無い、この世界にはまだまだ俺が見たこともない力があるはずだ。だから俺は自分を最強なんて呼び名で止めたくないんだよ」
「流石と言うかなんというか、それだけ強くなってもまだ満足しないその貪欲さに相変わらず呆れすら通り越して逆に感心してしまうね」
「まあそれはいい、それで?結局この国には一度も戦いを仕掛けた国は無かったのか?」
「いや、小規模な戦闘行為は幾つかあったけど全てこの国の兵士とシルヴィアだけで片付いたよ。それに周辺の・・・・いや大陸中の国は忙しくてそれどころじゃなかったしね」
「それどころじゃない?」
「魔族の進行さ」
「!」
ラルクの言葉にソウマが僅かに驚きを見せる。
「魔族だと?確か魔族の王は俺が・・・・・」
「そう、確かに先代の魔王は君が倒した。元々何の魔王も非常に危険な思想の持ち主でありその力も実に侮りがたいものがあった。だからそれを危険視した君が魔王と倒した」
「まあただ闘ってみたいだけだったてのもあるけどな、それよりも〝先代″ってことは・・・・・・」
「ああ、どうやら後継者が現れたようだね。先代よりは力は劣るようだけど今代の魔王はどうやら中々治世に優れた魔王のようで先代と違い力ある配下を何人も自身の傘下に加えているようだね」
「へえ、俺が闘った魔王は超実力至上主義で自分より弱い者はたとえ同じ魔族でも認めてないような奴だったからな、野郎が認めてた相手と言えば竜王のおっさんくらいだったぜ」
先代の魔王に限らず大概の魔族はその傾向が強い。元々魔族は他の種族や生物に比べて魔力や肉体面で優れた部分の多い種族である。多様な形態・能力を備え優れた身体能力と高い魔力を持ち寿命もエルフには及ばずとも長い年月を生きる。その為魔族はハイエルフのように他の種族を見下す傾向にありながらも個人の武力を重んずる傾向も持っている個人主義者が多いのである。
「今代の魔王は個人主義では動かないようでね、先代の魔王のように規則性も無くその日の気分で無差別にしかも単身で襲撃を仕掛けるやり方でしたが今代の魔王は軍隊を編成し自身は出撃せずに配下に部隊の指揮を任せるやり方を取っています」
「確かにそのやり方なら他の国も自国の軍で対抗するしかないな。そりゃ人間同士で戦争なんてやってる場合じゃないな。それにしても個人主義の多い魔族の連中をよく纏めて軍隊なんて編成できたな」
魔族はその個人主義から徒党を組むということがほとんどない。魔族のほとんどは魔族の領土を出てくることは無いが稀に人族の住む領域に現れてもそれは一体で現れることが多い。なぜなら魔族は己より力ある者には逆らわないが逆に逆らわないだけで従うわけではないからである。
「ソウマの言う通り今までの魔王や魔族はその種族的な特徴から個人でこちらに闘いを仕掛けてくるゆえに人族でも対処できた。ところが今回の魔族の侵攻は統率された魔族の軍隊・・・・本来なら人族や他の種族が総出で対処しなければいけないほどの事態だね」
魔族は強い、通常の魔族でもその強さは人族の鍛えられた兵士数十人がかりでようやく倒せる程である。特に力のある上級魔族はソウマの時代でも人族で選りすぐりの猛者でも数えるほどしか対抗できる者がいない程であった。上級魔族が出現した際は時間稼ぎをしてその国の最強クラスの戦士や魔術師が対応していたのだ。
「今代の魔王が魔族達をどうやって纏めたかはまだわからない。なにか特殊な方法があったのかそれとも魔族全体が一丸となり人族や他の種族の領土を攻めないといけない理由でもあるのか、或いは我々が確認していないだけで今代の魔王があの個人主義の魔族ですらが従わずにおれないほど凄まじく・・・・・・はあ」
強い、と言う言葉をラルクは途中で止めてため息を吐き出す。見ればソウマがラルクの話を聞きながら実に興味深そうに眼を光らせている。
「ソウマ、そんな嬉しそうな顔しても今回は君が手を出した駄目だよ」
「なんでだよ?いいじゃん」
「先代の魔王の時はあの魔王のあまりの無差別ぶりに手に負えなくなったから君に僕と王が頼んだんだ。だが今回は向こうが種族で挑んできている。ようやく人族が同族で小競り合いをやめて一丸となってるんだから君は今手を出さない方がいい。どうにもならなくなってからが君の出番だよ」
「ええ~」
ソウマはラルクの言葉に不満そうな声を漏らす。
「人と言う種は一度痛い思いをしないと中々学ばない種族だ。寿命の短さもあるせいか過去の過ちや誤りを後世に伝えきれずに数十年数百年経てばすぐに同じことを繰り返そうとする。だから厳しいようだけど今回のように定期的に種族全体に危機感を煽ったほうがいい」
ラルクの考えは人が聞けばあるいは激高してもおかしくないものだ。しかしある意味で長命種特有の考え方と捉える者もいるだろうものでもある。
「しかも今回この国はあまり魔族との戦争には参加していないんだ」
「それについては儂が答えよう。この国はラルクやシルヴィアを始めとして人族以外の者も多数所属しておる。現在の魔族の侵攻目標は人族に限定されておるようなので人族以外の人族の国に住む亜人種は他の国から避難するようにこの国に来る者が増えておるのだよ。幸いこの国にはソウマは居なかったがシルヴィアやラルクも健在であった。それを知っていたのか魔族もこの国は一切手を出そうとはしなかった。ゆえに今回の戦争では我が国は中立に徹することにしたのだよ」
「でもそれって他の国から非難や顰蹙を買ったりしなかったのか?」
「元々儂は戦争で手に入る領地や戦利品などに一切興味がない。資源や物資の融資だけする代わりに戦争で発生する利益は一切要らんと言ってやればすぐに何も言わなくなったわ」
「さすがだな」
ソウマは可笑しそうに笑う。
「儂は戦争なんぞで儂の国の大事な民や兵士を一人も犠牲にするつもりは無い。向こうはこの国を攻める気は今の所無い様子だ。攻め込まれれば反撃するが儂らからわざわざ攻め込む口実を与えるような真似もせん」
アウロはそう力強く答える。その横ではヘンリエッタやライハルトが誇らしげに自分の夫(父)を見てい
る。
「ま、別に俺も今すぐその魔王と闘り合うつもりはないよ。今は他にやりてえこともあるし」
「?」
「・・・・・」
ソウマの言葉にシャルロットは疑問顔を浮かべシルヴィアは訳知り顔でソウマを見ている。
「それじゃあ今各国は魔族との戦争で忙しいのか?」
「まあ全部が全部という訳ではないけどね。魔族もそう頻繁に攻めてくるわけでもないから平和な所は平和だよ。別に国のど真ん中で戦うんでもないからお祭り事なども普通にやってる場所もあるしね。それでも戦時中だから警戒だけはしてるけどね」
「そういえばそろそろスペランツェ帝国の武闘祭やフェリチタ公国の華桜祭が開催される頃ね」
「あ?スペランツェのアレまだやってたのか?」
「ええ、百年前に既にかなり伝統ある行事だったみたいだからえね。スペランツェ帝国は有名な軍事国家な所は今も変わっていないから未だにあの血の気の多い行事が続いているのよ。因みにあの帝国は魔族との戦争に一番最初に賛成した国よ」
「相変わらずあの国は血の気の多い国だねぇ。しかし武闘祭か・・・・・以前あの祭りに参加しようしたら参加拒否されたからなぁ」
「当然さソウマ。どんな人間だって結果のわかったものを見ることほどつまらないモノはないだろう。君が出た時点で当時は誰が優勝するかはわかりきっていたからね。強い者見たさの観客も魔獣同士の戦いを見に来てるのに虫と竜の戦いを見たいとは思わないだろう?出場する方も当時君が出場するって噂を聞いただけで出場を辞退した者もいたほどらしいからね」
ライハルトが当時の事を振り返りながら面白そうに話す。
「まったく根性の無い奴らばかりだったぜ。あの時は軍事国家が聞いてあきれると思ったもんだ」
「当時はよくソウマや僕やシルヴィアは帝国に勧誘されていたけどね。特にソウマとシルヴィアは当時の皇帝のお気に入りだったから相当しつこく勧誘の話がこっちに来てたよね」
「そういえばそうだったな、しかしあれは俺はともかくシルヴィアの方は完全に別の目的もあっただろう」
「確かに、当時の皇帝の態度を見ればわかるけど完全にシルヴィアにのぼせあがっていたからね」
「まったく迷惑な話よ。私個人の所に恋文まで送りつけてくるんだもの、しかも一定の周期で」
「なんだ?その話は俺初耳なんだけどそんなことがあったのか?」
「別に言う必要もなかったわよ。私は最初から相手にしていなかったもの、私が見てるのは最初から1人だけよ?」
そう言ってシルヴィアは隣のソウマの腕に抱き着いてソウマに流し目を送る。
「お、おう」
ソウマはその腕から感じる反対側のシャルロット以上の巨峰を意識しつつもシルヴィアの熱の籠った視線にたじたじになる。
「あの帝国も未だにあの一族が治めているからね。あの一族も代を重ねても変わらないというか進歩がないというか全く変わっていないからね。その特色はソウマが封印される前とほとんど変わっていないと思っていいよ」
「ふ~ん、まあ人はともかく国は百年程度じゃそう大きい変化はないわな。それじゃあ今の所魔族との戦況はどうなってるんだ?やっぱり人族側が押されてんのか?」
「いやそれが人族側も存外頑張っているよ。今の所膠着状態といった所だよ」
「へえ、そりゃスゲエ!」
ラルクの言葉にソウマは本気で感心したような声を出した。
先も言ったように魔族は強い。本来普通の人族では下位の魔族にすら太刀打ちできないのが現状なのだ。ソウマやシルヴィア、ラルク程ではないにしろ上位の魔族も複数なら小さい国程度なら十分に落とせる。故に本来徒党を組んだ魔族相手に人族ではどうしようもない程の戦力の差があるはずなのだ。
「一体どんな術を使ってるんだ?それとも俺が居ない間にかなり強い奴が増えたのか?」
「まあ理由はいくつかある。まず一つがソウマが居なくなってから神々の我々に対する態度が変わったことが一つ、もう一つが先のソウマが言ったように今はかなり昔と比べて強い者が増えた、これは最初の神々が関係しているんだがそれともう一つは・・・・・・・勇者の存在だね」
「は?」
前世の記憶を取り戻したソウマには聞き覚えがありこちらの世界でも物語の中で良く聞く単語がさらりとラルクの口から放たれソウマ素っ頓狂な声を出す。
「今なんて言った?勇者?勇者って言ったのか?」
「そうだよ、確かに僕は勇者って言ったね。それが?」
「居るの?勇者?」
「居るよ、勇者」
ソウマはしばし茫然とした。
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