7話 前世の記憶とド派手な帰還?
頑張ります
とある封印内部。
【ーーーーおーーーいーーーー】
どこからか声が聞こえる
【ーーーきーーてーーー?-】
しかし中々ハッキリとは聞き取れない。
【ーーねーーーえーーーーかーーーい?】
微睡みの中でその声に集中するのはとても億劫に感じていた。
「うるせえ」
【ーーうわ!--】
「さっきからうるせえな、誰だ、こっちは久しぶりに完全に一人を利用してどこまで連続で人は眠れるかの限界に挑戦しようとしていたのに」
どうやら男・・・・ソウマが声に反応しなかったのは単に反応する気が初めからなかっただけのようだ。
【びっくりしたなーー、まさか返事が返ってくるとは思ってなかったよー。意識さえ取り戻してくれたらこっちで考えを拾うつもりだったからさー】
今度ははっきりソウマの頭の中に直接声が響いてくる。ソウマはあたりを見渡してみるが声自身の主はどこにいるのか分からなかった。
【無駄だよー僕はここにいないからねーずーと遠い所から君の頭の中に直接話しかけてるんだー。そもそもーそこって《氷結地獄》の中の封印内の力場と君の精神が作り出した空間だから普通の種族じゃ干渉すら不可能だよー】
声の言うことを信じるならどうやらこれはある意味封印内部の精神空間のようなものらしい。
「どおりでさっきからなんか体の感触に違和感があると思ったぜ」
さきほどからどうにも夢の中に居るような感覚を味わっていたソウマは声の言う言葉に納得する。
「で?お前は何のようがあって俺に話しかけたんだ?」
【いや~別に用事があったていうか僕の方が一方的に用を済ませるつもりだったんだけど~】
「あ?なんだそりゃ」
【ところでソウマ君、君なんか記憶の方になんか変わったことがないかい?なんか今までとは違う所の記憶とかさ?】
「ああ、なんか目が覚めた時になんか記憶に別の世界の記憶があったぞ。ていうかこれ俺の前世の記憶なのか?」
【うん、お察しの通りそれは君の前世の時の記憶、ちなみに今更だけど僕の名前はリコルド、記憶と時間と空間を司る神の一柱さ、実は君みたいに稀に前世の記憶を取り戻す人が出るんだけどその時に現在の記憶と前世の記憶が混在して人格が崩壊する場合もあるからそれをうまく馴染ませて安定させるよう精神を促すのが僕の役割なのさ】
「ふ~ん、でも俺別に特に変わった感じはしないぞ?」
【う~んそれなんだけど多分前世の君の人格と今の君の人格にそこまで違いがないせいじゃないかな?それと君の精神力が尋常じゃないレベルに有るとかも関係あるんじゃない?そもそも普通はこの空間でそこまでハッキリと意識を保つなんて僕ら神レベルの生物位階じゃないと本来無理だからね?】
リコルドの言葉にソウマは鼻で笑う。
「はっ、お前ら神が出来て俺等人間に出来ない通りはないだろ?元々俺等はお前らの創造主が自分の姿に似せて作ったのが俺等人間種だからなそれだけの可能性は本来あるはずだぜ」
ソウマの言葉にリコルドは呆れと驚嘆の声を滲ませて返す。
【多分そう言えるのはこの世界で君くらいのもんだよ。所で君の前世の記憶ってどこの?君が元いたあの世界のじゃないよね?君今違う世界って言ったし。本当は僕記憶も覗けるんだけど君の記憶は君の方が僕より強いせいか見えないんだよ、ほんとどうなってんの君?】
「俺がそんなこと知るか、・・・・俺の前世の記憶は地球の記憶だな」
【地球?地球ってあの魔法が全く発展せずに科学技術が発達したせいで生物としての位階が全く向上しなかったあの地球かい?】
「多分その地球だ。そこで俺はどうもひたすら自らの戦闘技術・・・剣術極めようとひたすら山奥で修行してた変わり者だった。偶に山から降りて俗世の情報を仕入れたりヤクザ相手に自分の力を試したりとか色々やってたみたいだな。・・・・・ほんと今の俺とあんまり変わんねえな。ただ・・・・」
ソウマは何かを言おうとして言いよどむ。
【ただ・・・何?】
「いや、なんでもない。気にするな」
【ていうか君の記憶ってどこまで混ざってるのかな?】
「混ざる?」
リコルドの言葉にソウマは首を傾げる。
【うん、前世の記憶を思い出したりする者にはいくつかパターンが存在してね、記憶そのものが現在の自分の記憶と混ざっちゃってかなり混乱しちゃう場合、この場合だと前世の自分との人格のズレが激しかった時は精神が崩壊する危険もあるんだ、だから僕がそうならないように親切でそういう人の頭を整理するのさ】
リコルドの自慢気な声が辺りに響く。姿は見えないがどうやら胸を張っている様子がなんとなく伝わってくる。
「んで?他の場合は?」
ソウマは無視して話を促す。
【つれないなあ、まあいいや。他は前世の自分の記憶を単純に記録や知識としてのみだけ思い出す場合、これだと前者の場合と違って記憶に感情移入も起きないし人格の齟齬も起きないから運が良いほうさ】
「あーじゃあ多分俺はそれだな、前世の自分の記憶を思い出してもなんの感情も出てこないわ。なんか地球でいう写真や動画を見てるような気分だわ」
【そっかだからあんまり混乱も起きてないのかな?君があんまり規格外すぎるから僕にもよくわからないや。後は生まれた時から前世の記憶を引き継いでいる場合かな、この場合は転生して自身の人格が完全に構成される前だから前世の記憶との齟齬も起きない、ようするに本を読み終わってすぐに続きを読むみたいなものだからね。この場合はかなり少ないけど一番安定してるかな。君達の世界にも多分何人かはいるはずだよ】
「ああ、そういえば最近急に発展した国があるみたいに話も聞いたことがあるが多分それだわな」
【んふふふふふ~。まあ今はどうなってるかは知らないけどなんなら会って見たらいいよ。どこの世界の転生者かは話してみないとわからないからねぇ】
「?」
リコルドの言葉に一部気になる部分があったがソウマは話を切り上げる為にその場に立ち上がる(あくまでソウマの感覚で)
「まあそれなりに面白い話が聞けたぜ。しばらくこの空間でのんびりしてようと思ってたが少し外の世界にまた興味が沸いてきた。とっととこんな封印はぶっ壊して出るとするぜ」
【それが良いかもね~なんせあれから百年も経ってるから】
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?今なんつった」
リコルドの聞き捨てならない言葉にソウマは思わず聞き返してしまう。
【今?それが良いかもね~てっ・・・・】
「そうじゃねえ!その後だ、百年?百年経ってんのか?」
ソウマは信じられないといった声を出す。
【そうだよ~この空間内は通常の空間とは時間の進みが違うんだよ。本来は空間内の封印対象をその時空の歪みで少しづつ弱らせるものなんだろうけど君はまるでモノともしてないから気づかなかったんだろうね~】
「マジでか!やばいな。お姫さんをとっとと探してここから出ねえと」
【君と一緒に《氷結地獄》に入ってきた女の子ならもう出たよ?】
「な、んだと!?」
またも予想外の言葉にソウマは完全に愕然とする。
【あの子はこの結界内に閉じ込められる時になんか特殊な物に包まれてたでしょ?あれの御かげでこの空間内の影響をほとんど受けてないから多分寝て起きるみたいな感覚で外に出たんじゃない?なんか外で君のお友達っぽいハイエルフの子が頑張ってたから。そもそもこの結界の起点になった六柱の邪神の力はほとんど君を抑え込むためだけに使われてるからね。あの子は助け出すのはそう難しくなかったんじゃないかな?】
リコルドの言葉にソウマは頭を抱える。
「なんてこった~。すぐ出てくるって息巻いたまま封印されて百年も経ってるなんて、なんて言い訳しよう・・・」
【大丈夫なんじゃないの?見た所君の帰りを待ってる人のほとんどは人間種とは比較にならない寿命の持ち主ばかりだから百年程度じゃあまり変わってないんじゃない?】
「そういう問題じゃねえ。問題は百年もこんな結界内に閉じ込められたってことなんだよ」
閉じ込められる前、ようやく二人と気持ちを通わせてこれからという時にこの有様である。二人の気持ちが変わることはないと信じているがそれとこれとは別問題である。
「ん?ていうかお前外の世界の様子が分かるのか?」
【そりゃ分かるよ、言ったでしょ僕は記憶と時間そして空間を司る神だって。だからこそこの《氷結地獄》の中にいる君の干渉できるわけなんだから】
「じゃあ今外が・・・・・いや良い」
ソウマはリコルドに外の様子を聞こうとしたが突然やめる。
【どうしたの?外の様子が気になるんじゃないの?教えてあげるよ?言っとくけど今君の世界結構面白いことになってるよ?】
「いい、今すぐ自力で外に出て確認するから。お前今この空間にどんな形で干渉してるのかは知らないがこの空間が壊れたらお前もダメージを受けるんなら今すぐ帰れ」
【へ?なんで?】
「この結界を・・・・・・今すぐぶっ壊す!」
【ちょ】
言うやソウマはいきなり空間内の自らの前方に手を突き出したかと思うと突然なにか押すような仕草を取る、すると空間内が突然軋みを上げるように鳴動を始める。
【ちょ、ちょっと待って、君本当にこの結界を内側から力づくで壊すつもりなの?この結界は外側からよりむしろ内側からのほうが壊すのは難しいんだけど】
「知るかそんなもん!俺は!今すぐ!ここから!出る!でりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ソウマがさらに気合いを入れると空間内の軋み音が今度は何かが崩壊するような音に変わる。それは次第に大きくなり今度はどこからともなく悲鳴とも絶叫ともつかない声が複数聞こえてくる。
「なんだこりゃ?」
【多分この《氷結地獄》を支える邪神達の悲鳴だよ!これは彼らの力そのもので構成されている結界だからこんな無理矢理な方法じゃかなり辛いはずだよ!】
「なら良し!俺をこんな最低なモンに閉じ込める手助けをしたクソ邪神がどうなろうと知ったことじゃない。むしろいつかお礼参りに行く気だったから手間が省けた、わ!」
ソウマの更なる力みに空間が遂に耐え切れなくなったのか今度は徐々にソウマの周りの景色が抜け落ちていく。
【うわ~本当にこんなやり方で六柱の高位神で組んだ《氷結地獄》が崩壊していくよ。てっ感心してる場合じゃない。僕も逃げないとホントにやばい。それじゃソウマ君機会があればまた会おうね~】
そう言ってリコルドの声は遠ざかる。同時にソウマが感じていた気配も居なくなった。
「機会があればな、・・・・・ふん!」
止めとばかりにソウマが前方に突き出した手を振り下ろした。すると今度こそ空間はバラバラに四散した。同時にソウマの体が足元から消えていく。
「ふう、さて百年も経って世界がどれくらい変わったのか・・・・・楽しみにしてみますかな、それと・・・・」
そう考えながらもソウマの意識はここで一度途切れた。
※※※※※
エテルニタ王国王都にてガラルド・ガイガスが起こしたした事件から実に百年もの年月が経過していた。今では当時のあの事件を知る者は数えるほどとなりソウマ・カムイの存在も長寿種族以外の種族の間では半ば伝説となり始めていた。
「・・・・・・・・」
そんなエテルニタ王国の王都にて今一人の少女が王城の廊下を歩いていた。
「今日は少し遅れっちゃったわ」
少女の年齢は十代の後半と言った外見で十六~七程度に見える。腰まで届く桃色の髪を揺らしながら同じ色のドレスの裾を揺らしながら歩いている。同年代の同姓と比べても発育の良いと見える体は少女というよりは色香のある女性を思わせるがその容姿は愛らしさと美しさを両方兼ね備えその瞳はまだ幼さを残しながらも芯の強い女性も彷彿とさせるような中性的な雰囲気と印象を与える瞳をしている。
「シルヴィア姉様はもう来ているかなぁ」
少女は先ほどよりも若干早足となりながらも迷わず王城の廊下歩く。
しばらく歩いた少女はとある部屋の前で止まる。そこは王宮の中でも現在は限られた者しか入ることが出来ない部屋になっている。今から約百年前にとある事件がこの部屋で起こりそれ以来この部屋は一部の者を除き立ち入り禁止にしているのだ。
コンコンコン
少女は扉の前で止まると扉の付近に誰もいないのを確認すると扉を三回ほど軽くノックする。
「どうぞ、お先に来てるわよ」
ほとんど間を開けず扉の向こうから返事が返ってくる。少女はそれを確認すると扉を静かに開けて入室する。
「別に毎回律儀にノックをしなくてもそのまま入ってくればいいじゃない。別にこの部屋に入る者なんてこの王宮でも限られているのだし」
部屋の中で待っていたのは黒い漆黒のドレスに身を包み流れるような銀髪を腰まで流したまさに絶世と呼ぶにふさわしい美女だった。血のように赤い瞳とシミ一つ無い素肌はある種その女性を幻想的な存在にも見せている。
「そうは言われてもこれで厳しく躾けられている者でして、習慣が身に付いてるんです」
「あら、それじゃあしょうがないわね。それにしてもあのお転婆だったお姫様が今ではすっかり女性らしくなってしまってきっとソウマも驚くわね」
銀髪の美女・・・シルヴィアは部屋に入ってきた少女をからかう様に笑いかける。
「もう!シルヴィアお姉様!昔のことはあまり言わないでください。私これでも昔の小さい頃の自分を気にしてるんですよ」
「うふふふふ、ごめんなさい。でも私は昔の小さい頃の貴方も可愛くて大好きだったわよ?勿論今も可愛くてしかも綺麗で大好きだけど」
「も、もうまたそういうことを・・・・」
少女・・・・シャルロットはシルヴィアの言葉に頬を赤く染める。
「それにしても・・・・・」
シャルロットとシルヴィアは同時に部屋の中央に目を向ける。そこには巨大な黒い氷のような物が存在した。その氷の中に一人の男が閉じ込められている。
「あれから百年が経つのね」
シルヴィアはその黒い氷の中に居る男に手を伸ばし愛おしそうに男の顔の前の氷を撫でる。
「そうですね、もっとも私がこの中から救い出されたのは十年前なのでそこまで実感はないんですけどね」
「ラルクが言うには元々この封印はソウマを閉じ込める為にその力のほとんどを使っていたらしいから貴方だけを救い出すのは難しくはなかったそうだし封印の際に貴方はソウマの鎧で包んだ状態で封印されたから更に容易だったそうよ。でなければ本来ならラルクといえども高位邪神六体分もの力で構成された最上級封印術を九十年程度で破るなんてとても不可能だって言っていたわ」
「そうらしいですね。私にしてみれば普通に眠って起きただけの感覚だったからそこまで違和感がなかったのだけれど、しかもお母様とラルクはハイエルフでシルヴィア姉様は吸血鬼、お兄様もハーフエルフだから老化が止まってて歳を取っていないからさらに実感が沸かなかったわ。しかもお父様は・・・・・」
シャルロットは一瞬遠い目になる。シルヴィアはそれに少し申し訳ない顔になる。
「ごめんさい、シャル・・・私は・・・・」
「良いのよ、ジルヴィア姉様の所為じゃないわ、あれは仕方がない事だったの」
そんなシルヴィアをシャルロットは首を振り慰める。
「ありがとうシャル」
シャルロットに礼を言ったシルヴィアは再び氷に視線を向ける。
「全く何時になったらこの男はこの中から出てくるのかしら、待ちくたびれた訳ではないけど少し寂しくなってきたわ」
シルヴィアは氷に視線を送りながら憂いを帯びた瞳をする。その様は同姓のシャルロットであっても思わずドキリとする程美しい。
「私も同感です。私は感覚的には十年程ですけどそれでも好きな人が目の前に居て声も聞けないし届かないなんて悲しいし寂しいです」
「こんな一途な女二人をこんなに待たせるなんて悪い男ね、出てきたらキツイお灸を据えてあげないとね」
「はい、それと待たせられた分同じくらい甘えさせてほしいです」
「そうね、それについては私も同感」
するとシャルロットは今度はシルヴィアに抱き着いた。今では二人の身長は昔と違いシルヴィアの方が僅かに高い程度の差しかない。
「シャル?」
シルヴィアが抱き着いた状態の自分の顔の横にあるシルヴィアの横顔に言葉をかける。
「確かにソウマが居なくて寂しいですけどシルヴィア姉様がいればそれも耐えられます。だって私はソウマことが好きなのと同じくらいシルヴィア姉様も大好きですから」
そんなシャルロットの言葉に一瞬目を見開いシルヴィアは次の瞬間には目を細めて顔をほころばしてシャルロットを優しく抱きしめ返す。
「ありがとうシャル。私も十年前に貴方が封印から出てきてくれてとても嬉しかったわ、百年前に大好きな人が突然二人も居なくなってしまって実はとても寂しかったの。だから今こうして貴方を抱き締められることはすごく嬉しい事よ」
「うん」
シャルロットもシルヴィアの言葉にまるで昔の幼い頃を思わせるような無邪気な笑みを浮かべる
ソウマが《氷結地獄》に閉じ込められて約百年シャルロットが救出されて十年が経過した。二人はこの十年ほぼ毎日のようにこうしてソウマの閉じ込められた氷のある部屋に二人だけで偶にラルクやヘンリエッタを交えながら集まり何気ない日常の会話をするのが日課になっている。二人ともたとえ話せずとも少しでもソウマの傍にいたいという思いからである。そしてそんな二人の気持ちを事情を知る者は皆察して何を詮索するでもなく二人と一緒にこの時間を過ごす時がある。
「・・・・・・ほんとに・・・・・会いたいよ・・・・・ソウマ」
シャルロットが氷にそっと触れながらそう悲しそうに嘆く。
「シャル・・・・・・」
シルヴィアもそんなシャルロットの気持ちが聞かずとも痛い程分かるのか一度優しそうにシャルロットの名を呼んだまま穏やかに見守る。
「・・・・・・・・・・・・・・さて、そろそろ行きましょうかシルヴィア姉様。あまり長い間ここにいると今の状態だと逆にもっと寂しくなっちゃうし」
「それもそうね、今日は少しいつもよりお互いここに来るのが遅かった所為かもう夕飯の時間だわ。今日はシャルの言う通り今日はここまでにしましょうか」
「それじゃあソウマ、また明日も来るからね」
シャルロットがソウマに向かって言葉をかける。しかし当然その言葉に対するソウマの返事は無い。
「さあシャル、行きましょう」
そのことに少し悲しそうな表情を見せたシャルロットを慰めるようにシルヴィアが肩を抱いて退室を促す。
「・・・・・うん」
シャルロットはそれに頷きながらも若干名残惜しそうに部屋を後にした。
※※※※
深夜、王城の主だった者が寝静まり起きている者は巡回中の兵士か明日の朝食の仕込みをしている料理人程度になった時間帯。
ピシッ
それは突然だった。その音はソウマの封印された氷が置かれている部屋からしたものだった。
ピシピシ・・・・ビシッ
ソウマが閉じ込められた黒い氷、それがソウマの頭頂部部分からソウマを両断する形でヒビが入っていた。それは次第に大きくなりそのヒビが上から下までぐるりと一周した瞬間氷は真っ二つに割れた。それは静かに終了した。音にするならまさにコロンっと言う感じで氷が左右に倒れる感じである。まるで玉子をパカッと割るかのごとき呆気なさである。
「・・・・・・ん?」
そしてその中から出てきたソウマは一瞬呆気にとられる。
「あれ?」
自分的にはもう少し派手に脱出するものと考えていたソウマはしばし茫然とする。封印空間内ではあれほど派手な事をして封印から出てきたのである。当然現実でも封印を破る際は派手なことになり衝撃的な帰還になると思っていたソウマは完全に今の現状に困惑していた。しかもよく気配を探ればどうやら現在は深夜のようで王城内で起きている人間があまりいない。
「あれ?もしかして俺出てくるタイミング完全に外した?」
思わずそんなことを口走る。
「あっれ~もうちょっとこう、感動的なタイミングで出てくればいいのに俺ってばよりによってこんな誰もいないタイミングで出てくることないだろうに」
頭を抱えながらも声そのものは小声で喋るあたりいまいち小心者である。
「しかし・・・・・あんまり雰囲気は変わってねえな・・・・・」
自分が出てきた部屋を見渡してソウマそう一人ごちる。部屋の様子は自分が封印された時からあまり変わった様子が見受けられない、掃除事態も非常に行き届いておりこの部屋があれから完全に放置されていないことを物語っていた。なにより・・・・・。
「あいつら・・・・・毎日来てるのか・・・・・・」
この部屋に残された良く知る匂いそして何よりもこの気配、当時は傍にいるだけで不思議と気持ちが安らぎ胸に暖かいモノが宿っていた。それがお互いに心を通わせることによりより強くなった。その良く知る気配が二つこの部屋に染み込んでいる。年単位で過ごした部屋ではその部屋の持ち主の気配や雰囲気が部屋に乗り移ることが多々あるがそれと同じモノをこの部屋で感じる。それはつまりその気配の持ち主達がこの部屋を自らの部屋と同じ頻度で過ごしている証拠。
「随分・・・・・待たせちまったみたいだな」
ソウマは申し訳なさとそれと同じくらいの嬉しさが胸にこみ上げるのを感じる。それほどまでに自分の事を思ってくれる人間がいる、それは以前の強さのみを追い求めていた頃には考えられなかったことである。
「じゃあ早速感動のご対面と行きますか」
ソウマはとりあえずこの部屋から出て行くことを決める。早速自分の良く知る気配を探る。
「この時間帯に起きてるとなるとラルクかシルヴィアだな、しかしあいつら俺が出てきたことに気配で気づいてもよさそうなもんだが」
首を傾げるソウマ、しかしこれは無理からぬことソウマは普段から基本的に自分の気配を隠さない。それは自信とか油断とかではなく純粋に敵が自分のことを見つけられるようにである。強者との戦闘を好むソウマは基本自分の存在を隠すということをしない、つまりソウマは常日頃から自分の気配を全開で生活しているのである。しかもソウマは世界最強といわれる強者である。その気配の強大さは尋常ではない。なまじ気配を読むことに長けた者ほどソウマが近くにいると逆にソウマの位置を見失うことがあるのだ。
「俺が居ない間弛んでたんじゃないだろうな」
しかもソウマは封印されていた間も気配そのものは封印からダダ漏れ状態であった(封印はソウマの肉体と意識を封印するので精一杯だったようだ)為に現在ソウマが封印から出てきた時も誰も気づかなかったのだ。仮にソウマがここから移動しても先に言った通りソウマの気配が強大すぎるが故に誰も気づかない。意図的にソウマが気配を操作するか戦闘行為に類する状態にでもならない限りラルクやシルヴィアも現在目覚めたソウマのことを気づかない。
ぐうぅぅぅ~~~
すると突然ソウマの腹から空腹を訴える音が響く。
「・・・・・・・そういえば俺百年間なにも食ってないんだよな」
ソウマは自らの腹を両手で押さえながらそんなことを言う。実際にはソウマの肉体は封印の影響下でほぼ時間が止まっている状態だったので空腹もなにもないのだが(本来はあの封印は長期間閉じ込められていれば身体に重大な影響が出るのだがそれ自体はソウマが物ともしてない)今のソウマにはあまり関係がないらしい。
「・・・・・・・とりあえずは腹ごしらえだな」
とりあえず目先の空腹の方をどうにかする方に結論が向いたようだ。
「いざ感動の対面途中に腹が鳴ったらカッコ付かねえもんな、うん」
ソウマは自分で自分に何事か言い聞かせながらシルヴィアの部屋に向かおうとした足を記憶にある厨房がある方へ方向を変えて歩き出す。
「厨房の方に人の気配があるから今の時間帯なら明日の朝の飯の支度の途中ってところかな?それにしてもあれから百年も経ってるってことはシルヴィア達を除くと俺の事を知ってる奴がほとんど居ないってことか?飯食わしてくれるかな?」
ソウマは厨房に向かいながらも考えながら歩く。実は歩いている最中に何度が城内を巡回中の兵士に見つかっているのだがソウマがあまりにも堂々と歩いているものだから兵士の方も一瞬躊躇してしまうのである。しかも我に返りソウマを呼び止めようとするも今度はソウマから放たれる尋常ならざる気配?威圧?風格?のようなものに阻まれ結局声を掛けられずその場で立ちつくしてしまうのである。
「確か厨房は・・・・・・・・あったあった。どうやら城そのものはやっぱり構造はほとんど変わってないみたいだな。・・・・・う~ん良い香りが漂ってくるぜ」
厨房から漂ってくる匂いにソウマの鼻が反応する。どうやらソウマの予想通り現在厨房では明日の朝の仕込みの真っ最中のようだ。
「まあ今は誰が居るのかは知らないが頼めば飯位食わせてくれんだろ」
そう言ってソウマは厨房に入っていった。
巡回中の兵士から城内を徘徊する不思議な男の報告を聞いたラルクが封印の間を確認してひと騒動起きる数分前の事である。
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