59話 休日①
「大丈夫か?」
帝国の宿の一室でソウマとシルヴィアは同じ部屋のベッドの上で身を寄せ合いながら寝ている。
「大丈夫よ」
ソウマもシルヴィアも現在何も身に着けておらず一糸纏わぬ姿でいる。
「いや、無理させたような気がしたからよ」
「確かに少し痛みはあったけれどそれ以上に幸せすぎて現実感がないくらいよ」
「俺からしてみたらただ気持ちよかっただけだからな」
昨夜の情事を思い出してソウマが少し照れたようにする。
「なかなかソウマも可愛かったわよ」
「しょうがねえだろう。俺だって女を抱くのは初めてなんだからな」
「今まで誘われたりはしなかったの?」
この世界でも当然のように男性の夜の相手を務める女性の仕事も存在する。独り身の兵士や傭兵や冒険者は大抵の場合そこで女性を買って経験を積んでしまう。
「まあ、全くなかったかと言われると嘘になるな。でも全部断ってたよ」
「どうして?別に私に出会う前でもそういう話があったんでしょ?」
「誘われることはそれなりにあったし機会も多かったがな」
そう言うとソウマはシルヴィアの顔を見つめる。
「なんていうか女とそう言う関係になるのは俺にとっては特別なものに思えてな。他の奴にはそう言う関係から相性を確かめたり人肌の温もりを求めたり、純粋にお互いの寂しさを埋めるだけの一時の関係だと言う奴もいる。それが悪い事だとは思わないしそういう関係もありだとは思う。でも俺はどうもそういった関係に割り切ることができなかったんだ。もともとがそう言う風に両親に教えられてたからだと思う」
ソウマはシルヴィアの頬を優しく撫でる。シルヴィアはそれを目を閉じて受け入れる。
「ん・・・・・・・・・」
「どこかで俺は思ってたんだ。俺みたいに戦うことしか能が無い男が人と深く関わるべきじゃないってな。たとえそれが行きずりの関係だとしても俺には男女の関係に踏み込む勇気がなかった。人の中に自分が残る勇気が無かった。自惚れかもしれないがな・・・・・・。でも俺は変われた。お前に出会って、シャルに出会って、アイスに、ナーバに、ラルクに、エテルニタ王国の連中に出会って俺は変われた。俺も他人と関わる勇気が貰えた」
「自分以外のものと関わって生きていく。それが怖い気持ちは良く分かるわ。特に私のような長命種には特にね。出会ってもいずれ別れの時が来る。その孤独を味わうくらいなら最初から出会わなければいい。でもね、本当に孤独になることは一番難しいの」
「シルヴィア、今更俺で本当に良いのかなんて野暮な事は聞かない」
「私は貴方のものよ。貴方が死ぬ時が私の死ぬ時なんて私は生ぬるい女じゃないわよ」
シルヴィアは小さく笑うとソウマの首筋に顔を埋める。ソウマはそれを受け入れる。ひとしきりシルヴィアはソウマに甘えるように首筋に顔を擦り付けた。そして静かに口を開いてそのままソウマに首筋に噛みついた。ソウマの首筋から二筋の赤い線が零れ落ちる。それと同時にソウマとシルヴィアの間で当人達にしか分からない繋がりのようなものが発生する。それを実感してシルヴィアはそっと首筋から口を離す。
「今のは・・・・・・・・」
ソウマが自らの首筋を撫でる。しかしその時には傷跡は跡形もなく消えていた。
「【血の盟約】。私達王族級の吸血鬼達だけに可能な魂の契約よ。私達永劫の生を歩む者が生涯を捧げても良いと思った相手と交わす契約。本来私達は血を定期的に摂取できるように対象を隷属させる。しかしこれは吸血鬼側が相手側に捧げる契約。生涯その者の血液しか口にしないと誓う盟約」
「俺が吸血鬼になるのとは違うのか?」
「そういう場合もあるけれどほとんどの場合は同じ王族級同士で交わされることだから。それも王族同士の婚姻なんかに用いられたそうだけど今ではやり方を習うだけで使う者はいないそうだから案外私が数百年ぶりの使用者かもね」
「契約の内容はどんなものなんだ?」
「もし私がソウマの許可なくソウマ以外の者の血を吸った場合は死ぬわ」
「・・・・・・・」
何でもないことのように言われた内容にソウマも言ったシルヴィアも表情を変えない。
「もし俺が死んだ場合はどうなるんだ?」
「その時はそのままよ。私は生涯ソウマ以外の血を吸う事ができなくなるだけ。でもそんなこと考えるだけ無駄よ。貴方は死なない。貴方は誰にも負けないし私が死なせない」
強い決意を覚悟を含んだ言葉と瞳にソウマは思わず見惚れてしまう。その照れ隠しかソウマはそのままシルヴィアの首に腕を回して抱き寄せて唇を奪う。
「ん・・・・・・・・」
シルヴィアは突然の口付けに一瞬驚くがそのまま頬を朱に染めてそっと目を閉じて受け入れる。そのまま数秒唇を合わせていた二人はゆっくりと離れる。シルヴィアは赤い顔を隠すようにソウマの胸に顔を埋める。
「・・・・・いきなりは・・・・ずるいわ・・・」
「悪い。お前があんまりにも良い女なんで我慢できなかったんだ」
「もう駄目よ。そろそろ皆が起きだしてくるころだしこれ以上したら私が持たないもの」
「別にするつもりはない」
「それにしてもソウマは本当に初めてなのかしら。不死者を気絶寸前まで追い込むなんて・・・・」
「そう言うお前だって昨夜の途中からの様子はとても初めてには見えなかっ・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・すいません」
シルヴィアの無言の圧力にあっさり簡略して謝罪するソウマ。
「よろしい」
そういうとシルヴィアはベッドから起き上がる。一糸纏わぬそのあまりに美しい立ち姿。服など文字通り飾りとしか言えない程完璧な美がそこに立っていた。
「何見てるのよ」
「目に焼き付けてる」
「・・・・・もう」
ソウマの正直な視線に顔を赤くしながら両腕で胸を隠す仕草をする。そして腕を一振りすると次の瞬間にはシルヴィアの体にはいつもの漆黒のドレスが纏われていた。そしてそのまま部屋を出ようと扉まで歩きその前で立ち止まる。
「ソウマ」
「なんだ」
「シャルの事もお願いね。あの子のことだから多分私達の事も察しているはずよ。あの子も普段は甘えん坊でも周りの者の心の機微には誰よりも敏感な子だからね」
「ああ、分かってる。シャルが望んだら俺は何時でも応えるつもりでいる」
「優しくしてあげて、あの子もソウマとそういうことを望んでいるはずだけれどどこかで怖がってもいるから」
「ああ」
「ありがとう」
そう言ってシルヴィアは部屋を退出していった。
「・・・・・・・水浴びでもするか」
ソウマもベッドから起き上がり歩き出した。
※※※※
ソウマ達はその後それぞれの部屋から宿屋の食堂に集まり朝食を食べていた。
「本戦開始は三日後・・・つまり今からだと二日後という事ですが・・・・・」
「何か暇つぶしになることは無いか探さないとな」
「シャルは何かやりたいことは有る?」
五人は朝食を取りながら本戦開始までの空いた時間をどうするかを話し合っている。といっても会話をしているのはソウマ・シルヴィア・アイスだけでシャルロット・ナーバは食事に夢中の様子である。
「誰も取らないからゆっくり食べなさいな」
二人を両隣に座らせたシルヴィアが交互に二人の世話をしている。
「・・・・・・・」
ソウマが食事に夢中の二人を見つめる。
「取りあえず今日は二人の食欲を満たす方向で動くか」
「そうね」
「異議無しです」
こうして今日のソウマ達の行動方針はあっさりと決まった。
※※※※
「♪~~~♪~~~~♪~~~」
朝食を食べ終えて準備を済ませたソウマ達は帝国領内を漫遊する為に歩いていた。特にシャルロットは相当にご機嫌なのか笑みを浮かべながら鼻歌を歌いソウマの腕に抱き着いて歩いている。
「偉くご機嫌だな?」
「うん。ねえ、ソウマ」
問われたシャルロットは笑顔でソウマに向きなる。しかしその瞳には不思議とどこまでも深い慈愛の心も覗かせていた。
「ありがとう」
「あ?」
ソウマがシャルロットに言葉の真意を問い返そうとした時にはシャルロットはソウマの腕を離れて前方のシルヴィアの方に走っていってしまった。
「・・・・・・・ふむ」
ソウマは自分の頭を搔いた後に天を仰いで一息つく。
「やっぱ・・・・・・かなわねえなぁ・・・・・・」
苦笑を浮べてシルヴィア達の後を追う。
「これ旨いナ」
ナーバなどは早速露店で食べ物を購入して食べ歩いている。両手にそれぞれ食べ物を持ちながら器用に尻尾から籠をぶら下げてそこに食べ物を入れている。シャルロットもそこから食べたい物を取って食べている。
「これも美味しいよ!」
シルヴィアとアイスは露店に並べられている装飾品などを見ている。
「これなんかアイスに似合いそうよ」
「そんな・・・・姉上の方が似合います」
「そんなことないわ。アイスなら何を付けても似合うわよ」
「姉上こそ」
二人は並べられている装飾品をそれぞれ体に付ける真似をして楽しんでいる。しかし・・・。
「(完全に装飾品が負けてるだろ・・・・・・・)」
ソウマの内心の感想通りシルヴィアだけでなくアイスの前では露店に並べられている全ての装飾品が引き立て役にすらなれないでいる。露店に並べられている装飾品の質が悪いわけではない。どれもが露店で売られているといっても宝石店の前に並べられている店内に入る必要のない露店なので貴族が身に着けても不思議はない意匠が施されている。それでも彼女達の美しさの前では見劣りしてしまう。露店にいる店員などもそれを自覚しているようで完全に恐縮してしまっている。
「ソウマは何が似合うと思う?」
彼女達四人が歩く大通りでは道行く人々が見惚れて前方不注意となり転ぶぶつかるという事態が多発している。
「俺にそう言うこと聞くのは間違いだってことは知ってるだろ?」
「それでも聞きたいのが女心よ。ね、アイス」
「いえ、私は・・・・・」
予期せず話を振られたアイスは頬を赤くしながら戸惑ってしまう。
「まあ、正直に言わせてもらうなら店の者には悪いがお前に付けるにはその店の宝石は役不足だな」
ソウマの正直な感想に店員も悔しそうにしながらも納得しているので押し黙る。
「そうかしら?」
「第一にお前等そんなもん着けてどうすんだよ」
「女は何時でも最高の自分を男に見て貰いたいものよ」
「そんなものかね」
ソウマはいまいちピンと来ていないようで首をかしげている。その後もソウマ達は様々なものを見ながら時間を潰していった。するとシャルロットが露店で買った串焼きを食べていると路地からそれを眺めている姉弟がいた。十歳程度の年齢の姉の手を握りながら六歳程度の弟がシャルロットの食べる串を羨ましそうに指を銜えて眺めている。
「食べる?」
それに気が付いたシャルロットはその姉弟に近付いて優しく微笑んで視線を合わせるように屈む。
「あ!こら!じろじろ見たら駄目でしょ!」
シャルロットの行動で自分の弟がシャルロットを見ていたのを知り姉は弟を叱りつける。
「だって・・・・・・」
「我慢しなきゃダメだよ。お父さんもお母さんもお腹空いてるのに頑張ってるんだよ」
「でも・・・・」
尚も言い合いをしそうな姉弟にシャルロットが二人の前に串焼きを差し出すことで止める。
「いいよ。食べなよ」
シャルロットの見る者を安心させる笑顔と串焼きから立ち上る香ばしい香りにやはり自らも我慢していたのか姉の方が恐る恐る差し出された串焼きを手に取る。受け取った二本の串焼きを弟の方に渡してもう一度シャルロットを見る。その視線の意味を理解したシャルロットは「遠慮しなくていい」と言う様にもう一度微笑みかける。それに安心したのか姉弟はゆっくりと串焼きに噛り付いた。
「・・・・・・・!」
「・・・・・・・!」
一度噛り付けば我慢していたものが決壊したかのように一心不乱に串を頬張っている。
「ゆっくり食べていいよ」
シャルロットは普段自分がシルヴィアにしてもらっているかのように姉弟を優しく見守っている。その光景の一部始終をソウマ達は少し離れた所で眺めている。
「シャルはあの姉弟に何か気になることがあるのかしら?」
「まあ普段のシャルなら串だけ渡したら返ってくるからな」
彼女とてこの世界の厳しさを知っている。全ての貧しい人や飢える人を救えるわけではないことも十分に認識している。その為にそういった人に必要以上に踏み込まないようにしているのだ。全ての人の人生の面倒を見れるわけではない一人助けてはまた一人では切りがない。だからどこかで自分の心に戒めをしかねばシャルロットという少女は全てを救おうとしてしまうのだ。それが無理な事は彼女自身が一番分かっている。
「それをしないという事はあの姉弟に何かしらを感じているという事でしょうか?」
「分からないわね。シャル自身も良く分かっていないところがあるから」
結局シャルロットの持っていた串焼きを都合六本を半分こで食べた姉弟は満足したようにゲップをする。姉の方はそれが恥ずかしかったのか顔を赤くして口元を押さえる。
「美味しかった?」
シャルロットが笑顔で訊ねると姉の方が顔を赤くしながらも口元から手を放して丁寧にお辞儀する。
「はい、凄く美味しかったです。ありがとうございました。ほら、ローもお礼言って」
ローと呼ばれた弟も口元に付いた食べカスを掌で拭った後にぎこちないがお辞儀をする。
「ご馳走さまでした」
「はい♪」
それにシャルロットも笑顔で応える。すると少女がまだ何かを言いたそうにシャルロットの顔を見ている。
「どうしたの?」
「あの・・・・・家の商品を買ってもらえませんか?」
「商品?」
「私達のお父さんとお母さん、物を売ってるんです。でもあんまりお客さん来なくて・・・・・だから私達もお客さんを呼ぼうとして・・・・・・」
どうやらその過程でシャルロットと目が合ったようだ。
「お父さんもお母さんも毎日一生懸命がんばっているんだけど・・・・・・」
そこで少女の顔が悲しそうに歪む。
「いつも夜おそくまで寝ないのに・・・・・・・」
弟のローも今にも泣きだしそうな顔をしている。
「じゃあ君達のお父さんお母さんのお店に行ってみようか?」
「本当!」
姉弟の顔が今度は嬉しそうに笑顔になる。
「いいかな?」
シャルロットが後ろを振り返りソウマ達に了解を得ようとする。
「大丈夫よ」
「俺も構わんぞ」
「私も大丈夫です」
「モグモグ(食事しながら頷く)」
「じゃあ行こうか?」
ソウマ達の了解を得たシャルロットが姉弟に向かって微笑みかける。
「こっち!」
姉がシャルロットの腕を引っ張って路地の奥に案内しようとする。
「(路地裏の奥に店があるのかしら?正直立地としても客足としてまともな店が有るようには感じなけれど?)」
「(まあシャルが特に何か警戒していないところを見ると少なくともあの姉弟に悪意があるわけじゃあないだろうよ)」
ソウマとシルヴィアが小声で話し合う。
「(仮に何かあったとしても師匠達が居る時点で全ての計画は破綻しているでしょうね)」
アイスも油断こそしていないがあまり危機感を抱いていない。ナーバに至っては姉弟の弟の方を肩車して歩いている。
「おねえちゃん力もちだね!」
ローは嬉しそうにナーバの肩をの上ではしゃいでいる。
「そうだゾ!私は力持ちなんだゾ!」
ナーバも褒められてうれしいのか妙に機嫌が良い。
「(ナーバもああいった子供の純粋な下心のない褒め言葉には素直に喜ぶのね)」
「(精神年齢が近いだけじゃね?)。うお!?」
ソウマが小声でそう言った瞬間にソウマの額に向かって大粒の石礫が飛んできた。ソウマはそれを寸前で回避した。石礫はそのまま後方に飛んでいく。
「【氷壁】」
アイスが咄嗟にその石礫を防ぐように氷の壁を出現させる。氷壁にぶつかった石礫は氷壁をこなごなに破壊して止まる。その結果を見てアイスが安堵の溜息を溢す。
「何とか止められました」
「あぶねえだろう」
ソウマがあまり焦った様子を見せずに文句だけを口にする。ナーバはジト目でソウマを睨んでいる。
「ソウマが私の悪口を考えているからダ」
「ナーバも一応は考えて行動しなさいな。ソウマに攻撃するのは構わないけれど他の人に迷惑かけては駄目よ」
「分かっタ」
「俺に攻撃するのは構わないのか・・・・・・・・」
シルヴィアにやんわりとたしなめられてナーバも大人しく従う。ソウマだけはどこか納得がいかない表情をしている。
「まだ行くの?」
「もう少しだよ」
そのまま一行は案内されるままに更に路地の奥に進んでいった。するとそこに店舗のようなものが見えてきた。見た目は一見するとただの廃屋に見えなくもないが正面の店先は解放されており商品らしきものが並べられている。店の前は良く掃除されており周りのゴミが散乱した路地裏の中では特に清潔さを感じる。この店も装飾品関係の店なのか店そのものこそは古くみすぼらしいものの並べられている商品はどれも質が良さそうなものが並んでいる。
「お父さん、お母さん」
姉の方が店に向かって駆け寄っていく。すると恐らくは店主であろう父親が顔を覗かせる。
「ネーナ、どうしたんだ?あまり店から離れてはいけないと言っていただろう」
穏やかな顔立ちの男性である。やはり店の外見通りあまり繁盛はしていないのか着ているものも傷んでいる服を着ている。しかしその瞳には何か強い芯のようなものを感じさせる。
「お客さんつれてきたよ!」
ネーナと呼ばれた少女は嬉しそうに父親に向かって駆け寄る。そこでようやく父親は娘の後ろにいたソウマ達に気が付いた。そしてナーバに肩車されているローを見て慌てて店から出てくる。
「これは申し訳ありません。私の子供達がどうやら皆様にご無理を言ったようです。ロー、こっちに来なさい!」
店から出てきた父親はナーバに肩車されている息子を抱き寄せて降ろしてソウマ達に向かって頭を下げる。
「別に無理をしたわけじゃありません。付いて行くと決めたのは私達なので全然気にしないでください」
シャルロットは笑顔で気にするなと手を振る。
「商品を見ても良いですか?」
「!どうぞどうぞ。こちらです」
シャルロットの視線が父親の後ろの店頭に向けられてそう言うと父親は一瞬だけ呆けたような表情になるが即座に商人の顔になって笑顔を作る。そして店先のまで案内する。
「・・・・・・・へえ」
「・・・・・・これは」
ソウマ達もシャルロットに次いで店先に並んでいる商品を眺めると感心したように声を漏らす。特にアイスは商品を手に取りながら珍しく目を見開いて感心している。
「これは素晴らしいですね。鉱石の質が良いのでしょう僅かですが魔力が籠っています。身に着けるだけで対魔術効果が僅かですが得られるでしょう」
手に取った商品以外にも視線を走らせて観察する。
「これほど質の良いものを入手できるのにどうして貴方はこのような場所で店を出しているのですか?この品揃えならば大通りで店を開いた方が確実に儲けは出るはずでは?」
アイスが感じた疑問を素直に問いただす。その質問に店主は困ったように苦笑いをする。
「いや、それには事情がありまして・・・・・・」
「あなた・・・・・・お客さん?」
すると店の裏から一人の女性が出てくる。店主の呼び方から彼女が子供達の母親であることが分かる。どことなくネーナとの血の繋がりを感じさせる容姿をしており穏やかな表情と雰囲気を持っている。
「ああ、紹介します。こちらは私の妻で商品の加工を担当しています」
紹介された女性が頭を下げる。
「ご来店ありがとうございます。どうぞ商品を見ていくだけでもいいですので遠慮なさらず」
女性は次に再びナーバと戯れ出した二人の我が子に視線を向ける。
「ネーナ、ロー。お客様に迷惑をかけてはいけませんよ。お腹が空いていませんか?ご飯を用意しますよ」
するとネーナが嬉しそうにシャルロットの元に駆け寄って服の袖を掴む。
「お姉ちゃんにお肉の串をもらったの!」
「おいしかったー」
嬉しそうにシャルロットにご馳走になったことを話す子供達の話を聞いた両親は再び慌てて頭を下げる。
「そこまで子供達が世話になっていたとは・・・・・・・!」
「ご迷惑をお掛けしまして・・・・・・・」
「ですから気にしないでください。こちらも好きでやったことなので」
すると店主はカウンターの下に屈んで小さな箱を取り出す。
「お礼という訳ではありませんが是非ともうちの店で出せる一番良い商品をご覧ください」
「これはまた・・・・・・」
「わあ・・・・・」
小さな箱から取り出された四つの小さな宝石の耳飾りを見てアイスは先程以上の感嘆の声を出し、シャルロットも感心する。シルヴィアが耳飾りの一つを手に取って眺める。
「これは・・・・・・・精霊が宿っているのかしら?」
しばらく眺めた後で呟くように言う。それにアイスが頷いて肯定する。
「はい、間違いありません。この宝石には全て精霊が宿っている精霊石です」
「うん、小さい子達だけど元気な子達だよ」
それに今度は店主が驚く。
「お客様は御目が高いようですね。そちらのお客様はお二人ともエルフ様ですか、成程。その通りでございます。こちらの商品は力は弱いですが精霊様が宿っているそうです。鑑定書もございますがお客様には不要でございましたな」
するとアイスがますます怪訝な顔になる。
「ですが、ますます疑問に感じてしまいます。これだけのものを揃えることの出来る店が何故このような路地裏で店を?」
それに店主は一度妻と視線を交わしあう。そしてソウマ達に向き直る。その顔にはある種の決意が浮かんでいた。
「お客様の疑問もごもっともです。本来このような場所で開いている店の商品など信用できません。信用なくしては商品は売れませんな。お話しします。お恥ずかしい我が家の昔話になります」
そう言うと店主は少し逡巡した後で顔を上げて話し始めた。
「私の父は若い頃にこの帝国で起業を起こして一代で帝国でもそれなりに大きな商会を立てることができていました。従業員も多く雇いながら裕福な暮らしが出来ていました。しかし私がこの妻と結婚して直ぐのことでした。帝国の貴族連中からの圧力で我が家はあっさりと商業組合から干されてしまいましてね」
店主は自嘲気味に笑う。
「どうして?」
シャルロットが少し遠慮がちに訊ねる。
「元々我が家は祖父の代から別の国で商人をしていましてね。父は一人立ちをすると決めた時にこの帝国を選んだそうです。そしてそれがいけなかったのかもしれません。商会が大きくなってきた時期に帝国の貴族が父に賄賂の要求をしてきました。しかしそれを父は拒否しました。その貴族は横への繋がりも大きく大きな権力を持っていた貴族だったようで父の商会はあっという間に流通の不便や取引の失敗など続き営業もままならないようになりました」
店主は話が始まってすぐに妻が持ってきた人数分のお茶の自分のお茶を飲む。
「この国では大きな店を持つという事は貴族に賄賂を渡して生き延びるのが普通だったようです。当代の皇帝陛下の代ではそういった裏工作的なものを皇帝陛下が嫌うこともあってあまりないそうですが、今の私達にとってはあまり関係の無い話ではありますね」
「何故賄賂を渡すことを拒んだのですか?要求額が法外だったのでしょうか?」
今度はアイスが疑問を投げ掛ける。商人は自らの損得勘定を至上とする。文字通り金の為ならば何でもするという商人は珍しくないし自らの保身を守るのにも長けるというのがアイスが商人に持つ印象である。
「父に商人を教えた祖父は元々はどこかの国の騎士だったらしくそういった行為に対して忌避感のようなものを持っていましてそれが父にも別の形で受け継がれました。父は私によく言っていました。誠実さこそが人の美徳でありそこに商人の最も得難い信頼があると。結局は当時の帝国ではその誠実さが仇になる形になりました。父はその後は何とか商会を立て直そうと努力しましたが無理をし過ぎたためか病気で亡くなりました」
そこで店主は一度言葉を切る。そして何かを噛みしめるように深呼吸をする。
「父が亡くなってからは完全に店を手放して私達はこのような場所で細々と移動用の店舗で店を開いております。お察しの通り客などは滅多に現れずにこのような生活をしております。国を移動しようにも護衛を雇う程のお金も移動した後で店を開く資金も伝手もありませんから」
そうして店主は自嘲気味に笑った。
「でも・・・・・・」
そうして店主は妻の手を握り二人の子供達を見る。
「私は現在の事に後悔はしておりません。父を誇りに思っておりますしそんな私にこうして付いて支えてくれる素晴らしい妻も子供達もおります。昔に祖父が言っていた本当の財というものが今になってようやく理解ができています」
そう言うと妻は照れながらではあるが嬉しそうに夫の手を強く握り返す。
「しかし何故これほどの品揃えが可能なのでしょう?失礼ですがどう考えても現状でこれほどの物を仕入れることが出来るようには見えないのですが・・・・・」
アイスが一番に感じている疑問を口にする。
「それについては・・・・・・・貴方方ならお話しても良いような気がしますな。ネーナ」
名前を呼ばれたネーナが父親のところにやってくる。店主はネーナの頭を優しく撫でる。そしてアイスに向きなる。
「すべてこの子の御かげなのです」
そう言って自慢げに彼女の頭を撫でた。




