70話
「此度の戦闘も勇者様達の活躍により大勝利で御座います!」
とある国の一室にて豪奢な法衣に身を包んだ恰幅の良い男が白い鎧を着た兵士からの報告を聞いていた。兵士は少し興奮しているのか肩で息をしながらも大きめの声で報告する。
「そうかそうか」
恰幅の良い男は兵士に背を向けた状態で報告を聞いている。その表情は兵士の大きな声を鬱陶しそうに顔を歪めている。しかし、振り向いた時にはそんな素振りは微塵も見せずに満面の笑顔を形作る。
「それは素晴らしい!して、勇者様達は今どちらに?」
「はっ!現在勇者様も此方に向かっておいでのはずです。一旦大聖女様にご報告してから枢機卿猊下のお部屋に来ると仰っていましたので」
「分かりました。では、私は勇者殿を待ちましょう。彼方もご苦労様でした。戻って休みなさい」
「はっ!」
そうして兵士は敬礼して退室していった。
「勇者の奴は相変わらずあの聖女にご執心のようだな。まあその方が此方にも好都合だ。聖女を利用すれば勇者達・・・・・特に奴は容易く操れる」
そうして枢機卿は椅子に座りしばし考えたような素振りの後に机に備え付けてあった小さな鈴を鳴らした。その音は小さく、部屋の外にすら届かない。本来この室内にいるもの以外には聞こえるはずの無い音量であった。
「お呼びですか、ボル枢機卿」
だがその音に応える者が存在していた。その黒装束に身を包んだ男は文字通り音も無くボル枢機卿の脇に跪いていた。
「うむ、勇者達の活躍は先ほどの兵士より聞いた。だがあの兵士は勇者付きの兵士だったので例の武器の実際の活躍を目撃しておらんはずだ。貴様を戦場の監視兼実地確認に行かせたのはその報告の為というのは分かっているな?」
「勿論です。結論から申しますと・・・・素晴らしいの一言です」
「ほう」
「正確に言うと凄まじいの方が正しいかもしれません。あの武器は威力こそ攻撃魔術に及ばない部分はあります。しかし、それ以上に射程・速度は通常の魔術師の使用する魔術を凌駕します。威力の点に関しましても破壊力という点で劣りますが殺傷力という点でいえば十分な水準でございます」
「そうかそうか」
「特筆すべき点はその武器を使用するのに使用者を選ばないという点です。ある程度使用法を理解すれば一般兵でも通常魔術師並みの射程と殺傷力を持てるという点ですね。欠点を上げるとすれば大型の魔物等が相手の場合はその効果はやはり著しく低下することでしょうね。何分傷自体が小さいですから大型の魔物には大して痛痒を与えずらいです」
「そうか」
「ですが、小型の魔物相手であれば十分ですね。練度の劣る新兵でもその武器を持たせれば容易に討伐が可能です。恐らく通常の人型が相手であれば更に簡単でしょう」
ボル枢機卿は黒装束の報告に満足そうに頷いている。
「どうやら第一段階は成功のようだな。普通の人型相手に有効ならば後の問題は量産が軌道に乗らんということだな」
そのセリフは明らかに魔物想定した兵器ではないことを匂わせる。
「それは致し方無いかと。何しろ構造が少々複雑ですので限られた職人しか生産が難しいですからね。ドワーフやエテルニタ王国が抱えているというエルダードワーフなら大量生産も可能かもしれませんが・・・・・」
男の言葉にボル枢機卿は忌々しそうな表情をしながらグラスに注がれた酒を飲み干す。そしてグラスを乱暴に机に叩きつける。
「我ら人族以外の穢らわしい亜人どもの手など借りたくはないが・・・・・・・。いや、我等人族に協力させてやるという慈悲をくれてやるのも一興か?」
再びグラスに酒を注ぎながら思案するようにグラスを揺らす。
「しかし猊下、大陸の多くの亜人はエテルニタ王国の統治を頼って周辺に集落を営んでいます。その他の亜人も隠れ里に上手く隠れていたりと中々居場所を見つけられません」
「場所が分かっているエテルニタ王国から連れてくればいいではないか」
「それはまずいのではないでしょうか?アウロ王は自国の民の保護に相当に力を入れています」
「正式な要請でドワーフ共を寄越せと言えばいい」
「どうでしょうか・・・・・。目的が兵器開発ではそれも難しいと思います。ドワーフ達が自ら赴けばアウロ王も文句は言わないでしょうがドワーフ達も・・・・我が国に協力はしないでしょうな」
「穢らわしい亜人と我等人族の共存などと世迷言をほざく愚か者くせに駒だけは揃っておるからな!」
そういってまたもボル枢機卿は空のグラスを机に叩きつける。
「大賢者と吸血姫は大陸でも指折りの実力者です。この二人は基本表立ってエテルニタ王国の戦力に加担することはありませんがあの国の騎士団の実力も侮れません。特に騎士団長の女エルフはかなりの実力だと聞いています。個々の団員の練度も高いらしくその軍事力は王自身の非戦争主義とは釣り合わぬほどだと・・」
「我らの新兵器と勇者の力があれば亜人の女の騎士団長などどうとでもなるだろう。理由は人族と魔族の戦いに参加せずあまつさえ魔族に協力している疑いさえあると理由付けすればいい」
「・・・・・・・エテルニタ王国は魔族との戦争に武力支援こそしていませんが戦争で疲弊した国やその国の民に食料支援などは積極的に行っています。理由としては弱いのでは?」
「奴らは自国に魔族側の亡命者を匿っている。それはエテルニタ王国も認めておる。その魔族共が人族の情報を魔族側に流している疑いがあるゆえ即刻引き渡せとも言えばいい。恐らく向こうは断るだろうからそれを理由にやましいことがあると糾弾すればいい」
「それならば大義名分が立つかもしれませんな。抵抗すれば勇者と新兵器等を使ってある程度エテルニタ王国を脅してやればいいでしょう。大賢者と吸血姫が出てくる前に此方から妥協するという形でドワーフと魔族の身柄を求めればいいのではないでしょうか」
「如何に大賢者と吸血姫といえど勇者共の力を束ねれば何とかなるのではないか?それにあの兵器なら見たことがないゆえに不意を突けばいけるはずだ。吸血姫は祝福儀礼済の銀を用意する。それを新兵器用に加工させればいい。殺せぬまでも奴らも自分等の脅威になるものが此方にあると分かれば大人しくなるだろう」
「・・・・・そんな簡単な相手でしょうか?奴らは竜種さえも苦も無く討伐するような連中ですよ」
「竜なら勇者も倒している。もういい下がれ。私はエテルニタ王国に対しての準備の為の文と聖下にご報告申し上げる。その前に勇者の対応だな」
「・・・・・・・・失礼します」
まだ何か言いたそうだった部下は結局そのまま何も言わずに部屋を退室していった。
「・・・・・・・どうぞ」
その後、あまり時間をおかず部屋の扉をノックする者が現れた。ボル枢機卿が返事をすると室内に数人の男女が入ってくる。
「ボル枢機卿、先ほど辺境の魔物討伐を終えて帰還しました」
部屋に入って最初に発言したのは入室した男女の先頭に立つ白い鎧を身に着けた少年と呼んでも差し支えない年齢の男だった。背中に自身の背丈ほどもある大剣を背負った姿は精悍ではあるがどこか幼さを含んでいる。
「俺たちにかかれば楽勝だったよな!」
「私の魔術であっという間よ!」
「今回でまたレベルアップだ!」
「・・・・・何とか皆さん無事でした」
男三人女二人の集団。全員がどこか幼さを残した少年少女と言って差し支えない者達だ。その表情は少し前まで戦闘をしていたとは思えないような陽気な雰囲気を持っている。一番後ろにいる白いローブを着た一番小柄な少女だけは未だ不安を顔に宿して息を吐いている。
「お疲れ様です、勇者様。ご活躍は報告で聞きました。此度も素晴らしい御力で魔物を蹴散らしたと聞きました。流石は異世界のから神の加護を賜りこの世界に来た使徒様ですな」
「僕達が偶然此方の世界に転移した時は混乱しましたがこの神様の加護のお陰でこの世界でも生きていけています。そしてそんな僕達を手厚く保護してくれた恩は忘れません。僕達の力でこの世界が平和に進むなら協力は惜しまないつもりです」
「俺達の力があれば楽勝だって!」
「そうよそうよ。なんたって私達には神様の加護が有るんだからね」
「世界を救うのは勇者の使命だってのRPGの定番だよな」
「あ、あまり無茶したら駄目だと思うんだけど・・・・・・・」
「マヤは相変わらず心配性だなぁ」
マヤと呼ばれた少女以外の者達は皆が自らの力に相当の自信を感じているようで戦闘行為に対する忌避感などを持っていない様子である。
「マヤ殿のお気持ちもお察しできます。ですが貴方方の御力で確かに我等人族は魔族共との戦いで強いられていた劣勢を徐々に盛り返しています。貴方方は間違いなく神々に選ばれた使途にして勇者なのですよ。戦闘を重ねるごとに確実に実力を着けておられる様子ですしそう心配することも無いでしょう」
「・・・・・・・」
枢機卿の言葉を聞いてもマヤの瞳からは不安の光は消えなかった。それが何に対してのものかは枢機卿にもこの場の少年少女にも分からなかった。
「マヤの気持ちを蔑ろにするわけじゃない。でも俺たちに出来ることがあってそれを実現できるだけの力が俺達にあるなら俺はこの世界の為に力を尽くしたい」
その言葉に枢機卿が実に機嫌良さげな笑顔を作って両手を広げる。
「素晴らしい!流石は神に選ばれし勇者様です!聖女様も大層お喜びになるでしょう!」
聖女の話題が出たとたん白い鎧を身に着けた少年は急に笑顔を浮かべて拳を握りしめる。
「はい!聖女様の為に必ず人族を魔族から守り抜いて見せまず!そして魔族に囚われて虐げられている亜人種達を必ず救い出して見せますよ!」
少年の言葉に残りの少年少女もマヤ以外は任せておけというように頷いている。
「しかしユウキは相変わらず聖女様にメロメロだな」
するとユウキと呼ばれた少年の肩を組むようにして道着のような布の服を着こんだ少年が揶揄うようにして笑いかける。その言葉にユウキは途端に頬を赤くする。
「べ、別に俺はそ、そんな・・・・・気が・・・無いとは言わないけどこの世界の為だっていうのも本心で・・・・・・」
「分かってる分かってる。相変わらずユウキは真面目だな」
「タカシ、あまりユウキを揶揄うな」
「そうだよ。理由が愛の為なら素敵な事じゃない!」
「コウジもリサも分かってないな。真面目なユウキが照れるの面白いんじゃないか」
そう言って彼等は笑いあう。そうして程なくして二三言葉を交わして彼らは部屋を後にしていった。勇者達が出て行った室内で暫く立って入口の扉を見つめていた」
「・・・・・・・」
そして勇者達が部屋からかなり離れたことを確認したのか再び椅子に腰を降ろした。
「何も知らん小僧共を騙すのは実に簡単だな。あの小僧共の世界は余程平和ボケした連中の集まりの世界らしいな。その割にカガクという技術が随分と発達しているようだが・・・・。まあ深く考えても仕方ないか。あの兵器の情報が得られただけでも儲けものだ。そして小僧共は手駒の戦力として十分に役に立っている」
グラスに再び酒を注いでその酒を揺らしながら鼻を鳴らすように歪んだ笑いを浮かべる。
「それにしてもユウキ殿はよくあの聖女にあそこまでご執心できるというものだ。確かに心奪われてもおかしくはない美しさではあるが・・・・・」
※※※※
「部屋に戻る前にもう一度聖女様に会おうだなんて本当に骨抜きにされちまってるな」
「うるさいな!だったら自分だけ部屋に帰ればいいじゃないか」
「まあまあいいじゃない」
五人はそのまま広い一室に足を踏み入れる。
「・・・・・・・・」
足を踏み入れた瞬間にあれほど姦しかった彼等が押し黙る。この室内はそれほどまでに清廉で厳かな雰囲気に包まれていた。
「いつ見ても・・・・・・・・」
雰囲気を壊さぬように小声でリサが声を発する。
「これで本当に生きてるのかしら・・・・・・・」
彼女達の目の前に巨大な青白く発光するクリスタル鎮座していた。一見すると巨大な氷塊のようにも見えるが全く冷気を発しておらず寧ろ温かみすら感じる気を発していた。
「間違いなく生きてはいるみたいだよ・・・・・・」
そしてその巨大なクリスタルの中心部に白い修道女の格好をした少女が浮かぶように閉じ込められていた。美しい少女だった。金糸に輝く流れる挑発に造詣のように整った容貌。目を閉じているため瞳の色は分からないが眠るようにクリスタル内に佇む少女は神々しさを醸し出している。
「このクリスタルから漏れ出る気は聖女様の魔力が漏れ出している証拠らしい。聖女様の癒しの魔力の影響でこの気を浴びたものは怪我が癒え病は回復に向かう」
「とても百年近く経過していとは思えないな」
仲間達がそういう間もユウキは片膝をついて両手を胸の前で組んで祈りの体制で熱心に何かを祈っている。そうしてしばらく祈っていたユウキが立ち上がる。
「教会の人の話では聖女様の魔力が漏れ出してきたのはここ最近の俺らが転移してから直ぐの話らしい。もしかしたら・・・・聖女様の目覚めが近いのかもしれないって・・・・・」
「念願の聖女様に会えるな!」
そう言ってタカシがユウキの肩を叩く。
「ああ!聖女様が目覚められた時に少しでも平和な世の中にしていないとな!」
ユウキは先ほど以上のやる気に満ち溢れた表情で決意を露にする。
「そう言えば聖女様は何であの中に居るんだっけ?」
「詳しくは分からないそうだ。だが伝聞によれば魔族が聖女様の力を利用しようとしたときに聖女様自らが魔族の手出しされないようにあの状態になったそうだ」
「それが何で今目覚めようとしてんのかな?」
「もし本当に目覚めようとしているのならきっと聖女様が俺達に力を貸してくれるために目覚めようとしているのさ。俺は目覚めた聖女様の負担を少しでも和らげるためにもっともっと強くなるぞ!」
そう言いながらユウキが早足に部屋を後にする。それに追従するようにタカシ・コウジ・リサも付いていく。皆が部屋から出た後にマヤだけは入口の所で振り返って聖女を見る。
「(なんだか・・・・・この聖女様いつ見ても悲しそうな気がする。まるで誰かも想って悲しんでいるような・・・・・・・)」
少し考えに浸ったマヤだったがその後すぐにユウキ達の後を追った。




