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世界最強ですが?それが何か?  作者: ブラウニー
63/72

62話

 本戦二回戦が開始される当日、ソウマ達は今まで通り同じ場所の観覧席で食べ物を買い込んで組み合わせが発表されるのを待っている。


「今日の組み合わせはどうなるのかしらね」


 シルヴィアが購入した飴を舐めながら言う。両隣ではシャルロットとナーバが購入した麺料理を無言で啜っている。


「本戦一回戦も終わり残り人数が八人になりました。その内我々が四名・・・・」


 アイスが購入した飲み物で喉を潤しながら組み合わせが示される所を見つめている。


「まあ自ずと限られてくるわなあ」


 ソウマがそう言うと同時に組み合わせ表に魔術によって文字が浮かび上がっていく。


「あ」

「!」

「へえ」

「これは・・・」

「ほう」


 それを見て全員が驚きを表した。対戦表には十騎聖二人とアムラともう一人の男がそれぞれ対戦するようだ。そうすれば残りの対戦は自然と予測が出来る。


「ソウマと私ね」


「私とアイスだナ」


「トーナメント形式の組み合わせですからいつかはこういう場合が起こることは予想はしていました」


「まあ、そうだな」


「・・・・・・・」


 アイスが何かを思うように自分の腰にある剣の柄に触る。


「今のお前の状態でどこまでナーバと戦えるかやってみな」


「・・・はい!」


 本来の愛刀であるアイスコフィンは現在修理中で今大会中は攻撃魔術も禁止。純粋な剣術と体術や身体強化の魔術等で挑まなければならない。戦士であるならば自身の万全の状態で強敵と相対したいと無意識に想うのは仕方のない事ではある。だが・・・・・・・。


「望んだ状況や状態で望んだ相手と戦えるとは限らない。戦いとは常に双方の合意でもって始まるものじゃあないからな。何時いかなる時でもどんな相手でも迎え撃つ準備を怠らないのが本当の戦士だ。だったら今回も今のままでナーバに立ち向かえ」


「はい」


 ソウマにそう言われてアイスは剣の柄を強く握りしめて闘志を露わにする。それを見てナーバも嬉しそうに好戦的な笑みを浮かべる。


「先に二つの試合をした後に私達の試合みたいね」


 試合の最初は十騎聖とアムラと言う槍使いの試合だった。その試合はかなり長引いた試合となっていた。


「あのアムラと言う男、かなりの武の技量を持っているようだが如何せん接近戦に特化しすぎているな。離れている相手に対しての対抗手段に乏しいな」


「そうね。見た所相手の【十騎聖】は魔術特化型の戦士のようね。型的にアイスと同じ魔剣士ね」


「つかず離れすアムラ殿の攻撃範囲内のギリギリ外を見極めてその外から魔術で攻撃していますね」


「それなりに代償は払ったがな」


 ソウマの言う通り【十騎聖】のアーシドと言う男も少なくない傷をその身に受けている。


「実際に攻撃をいくらか喰らうことによって相手の攻撃範囲を見極めたのね。まあ、自分が倒される前に相手の攻撃範囲を見極められたのは半分以上が運でしょうけれどね」


 ソウマ達の大方の読み通りそのまま距離を保ち続けたアーシドの作戦にアムラは突破口を見つけ出すことが出来ずに力尽きる形で決着した。


「まあ地味だが相性と運の半々で勝敗が分かれたな」


「アムラは短期戦を、アーシドは長期戦を仕掛けたのだけれどその天秤はアーシドに傾いたわね」


 闘技場のアーシド自身も運の要素が強かったのを自覚しているのか明らかに安堵の表情を浮かべている。


「次の試合はもう一人の【十騎聖】と・・・・・・誰だったかしら?」


 シルヴィアが額に指を当てて思案するが昨日と同じく対戦相手の名前を思い出せないらしい。


師匠マスターはどちらが勝ち上がると思います・・・・・・」


 そう言ってソウマの方を振り返ったアイスは言葉を途中で止める。その理由はソウマが今大会中で最も真剣な顔付きしていたからだ。その表情と雰囲気は完全に戦闘状態のそれである。そのせいかシルヴィアとナーバの表情も険しいものになっている。


「【十騎聖】は負けるな」


「え?」


「万に一つも勝ち目はねえよ。まあ死んでも大丈夫な場所ではあるが、殺される前に降参するべきだな」


 続けざまに並べられるソウマの言葉にアイスが困惑する。その間もソウマやシルヴィアやナーバの視線は闘技場の【十騎聖】の対戦相手に向けられている。


「そうね。今までは何故か気にもしていなかったから気付かなかったけれどこうして注意して観察してみればよく分かるわね」


「私もダ。なぜ今まであれを異様と感じなかったのか不思議だナ」


「どういうことですか?何かあの方に特別な能力か何かがあるのですか?」


 アイスの表情がますます困惑に染まっていく。


「特別な事は何もねえよ。いや、ある意味じゃあ特別なのかもな」


「存在感がその正体ね」


「存在感?存在感が薄いという事ですか?だから誰気にしなかったという事ですか?」


「逆だ逆。存在感がデカすぎて誰も気に出来なかったんだ。あまりにも巨大な存在感に誰もそこにいるそいつを意識できなかったんだろうよ」


「そんなことが有り得るのでしょうか?以前にお会いした【神竜王】ゼファルトス様も存在感と言う点ではこの世界で比肩するもののない存在です。しかしそんな存在でも目の前にすれば確かにそこに居るのだと認識できます。ですがあの方はこうして目の前で見ていても存在を認識しずらいです。逆に意識していなければ次の瞬間には忘れてしまいそうです。それを大きいと言われても・・・・なんというか実感が沸いてきません」


「竜王のおっさんはあれでちゃんと周囲には気を使っているからな。自分の発する気配なんかは気を配って調整しているのさ。第一おっさんは自分以外のモノにちゃんと意識を向けているからな。その分存在感も感じ取れるさ」


「ええと・・・・・」


 アイスは未だ困惑しているような態度だ。


「理由の一つは・・・そうね。アイス、貴女馬車やそれ以外で旅や遠出をしたときなんかに通り過ぎた山や川の高さや形なんかを正確に覚えているかしら?」


「それは・・・・・ある程度のことは憶えていられるかもしれませんが大部分は記憶に片隅にとどめないと思います」


「それは何故?」


「それはそうですよ。普段から目の前に立つ山に詳細に意識を向けるなんて・・・・・・・あ」


 何かに得心が言ったようにアイスが目を見開く。


「そう、まさに彼は山や川と一緒なのよ。ただそこにあるだけなの。ただしそれがあまりに大きな存在な為に誰にも気に留められない」


「更に言うならあいつ自身も周りに対してなんの意識も向けていないから余計に分からない。人は山や川から話しかけられたり視線を感じたりすることもないから人からも意識を向けないんだ」


「今までも対戦相手も目の前の雑草を踏むように片付けたんだろうナ。草を踏むのに意識を向ける奴はいなイ」


「流石の俺等も自分等に全然関係ない奴に意識を進んで向けることが無いから俺等も余計に分からなかった」


 その言葉にアイスは押し黙ってしまう。三人の言葉が正しいのであれば未だ正体の知れぬ男の実力は途轍もないモノだという事だ。しかしアイスは直ぐにいつもの平静を取り戻す。


「まあ師匠マスターや姉上にすればその程度なのでしょうね」


 先程ソウマやシルヴィアから語られた雰囲気には真剣さこそあったものの焦りなどといった感情は全く見せていなかった。あの男の隠れた実力の大きさに驚きこそすれさほど脅威には思っていない証拠である。


「決着が着いたな」


 ソウマの言葉に闘技場を見ると十騎聖が男の前に倒れ伏していた。周りの観衆からはこの予想外の展開に驚きの声が上がっている。


「ま、奴の正体が何であれ俺達のやることは変わらねえ。この闘技会に優勝することだ。奴がどこの誰でどんな奴だろうが倒せばいいだけだ」


 しかいソウマはその結果を見てもなんとも思わずにそう言う。その言葉には気負い等はなくただ己のやるべきことを淡々とこなすだけだと言う感情しかない。


「次はどうやらアイスとナーバだな」


 ソウマが次の対戦順をトーナメント表を見ながら言う。


「勝てないのは分かってはいますが一矢報いる程度はしたいと思います」


「考えてみればアイスとナーバは正式に手合わせをするのは初めてだな」


 アイスが戦意に満ちた表情で立ち上がるのを見ながらソウマが苦笑する。


「基本的にはそんな必要も無いからね。ナーバの相手もアイスの相手もいつも私かソウマだしね」


 シルヴィアもソウマに釣られるように笑っている。


「楽しみだナ」


 ナーバも先程までシャルロット一緒に食べていた串肉を粗食して飲み込みながら獰猛に笑う。


「・・・・・・・」


 しかし口の周りに串肉に付いていたタレが付着していて何とも言えない状況になってしまう。


「ナーバ、口の周りに・・・」


 シルヴィアが苦笑しながら取り出した布でナーバの口の周りを拭いてやる。ナーバはそれを目を細めて受け入れる。


「まあ、今更だがこういう事態も想定はしてたからな。勝負や決着の方法は当人に任せる。前も言ったが今大会での俺達の制限は仲間内では本人の裁量に任せるよ」


「はい」

「分かっていル」


 二人はそのまま試合場まで降りていく。


「どうなるかしらね」


「さあね・・・・」


 シルヴィアの問いにソウマは曖昧な返事を返す。しかし、ソウマもシルヴィアもその口元は楽しみだと言う様に笑みが浮かんでいた。ちなみに、この間シャルロットは山のように買い込んだ食べ物を無言で食べ進めていた。


「さて、次は奴等の仲間同士の対戦だな。オラソ、お前はこの戦いをどう見る」


 試合開始前、皇帝は試合場で向かい合う二人の戦士を見下ろしながらその脇に控えるオラソに訊ねる。


「・・・・恐らくは・・・本来の実力の勝負で言えば勝敗は明らかでしょうね。あのエテルニタ王国騎士団長には勝ち目は万に一つも無いと思われます」


「ほう」


「騎士団長の方の真の実力は恐らくは私と同等かそれ以上と言っていいでしょう」


「それ程か」


 皇帝が驚きの声を上げる。それは皇帝とオラソのさらに後ろに控える護衛の兵士や部下たちも同様であった。【十騎聖】最強の男はオラソである。帝国民ならば全ての者が共有する事実である。中には彼こそが大陸最強であると称える者もいるほどである。己の武力に絶大な自負と自信を持つ他の【十騎聖】の者達ですら口に出すものは少ないが内心では全員が認めている。そんな男の口から自身に匹敵すると実力があると言う言葉が出たのである。驚くのも無理はない。


「奴等の内三人は確実そうだとは思っていたがまさかあのエルフの女までそれ程の実力とは驚きだな」


「皇帝陛下、何度も私が言っている事ではありますが私などはまだまだ未熟な半人前であります。伝説の先祖ガラ・コラロにすら遠く及んでいないと祖父に聞かされております」


「そうなのか」


「私よりも強い者など幾らもいましょう。魔獣でも魔物でも他種族でも・・」


 この世界において人族が他の種族に決定的に優るモノが有るとするならそれは種族全体の絶対数と言えるだろう。通常の人族は魔力や身体能力などは他の種族の大きく劣る部分があるがその個体数の多さからくる数の有利を生かしてこの世界で最大の勢力と言える。たとえ個々人の質で大きく差があろうと数の多さと時折現れる突出した個体が現れるために人族は現在も栄えているといえる。


「異世界の勇者もそうか?」


 その皇帝の質問にしばし考え込む。自分が最強等とオラソは微塵も考えてはいない。先も言ったように自分よりも強い者など幾らもいる。純粋に個体的に見れば竜族などは自分よりも強い個体の方が多いだろう。吸血鬼にしてもそれなりに高位の吸血鬼でも今の自分ならそう遅れはとるまい。しかし、これが王族などになると勝機は限りなく低いと言わざる負えないだろう。そう自分を冷静に分析したうえで答える。


「私は今までに三人ほどしか勇者を見ていないので断言はできませんが・・・・・一対一ならそうそう負けるとは現時点では思いません。ただし・・・・・勇者は転移の際に神々から特殊な技能や能力や加護等を授かっているのでやはり実際に戦って見ねば分かりませんがね」


「ふむ」


 それだけ聞くと皇帝は再び視線を試合場に戻す。


「奴等は仲間同士で手心を加えるか?」


「それは無いでしょう。勿論両者に力の差がある以上は竜人の方が手加減はするとは思いますが騎士団長の方は全力で挑むのでしょう。竜人の方も簡単には勝利を譲る気は無いようですね。互いの闘気がそれを証明しています」


「やはりか」


 それを聞いて皇帝は心底嬉しそうに笑う。流石に大陸屈指の強国である帝国の頂点に君臨する男である。試合場に立つ二人の闘志から正確に二人の心情を読み取っていた。


「はっ!」


 試合開始の合図と同時にアイスがナーバ目掛けて斬り込む。ナーバはそれを避けるようなことはせずに左腕を上げる。誰もがナーバの左腕が斬り飛ばされる未来を想像した。


 キィン!


 しかしその未来は訪れなかった。甲高い音とともにアイスがナーバ目掛けて斬りつけた剣はなんとナーバの左腕に出現した白銀色の鱗に阻まれて止まっていた。


「いい一撃だが私の鱗を切るほどではないナ」


 ナーバは左腕で受け止めていた剣を払いのけるのと同時に右足で蹴りを放つ。その蹴りはアイスの足を払う様に迫る。しかしアイスは払われた剣の勢いを利用して既に左後方に回避動作をしている。


「!」


 しかしそれを更に読んでいたのかナーバがアイスの回避方向に追走していた。そのままアイスの腹に目掛けてナーバが右拳を突き出した。


「くっっっ!」


 完全に回避行動に全力を割いており、それを完全に読まれたアイスは回避することが出来ない。咄嗟に魔力を練り上げて魔術を組み上げて直撃寸前にナーバの拳と自分の腹の間に氷の盾を作り出す。


「がっ!」


 その氷の盾も威力を僅かに殺しただけで攻撃そのものを止めることは叶わずにアイスは拳の直撃を受けて後方に吹き飛んでいく。闘技場の壁に激突する寸前に体勢を立て直して剣を構える。しかしナーバからの更なる追撃はなかった。


「(どうやら・・・・・待ってくれているみたいですね)」


 明らかに此方の回復を待つような様子のナーバの様子にアイスは苦笑しながらも悔しいとは思わない。何故ならナーバと己との実力の差は己自身が一番理解している。今の自分では文字通り万に一つも勝ち目は無いだろう。


「(その上で自分は今試されている・・・・・・)」


 今回の闘技会の目的は優勝にあるがそれ以外にもアイス自身の今の実力を三人相手に試すというアイス自身の目的もある。ならばこそ今自分の持てる力の全てをぶつけ挑むことが最適解なのである。


「(・・・・・良し)」


 呼吸を整えながら自らに回復魔術を掛ける。するとその途中でナーバが間合いを詰めてくる。


「(流石にそこまで甘えさせてはくれないですね)」


 アイスは体内で更に魔力を練り上げて魔術を組み上げる。それと同時に自らもナーバに向かって間合いを詰めて剣を腰だめに構える。


「!」


 その構えにナーバが一瞬目を見開く。しかし次の瞬間には獰猛な笑みに変わり更にアイスに向かって加速する。二人が交差する瞬間にアイスは腰だめに構えた剣に溜めたちからを開放する。


「《絶影》」


 交差する瞬間に振り抜かれた刀身には魔術で纏わせた氷で覆われており切れ味を向上させている。更にこれまでの旅での稽古などで上達した身体操作術と身体強化術の全てが合わさって音速すら凌駕する一撃を実現させる。


 キイィィィィィィン!!!


 甲高い音と共にアイスの持っている剣が柄の部分を残して砕け散った。


「・・・・・」


 ナーバの方を見てみれば彼女の右手首当たりの鱗が数枚砕けてほんの僅かではあるが小さな傷が出来ていた。


「私の負けです」


 アイスはその結果を見届けて自らの負けを宣言した。


 ※※※※

 先の試合の結果を見た皇帝は天を仰ぎみて息を吐く。


「結果は予想通りでこそあったが内容は凄まじいの一言だな」


「そうですな」


「最後にエルフの女の方が放ったあの技は何と言う技なのか・・・・俺には全く見えなかったぞ」


「確か水の国アグアラグの勇者が有れと似たような技を使うのを見たことが有ります。我が家にもあのような技の系統も存在します」


「そう言えばお前の家の技は確か東方の地の技術体系だと言っていたな。ならばお前も今の技が使えるのか?」


 皇帝のその言葉にオラソは自虐的な笑みを浮かべる。


「使える・・・・・と言えば使えるのでしょうが・・・・正直に申しまして私の技の完成度は先の騎士団長が見せたモノに比べれば技とは言えない代物ですよ。未だ先祖から受け継いだ剣すら持て余しているのですからね」


「しかし剣術の腕も並ではなかったが流石にエルフなだけあって魔術の腕も並では無かったな」


 流石に大陸有数の帝国皇帝の座に居座るだけあって僅かにしか使用していなかったアイスの魔術を見ただけでアイスの魔術の腕前を予測したようだ。


「だがあれだけの魔術の腕が有ったのなら遠距離から魔術を放つなどで有利に進められたのではないか?」


 皇帝の意見を否定する様にオラソが首を振る。


「無駄でしょうな。魔術を使用するのが本人である以上は発動速度は使用者自身の思考・反応速度に依存するものです。であるならば騎士団長殿では相手の速度に対応できていない以上は魔術を撃つだけ無駄でしょう。戦闘領域が草原や荒野など広大ならばまた話は変わるのでしょうがこのような限定された場では魔術を生かし切れないでしょう」


「逃げ場のない広範囲に魔術を展開すればいい。そうすれば相手が自分より速くとも関係あるまい」


「それを見す見すやらせてくれる相手でもありますまい。魔術は威力上げればそれだけ練り込む魔力の量も多くなり時間も必要になる。かといって時間を掛けずに発動する魔術では恐らく時間稼ぎにすらならいでしょう。攻撃も通用せず防御も全く防げない。ならば接近戦攻撃の瞬間に全力の強化魔術につぎ込むのが最善手でしょう。私でも同じ戦法を取ります」


「なるほどな」


 言われた皇帝も言葉を咀嚼して理解を示す。


「なにわともあれ短いながら実に面白い試合であったな。これは次の奴等の試合も楽しみだ」


 ※※※※

「悪くない内容だったぜ」


 ソウマ達のいる場所まで戻ってきたアイスとナーバをソウマ達が笑顔で向かえる。


「正直一矢報いたという気すらしません」


「そりゃあそうだ。今のお前じゃあ逆立ちしてもナーバには及ばねえよ。だが、今の戦いは現在のお前に出来る最高の戦術だった。あれでいい。しかも最後の一撃は悪くなかった。技としては完成には程遠いがそれでも十分に実戦で使用できるところまでは錬ってある。後は純粋な地力の底上げと身体操作の上達を取りあえず今後の課題だな」


「はい」


「まあ兎に角お疲れ様ね。アイスもナーバも何か食べれば?」


「いただこウ。しかし本当に最後のは良い攻撃だったゾ。私の鱗を砕いて傷をつけるなんて同族でもなかなかいないゾ」


 ナーバはシャルロットから手渡された肉串を頬張りながらアイスを称賛する。それにアイスは苦笑を返す。


「ありがとうございます。そう言ってもらえると少し溜飲が下がります。勝てないことは分かっていましたがせめてとは考えて必死でしたから」


「魔術を《絶影》の威力向上の補助に回したのは良い判断だったわね。ナーバの速度に合わせての魔術展開ではいずれ追い切れずに詰めれていたわね」


「ですね。一時凌ぎにしかならないのは分かっていましたから一撃に全てを籠めました。どちらにしろあれが通用しない時点で私にナーバを倒せる手段が存在しないですから」


 そう言ってアイスは差し出されていた食べ物と飲み物に手を伸ばした。


「さて、次は俺達の出番だな」


「そうね。ソウマと手合わせするのも久しぶりだわ」


「闘技場を壊せないように気をつけろよ。お前は俺と戦う場合は直ぐに熱くなるからな」


「ソウマを信頼しているからよ」


 シルヴィアはそう言ってソウマに流し目を送る。ヴェールに隠されたその視線には完全に信頼以上の感情の熱が込められている。それにソウマは苦笑しながら溜息を落とした。


「まあいい、行くぞ」


「ええ」


 二人はそのまま連れだって歩いて行った。


 ※※※※

 闘技場で向かい合った二人はお互いゆったりとして構えている。ソウマは右手に貸し出された騎士剣を構えており対するシルヴィアは何も持たない状態で佇んでいる。お互いその表情はこれから戦う相手と相対しているとはとても見えない。まるで逢引き時刻を刻一刻と来るのを待つ恋人同士のようだ。


「勝負方法はどうしましょうか?」


 シルヴィアがそう切り出す。まるで恋人との散策を提案するかのようだ。


「まあ俺は何でもいいよ。お前の満足いく方法で満足するまで付き合うよ」


「あら、優しいわね。昔なら彼方面倒くさがったでしょう」


「俺だって心境の変化ぐらいする。特に・・・・・・自分の女に対してくらいはな」


「んふふふふふ♪」


 そう言われてシルヴィアが自らの顔にかけられているヴェールを取るとその満面の笑みを衆目に晒す。それだけで観衆の殆どが歓声を上げることすら忘れて見惚れてしまう。


「それじゃあ私が満足するまで私と踊ってちょうだい!」


 開始の合図と同時にシルヴィアがソウマに急接近する。何も持たない状態で振りかぶられたはずの両手には一瞬で漆黒の大剣が握られていた。


「はっ!」


 それを気合と同時に振り下ろす。観客の目には一瞬にしてソウマが両断されたように見えた。地面に振り下ろされた大剣は闘技場の地面をそのまま中央部分から壁際まで亀裂を作る。凄惨な光景を一瞬幻視した観客だったが予想に反してソウマは攻撃が当たる直前に大剣が当たらないように体をずらして躱していたのだ。その残像すら残す無駄のない動きと直前で躱す技術に普通の者にはソウマが切り裂かれたように映った。


「ふっ!」


 それを分かっていたシルヴィアはそのまま地面を切り裂いた大剣をソウマに向けて斜め袈裟懸けに切り上げる。


「よっ」


 ソウマはその攻撃を気で強化した剣の腹の部分は一見すると軽く当てるような動作であっさりと軌道を真上に変えてっしまった。


「はあ!」


 真上に逸らされた剣の軌道をシルヴィアは無理やり振り下ろしに斬り変える。それもまたソウマの頭上に構えた剣に受け止められと同時に斜めに逸らされる。そんなやり取りが数十・数百・数千・数万と繰り返されている。しかしそれは時間にして一分にも満たない時間の攻防の中で繰り広げられている。観客の目にはソウマ達がどのようにして戦っているのかが見えていない。何故戦闘中であるのかが分かる理由はソウマとシルヴィアの両手だけが消えて見えているからだ。そして時折地面に裂け目が出来ているのであれば二人が現在斬り合っているのは理解できずとも理解させられている。現在闘技場を包む超濃密な闘気は戦闘を生業にしない者にすら戦闘の空気を強制的に感じさせていた。


「・・・・・・・」


 恋人同士は手を握り合い。親は子を抱きしめ。戦士は拳や武器を握りしめる。今の己の目の前で行われているのは圧倒的捕食者と圧倒的戦闘者の戦いである。観客は我知らず息を呑んで動けずにいた。


「・・・・・・・」


 皇帝達も目の前で行われる戦闘に唯々魅入られていた。今この場で観戦している者は皆がある一定の水準に達した実力者である。ゆえにこそ目の前で行われている戦闘が一般席の者達以上に人智を越えるものだと理解できてしまう。


「・・・これほど」


 皇帝には現在二人が交わす剣戟が空中で紡がれる糸の線にしか見えない。二人の様子を見ればそれでもまだまだ本気ではないことが伺える。


「信じられません」


 オラソが瞬きすら忘れたかのようにソウマとシルヴィアの戦闘に魅入られている。それも無理からぬことではある。何故なら彼が今目にしているものは一つの目指すべき場所の一つと言えるからだ。かつて語り聞いた伝説の戦士達の戦いを己は間違いなく目撃している。その事実に内心で興奮と歓喜を隠せない。見る・観る・視る。この戦いを一瞬でも見逃さないとでも言う様に見る。瞬きで失う時間ですらが惜しいと目を見開いて観る。この戦いを永遠に記憶に留めると言う様に視る。


「更に速度が上がる・・・・・・」


 皇帝や他の十騎聖の目にはもはやソウマとシルヴィアの手が消えているようにしか見えない。恐らくは今現在二人の攻撃速度に目が追いついているのはオラソとナーバだけだろう。しかし、そのオラソですらが上から俯瞰しながら極限まで見ることだけに集中してようやくである。実際の二人の前に対峙して攻撃を受けた場合は打ち合う事すらできないだろう。


「ソウマと姉様楽しそうだね」


 シャルロットが二人を見ながら嬉しそうに言う。当然シャルロットには二人の攻撃は見えていない。しかし今現在二人が試合場で感じている感情をシャルロットは正確に感じ取っていた。


「・・・・・」


 アイスはその氷の表情の中にある瞳の奥に灼熱の決意を覗かせていた。


「(いつか・・・・私も・・・・)」


 いつか己もソウマ達のいる領域まで行く。そう目の前の戦いを観戦しがら改めて決意を胸に誓う。


「むう・・・羨ましいナ・・・・」


 ナーバは戦いが始まった当初から二人に羨ましそうな視線を向けていた。彼女はこの場で一番あの二人に近い実力を持つがゆえにシャルロットと同じように二人が今どれほどあの戦いを楽しんでいるのかが理解できる。本音を言えば今すぐ自分もあの中に混ざりたいと思っているほどである。我慢できているのはこのまま行けば少なくともどちらかとは大会で戦える(遊べる?)はずだからだ。


「ソウマも姉者も大分熱が入りだしたナ・・・」


 そういうソウマとシルヴィアの戦いは更なる次元え加速し続けていた。

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