番外編② 得意不得意
それは旅の途中のお話。
「そう言えば・・・・・・・・」
ソウマ達は旅途中の野営の準備をしていた。本来ならちゃんとした宿泊施設やシルヴィアの影の中の家などの十分な睡眠設備を得ることが出来る。しかし、今ソウマ達は野営用のテントを設営して焚火を焚いている。
「どうかしたの?」
その理由はシャルロットにあった。彼女は折角旅をしているので定期的にこうして旅らしい様式を望むことが有る。シャルロットがそう言う以上は否やと言う者はこの場に居ない。ゆえに今ソウマ達は通常の野営中である。
「いえ、特に他意は無いのですが・・・・前から少し気になっていたことが有るというか・・・・・」
そんな中で、ふとアイスが疑問を提起したのだ。
「師匠は魔術を使用しないのでしょうか?使っている所を見たことが無いので・・・・・・。あ、師匠がそもそも魔術の類を必要としないので使わないだけという事も考慮したのですが少しだけ気になりまして・・・」
そのアイスの何気ない質問を聞いた瞬間に当の本人のソウマは何とも言えない苦いモノを飲んだような表情を作りシルヴィアはクスクスと小さく笑っている。そしてソウマは頭を掻きながら溜息を吐いた。
「まあ、別に隠すことでもないから言うがな。俺は魔術の類を一切使えない」
「え?」
ソウマの言葉にアイスは珍しく表情を崩した。それはあり得ない事だったからだ。この世界ではほとんどの者が大なり小なり魔力を持って生まれる。当然その規模や使用する魔術は持って生まれた資質に左右される。魔術には発動する為に必要最低限の魔力量が必要だ。その最低ラインを越える者だけが魔術を使用できる。そのラインを越えた者なら魔術的知識を持つ者から手解きを受ければ大概発動まで出来るようになる。
「正確には使えないじゃなくて成功しない、ね」
「え?え?」
アイスは更に困惑の感情を表に出す。ソウマの魔力量は凄まじい。魔力だけならまさに底が見えない程だ。単純な量だけならあの【大賢者】ラルク・カイザードを凌ぐ。更にはその【大賢者】から教えを請える最高の環境があるのだ。事実アイスはラルクの師事を受けて数段魔術の腕は向上している。
「魔術というのは使用する際に術式を脳内で構築し、構築した術式に魔力を通し、通した魔力を制御し、制御した魔力を放出して術を行使する。これは分かるわね?」
「はい」
シルヴィアが地面に文字を書き込みながらアイスに確認する。アイスはそれに直ぐに頷く。するとシルヴィアは地面に書いた文字の一部分に×印を書く。
「ソウマは脳内で構築した術式に魔力を通すまでは出来るんだけれど通した魔力を制御する行為が決定的に苦手なのよ。普通の魔術師ならそれでも不安定ながら術を発動できるんだけどソウマの場合は魔力量が有りすぎるのが逆に良くないらしくて構築した術が放出と同時にその場で爆発しちゃうのよ」
「爆発、ですか?」
「爆発よ。しかもなんの魔術を使ってもね。その場でボーンって」
シルヴィアが両手で爆発をするジェスチャーをする。
「流石に俺もこれじゃあとても実戦じゃあ使えないからな。元々俺は魔術は最初から使う気が無かったから早々に諦めた」
「しかしそれ程の魔力を持っているのに魔力制御が苦手とは・・・・・」
「俺の場合は魔力が上がったのは副次的な効果だったんだよ。気を練り上げる修行の過程で一緒に魔力が上がっただけだ。魔力も気も本質は生命力を起点とするものだからそうなったってラルクの奴は言っていたがな」
「そんな修行が・・・・・・」
「私も昔見たことがあるけど真似しない方がいいわ。ソウマの気を練り上げる修行って極限まで練り上げた気を空まで使い切ってを繰り返して行う修行よ。ソウマも言ったけど気や魔力は生命力を元にするもの。ソウマは毎日のように死んで生き返ってを繰り返していたようなものなのよ」
「ええ・・・・・・」
アイスが何と言えないような顔をする。
「死んでたとは人聞きが悪いな。あれは肉体を仮死状態にして限りなく死に近い状態まで近づけていただけだ」
「生命力が無い状態の肉体で生命活動を再開するを繰り返すのは死んで生き返るのと大差ないわよ」
「私もそう思います」
「肉体には生命量が無くなった瞬間に魂のエネルギーが一瞬放出される。その刹那にその微弱な魂のエネルギーを捉えて増幅して仮死状態の肉体に生命力を僅かに取り戻させてそこから更に気を練り上げ増幅し生命力に変換して肉体を復活させる。そしてまた放出を繰り返すってことだな」
「普通の奴なら一回であの世行きだナ」
話を聞いていたナーバが肉を齧りながら呆れている。
「まあ無茶なことしてる自覚はある。それでもこの修行で俺の気の量や密度は飛躍的に上がったぞ。高次元存在である神や上位精霊や竜なんかはこうでもしないと傷も負わせられんかったからな。魂の規格から既に階梯の違う俺等地上種族が上位種族の竜や王族吸血鬼を相手に傷を負わせて勝つには無茶でも通さないとな」
「死の淵を脱した体験をしたものは稀にそういった能力の大きな向上を見せる場合が有ると聞きますが・・・・、師匠はそれを意図的に起こしていたんですね」
「ただ、勿論このソウマの修行方法は死の危険が非常に大きな方法ではあるわ。それに本人の資質に依存する部分もあるし、何よりも通常の感覚や感情を持つ生物にとって意図的に何度も死を体験するなんて正直に言って正気じゃないわ。下手すれば廃人決定ね」
「やってる俺が言う事じゃあないがこのやり方はとんでもなく肉体に負荷がかかる。苦痛もそうだがその負荷に肉体が耐えられる仮死どころが本当の死に直結だぜ」
「・・・・・・」
説明を聞いたアイスが神妙な顔付で押し黙る。
「で・・・・・・」
すると先程から喋ることなく火にかかっていた鍋のスープを掻き混ぜていたシャルロットが顔を上げて言葉を発した。
「結局ソウマは魔術がヘタッピーてこと?」
その悪意無い(?)言葉にソウマの頬を引き攣る。
「シャル、それは分かっていても言葉にしてはいけないんだぞ」
「でもヘタッピなんでしょ?」
珍しく狼狽えて注意するソウマだったが続くシャルロットの無邪気な顔での言葉に更に顔に皺が出来上がる。
「確かに認めよう。俺は魔術が下手と言っても過言でもない。魔力こそ大きくなったが俺自身の魔力を扱う才能って奴は悲しい位に持ち合わせてなかった」
「ラルクが言うにはそれでも魔力の量が通常なら下手なりに魔術の発動もなんとかなるはずらしいのよ。だけどソウマの魔力総量が大きすぎる所為でソウマの魔術の才能では扱えない状態になってしまってるの」
「究極の宝の持ち腐れだナ」
「・・・・・・・ラルクにもそう言われたよ」
「でもソウマの血は魔力が超豊富だからとっても美味しいのよ」
シルヴィアがうっとりと恍惚の表情を浮かべながら頬を紅潮させる。
「師匠にも苦手なモノがあるのですね」
「むしろ俺は出来ないことの方が多い位だよ。俺の強みは技術を極める先にある個人戦闘能力だからな。相手を倒すだけなら魔術が使えなくても神だろうが何だろうが倒すのが俺だ」
「そうね。正直にいうと出来る事と言う点で言えばソウマよりも私やラルクの能力の方が遥かに応用が利くでしょうね。ソウマは確かに誰よりも強いけれど誰より何でも出来る訳では無いのよ。そこを勘違いしてはいけないわ」
「御爺様も言っていタ。この世に完全無欠の存在など居ないト。この世で一番強い者。この世で一番賢い者。この世で一番の頂と言うのは複数存在するのだト」
「俺が目指したのは誰が強いか弱いかの喧嘩の世界だ。それを目指すのに別に魔術を必要と感じなかったから習得しようとしてないんだ」
ソウマがうんうんと頷きながら腕を組む。
「下手の言い訳ね」
「そこ、余計な事言わない」
シルヴィアの苦笑にソウマが素早く言葉を返す。
「何か一つを極限まで極める方が強さと得ると言う点では正解なのでしょうか?」
アイスが腰に下げた剣の柄頭を撫でながら言葉を溢す。
「師匠はブジュツ。姉上やナーバは種族特性。ラルク様は魔術・・・・。私は剣も魔術もと半端な真似をしているから・・・・・・」
「それは違うぞ」
アイスの言葉を途中でソウマが遮る。アイスはハッとするように顔を上げてソウマを見る。
「強さを目指す方法は一つじゃない。近道や遠回りはあるかもしれないがそもそも誰も・・・・俺すらも終着点に行く方法を知らねえんだ。お前の剣術と魔術を両方修めるやり方は確かに一芸を極める者と比べれば倍の修練を必要とするのかもしれないが最終到達地点がどちらの方が上かは本人次第だろうよ」
「しかしそれだと私は通常の倍の修練を積まねば追いつけないのでは・・・・・・」
「簡単だろうが。何故無理だと決めつける。結局才能なんてのは自身が決める限界点を差した言葉だ。才能って言葉は努力をしたくない者の言い訳の言葉だと俺は思ってる。運命と置き換える奴もいるが定められた運命からはみだす位の覚悟がないなら最初から何も目指さない方がましだ」
ソウマは焚火で沸したお湯で椀に湯を注いで茶を作る。
「もし才能や運命なんかを神の連中が操作しているとしたらその神を倒してその枠から飛び出してやれ。少なくとも俺はそうしたぜ」
「確かに生まれた瞬間の種族としての特性や生物としての身体的特徴により大きく劣る場合もあるわ。それ以外にも生まれて間もなく剣術に秀でる者、魔術に秀でる者、知識など様々な分野で普通の者とは明らかに取得速度や練度が違う者がいる。でもね、それは才能ではなく単にそれが人より得意なだけよ。早く走れる者を遅い者が後から追いつけないなんて絶対無いのよ。それは単に追いかけるのを止めただけ」
「だが、それは出来にないことが出来るようになることではないぞ。例えばお前がどんなに修行したところでナーバのように竜になって《息吹》を出すことは出来ない。シルヴィアみたいな不死性を獲得することも出来にない。矛盾するようだが修練とは自分が出来る事をより良く出来るようになるものだ」
「強さは平等ダ。他の事柄を競うのとは違ウ。どんな方法や術を使ったとしても辿り着く結果だけは一緒ダ。私もソウマや姉者に教えられタ。重要なのは卑怯や卑劣などと言う下らぬ事を追及することではなイ。単純明快に相手を倒すか倒されるしかないのダ。そこに疑問を差し挟む余地などなイ」
この世界でも上位の強者三人の言葉をアイスは噛みしめるように聞いている。
「そう、ですね。悩むのは強くなれるかどうかではなく強くなる方法ですね」
そうして顔を上げた表情は少し晴れやかなものになっていた。
「そう言う事だ。何が強くなるのに一番か悩むなら全部試してみりゃいいんだよ。全部試して一番良かったのを極めてみればいい。お前が今現在は剣と魔術に一番手応えを感じてるのなら迷うな。迷えば得られる強さも得られなくなるぞ」
「ソウマは全部試したの?」
「応。全部だ全部。剣に拳。魔術に棒に槍に法術や弓。筋力を上げる修行。速度を上げる修行。さっき言ってた気を高める修行。勝つ為に必要なら何でもやった。その中で確かな手応えを感じて残したのが今の修行と剣と拳だったんだ」
「成程。今の私ではそもそもこれが本当に強くなれる最善かどうか判断する段階ですらないのですね」
ソウマはそう言ったアイスの肩に手を置いて笑いかける。
「お前がそう感じたのならそれでいい。大丈夫だ。お前はまだまだ強くなれるよ。才能があるとか運命だとかの問題じゃない。お前自身が諦めることを拒絶して強くなることを望んでいるからだ。強さ以外でもどんなものでもそうだが自分が自分の努力を信じてやれなけりゃなにを目指しても無駄だと俺は思う」
「はい」
アイスは肩に置かれたソウマの手に自身の手をそっと重ねて頬を僅かに染めながら微笑んだ。
「まあ、魔術関係に使う以外にも魔力の使い道はあるけどな・・・・・・」
「え?」
ソウマがそっと言った言葉にアイスはキョトンとした反応を見せる。だがソウマはそのアイスの反応に苦笑を漏らして手をひらひらと振る。
「今のお前にはまだ関係の無い話だよ」
そうしてソウマは夕食の準備のできたシャルロット達の方に戻ってしまった。




