63話
「(何と言う二人だ。最初の打ち合いですら序の口ですらなかった)」
オラソは冷汗を流しながらソウマとシルヴィアの試合を観戦している。二人は現在闘技場中央で超々高速の斬り合いを演じている。オラソはその戦いを身体強化魔術の視力強化に全力を注いで何とか観察している。ここから一歩も動けないと言う程に集中力と魔力を見ることに注いでようやく二人の戦いを視界に捉えることが出来ている。
「(シルヴィア殿が用いるあの漆黒の大剣は恐らくは彼女の影から生み出されたものだ。しかし、振るう様を見れば分かるが相当な質量を有しているようだ。恐らくはオーガですら支えることすら出来ない重量だろう。それを小枝のように振り回す腕力は流石は伝説の吸血姫。しかし腕力以上に注目するのは・・・・・)」
更に速度を増していくソウマの剣戟の激しさ。それをシルヴィアは最初以上に危なげなく捌いていく。それはまるで舞っているかのようだ。
「姉上が師匠との戦いで成長しているのでしょうか?」
「そうだナ。姉者の動きの精度がどんどん増してきていル。ソウマの動きに引き寄せられるよう姉者の動きが最適化されているんダ」
ソウマが依然言っていたように彼女達竜族や王族級の吸血鬼は生まれながらに強大な力を有する。それゆえに彼女達は本来戦闘力を上げるのに人族のような鍛錬を必要としない。
「しかし姉上の動きには無駄が無い。まるで熟練した武芸者の様です」
「ソウマが言っていタ。そもそもが我々のような強い種族は元々体の最も効率のいい動かし方を本能で知る術を最初から持っているのだとナ。ソウマやお前が使うブジュツと言うのは逆に言うのなら私達の動きを真似るのに近いのだそうダ。ならばソウマの動きを見れば姉者もそれを真似て自分の動きの精度を上げることもできるだろうナ」
それを証明する様にシルヴィアの動きはどんどん洗練されていく。ソウマもそれに合わせるように速度を上げていく。ナーバは更に以前ソウマから聞いた言葉を思い出しながらアイス達に説明する。ソウマは・・。
『俺の知るブジュツの中には虫や獣の動きなんかを真似てそれを先頭に取り入れるなんてものもある。つまり自然界に居る多くの生物は最初から戦闘や生存に特化した能力を持っている。それはお前やシルヴィアも同じだ。だが俺達みたいな特に人族は正直戦いに向いた種族じゃない。他の生き物以上に機能が多くなったせいか他の生き物と比べて個々の多くが及ばないんだ。だから学ぶ。己より優れた個所を他の生き物達から学びとる。元の能力が低いからこその学習能力の高さ、それが人族最大の固有能力なのかもな。ん?違うよ。お前やシルヴィアは俺の動きを学んでいるんじゃない。元々そういうことが出来るようにお前等は出来てるんだ。戦いながらお前等自身が勝手に成長してんだよ。自身が一番動きやすい動きに自身を最適化させる。自身の頭で思い描く動きと現実の体の動きに乖離を無くす。本来ブジュツとはそれを膨大な反復練習と肉体の鍛錬で可能にするものだ。だがお前等は最初からそれが出来る。そう言った意味ではお前等じゃなく俺達がお前等の動きを真似してるのかもな』
と、中々に長い話だったので正直ナーバは全部を記憶していないので掻い摘んで説明する。
「なるほど」
ナーバの話に耳を傾けながらもアイスは戦いからは目をそらさない。
「む!」
無限に続かに見える神速の剣戟の応酬だったが徐々にシルヴィアの方が押され出した。
「師匠の剣に姉上が追い切れなくなっている・・・・・・」
今ではシルヴィアがソウマの剣を受け止める攻防になっている。
「(根本的な剣の練度では勝負にならないわね)」
シルヴィアも見ているがソウマの鍛錬は正直シルヴィアからみても常軌を逸している。現実の鍛錬だけでなく脳内でも常に想像の鍛錬を欠かさない。ソウマ自身はああ言っていたがソウマの行う身体操作の練度や剣の練度などこの場でいくらシルヴィアが成長しようと埋まるモノではない。
「(しかも私以上に成長している)」
そしてソウマ自身もこの戦いで練度を上げている。埋まるどころか引き離されかねない程ソウマはこの戦いで成長している。
「はっ!」
近接戦での不利を悟ったシルヴィアは強烈な一撃でお互いの武器を弾き合ったと同時に距離を取る。
「【影槍」
そして右手の人差し指を上に向けたと同時にソウマに向かってシルヴィアの影が伸びながら影から無数の漆黒の槍が飛び出して襲い掛かる。
「・・・・・・・」
ソウマが剣を一振りすると迫っていた漆黒の槍は足元から伸びていた影ごと蹴散らされた。しかもその剣圧は漆黒の槍を砕いただけに留まらずにそのままシルヴィアに迫る。
「くっ!」
シルヴィアが人差し指を上に向けると同時に分厚い漆黒の壁がシルヴィアの全面に出現して剣圧を受け止める。
「破ッ!」
壁を出現させると同時に更にシルヴィアが自分の右側に向かって大剣を振るう。するとそこには剣圧が届くよりも速くシルヴィアの側面に回り込んでいたソウマがおりシルヴィアの大剣を受け止める。
「やっぱこんな小細工は通らねえか」
「最初の頃は割と引っかかっていたけれど流石に慣れてきたわね」
二人はそんな軽口を叩きあいながらもお互いの剣を押し込もうと力を籠め続けている。お互いの足元の地面が陥没して放射線状にヒビを入れていく。しかし・・・・。
「あ」
「ぬ」
「ふむ?」
「あら」
「げ!」
シャルロット・アイス・ナーバ・シルヴィア・ソウマが同時に声を上げた。
パキッッ
それと同時にソウマの持っていた剣がシルヴィアの剣と競り合っている場所から真っ二つに折れてしまった。ソウマは剣が折れる前に一瞬で剣を捨てて後方に素早く飛び下がる。シルヴィアの大剣がそのままソウマの折れた剣を粉砕して地面に叩き込まれる。闘技場全体を揺らさんばかりの振動が周りに伝わる。その一撃に観客達もざわつく。
「な、なんて一撃だ・・・・・・。オーガ以上の力だぞ、あれは・・・」
「流石伝説の吸血姫にして大陸唯一のSSランクの冒険者だ・・・・・・」
「武器が無くなればあの男に勝ち目はあるまいな・・・・・」
観客達の多くはソウマの敗北を確信している。
「如何にあの男と言えど武器が無ければ吸血姫の攻撃は防ぎきれん。これは決したか?」
「・・・・・・・・・」
そして皇帝までもがソウマの敗北を疑っていない。しかしオラソだけは何を言うともなく瞬きすら惜しいと言う様に闘技場を真剣に見つめている。
「《聖王竜剣》を抜く気かしら?」
「さてな」
シルヴィアの言葉に小さな笑みを浮かべたソウマはそのまま両手を前に出して構えをとる。それに観客達どころかアイス達ですら驚愕する。
「てっきり師匠は《聖王竜剣》を抜くものだと思っていましたが・・・・。師匠は徒手空拳でもかなりの使い手であるのは承知していますが、流石に姉上に対して素手というのは少々無茶なような気がします」
「私がソウマと戦う時は基本武器を持っているからナ。あの身のこなしでは武器が無くともソウマが十分強いのは私も当然知っていル。それでも姉者に素手ではソウマも不利だと私も思うゾ」
「ソウマが笑っているから大丈夫なんじゃないかな?」
アイスとナーバが難しいような顔を浮かべて闘技場を見つめる。若干名全く意に介していない感想を述べているのはご愛嬌と言うべきか。周りの反応を他所にソウマ自身はその表情に薄く笑みこそ浮かべているがふざけている様子は感じられない。
「彼方相手に遠慮していたら馬鹿を見るのは経験から知っているから・・・・・」
シルヴィアはそのままソウマに向かって走り出した。ソウマの目の前まで来ると大剣を上段に構えてそれを一切の容赦無し振り下ろす。シルヴィアが剣を振り上げた瞬間誰もがソウマの体が左右に分かたれる光景を幻視した。
「え?」
驚愕は誰の声か、シルヴィアとソウマの一瞬の交錯の後に広がっている光景はシルヴィアが地面に膝を着きソウマがそれを見下ろしている光景だった。
「????」
観客のほぼ全ては驚愕と疑問に包まれた。シルヴィアがソウマに向かって大剣を振り下ろした次の瞬間には完全に予想外の光景なのである。それはシャルロットやアイスも同じであった。
「・・・・ナーバ。見えましたか?」
「まあ・・・ナ。だが・・・・・中々に信じられんことをすル」
「何があったの?」
アイスとシャルロットがこの場で二人のやり取りが唯一見えていたと言っていいナーバに答えを求める。
「起こったことを簡潔に言葉にするなら・・・・・・交錯の瞬間ソウマが姉者の大剣を奪い取り柄頭で姉者の腹部を打ったんダ」
「は?」
流石のアイスもナーバの言葉に理解不能と言う表情を作る。
「細かくするなら、最初にソウマは姉者が振り下ろした大剣に左手を添えるようにしてそのまま振り下ろしに合わせて左手を下げながら体を半身に反らス。そのまま右手を姉者の大剣を握っている柄に持っていき・・・・・私にもこれは何が起こったのか分からなかったがソウマが姉者の手に自分の右手を重ねるとまるで姉者がソウマに剣を渡すようにソウマが姉者の剣を手に取っていタ」
「ええ・・・・・・・」
説明を聞いた後でもアイスは理解不能と言う表情を浮かべたままである。
「今のは・・・・何?」
腹部を押さえて未だ蹲ったままシルヴィアはソウマに問い掛ける。
「今のは無刀取りっていう・・・・まあとある剣術の技の一つだな。それよりも、続けるか?」
「いえ・・・・止めておきましょう」
そう言ってシルヴィアは降参の宣言をする。
「全く、あの一瞬で大量の気を叩き込んでくれちゃって。私じゃなかったら内臓が口から全部飛び出してるわ」
「まあお前なら大丈夫だと思ったからな。第一生半可な一撃だとマジで効かねえじゃねえかよ」
漆黒の大剣を肩に担ぎながらソウマはシルヴィアを見下ろす。
「私達吸血鬼も生き物である以上生命力の根幹である気を乱されれば瞬時の再生は出来ない」
「だから一時的に気が集まる中心部に俺の気を叩き込んでお前の再生機能を一時的に阻害させてもらった」
「簡単に言ってくれるけど私の体内の気を乱すなんて貴方くらいしかできないからね」
ソウマの差し出した手にシルヴィアは苦笑しながら手を伸ばして立ち上がる。
『しょ、勝者はソウマ・カムイ!』
茫然と試合を眺めていた司会兼審判が戦いの勝者を告げる。
「ほれ、行くぞ」
「ええ」
ソウマはシルヴィアをそのまま膝下と背中に腕を回して抱き上げる。お姫様抱っこ状態になってご満悦状態のシルヴィアと困った顔をしながらも苦笑を浮べるソウマが静かに退場していく。
「・・・・・・・・」
司会が勝者を告げた時もソウマがシルヴィアを抱き上げて退場する時でさえ観客達は一言も発せず拍手すらしなかった。皆先程の試合の内容に圧倒され更に理解が追いつかずにただただ茫然とするしかないのだ。
「やっぱりまだ駄目ね。この限定された戦闘条件なら一泡位吹かせられると思ったのに」
「それなりの練度は認めるがね。まだまだ譲れないな」
そう言って笑い合いながらシャルロット達のいる観客席まで戻ってくる。
「お疲れ様です、姉上、師匠」
「カッコ良かったよ!」
「次は私がソウマと戦う番ダ!」
シャルロットとアイスが戦った二人を労う。ナーバだけは己がソウマと戦う事を想像して興奮しているようだが。どうやら彼女の中では組み合わせがどうあれソウマと戦えることは決定事項のようだ。
※※※※
観客席から闘技場に続く廊下の一つにその男は壁に背を預けて佇んでいた。
「想定外・・・・・だな」
しかしその表情には確かに焦りの感情が浮かんでいた。
「(あれほどの実力者が複数紛れ込んでいこようとは・・・)」
男の名はヴィラガンテン、今大会に出場したソウマ達と【十騎聖】のアーシドを入れた最後の四人目である。
「(残りの【十騎聖】の奴など取るに足らんが残りの二人・・・・ソウマと言う人族とナーバと言う竜人の娘は恐らくは俺以上の実力。更に先の戦いでソウマに敗れたシルヴィアという吸血鬼も同様だ。あれが最強の一角に数えられる吸血姫か・・・。そしてそれを破る人族の男・・・・。奴の言っていた者達で間違いないだろう)」
男は思考を一旦停止して精神を落ち着ける。
「(あの男が本当にそうなら今のままでは完全に分が悪いな。計画の前倒しをするしかあるまいな。まあ・・・・代償は我々の悲願に比べれば取るに足らん)」
そう言って男は踵を返して闇に溶け込むように存在を消した。
※※※※
少しの休憩を挟んで続けて残り四人の戦いが組み合わせにより発表された。
「早いわね。ソウマやナーバはともかくあの【十騎聖】の彼は相当疲労していたようだからもっと時間をあけるか次の日にでもすると思ったけれど」
そう言いながらも公表された組み合わせに視線を向ける。
「ナーバと残りの【十騎聖】の彼との対戦と言うことは・・・・・・・ソウマは・・・彼ね・・」
「先に師匠の試合の方が先にあるようですね。未だに実力に付いては未知数な相手ですね」
「心配いらないさ」
アイスの言葉にソウマが頭の後ろで腕を組んで観客席にもたれ掛かるようにしてリラックスしている。
「師匠にはあの男の正体や実力が分かるのですか?」
「いや・・・・・、まあ予想が付かないでもないがあいつを意識して一つだけはっきりわかったことがある。俺があいつより強いってことだけわな」
その言葉を聞いたアイスが小さく微笑む。
「師匠がそう言うのならば間違いないのでしょう」
ソウマの言葉の中には驕りや慢心の類は一切ない。どこまでも己と相手を客観的に観て力量を推し量る。更に膨大な戦闘経験から初めて戦う相手の実力をある程度まで推察できる。
「あいつ自身かなりの実力を隠しているが・・・・・それを差し引いても大丈夫だろう」
「あの男の存在を意識できないのも隠している実力が関係しているのでしょうか?」
「ん~~。そのへんがイマイチ俺も分からない。よくよく意識すればあいつの存在は分かるんだけどな。なんか存在感がぶれると言うか覆い隠されると言うか・・・・。最初はあいつの存在感が大きすぎるから・・・と、思っていたがどうも違うようなんだよな」
ソウマにしては珍しく歯切れの悪い言い方をする。しかしその言葉にシルヴィアとナーバが頷いている。
「確かにソウマの言う通りなのよね。感覚的に言うと強制的に別のモノに意識を向けさせられると言うか・・・」
「あいつを見ていても直ぐに別のことに気を取られてしまうようダ」
三人が三人とも何とも言えないような感覚を抱いている様である。
「私も思ったのですが今大会中であの男に対して違和感を感じているのは私達だけの様です。他の出場者達は特に違和感も感じずに見えているよです」
「まるで俺があいつを見ているのに俺自身が別のモノをみているかのような・・・・・・。うん、上手くいえねえな」
なんとか言葉で説明をしようとしたソウマだったが早々に諦めたらしい。ソウマは手に持っていた肉串の残りを口に放りこんで食べきると椅子から立ち上がる。
「なんにして直接向き合ってみれば色々と分かるだろうさ」
そしてソウマがシルヴィアとナーバに視線をやって最後にアイスに視線を向ける。
「お前等、気を張っておけよ」
「師匠、それはどういうことでしょうか?」
「やっぱり・・・・・ソウマもそう思う?」
「ああ、嫌な感じだ。肌にビリビリきやがる」
「私も尻尾の先がムズムズするナ」
「分かりました。油断せぬよう備えを怠らぬよう努めます」
アイスは三人の言葉に一切の疑問も感じずに応じる。風の国でも三人は普通では感じられない何かを感じ取っていた。そしてそれが実際に実現している。今回も何かが起こる可能性はかなりあるのだろう。
「しかし、それではソウマと戦えなくなってしまうかもしれないナ」
するとナーバがどこか憮然とするような顔してそう口にする。その言葉にソウマが苦笑する。
「まあ、これが的中したとしてもこの大会が中止するかどうかはまだわかんねえだろうよ」
そうしてソウマが試合場に向かって歩きだす。振り向かず四人に向かって手を上げてひらひらと振る。
「まあ、なるようになるだろうさ」
散歩に出かけるような気軽さで試合場まで降りていった。




